「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ブラームス ドイツ・レクイエム
Brahms: Ein Deutsches Requiem


ブラームスのドイツ・レクイエム(Ein deutsches Requiem)作品45は、オーケストラと合唱、ソプラノ・バリトンの独唱による宗教曲で、1868年に完成し、翌年の69年に初演されています。全7曲で構成されています。
混声4部合唱と、3楽章と6楽章ではバリトンのソロが、5楽章ではソプラノのソロが登場します。
通常レクイエムは、典礼音楽としてラテン語の祈祷文に従って作曲されますが、ブラームスはマルティン・ルターが訳したドイツ語版の聖書などに基づいて、ブラームスが自分で選んで歌詞に使っており、そこが特徴となっています。
全7曲約70分の大曲です。

第1曲 「幸いなるかな、悲しみを抱くものは」
第2曲 「人はみな、草のごとく」
第3曲 「主よ、わが終わりと知らしめたまえ」
第4曲 「万軍の主よ、いかに愛すべきかな、なんじのいますところは」
第5曲 「汝らも今は憂いあり」
第6曲 「われらここには、とこしえの地なくして」
第7曲 「幸いなるかな、主にあいて死ぬるものは」

冒頭より、ブラームスならではの分厚い響きで始まり、その重さにちょっと驚かされます。しかし途中で、ほっとする曲もあるので心配いりません。(笑) また、第1曲で登場するフレーズが随所に現れて、 否が応でもアタマに染みついてきます。
曲タイトルの和訳は、それぞれの盤によって異なっています。

  カラヤン ベルリン・フィル 1976年
Herbert von Karajan Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)
アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バス・バリトン)、ウィーン楽友協会合唱団



録音状態は、さすがに少し古めかしく擦れや音割れがあるが、リマスタリング盤も出ている。音楽祭を除いて4回録音されているようだが、これは70年代のEMI盤である。
第1曲
厳かな和音が序奏部分で響いてくる。低弦による和音だが、パイプオルガンのように響いている。
「そ〜ふぁ〜 ど〜れみれ どしらし そ〜らしら そふぁみふぁ ど〜れみれどしらし」
そのなかをコーラスが、「悲しんでいる人は幸いである。彼らは慰められるであろう」と、そっと歌い始める。
ドイツ語だし、さっぱり歌詞の意味はわからない。歌詞カードを手に持って聴いてみるが・・・。
冒頭のフレーズや雰囲気だけでも、結構、引きこまれて慰められる。
「れ〜れれ そ〜 ら〜れ〜ど し〜 どれみふぁし〜 どれみふぁ ら〜 そ〜しみれら〜そ」

ドイツレクイエムは、いきなり、目の前に天国の階段が表れたようで、そこを促され、一歩一歩踏み出していく。そう。導かれているような気がする。
ドイツレクイエム、略してドツレクは、入祭唱、キリエ、怒りの日等が続く、一般的に形式化されたレクイエムではない。ちょっと目的や意図が違ってて、スタイルも異なっているのだ。
で、大変、心地良い生きる人のための慰め的な音楽で、いきなり雲のうえを歩いているような気分にしてくれる。もちろん歌われている歌詞は、「涙をもってまく種は、喜びの声をもって刈り取る」と、 これは詩篇に基づいているが、マタイ、ペテロ、イザヤ書や詩篇などから集められたもの。
箴言を、音楽付きで読んでいるようなものかもしれない。
「し〜 どれみふぁし〜 どれみふぁ ら〜 そ」 木管の音色がコーラスに添って、低弦の響きがまろやかに響く。この楽章では、ヴァイオリンは登場せず、低弦(ヴィオラとチェロ)主体で演奏されている

