「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ
Ravel
: violin Sonata


ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、1927年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)などを元に記述すると
なんでも約4〜5年をかけて作曲したそうで、ヴェル最後の室内楽曲となります。ラヴェルは、「無駄な音符を削るのに」これだけの年数が必要だったと言ったそうで、ヴァイオリンという楽器はラヴェルにとってピアノと「本質的に相容れないもの」だとも訴えているそうです。
古典的な緊密で厳格な形式が追究されている反面、後輩のダリウス・ミヨーに影響されて、複調を積極的に採っています。中間楽章は、ジャズの雰囲気があり、第3楽章は、超絶技巧が要求され、ヴィルトゥオーゾのヴァイオリン奏者には腕の見せ所となっています。

で、3つの楽章で構成されています。
1 アレグレット ト長調 8/6拍子
2 ブルース モデラート 変イ長調 4/2拍子
3 無窮動 アレグロ ト長調 4/3拍子

とても個性的なヴァイオリン・ソナタで、ピアノをヴァイオリンの伴奏にせず、対等に扱っています。
また、2楽章のブルースは、ジャズの要素を取り入れて、軽妙さがでているし、ラストの無窮動は、とても現代っぽく〜
最初は、えっ と、仰天しそうになりますが、馴染むにつれて、やみつきになりそうな楽曲です。
他にも、1897年に作曲された遺作のバイオリン・ソナタがあります。作曲者の生誕100周年の1975年に再発見され、ニューヨークで蘇演されたもので、晩年の多楽章の活気あるソナタとは対照的に哀調を帯びた瞑想的な作品です。

ジャン=ジャック・カントロフ ジャック・ルヴィエ 1982年
Jean-Jacques Kantorow
Jacques Rouvie

満足っ満足っ

録音状態はまずまず。柔らかい、暖かい音質で、ふわっとしているので、多少好みが分かれるかもしれないが、この楽曲の特異性を考えると、聴きやすいのではないだろうか。
カップリング:
1〜4 フランク ヴァイオリン・ソナタ
5〜7 ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ
1楽章
はじめて、この曲を聞いた時、よくわからない曲だと、拒否反応が起こったことがあった。
何度か繰り返して聞くのだが、どうも、わからない。
ツンツン、トゲトゲしてて、キツいというイメージがあったことと、ピアノもヴァイオリンも、勝手気ままに弾いてるやん。と、完全にバラバラ状態に聞こえてきて、とっても、違和感があったのだ。
まあ、その時は、他盤を聴いていたのだけど〜

ホント、勝手気ままに、ヴァイオリンの旋律と、ピアノの旋律が、全く違うベクトルを向いているように思える楽曲だ。
一応、これは、ヴァイオリン・ソナタということになっているのだが、このラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、ピアノは、単に伴奏をしているわけではない。
いつも聴くヴァイオリンソナタであるなら、当然、ヴァイオリンが主体で、ピアノは伴奏に徹しているのだが、それが違うのだ。

特に、1楽章は難しい。何度聞いても、不思議な感覚がぬぐえない。
どういえばいいのか〜 斬新な組み合わせというか、ヴァイオリンに耳が行く時と、ピアノに耳が行く時とがあり、それが、自分でも気づかないうちに、するっと入れ替わる。
というか、同時に一緒に聞き入れることが、できない。で、えーっ 混乱してしまうのだ。
それに、ト長調とはなっているが、え? という感じで、どうも長調、短調、ぐるぐる〜 目眩がしそうなほど、変わっていく。
ピアノが長調だったら、そのとき、ヴァイオリンは、えっ 短調じゃん。というような状態で。
え〜 素人では、とても、とても、わからん。
ホント、目眩がしそうなのだ。あーっ とても耳がついていけません。

でも、カントロフ盤で聴くと、ピアノが、水が跳ねているかのように聞こえたり、ヴァイオリンが、遊ぶ子供のように感じられたり、葉っぱと光の反射を感じたり、風にゆれるカーテンをイメージしたり・・・。
このカントロフ盤を聞いた際には、とても、柔らかく、穏やかで、ふわっとした空気感があって、和らぐ。
不思議な雰囲気で、まどろみのなかで、2人並んで座っているのだが、互いに別のことをイメージしているかのようで〜
ああっ これもありか。と思えてしまうのだ。

