「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

シューマン 森の情景
Schumann: Waldszenen


シプリアン・カツァリス 1986年
Cyprien Katsaris

柔らかい響きで、素直に表現されているように思う。
あまり不気味な演奏なのは、う〜ん。苦手なので。幾分、メルヘンテックで、人の気配のする演奏の方が好きだ。シューマンって、タイトルでごまかされちゃう。
子供の頃には、メルヘンチックな楽曲だと思い込んでて、大失敗した。

カップリング:シューマン「子供の情景」「音楽帳」

 シューマン 森の情景 Waldszenen Op.82
1 森の入り口
2 茂みのなかで獲物を待ち伏せる狩人
3 もの悲しい花たち
4 呪われた(気味の悪い)場所
5 親しげな世界
6 宿
7 予言の鳥
8 狩りの歌
9 別れ

1 森の入り口
「みみみれ みみみふぁ れれれみ どどどみ ら〜ど どしらし そ〜」
さて、物語が始まるよぉ〜という、カツァリス盤は、メルヘンティックに語り始める。
暗いのだが、その暗さは、ほのかに暗くなっている森林のイメージ。まだ入り口なので、陽が差し込んでいる。私的には、この「森の情景」は、どうも危ない曲で、迷子になった気分で不安にさせる。
たまには、森林浴のために、健康のために歩くのも良いが、しっかりコースに従って歩きたい。そういう人なので、鬱々と、いったん入り込むと抜けられないような、鬱屈して暗いのは、苦手である。
で、あまり、好きではない楽曲なのだ。いや、嫌いなタイプだろう。(笑)
カツァリスさんの盤は、まだ親しみやすく、健康的と言えるかも。この程度の暗さなら、耐えられる。

2 茂みのなかで獲物を待ち伏せる狩人
「み〜どっ パラララ ららら パラララ ららら〜」 茂みのなかで待ち伏せている狩人は、かなりテンポが速く、若くて元気な狩人である。
ピリス盤だと、逃げまどう獲物の方に感じちゃったのだが、カツァリス盤は、快活で、間合いも詰めて間髪入れずに演奏される。聴いている方は、狩人の獲物を追いかける姿をイメージできる。
スピードが速く、さらりと快速に飛ばされちゃって、ちょっと、茂みで待っているという光景じゃないのだが、まあ。この方が良いわ。自虐的に聞こえる盤は、ちょいと〜 ヒイテシマウ。

3 もの悲しい花たち
「みそふぁみ らどしら れふぁみれ れどしら れどしど れしらし ふぁみれみ しらそふぁ みれどれ ど」
ピリス盤は、総体的には乾いた硬めの音がするのだが、この曲は、じと〜っとしてた。半音の混じった暗いイメージで彩られていたのだが、カツァリス盤は、 途中のトリルが可愛い。
メルヘンティックというか、童話の世界のようで、花らしく可憐なところが感じられる。
音色が柔らかいため、トリルの音が、いっそう柔らかく、可愛く聞こえてくる。
どっぷり演奏されると、私的には引いてしまうのだが、この演奏は、適度に距離を保っており、情感は、さらりとしており、適度に健康的だ。私的には、カツァリス盤で聴くと、あまり陽が差し込まない森林で、落ち葉がたっぷり敷き詰められたような、ちょっとう標高の高いところにある森で、そう〜 白樺林かな。
そこに、こっそり咲いている野草のようだ。地味だけど、清楚で可愛い花が咲いているような情景が浮かんでくる。

4 呪われた(気味の悪い)場所
「しど〜 らふぁ〜 どら〜 しみ」「「みし〜 どし〜 ふぁれ みど〜」
「どど そふぁ〜 みみ そふぁ〜 みみ〜 みら どれ ふぁみ みみ〜」
薄気味悪いタイトルがついているが、カチャリス盤は、さほど不気味ではなく、おどろおどろした雰囲気が少ない。穏やかで冷静に弾かれており、「そふぁ〜みみ〜 そふぁふぁ〜みみ〜」
ちょっとした間合いで、ふっと、あたりを見渡しているかのよう。
血塗られた不気味な赤い花が咲いているとは、思えないなあ。どこにでもあるような、森林の雰囲気かもしれない。怖いっ。と感じるのは、その人の心情を映し出したモノかも。想像を逞しくしすぎるから、恐怖を感じ、幻影を見るんだよ〜とでも言いたげ。
確かに、ちょっと寂しい感じはするが・・・。