第2曲
「そ〜ど そ〜ど」 静かにティンパニーが、「タタタ タンタン タタタ タンタン」と連打されている。
重々しい歩みで葬送行進曲だと思う。
「ふぁ〜そみ らそど〜 ら〜そふぁみふぁ〜」 非常に悲痛な音のなかから、慰めの声が聞こえてくる。
「そしれら〜 どみられ〜 そしれら〜 どみしら〜 どれらそ〜 どみそ〜ふぁ〜そ」
上昇していく大変印象的なフレーズが奏でられ、大変美しい。
「人はみな草のごとし その栄華はみな草の花に似ている 草は枯れ、花は散る」ペテロの第一の手紙から採られた歌詞が歌われるが、う〜ん。これは日本人感性と似ているというか。いや、DNAに組み込まれているような近親感がある。
しかし、歌詞のわりには、ちょっとアプローチが違う。ティンパニーが印象的に叩かれ、ダダダダ ダーっ というティンパニーの連打によって、カラヤン盤は大きく高揚していくのだ。
で、頂点に立つとき、大袈裟というか、あまりの高揚感に驚かされる。ひぃ〜 これは凄い。
「花は散る。しかし、主の言葉は永遠に残る」
ちょっとなあ。こりゃ〜歌詞とは違うベクトルだ。と思うのだが、まるでオペラ風情の派手な演出で、ヴェルディ・怒りの日・ティンパニー版って感じなのだ。
金管も入っているし、音量が大きすぎたのか、で、すっかり音が割れてしまっている。
ほれ〜やっぱりなあ。(↑ リマスタリング盤ではないので)
後半、「しそし れ〜ら しれふぁれ〜ら どみふぁそーれ どーしら」
少し平べったい木管の音色によって、天上へ誘ってくれる。ここは平穏で、のどかなフレーズに変わっている。再度、葬送の主題が現れ、再度あの高揚感がやってくる。ここではティンパニーはないが、合唱によって高らかに歌われている。
この第2曲目の迫力と劇的な効果は、やっぱ凄い。カラヤン盤で聴くと、かなりのエネルギーを放出していると思うし、実は、ここでくたびれる。えっ まだあるの?

第3曲
ちょっと休憩って感じで、ジョゼ・ヴァン・ダムさんの声を聴く。
無常観ただよう迷いのフレーズが続くが、後半、「主よ、今私は何を待ち望みましょう。私の望みは、あなたにあります・・・」というフレーズから、力強くなっていく。
最後、永遠のD(ニ)と言われる壮大なフーガの底辺を流れる音が支えとなり、ずーっと続いていくのだが、その上のコーラスも、ずーっと慌ただしくフレーズを続けていくので、聴いている方も、息継ぎができない苦しさを感じてしまう。
カラヤン盤は、録音が良くないからかもしれないが、圧迫感を感じて、最後は聞きづらく・・・シンドイ。
曲が終わると解放された感じに。

第4曲
安らかな楽曲で、「ら〜しどれふぁそ〜ふぁみ ふぁら〜 そふぁみ〜 ふぁしどれふぁそ〜ふぁみ」
フルートと弦が優しく揺れるフレーズで奏でられている。4分の3拍子という拍の調子が、とても柔らかいし、優美である。
優しくホルンも吹かれ、フルートの「ふぁ〜ふぁ〜み〜」と、心地よさがある。で、「ふぁ〜そらどれふぁ そ〜ふぁみ」という天上的なフレーズが、何度か繰り返されている。あ〜 こりゃ。美しい。
ヴァイオリンの高音域の響き、低弦の豊かさ、そして天使のようなコーラスがあいまって、のびやかに、とても美しく歌われている。この楽曲の白眉的存在で、この曲を中心にシンメントリーに構成されている。

第5曲
この楽章は、アンナ・トモワ=シントウさんの声 最初は少し硬いなあ。と感じてしまったが、コーラスが入ってくると、ほんわかしてくる。母のその子を慰めるように、私もあなた方を慰める。と歌われている。