とはいっても、まあ、この1楽章は、いつ聴いても、とらえどろがなく、するっと風のようにぬけていってしまうし、癖になりそうなほどの不思議感はあるのだが、どうも、捕まえきれない、もどかしさが感じられる。
解らない、だから魅力的だ・・・。という、どうも、変なオトコを恋人に持ってしまった、なさけなさ。
こっちが、寄り添う気持ちになったら、ぷいっと、すねて、出て行ってしまう気儘な猫のようでもあり〜。はあぁ〜。

2楽章は、ブルースとタイトルされた楽章で、親しみやすく、馴染みやすい。
ここでは、ピアノは、伴奏のように奏でられている。
まあ、伴奏というより、違う楽器のような扱いだ。CDのブックレットを拝見すると、ピアノは、バンジョーを思わせると書いてあった。まあ、確かに、そうなのだが、ヴァイオリンが、高い音を掻き鳴らしてみたり〜
ピアノが弾むと、ヴァイオリンが、「らそぉ〜らぁ〜 らそぉ〜らあ〜」と、泣いてみたり、即興のように自由気ままに、セッションを楽しんでいるかのようだ。

3楽章は、無窮動となっており、ヴァイオリンが、アブや蚊のように飛び始める。
ピアノは、無窮動というよりは、ちょっと伴奏に近いが、混じり合わないようで、混じっているようでもあり、やっぱり、合わないやん。といいつつ、寄り添って行くような感じもするし・・・。 あーっ 異質なのねえ。
ピアノが軸になって、大きな回転をしているようでもあり、ヴァイオリンが小回りの効く、小さな歯車のようでもあり〜
あーっ 異質なのだが、回転数は違うが、どこか、合うような場面が感じられたり。
う〜ん 面白いのだけど〜 どこがどう面白いと感じるのか、自分でも、よくわからない。

まあ、今、言えることは、解らないけど、なんだか、惹きつけられる魅力が感じられる。
全くわからなくて〜とても気持ち悪い・・・という、嫌悪感は、このカントロフ盤は感じなかった。むしろ、カントロフさんとルヴィエさんの雰囲気は似ているというか〜 もちろん、それぞれの旋律を描いているのだが、色彩的には良く似たパステル風の中間色というか中庸的に聞こえる。 とても穏やかで、音の質感は、暖かく、同じ空気を吸っているという感じがする。

シャルタン・ジュイエ パスカル・ロジェ 1995年

ヴァイオリン:シャルタン・ジュイエ
ピアノ:パスカル・ロジェ 
チェロ:トルルス・モルク(トゥルルス・モルク)
Chantal Juillet  Pascal Rogé  Truls Mörk

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。最初は、全く、この楽曲の面白さが、わからなかったのだが〜
耳が慣れてくれば、ツボにハマる。
ワタシ的には、かなり想像をかきたてられて、むふふぅ〜っ。
このCDは、ラヴェルのヴァイオリンとピアノのための作品全集とタイトルされている。
で、カップリングは次のとおり。

1    ツィガーヌ Tzigane
2    ハバネラ形式の小品 Pìece en forme de habanera
3    ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(遺作) Sonate posthume for Violin and Piano
4    フォーレの名による子守歌 Berceuse sur le nom de Gabriel Fauré
5〜8  ヴァイオリンとチェロのためのソナタ Sonata for Violin & Cello(M.73)
9      カディッシュ Kaddish
10〜12 ヴァイオリンとピアノのためのソナタ Violin Sonata in G Major(M. 77)

ヴァイオリン作品を一挙に収録されているのって、これは超嬉しい。だって、ラヴェルの室内楽曲って、このCDに、弦楽四重奏曲とピアノ三重奏を付け加えるだけで、全て聴けちゃう筈なのだ。ピアノはロジェさんだし、チェロはモルクさんという、さぞや、デュトワ夫人のジュイエさんもご満悦の1枚である。

ってわけで、よろこんで聴いた1枚なのだが、実は、ワタシの場合、このジュイエ盤を聴いても、さっぱり全容をつかめず挫折したことがある。で、カントロフ盤を購入して聴いたのだが、素直な演奏で自然な雰囲気。で、カントロフ盤を聴いて、初めて〜 良い曲だぁ。と思うことができた。

このジュイエ盤は、くねくね〜してて、とっても、わからりづらい。
えーっ なんて複雑なんだ。ワケわからん。不協和音がイッパイで、キツイ高音域への昇りがあって消えていくヤン。とか、うねうねしてて鬱っぽいな。とか、リズムが沈み込んでいくなあ。とか、ブツブツ文句を言っていたのだ。
う〜ん 何故なんでしょうねえ。他盤を聴いて、耳が少しだけ慣れたのかなあ。
カントロフ盤を経て、改めてジュイエ盤を聴くと、こりゃ女性的だわ。
この官能性に、1楽章・2楽章でノックアウトされた〜というのが実情だ。

