ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」

 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No.26 ''Les Adieux''
ネルソン・フレイレ 2006年
Nelson Freire

フレイレさんの演奏は、音に柔軟さがあって、ピアノの持つ余韻と空気感に飲まれてしまう。で、ストーリーテラーのような要素を感じる不思議な告別だ。優しい音質で、ふわっとしていながらサヨウナラと言っている。女性的で名残惜しそうな雰囲気がして、うっすら涙を浮かべているような感じだ。思い入れがたっぷ詰まった演奏なのだ。細やかなフレーズだと思う。繊細なのだが繊細すぎず、人肌の暖かさを感じさせる。「どぉ どぉ どぉ~っ」と飛ぶ最後の高い音の1音が楚々として品が良く綺麗。歌っている感じがして、とても柔らかくて暖かい。ガッチガッチのベートーヴェンの楽曲ではなく、情感がふんわりと漂っていて、聴いているうちに、ほっこり感が出てきて嬉しくなってくる。ほんのりとした香りもあって、女性的な演奏だが、何が伝えたいのかよく解るような気がする。何が言いたいのか耳を傾けたくなるような、語ってくれるのを待つ感じで、ピアノの音を聴きたくなる。そして、うんうんと頷きたくなるような演奏だ。第2楽章は、ペラペラ喋るってタイプじゃないが、最初っから雰囲気で引きこんじゃうタイプだ。間合いなのか、音と音の間の行間が充分に取られており、つい耳を傾けたくなってしまう。
第3楽章は、音の細やかさ、スピードアップしていくところが凄い。間合いが自由自在に動いてて伸び縮みしてて、音も多彩、細やかな音が、ほのかにカーテンの後ろから響いていくような感じだ。 音の1つ1つは細やかな動きだが、底辺には大きな波が感じられて、タラン タランっと流れていく。弾んだ感覚が軽やかで、ウキウキしてくるのを抑えているものの、抑えきれないような喜びに変わってい。オンナ心を、ホント良く知ってますねぇと笑いたくなってくる。まあ、ベートーヴェンだから女性の気持ちではないのでしょうけど。アンタ、勝手にイメージを膨らませているだけじゃないのって言われそうだが、ワタシ的には、自分の脳からアルファ波が出てくるような気分になっちゃう。ひと皮剥けて脱皮したようなベートーヴェンで、ワタシ的には嬉しい「告別」だ。
ネルソン・フレイレさん、アルゲリッチ姉さんとのデュオ演奏のCDが出ているのは知っていたが、なんでも20年ぶりにCDが出たらしい。デッカに移籍されて良かったね。このCD、唐突な感じで後期の31番がカップリングされている。
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番「ヴァルトシュタイン」、第26番「告別」、第31番、第14番「月光」


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No.26 ''Les Adieux''
マウリツィオ・ポリーニ  1988年
Maurizio Pollini

ポリーニさんのベートーヴェン中期のソナタは、硬く険しい。今日聴いたのは8曲収録したCDだが、ワタシの所有しているのは輸入盤で、CDジャケットの表記がイマイチだ。ソナタ第○番というのではなく、作品番号しか書いていない。告別だと、OP.81a Les Adieuxという表記で、インデックスもなかった。さて、アナリーゼについては、詳しく記載されているサイトが多いので、ワタシは割愛する。ベートーヴェン自身が、タイトルもつけているぐらいだし、ストーリー性の高い楽曲となっており、こういう場面を描いたものだというイメージしやすい。また、硬質感のあるピアノは、ポリーニさんの専売特許のような感じで、虚無感すら漂わせるような淋しげなピアノだ。こんな地の果てを旅するような厳格な演奏は苦手だ。弱音の美しさというより、辛さがじわじわ滲み出ている。分散和音のなかで、跳躍を繰り返す場面は鋭い。最短距離を直線で飛んでいる感じがする。計測したうえで、きちんと着地することを目指して、打音しているかのようで、合理的といえば合理的だが、聴いているとキツイ。余白もなく、無駄が一切ない気がする。第2楽章は、凍りついたような世界で、動きがなくピタッと情感が張り付いた感じがする。能面のようにピクリとも動かない表情だ。能の演者は僅かな角度などで表情をつくり、そのわずかな所作を見る側も楽しむというのが能の鑑賞なのだろうが、これとよく似た世界が広がっている気がする。う~ん、これは、ある意味、プロフェッショナルな聴手であることを要求する演奏かもしれない。細かなフレーズに差し掛かると、一気に転がり始めて、草書体で一気呵成に温度が急に上がる。このリズムは、ノリ感につながるものだが、あくまで表情は変わらない気がする。いきなり空が真っ黒になって、雹が落ちてきたような慌ただしさが感じられて、とても怖い演奏だ。
第3楽章は、前楽章から引き続き奏でられる。完璧な音の並びで、かなり驚かされる。ラストにかけて全速力で走っていく。テンションの高い演奏で、はやぐちすぎて何を喋っているのかわかりづらく、ひとり、テンパってるという気がしないでもない。感情の起伏の大きさには、普段の生活をしている者にとっては大きすぎる。テクニックは、超人のごとくなのだろうが、巧すぎてすごみのある演奏となっている。他盤を寄せ付けないというより、全く、別の次元。聴いてて心臓に悪いというか、心拍数が高くなって息苦しいというか。切迫感が半端なくあり、しんどくなって息が詰まる。これは倒れそう。ど素人のワタシは、ギブアップです。