第6曲
最後の審判、死者の復活という大変重い楽章だ。一般的なレクィエムの「怒りの日」に相当する。
「この地には永遠の都など無い」という、諦念の情が渦巻いている。
オケの伴奏は、まるで、オペラ的にも感じられるのだが、まっ 劇的な神のミラクル模様を描いた楽章になっているので、これが正解なんだろうな。
まず、コーラスが、「この地上には、永遠の都はない。来たらんとする都こそ、私たちの求めているものである」と歌う。柔らかい、とてもソフトタッチの歌い方で、羽毛のように聞こえてくる。
弦が、「ふぁみどら ふぁみどら〜 しらそふぁ〜」と序奏した後、
「れ〜みっ れ〜みっ れ〜み (アアア アっアっアっ) ふぁらっそふぁみっ」
「ふぁっ〜そ ふぁっ〜そ (アアア アっアっアっ) ふぁ〜らそふぁっみっ」
録音も、奥行きがこの楽章で感じられる。まるでオペラを見ているようだ。
空間がひろがっていき、大迫力で。激情的に奏でられる。
「ここに、あなた方に奥義を告げよう。」

カラヤン盤だと、一大スペクタルである。確かに、イチバン重要な曲だと思うので、この大迫力は待ってました〜という気分である。圧巻だ。 フレーズを区切っていくところも力強く、何にもまして、信念が固いって感じ。迷いのない信じて疑わない圧倒的なパワーを感じる。弦の響きも凄いし、金管も迫力あるし、合唱も負けじと頑張っているし。
豊かな響きに、う〜 唸ってしまった。特に低弦の響きが力強く、硬めで美しい。
「ど〜どっ しっそ ふぁ〜ふぁ みっど ら〜ら しっそ し〜しらっ」と、弦がたかみにのぼっていくとき、低弦が、オルガン的は響きを強く出してくる。 「らしどれ〜 どみふぁら〜 しれみそ ふぁらそしみふぁ〜」
ひぇ〜 凄い。全部をひっぱりあげるだけのフーガパワーが出ている。こりゃすごい。

第7曲
「今から後、あなたに会って死ぬ人は幸いである」と歌われる最後の楽章。
「そ〜みれどしれみ〜 みふぁそ〜らしどし〜 ふぁそ〜ふぁみふぁみ〜れ」
のびやかで軽やかに厳かに奏でられる。
カラヤン盤は、かなりコントラストが強めだが、迫力があり、底地からもあって、引きこむパワーが圧倒的。
好き嫌い抜きに、やっぱそのパワー、エネルギーには、う〜負けるなあ。
特に、2曲と6曲・・・。 圧倒的パワーに、すっかり〜 呑み込まれちゃいますね。

  ハイティンク ウィーン・フィル 1980年
Bernard Haitink  Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)
ソプラノ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ Gundula Janowitz
バリトン:トム・クラウセ Tom Krause
ウィーン国立歌劇場合唱団

ほぉ〜良いヤン

録音状態は良い。最初はテンポが猛烈に遅くて驚かされるが、総体的には、清潔で落ち着いた、切々と語りかけるような演奏だ。長らく入手が困難だったが、デッカにレーベルが移ってからは、SHM-CDも発売されている。
第1部
とてもゆったりと、ゆっくりと始まる。ホント、すごく、ゆったり、ふわーっと進む。
この冒頭の遅めのテンポは、う〜ん ちょっと馴れないと違和感がある。
猛烈に遅いと感じたのはバレンボイム盤だが、第1部で12分24秒だった。ちなみに、ハイティンク盤は、12分21秒というクレジットである。
やっぱり同じぐらい遅いんだ。ひぇ〜  何度か聴いてみたが、やっぱり、ワタシ的には、かなり遅めである。
しかし、バレンボイム盤とちがって、どうだろう。ゆったり慈しむ感じで、劇的なレクイエムとは異にしたアプローチである。誠実で素朴、静けさ、ゆったり感は、ハイティンクさんのお人柄なんだろうか、妙に納得させられてしまうところがある。
とっても偏見なのだが、バレンボイムさんは、これは確信犯でしょ。でも、ハイティンクさんは、誠実だと〜 感じ方が違うのである。ハイ、これは偏見ですね。やっぱり。