5 親しげな世界〜 6 宿
前曲とは、うってかわって可愛い明るい曲になっている。のびやかだし可愛いっ。小回りの効く右手で。
ぱらら ぱらら ぱらら〜っ 少しためをつけて、大きな抑揚をつけて歌う。
「宿」も、素朴な歌謡風のフレーズ 「ど〜ら ふぁそらし ら〜そふぁ〜」と、明るく開放的だ。
キラキラするほど、明るくないところが、頃合いで。

7 予言の鳥
「れ〜 みどれ〜み ら〜ふぁみれ〜み み〜 れどらみ ふぁ〜」
不可思議な煌めきをもって、神秘的な分散和音が奏でられる。渋くて濁りを持った光が放たれている。
雨粒のような、シトシトと垂れるような水のようだ。鳥というより、私的には水滴のように感じた。(笑)
水が飛び跳ねてどこへ飛んでいくのか、皆目見当が付かないような、弾力のある響き。
和音が、良くワカンナイ。わかるところと、わからないところがあって、そこが不安定さを醸し出すのかなあ。コラール的に奏でられている部分もあるのが、一層、つかみどころがない 。
でも、なかなか綺麗な粒で、ぴょ〜んと跳ねているみたい。
斬新で楽しいが、予言が何を表しているのか、ワタシには、まだ見えてこない。

8 狩りの歌
「ど ふぁ〜ど どれみ ふぁ〜どれみ ふぁ〜られ〜 れ〜しらそふぁ みしら〜」
勇壮なイメージのする曲で、人の歓びが、素直に表現されているようだ。
人の温かみが感じられて、カツァリス盤は、暖かい。素直に喜びを表しているし、のびやかに。渋い音色ではあるが、開放的である。そして、森林のなかというよりも、人が主体となっているように思えるし、森と自然の描写ではなく、人と森の関わりが表現として描かれているような気がする。

9 別れ
「み〜 ど らしどれ〜れ〜 みそ〜ど〜ら どらそ  そらそ み〜 どらしどれ れ〜そ」
伴奏が、ブンチャッチャ風に入ってくるシンプルな曲だ。
しかし、フレーズは、よくわからない。フレーズが、妙な和音で繋がっていく。繋がっているようで繋がっていないのか、いやいや、繋がりそうで、すれ違って別れていくのか。
右と左のフレーズが、絡むようで絡まないようで。
素直に聴いていると、はぁ? なんで、次の音が、この音なの。って、予測が妙な感じにずれる。
なんだか、この素直じゃないフレーズのようで、ふ〜む。

カツァリス盤は、柔らかい響きで、開放的なフレーズは、素直に開放的に弾かれている心地よさがある。
マイナス思考であればあるほど、薄気味悪く、幻影を見る。薄気味悪く、沈み込み、よからぬことを想像し、想像すればするほど、ドツボにはまる。ま〜そんな盤ではない。
例えば、木の切り株を見て、怖いオバサンの顔に見える。とか、背後に誰が立っているような気がする。なーんてことは、感じられないので、素直に聴けちゃう。
私的には、あまりにも不気味な演奏は好まない。森の情景、この楽曲で、想像を逞しくして、怖がるのは結構だし、シューマンが何を表現したいのか。今のところ、つかみかねている。
もし、つかみとれたとしても、あまり共感はできないかなあ。とも思う。
私的には、森の情景と言いつつ、人の心情を映し出していると思うし、演奏している人の心も映し出すし、聴いている人にも、その心情は伝播する。で、平凡なワタシには、このカチャリス盤で、よろしいのデワ?と、思うのだ。
あっ しかし、アファナシエフ盤が残っていた。うっ。どーしようかなあ。想像を絶するような怖さだろうか。
ぞぞぉ〜。(汗) しばらく聴きたくないなあ・・・。真夏の肝試しに聴いてみようかなあ。

マリア・ジョアン・ピレシュ(マリア・ジョアオ・ピリス) 1994年
Maria João Pires



録音状態は、まずまず。不気味さの漂うストーリー性を持った楽曲だが、幾分、乾いた爽やかさが残っている演奏。
カップリング:シューマン「森の情景」「アラベスク」「3つのロマンス」
「ウィーンの謝肉祭の道化」 1993年