まず、「みぃ〜れどし どらそみ どみそぃみ ふぁらしどみ そぉ〜ふぁ そぉ〜ふぁ そふぁ しらそ ふぁみ そぉ〜ふぁ・・・」
と、ピアノが出て、するっとヴァイオリンが重なってくるのだが、ピアノの不思議な和声についていけてない。
で、耳が、えっ ピアノ? ヴァイオリン? という感じで、旋律が完全に分かれて行ってしまうので、この2つを一度に聴いていくには、ワタシの耳が、とっても貧相だったこと。
ハイ、二兎を追う者は一兎をも得ず・・・ って感じで、全く、ついていけなかったことが、挫折の理由である。

普段、ヴァイオリン・ソナタって、ピアノが伴奏にまわるんだけど、この楽曲の場合は違う。
ヴァイオリンもピアノも、それぞれが別の意思を持って、別の方向性に向かって、奏でて行ってしまうという、ゲンダイオンガク風になっちゃってるのだ。
で、ピアノも、完全に自分の世界を持っている。
まあ、強烈な個性を持った男女2人が、一緒には暮らしているんだけど、普段は、お昼間は分かれて会社に行って〜
好き勝手な生活を送っているんだけど、たまに、気が向けば、一緒に夕飯を食べているような感じというか。
ど素人には、とっても、わかりづらい生活スタイルというか、楽曲である。

で、もう、ワタシの耳も、はぁ〜 あんたたち、別モノなのよね〜と、気にしなくなったというか、2つを一度に楽しめば良いのよね〜っと、雰囲気だけを楽しむようになったような気がする。
1つの旋律を耳で追いかけるのは、やめたのである。
これだと大雑把すぎて〜聴き方としてはダメなんだろうけど。

まあ、最初のつかみとしては、ピアノなのだ。で、聴き進むと、ジュイエさんのヴァイオリンが浮いてくるところが出てくる。
で、浮いてきた旋律を、ヴァイオリン、ピアノ関係なく追いかけていく。
そのうち、なんとなく、主になっているのと従になっているところを、自分の耳で調節するって感じだろうか。

布のように、糸が、均質的に撚り合わさったモノではないし、ところどころ合わさるのだけど、表と裏が、するっと入れ替わるし、だから、表面が綺麗に並ばないというか、凸凹状態が、綺麗に続いてないというか。
まあ、音楽は、布のようには見えないし、後から、どうだったのだろう〜とは、時間の流れを止められないし、逆向きには走れないので、これ、完全に俯瞰するのは、ムリってなものである。
まあ、耳を、筋トレするかのように鍛えてはみたが、ちょっとプロじゃないのでねえ・・・。
この1楽章だけを聴くだけでも、結構、耳は疲れます。

2楽章
パンジョーのような、パパパパパ・・・という音で、ヴァイオリンがつま弾く。ピアノも、ジャズ風にパランっと、リズムを入れる。
「らっそぉ〜 らぁぁ〜 そらっそ ふぁそしそぉ〜 そふぁっど どぉ〜しぃしどぉ〜し ふぁそ れぇぇ〜」
なーんか、気怠い、薄着を来たネグリジェ姿の女が、てれん〜っと立っているようだ。
まあ、真夜中に、じゃれている猫みたいで、はあ?
残業して疲れて帰ってきたのに、あのねぇ〜 おまえね〜 ネグリジェ姿で遊んでるのかあ。と、怒り心頭になりそうなんだけど、同居人は、無邪気に遊んでいるかのように振る舞い、ベットに誘うのだ。
ねえねえ〜 はやくぅ〜って感じでね。ハイ、とっても官能的に誘惑されちゃうのだ。
「らっそぉ らぁ〜〜」なんて声で呼ばれると、沈没しちゃいます。
かなり自由奔放で、最初は、このスタイルには、とっても、ついていけないぃ〜って思うのだが、この勝手気ままさが、醍醐味なんでしょう。