第2部
やっぱり、この2部に入って、ますます遅くなりまして〜うぐぐっ。疲れ果て、足取りが重く、泥沼にはまり込んだ感じで、すごい遅い。この2部のなかでも段々に遅くなってしまって、猛烈にドボン。
で、この第2部は、バレンボイム盤は16分48秒、ハイティンク盤は16分5秒だ。
遅さを競うわけではないが、もうイチイチ書いているのが邪魔くさいので、表にしてしまおう。このレクイエムは、なんだか、まずテンポがねえ、気になります。
(バレンボイム盤の感想のところにも、他盤の演奏時間の比較表を記載しています。)
  ハイティンク盤 バレンボイム盤
第1部 12分21秒 12分24秒
第2部 16分5秒 16分48秒
第3部 10分22秒 10分46秒
第4部 5分15秒 5分29秒
第5部 8分29秒 7分30秒
第6部 11分3秒 12分00秒
第7部 12分14秒 11分55秒

ワタシが所有している盤は、1995年の輸入盤だ。最近は、フィリップスがデッカに吸収されてしまった、そのおかげで、再販され手に入れやすくなったようである。録音状態は80年という年にしては良いと思う。奥行きもある。
コーラス部分もツンツンとしているものではなく、やわらかく落ち着いたものだ。
で、テンポなのだが、2部の後半からは、普通に戻るというかエンジンがかかったというか、テンポアップしてくるので、ほっ。

第3曲
トム・クラウセさんの声は、痩せてもいないし、妙に威張った、はりあげた声でもなく、穏やかだ。
歯切れも良く、そして、ふわーっとコーラスが入ってくる。歌劇の主人公ではないので、控えめに歌われている。

第4曲〜第5曲
安らかな楽曲で、「ら〜し どれふぁ そ〜ふぁみ ふぁら〜 そふぁみ〜 ふぁしどれふぁそ〜ふぁみ」
穏やかな楽章で、素朴で楚々としている。ウィーン・フィルなので、もっと艶があるのかと思ったが、ハイティンク盤で聴くと、素朴で、やっぱり清潔で、木綿の肌触りとなっている。
個人的には、もう少し流麗でも、優雅さがあっても良いのになあ〜と思ってしまうが・・・ レクイエムだしなあ。
ヤノヴィッツさんの優しい声も魅力的だ。
ホント、この中間部から、楚々として、清潔で、抑制された美意識が満載という感じが、猛烈にしてくる。
厚ぼったい重厚さで充満する楽曲ではなく、ほほぉ〜 これはこれは、清潔なトーンで、全体の雰囲気が優しく、慈愛に満ちたものに感じられて、段々と染みいってくるのだ。
この中間部まで来ることができれば、なるほど、こういう構成なのか・・・と気づく。そう、この中間部からは、別世界に入った感じで、恍惚としてきて、とても好ましく思える。
特に、ヤノヴィッツさんの声と、コーラスの雰囲気が、天上への入り口のように感じられる。