カップリング:1988年~2002年 ミュンヘンのヘラクレス・ザールで録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタから、中期作品を集めた2枚組BOX ディスク1 ピアノ・ソナタ第8番悲愴 2002年、第14番月光 1991年、第23番熱情 2002年、第24番 2002年、ディスク2 第17番 テンペスト 1988年、第21番 ワルトシュタイン 1988年、第25番 1988年、第26番 告別 1988年


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No.26 ''Les Adieux''
エミール・ギレリス 1974年
Emil Gilels

ギレリスさんの演奏は、思索型で音の持つ空気感や密やかさなど、感覚が研ぎ澄まされる演奏である。26番の告別は、1809年のナポレオンのウィーンへの侵攻の際、ベートーヴェンの支援者であったルドルフ大公が、ウィーンを離れて避難された。その際の別れ、告別が1楽章に描かれている。序奏部分の3つの音に、別れが綴られているそうである。寂しいという言葉では足らない、今生の別れになるやも~という、覚悟のような情感も含まれているように思う。跳躍していくところは、美しい音色に包まれているが、険しく、ガッシリした音で打音される。平和を壊された激しい怒り、悲嘆、雷のような苛立ちが籠っているようだ。決して感情を隠していないで、ギレリスさんも抑えきれない感情があるのだろう、苛烈な音になって、楔のようにギンっと打ち込んでいく。一番上の高い音の強いこと。指が折れや~しないかと心配してしまったほどに激しい。第2楽章は、別れてからの虚無感が出ている楽章で、殺伐とした風景、これからどうなるのだろう~というような不安、荒涼とした風景を見ているかのような寂寥感、言葉にしないがシーンとした空間に放り込まれ、自然とカラダが縮こまった感がする。壁際にはりついたように身を潜め、時間の経つのをじっと待っている感じがする。第3楽章は、アタッカで入って、嬉しさを隠しきれずに爆発させる楽章だ。強い打音で駆け巡り、開放感と幸せ感を、険しく強く爆発させている。ここは、ギレリスの鋼鉄の巨人と称されるだけの音が出ており、文字通り、面目躍如という気がする。喜びも激しく、強く、ガツン ガツンっと、音を振り払うかのように、ホント、鉈を振るかのような、強い、強い。ごつい音である。

フレイレさんのピアノは、優しい音質で、ふわっとして女性的な演奏だったし、コヴァセヴィチさんのピアノは、抑揚が少なくルドルフ大公宛への感情って、さほど無いのではないかと思うような演奏だったように思う。ブレンデルさんのピアノは、平和的で、のびやかで、健康的な女性というルドルフ大公だったように思う。うーん、ギレリスさんは、固い絆で結ばれた戦う男性兵士の友情、戦いに勝った雄叫びのような演奏だ。歴史が物語るように、幸いなことにナポレオンは撤退したので、ルドルフ大公とベートーヴェンさんは再会できたわけで良かったけれど~ 現在2022年、コロナ禍であり、ロシアからウクライナへの侵攻が行われている。どう決着するのやら皆目見当がつかない状態だ。早く終息して欲しいと祈りながら聴いた。
カップリング:ベートーヴェン ピアノソナタ 第17番「テンペスト」1981年、ピアノソナタ 第21番「ワルトシュタイン」1972年、ピアノソナタ 第26番「告別」1974年