ピリスさんと、いつも呼んできたのだが、表記が定まらない方である。人気があるはずなのに〜
で、改めてウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、下記のとおりだった。
・・・日本では長らく「マリア・ジョアオ・ピリス」もしくは「マリア・ジョアン・ピリス」という表記と発音が広く定着し、CDジャケットや雑誌媒体などで多々使用されてきた。しかしながら、原音(ポルトガル語)に最も近い表記は「マリア・ジョアン・ピレシュ」である。・・・とのこと。
でも、やっぱり「ピリス」さんで定着しちゃっているので、ワタシは、ピリスさんで書いておこうと思う。
さて、シューマンの「森の情景」は、作品番号が82なので、かなり遅い時期に書かれたピアノの作品だ。
「子供の情景」と、つい間違いそうになるが、違うんだよなあ。

1 森の入り口
「みみみれ みみみふぁ れれれみ どどどみ ら〜ど どしらし そ〜」物語が始まるかのような感じがするが、やっぱり暗め。シューマンにとって、森ってどんなイメージなのか。
漫画「のだめカンタービレ」に出てくるような、「変態の森へようこそ〜」をイメージしちゃうが、あまり楽しげじゃーない。

2 獲物を待ち伏せる狩人
「み〜どっ パラララ ららら パラララ ららら〜」 すばしっこい獲物を待っているのか、追いかけている情景が描かれいるのか。せわしない。
追いかける狩人というより、逃げている小動物をイメージしちゃうんですけどね。

3 もの悲しい花たち
「しそふぁみ らどしら れふぁみれ れどしら れどしど れしらし ふぁみれみ しらそふぁ・・・」
半音の混じった暗い、じっと〜とした曲で、花がモチーフとは思えないんだけど。ピリスさんの演奏は、ちょっぴり乾いた硬めの音なのだが、鬱々してい て、ウツウツ・・・と悩んで、じっとり傾向にある。
花といいつつ、失恋して凹んでいるような女性に思えちゃう。
まあ。もっとも最近じゃー あまり、凹まないとは思うんですけどね。そっとしておいて〜 ほったらかしにしておいて〜 と強い女も多いわけで。ピリスさんの演奏は、ソフトタッチに聞こえない分、ウジウジしてる感じがして。う〜ん。

4 呪われた(気味の悪い)場所
「みど〜 らふぁ〜 どら しみ」「「みし〜 どし〜 ふぁれ みど〜」
「どど そふぁ〜 みど そふぁ〜 みし〜 みら どれ ふぁみみ〜」
このフレーズは左手と右手が呼応しており、声のように響いて不気味だ。呪われた場所って、どんなところなんだろう〜と思うのだが、とにかく、シューマンの見たであろう森と、ワタシが見た古い神社のある鎮守の杜じゃー 違うらしいことが、見えてきた。
呪われた場所って言えば、五寸釘でも打ち込みOKそうな、パワースポットだろうか?
平安時代から続くような神社だろうか。魑魅魍魎の世界? 妖怪が住むような場所?
裏切られ、失意のうちに亡くなった方の怨霊を封じ込めた神社?
いやいや、もっとメルヘンチックに、アリスが落ちた穴のような世界なのだろうか。
少なくとも「森」というのが、シューマンにとって、何を表すのか、それがワカラナイと、だめなような気がするのだが。パワースポットであろうな〜という雰囲気に包まれる。この曲だけでなく、全体的に暗くて〜 じっとりしてて〜 かなり不気味だし、得体の知れない世界が待ち受けており、ここに入ったら最後。
ろくでもない、不幸ごとが待っており、食われちまう感じがする。避けられるモノなら、避けたい。
そんな場所のようである。とってもとても、ノー天気に、自然を満喫、森林浴したいな〜とは、いかないのだ。心地良いなんて、とても思えない。
「みふぁそしらそふぁみれみふぁ〜」「どど そふぁ〜みみ〜 そふぁ〜みみ みら どれ ふぁみみ〜」
なかなか右手のフレーズと、左手のフレーズが、バラバラで2つの世界の呟きを表現しているようだ。
光が入ってこないような闇のような世界で、よろめき、放浪している感じ。

で、この曲だけ、元々は詩が添えられていたようである。
ドイツの詩人フリードリヒ・ヘッベル(Friedlich Hebbel)の作品らしいが、出典はワカラナイ。
サイトを放浪していたら、ドイツ語で書かれたものが出てきた。

Die Blumen, so hoch sie wachsen,
sind blaß hier, wie der Tod;
nur eine in der Mitte
steht da im dunkeln Rot.