第6曲〜終曲
ここは、「怒りの日」に相当する場面になるのだが、ここに来ると、いきなり歯切れ良く、バンバンっと奏でられる。
ティンパニーと弦のキレが、スパスパっと鳴っており、
「れ〜みっ れ〜みっ れ〜み  (アアア アっアっアっ) ふぁらっそふぁみっ」
「ふぁっ〜そ ふぁっ〜そ (アアア アっアっアっ) ふぁ〜らそふぁっみっ」と、とても歯切れが良くなるのだ。
劇的ではないが、歯切れのよい歌い方で、3連符が出てくる。コーラスが力強く歌われ、静謐なのだが、熱い。
ふわっとしたモノではなく、少し怒りを含んだ、激しさを帯びて、神の怒りに触れたような、緊張感が生まれており、硬めに変貌しているのだ。
で、見通しの良い、ハーモニーなのだが、コーラスが段々と熱を帯びてくるのが、目に見える。
激しさを持って階段を昇っていく。という光景が見えてくる。
また、ここでは神がお怒りになっている〜 改悛を求められている。という気持ちになっていると、するっと、平穏で平和な雰囲気に変わる。
このセンテンスごとに、場面、舞台が変わっていく。それが、メリハリをつけてアプローチされているように思う。ずーっときていると、はは〜ん、なるほど、楽章で、ストーリー展開されているのだ。(えっ 今頃気づいたのか。)
  ジュリーニ ウィーン・フィル 1987年
Carlo Maria Giulini  Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)
バーバラ・ボニー(ソプラノ)Barbara Bonney
アンドレアス・シュミット(バリトン)Andreas Schmidt
ウィーン国立歌劇場合唱団




録音状態は、あまりよろしくない。デジタル録音なのだが、幾分こもった感じがするし、ピシッとピントが合っていないような。単品でも販売されているし、ブラームス 交響曲全集(5枚組)にもカップリングされている。
ひとことで言ってしまうと、大らかな包容力のある演奏だと思う。
ゆったりとしたテンポで、柔らかく優しい。大きな、ふんわりとした感覚に包み込まれるような感じだ。
ちょっぴり流麗系なので、これじゃ〜ブラームスじゃないじゃん。という方もいるだろうけど。息の長くて深い演奏である。

第1曲
声と言うよりは息に近い、目に見えない息が、ミスト状になって、まず冒頭から降り注がれてくる。
う〜ん。まるで、神懸かり的な雰囲気で〜 
ジュリーニ盤は、この冒頭にやられてしまう。空気感が、まず違うのだ。
そのなかをコーラスが、「悲しんでいる人は幸いである。彼らは慰められるであろう」と、そっと歌い始める。 「し〜どれみふぁ し〜」「どれみふぁ らぁ〜そ」と、オーボエが序奏部分で響いてくる。
う〜 これは、いきなり天上の世界に引きずり込まれ、目の前の階段を、おそるおそる昇っていくという劇的な効果がある。誘われる〜というのが正しいだろうか。この、雰囲気には息を呑む。
まっ ジュリーニ盤だけではなく、この楽曲の冒頭が、そんな雰囲気なんだけど〜 特に、ジュリーニ盤は、もわっとした、ミスト状になっている感じがする。
まっ これは、録音のせいかもしれないんだけど〜
録音状態は、デジタルのわりには、イマイチ。必ずしもよろしくない。透明感が、う〜ん。
特に、ハープの音が、籠もってしまっているし、低いティンパニーや低弦は、特にクリアーではない。奥行きが、どうもピントが合っていない、ぼやけた感じがするのだ。
が、1曲の冒頭では、これが、幻想的というか、この世のモノではないような感覚にさせられちゃうのかもしれない。
極めて柔らかいレクイエムだ。
音の出し方が、木管だけはストレートに響くが、あとは、ふぁ〜っと出てくる。
全体的にレガート気味で、リズムを刻む、音を置くという感じ無いためか、がちっとした構築性、重厚感というよりは、形の無い、空気感が全体を包むような、どこか空に漂っているような印象を受ける。