3楽章
ここでは、一変して、蚊を追いかける猫みたいで〜 ネズミを追いかける猫と言いたいところなんだけど、このヴァイオリンの旋律は、これは、飛翔物でしょう。
でも、う〜ん ここは、もっともっと、力を入れて飛翔して欲しいなあ。
もっと、縦に伸びて、横にも、前にも後ろにも〜斜めにも〜っと言いたいところだが、ジュイエさんのヴァイオリンは、ちょっと硬いし、一定のリズムで終始しちゃう。もっと、柔軟性が欲しい。
もっと、ここではスピードをあげてよぉ〜と言いたいところが出てきて、ハハハ、聴き手のワタシが、なにを勝手に言っているだろう。ついには、聴き手のワタシが、我が儘を言うようになってしまった。(苦笑)

いやいや〜 これ、なかなか楽しい、面白い楽曲ですね。また、同じ曲を他の演奏家で聴いてみようと思う。
きっと、また印象が違うに決まってるわ。ラヴェルのヴァイオリンといえば、ツィガーヌなんでしょうが、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ、これハマります。

ジャン=ジャック・カントロフ ジャック・ルヴィエ 1987年
Jean-Jacques Kantorow
Jacques Rouvie

満足っ満足っ

録音状態は良い。柔らかい、暖かい音質で、ふわっとした感覚だ。ラヴェルのヴァイオリンソナタ(遺作)と、ルクーのヴァイオリンソナタが収録されているので、とっても貴重な盤だと思う。
カップリング:
1〜3 ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ
4 ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ(遺作)
5 ルクー ヴァイオリン・ソナタ
ヴァイオリン・ソナタ(遺作)

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、1927年に作曲されたものがあるのだが、もう1つ、1897年に作曲された遺作のヴァイオリン・ソナタというのがある。

あまり馴染みがないので、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら
ラヴェルは、すでに1897年に、作曲者自身のピアノとエネスクのヴァイオリンで初演されているが、存命中には出版されなかったそうだ。
作曲者の生誕100周年の1975年に再発見され、(学者のアビー・オーレンスタインさんによって見つけられた)ニューヨークで蘇演されるまで、永らくその実像を知られてはいなかったとのこと。晩年の多楽章の活気あるソナタとは対照的に、 哀調を帯びた瞑想的な曲調を持つディーリアス風の作品で、イ短調、長大な単一楽章で構成されている。
現在は、1927年に作曲されたソナタと区別するために、「遺作のヴァイオリン・ソナタ」などと呼ばれている。

1897年の作曲というから、ラヴェルがまだ、22歳、コンセルヴァトワールで学んでいた頃に作曲されたものだ。
聴いてみると、CDのブックレットに書かれてあるように、拍子がころころ変わる。
少し引用させていただくと〜

無伴奏でまず聞こえる7/8拍子の第1主題、伴奏の和声に目をつぶればハ長調の2/4で書かれた第2主題。
ひと種類の和声のうえを、浮遊する6/8の第3主題、提示部の終わりの変形された第1主題は5/8で、伴奏のリズムが洒落ている。そして、展開部は第3主題が回帰するまで3/4で進んで行く。
ドビュッシーの管弦楽法が混色に、ラヴェルの方は、原色の対置に例えられるが、それぞれの主題は、たとえ別の主題と重なりあうにしても、本来の性格を失うことがない。・・・とあった。

「ふぁみふぁ れふぁ らそみ れどしぃ〜(そふぁ らふぁみ れみど らしぃ〜)」
ピアノの不思議な煌めきを持つフレーズと、ヴァイオリンのフレーズは、よく似ているが、影と光のように、全く、違う色彩を持っているように思う。

ヴァイオリンが実体で、ピアノが影のようなモノなのかと言えば、逆のように聞こえたり〜
色彩が豊かなのだが、色相で例えると、補色の関係かと思えば、よく似た色調だったりする。流れて行くヴァイオリンの前を横切ってみたり、追随してみたり、その距離は常に一定ではない。
ヴァイオリンもピアノも、対等に扱われおり、とても感性に訴えてくるものだが、とても聴きやすい。
それまでの、ヴァイオリンソナタの概念とは、飛び抜けてるっ。というのは、素人のワタシでも、わかるような気がする。
ところで〜 ウィキに書かれてあった、ディーリアス風って、ん?わかんない。教会旋法ではないのかしらん。
1982年 ジャン=ジャック・カントロフ ジャック・ルヴィエ Denon ★★★★
1995年 シャルタン・ジュイエ パスカル・ロジェ Dec ★★★★★
遺作      
1987年 ジャン=ジャック・カントロフ ジャック・ルヴィエ Denon ★★★★
所有盤を整理中です。

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