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No.26 ''Les Adieux''
スティーヴン・コヴァセヴィッチ 2002年
Stephen Kovacevich

コヴァセヴィッチさんの演奏は、フレイレ盤を聴いてから聞いたので、愛想のない演奏だと思っちゃいました。再会したのになんだよぉ~って感じでしょうか。素っ気ないなあ。第1楽章は、残響の少ないピアノの音で、抑揚が少なく、名残惜しそうな感じがしない。活発に動く場面では、せっかちに間合いが詰まっている。素っ気ないし、直線的な情感だ。跳躍している打音はきつめで、右手に直線的に移動して、ガツンって感じで打ち込まれている。とっても強い打音で、喉がカラカラ、げぼっと噴き出してしまいそうになる。怒っているの? ペダルが重いのか、下の音が濁って聞こえる気がする。フレイレ盤を聴い後だったので、まるで、キツイ、オンナだなあって感じちゃった。アハハ。そうそう、オンナじゃなかったんだ。ベートーヴェンが、ルドルフ大公に宛てた別れの感情でしたよね。勢いはあるのだが、情感が籠もっておらず、すぐに切れるタイプ、キレキレな感じがする。第2楽章は、非常にクールな感じで素っ気ない感がする。 木訥としてはいないのだが、低音の響きが厚みがあり、旋律のまどろっこしさのなかに、冷たいクールさが潜んでいる感じがする。恨めしいって感じまでにはいかないが、えーっ。とふくれっ面して、むくれているような感じで、ちーっとも可愛らしくない。それにしても、なーんで、こんな重い音が入ってくるだろ。で、「れぇ~どみ れぇ~どみ れ~どふぁ~ ふぁみそ~」と、沈んでいたと思ったら、突然、ばんっ!と跳ねるのだ。跳ねるというより爆ぜるって感じで3楽章に突入する。この人の再会の喜びは、直線的な表現である。嬉々として走っていくのは良いが、高音域の響きもまずまずなんだけど、粒立ちの軽やかさ、まろやかさではなく、音が細かく走った後に、間髪入れず、バンっと冷たく叩かれる。 こりゃ、再会とは言え、やりきれない。再会した途端、頬を叩かれた気分で、こんなキツイオンナ、ワタシだと逃げたくなっちゃう~アルペジオの響きも、なーんか濁った感じがしちゃうんですけどねえ。跳ねている感じはするし、トリル付きの跳ねる音は良いけれど、クールだよね。
高音域に駆け上がって、ポロポロポロっと響く高い音より、低音の音が気になっちゃって、低音の打音が強い。ここは、せっかくの再会なのだから、もう少し感情が籠っても良さそうなものだが、速いテンポの弾き方には異論はないんだけど冷たい。直線的で怖い。ワタシ的には、間合いが詰まってて息苦しい。ジャン ジャン ジャンっ。って結構紋切り調だし、なんて感情が硬いのだろう。コヴァセヴィチさんて、もうお爺ちゃんなのかな? 1940年生まれなので、2002年だと60歳そこそこ。軽やかではあるのだが、弾き飛ばした感が否めず、フレイレ盤を聴いてから聞いちゃうと、なーんか、ハイ、さようなら~ あっ、またお会いしましたね って感じで、あんまり情感が籠もってない。素っ気ないかもしれない。(日常的で、そこに愛はあるんか?)