第2曲
静かにティンパニーが、「タタタ タンタン タタタ タンタン」と連打されて 出てくるのだが、1曲目と同様に、いかにも、ふんわりとした足取りで、重々しさが少ない。
高音の音色だけが澄み切っていて、全体的には形がない。くぐもったなか、ティンパニーの音が段々と大きく鳴ってくるが、いかにも高揚していますという雰囲気とは違う。
カラヤン盤だと、極めて強烈で、まるでオペラ並なのだが、ハイ、ジュリーニさんは、大袈裟にはしません。
録音のためか、ぼわ〜っと鳴っているんだけどなあ。
また、重なってくる声楽が、柔らかくって〜 カラヤン盤とは、まるで違う楽曲を聴いているような感じだ。
はあ。包み込む信仰心というか、大らかさというか、きまじめな、敬虔さが感じられる。
大きな高揚感を描く場面でも、いかにも厳しいという様相ではない。
雲のうえで、荒くれた地上を眺めているような、客観的な雰囲気がする。
かなり長大な2曲目だが、カラヤンのような、バリバリ感のある、厳めしい激しいドラマティックさはないが、それが自然に思えて〜
いたわりが感じられるような優しさが残っていると思う。
だって、カラヤン盤だと、この2曲目が終わると、精根尽き果てるほど、ヘナヘナだったから。

第3曲〜第5曲
アンドレアス・シュミットさんのバリトンが、どうのこうのと言えないが〜
全体的な柔らかさのなかに、明るさが宿ってくるような、艶を感じる。芯のある逞しさというか。
「主よ、知らしめたまえ、われに終わり必ずあること、わが命に末あること、我この世より必ず去ることを」
はあ。神に向かっての訴えという感じで、後半、段々と膨らみ、スピードをあげて、高揚してくる。
ジュリーニ盤は、柔らかいんだけど、熱さもある。
劇的じゃないところがイマイチという向きもあるし、流麗すぎるかもしれないけど。嘆きでグチュグチュした感じはさせない。
ワタシテキには好きな4曲目で、「ら〜しどれふぁそ〜ふぁみ ふぁら〜 そふぁみ〜 ふぁしどれふぁそ〜ふぁみ」と、柔らかくフルートと弦 、女性コーラスが重なって優しく揺れてくる。 揺れてくるのだけど、なんだか、ちょっぴり弛緩してしまった感じがする。 第5曲は、ソプラノの純真無垢な歌声が聞こえてくるし、柔らかで清冽さもある。

第6曲
この楽章は、ちょっぴり重い〜 柔らかいジュリーニ盤でも、ここからは、ドラマティックに描いてくる。
力強さが表出してくるのだが、何度も引き合いに出しちゃうカラヤン盤ほどには、スペクタルさはない。
音が重なって、重厚なのだが、イマイチ録音が宜しくないので、モゴモゴした感じが否めないので、 う〜 じれったい。と思ってしまう。
しかし、フレーズ自体は美しいし流麗さがある。 決して悪戯に激情に満ちあふれてはいないし、暖かみのある広がりが感じられる。のしかかったような、津波のような怒濤のような、恐ろしいさはなく、あくまでも人肌の包み込むような広がりで、 フーガパワーは、熱いし壮大だが〜 ちょっと大雑把かもしれない。やっぱり録音がなあ・・・。もっとクリアーだったら〜 もっと、もっとインパクトのあるモノだっただろうにと恨めしく思うが、どうだろう。

第7曲
ほとんど蛇足に感じられてしまう最後の楽章。
「今から後、あなたに会って死ぬ人は幸いである」と歌われる最後の楽章だが、ジュリーニ盤で聞くと、蛇足と言うことは、憚られる。 1曲目と同様に、柔らかい空気感のある楽章で、この楽章があって、よかった〜と感じさせられ終われる。
まあ、しかし、この盤では、大らかさがでているかもしれない。
まっ こんなことを言うと、ヒンシュクもので、誤解を生むかもしれないが、 ドイツ・レクイエムを、ヴェルディのレクイエムばりの恐ろしい演奏で聴きたければ他盤で、優しいフォーレのレクイエムと同様に聴きたければ、ジュリーニ盤で、というところだろうか。 リマスタリング盤があれば嬉しいのだが。 
  アバド ベルリン・フィル 1992年
Claudio Abbado  Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)
ソプラノ:シェリル・ステューダー Cheryl Studer
バリトン:アンドレアス・シュミット Andreas Schmidt
スウェーデン放送合唱団、エリク・エリクソン室内合唱団