Die hat es nicht von der Sonne:
nie traf sie deren Glut;
sie hat es von der Erde,
und die trank Menschenblut.

森のなかに、太陽の光を浴びず、青ざめたように背の高い白い花が咲いている。
その中央に、一輪だけ赤い色をした花があった。
なぜ、赤いのか。太陽の光を浴びていたからではない。それは、人の血を吸ったから〜
という意味らしい。(相当に意訳してあるんですけどね。)
ひぃ〜っ。恐怖で固まるよねえ。クララさんも、演奏会には、この曲を取り上げなかったらしい。(納得)

5 親しげな世界
前曲とは、うってかわって可愛い明るい曲になっている。パララ パララ パララ ら〜ら。
おまえは、躁鬱病か。と言いたいほど変貌している。でも、あっという間に終わる。

6 宿
森のなかで、人の気配のする曲である。家が出てきてほっとするが〜 まさか呪いの館ではないだろうな。と、懐疑心が湧いてくるが、いや、ちゃんとした家らしい。夕餉のモクモクと煙がでているようで、ほっとさせられる。素朴な歌謡風のフレーズ 「ど〜ら ふぁそらし らふぁそみふぁ〜 ふぁ〜れれ〜」

7 予言の鳥
「れ〜 れ みみ ら〜 ふぁれ〜 れみみ」
えっ 音がつかめない。神秘的で不可思議な分散和音で色どられており、煌めきの発している音が綴られている。連続シャープって感じだが、これ、相当に面白い曲だ。
ホントに、シューマンの楽曲なの? と言いたいほど、印象派風に聞こえるが、コラール的に奏でられている部分もあって、なんだかつかみどころがないのだ。
「れ〜 れみみ ら〜ふぁれみみ みそしら れ〜どど そしら れ〜どど どし・・・」
フレーズは、馴れれば口ずさめるようになるが、予言とは、何を意味するのやら。新しい音楽世代を象徴しているのかもしれないなあ。鳥は、シューマン自身だったりして・・・。
ホント、かなり斬新な楽曲で、いつもの古典的なスタイルとは、全く違う印象を与える。

8 狩りの歌
「ど ふぁ〜ど どれみ ふぁ〜どれみ ふぁ〜られ〜 れ〜しらそふぁ みしら〜」
この曲だけ、勇壮なイメージのする曲で、狩りの収穫でも祝っているのか、歓びが奏でられている。
まあ。とってつけたみたいな気がするんだけど。
ピリスさんのピアノも、ここだけ音量が大きく、びっくりさせられる。

9 別れ
「み〜 ど らしどれ〜れ〜」
伴奏が、ブンチャッチャ風に入ってくるシンプルな曲だ。でも、あがりくだりして、パララ パララ ら〜 と右手のフレーズが高音で光っている。このスタイルに別れを告げましょうって言っているのかどうか、よくわからないけど。神秘的でもあるし、これは明るく終わってくれるので、救われる。
いっけん、単純だけど、右手のフレーズに煌めきが感じられて、もや〜っとした感覚も生まれているし、そうかといって、色彩的には、クラシカルなんだけど、違う原色の色が、パレットに登場しているような感じ。

で、結局 この森の情景って、どうだったのかと言われたら・・・。う〜ん。迷子になりましたが、なんとか出てこられました。ってところだろうか。
黒々とした森の光の届かない場所では、やっぱり、得体の知れないブラックホール的なイメージがあるし、精神面で、不安定さも感じてしまった。 湿気の多い、鬱〜とした、不気味さがある。
ピリス盤は、 ずぶずぶに落ち込むのではなく、冷静だけど幻影を抱いている。音は、ちょっぴり硬めの音なのでキツク感じてしまう。もやもや〜 どんより〜としたというより、どちらかと言うと、悲痛な感じがする。
痛々しいというか、孤高的というか。
良い演奏なのかもしれないが、楽曲そのものも苦手だし、この音質も苦手で、、、とほほ。
1986年 カツァリス T ★★★★
1992年 アファナシエフ
1994年 マリア・ジョアン・ピレシュ(マリア・ジョアオ・ピリス) ★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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