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No.26 ''Les Adieux''
アルフレート・ブレンデル 1995年
Alfred Brendel

このCDは、ピアノ・ソナタ第29番のハンマークラヴィーアがライブ盤、第26番の告別がスタジオ録音である。ブレンデルさんのベートーヴェン ピアノ・ソナタは、ご存知のとおり、1960年代、70年代、90年代と3回もの録音がある。いつも思うのだが、ブレンデルさんのピアノは音が綺麗だ。冒頭の出だしからして、煌めきがありながらも楚々としている。「らぁ~そぉ~ふぁ~  ふぁ~しら ら~れどっ どぉれどれみ ふぁ~ れど~」 硬質感と柔らかさが、とても微妙に調和してて、ワタシの耳には、とても嬉しく入ってくる。間合いも優しいし、語り口調、物腰が柔らかい。女性的な跳躍で飛びはねている音、芯はあるのだが硬すぎず柔らかすぎず。おいしい炊きたてのご飯のような、瑞々しさが感じられる。スピード感もあるし、細やかなプクプクした音で、転がり、そこに情感が乗ってくる。この情感も、理性的過ぎず、内省的過ぎず、会話が弾んで楽しい。のびやかで、健康的な女性という雰囲気がする。第2楽章は、「らぁ~そし~ らぁ~そし~ し~ふぁふぁ み らら そぉしし どぉ~」ぽつり、ぽつりと語り始めるが、暗くはない。主題こそ、ほの暗いが、音が、上に伸びたいと言っているかのように聞こえる。低音の響きも重くないし、爽やかに、さらっと明るく、音色が変わる。「れぇ~どみ れぇ~どみ れ~どふぁ~ ふぁみそ~」と、速くなってくるところも、さらっと、変わる。だんだんと、軽やかさが感じられ、小春日和の陽射しに近くなって、淡い色彩が出てくる。
2楽章に続いて3楽章が始まるが、細やかな音が、とても開放的に、自らの力で、弾んでいるように思える。また、 まるで、季節の移り変わりのように、小春日和の陽射しが、初夏の陽射しに変わるかのように、すーっと、自然の流れで、軽やかに飛び跳ねていく。この音色の変わり方、フレーズの歌い方が、ウキウキとした少女のようで、とてもチャーミングだ。細やかなトリルの音色は、ホント、丸く、軽やかに飛び跳ねているし、楽しくて、嬉しくて、仕方がないという感じだ。ホント、音が美しい。というより、とても綺麗で。知らず知らずのうちに、顔がほころでしまう。可愛くて、とてもチャーミングで、開放的で純粋無垢な子供のように表現がとても自然だ。ベートーヴェンのピアノソナタというよりも、モーツァルトを聴いているかのようで、うふふっ。聴いてて、楽しく、いつまでも、笑い顔を見ていたい~という感じにさせられる。 さらっと細やかに、情感を乗せながら、歌うかのようにピアノを語らせる、このテクは、熟練のワザなんでしょうね。とても、こなれた技術ですね~ ホント、とても魅力的な演奏だと思います。
カップリング:ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」1995年、ピアノ・ソナタ第26番「告別」1994年


ベートーヴェン ピアノソナタ第26番「告別」
1974年 エミール・ギレリス G ★★★★★
1988年 マウリツィオ・ポリーニ G ★★★
1994年 アルフレート・ブレンデル Ph ★★★★
2002年 スティーヴン・コヴァセヴィッチ EMI ★★
2006年 ネルソン・フレイレ Dec ★★★★




YouTubeでの視聴

ベートーヴェン ピアノソナタ第26番「告別」
Beethoven: Piano Sonata No. 26 in E-Flat Major, Op. 81a "Les Adieux"
ネルソン・フレイレ - トピック Nelson Freire - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=Dr5SQTxs6IA
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=5DV7XLXKLao
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=lKSJCGJl3SU


Beethoven: Piano Sonata No.26 In E Flat, Op.81a -"Les adieux"
マウリツィオ・ポリーニ - トピック Maurizio Pollini - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=O1O5WyR_nDg
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=8RSfcV6JJcU
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=mNozum4FfhU


Beethoven: Piano Sonata No. 26 in E-Flat Major, Op. 81a "Les Adieux"
エミール・ギレリス - トピック
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=bYPO1U-mieQ
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=XDQRgExQ5mg
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=NunKejRGttU


Beethoven: Piano Sonata No. 26 in E-Flat Major, Op. 81a "Les Adieux"
アルフレート・ブレンデル - トピック Alfred Brendel - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=iH8joP1i91Q
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=w7sjPtTKlOw
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=l2jZZvtbkZA


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