満足っ満足っ

ライブ盤 録音状態は良い。奥行き感も余韻も適度にある。ちょっと、もわっとしているところもあるが、総体的にはライブ盤とは信じられないほどのホール感がある。柔らかく、ゆったりとした雰囲気を持つレクイエムだ。
97年、ソプラノ:バーバラ・ボニー、バリトン:ブリン・ターフェルを迎えて、ウィーン楽友協会でのブラームス没後100年記念演奏会DVDも発売されている。
第1曲
アバド盤を聴く前に、実は、90年録音のガーディナー盤(レヴォリューショネール・エ・ロマンティーク)を聴いていたのだが、なんだか、全くイメージが異なり、まるで別の曲を聞いているかのような気がした。
で、アバド盤を聴いて、いつものドツレクだ〜と、ほっ。としたところである。この違いは何だったのだろう〜 カラヤン盤、ジュリーニ盤、アバド盤・・・
ひとことで言ってしまうと、アバド盤も、ジュリーニ盤と同様に、大らかな包容力のある演奏だと思う。
まずテンポがゆったり〜 そして重厚で、豊かな響きがないとブラームスではない。的に思い込んでいるところがあって、そこから抜け出せず、ガーディナー盤に違和感を感じたのかもしれない。
アバド盤は、この古典的な、それでもブラームスの若かりし頃の作品だが、すこぶる古典的に演奏している。
カラヤン盤のように、厳格的でもないし、よそよそしい感じを与えることなく、する〜っと親しみを持って、すり寄ってくるような出だしで、ふんわかしている。
「そ〜ふぁ〜 ど〜れみれ どしらし そぉ〜らしら そふぁみふぁ どぉ〜れみれどしらし」
ゆったりした呼吸で、ふわーっと歌われていく。
「し〜 どれみふぁしぃぃ〜 どれみふぁ らぁ〜〜 そぉ」 実は、ここにコメントを書こうと、何度も聞いているのだが、毎度、まどろんでしまいそうで、頭はリラクゼーションのモードに突入してしまう。

第2曲
「そ〜ど そ〜ど」 静かにティンパニーが、「タタタ タンタン タタタ タンタン」と連打されている。
「ふぁ〜そみ らそど〜 ら〜そふぁみふぁ〜」 
「そしれら〜 どみられ〜 そしれら〜 どみしら〜 どれらそ〜 どみそ〜ふぁ〜そ」
上昇していくフレーズで、重々しい歩みの葬送行進曲だが、緩やかに厚みをもって、厳かに演奏されている。
ティンパニーの音が広がってくると、充満になりすぎて〜
音が、幾分、収まり切れないところが垣間見られるが、それでも、天井の高い、奥行き感のたっぷりなホール感は、大変気持ちの良いものである。
ゆったりとしたテンポで、柔らかく優しい。大きな、ふんわりとした感覚に包み込まれるような感じだ。
ジュリーニ盤同様に、ちょっぴり流麗系なので、これじゃ〜ブラームスじゃないじゃん。という方もいるだろうけど、ワタシ的には好きな雰囲気だ。大きな球体の包まれた感はあるので雰囲気というところが〜 アハハ  素人臭いのだが。ホント。素人なのだから仕方ない。

第3曲〜5曲
アンドレアス・シュミットさんの声が、少し奥まっているのだが、コーラスが美しい。
で、コーラスに負けない程度に、低弦の響きがしっかり支えとして存在しており、そして、木管のフレーズも、よく響いてきており、まったく問題なく
結構、適度に、テンポをあげて、タイトにしまった感じを与えつつ、ゆったりした余力感も持ち合わせている。
弦の厳しさ、フーガの重厚さ、弦の行き来する刻みのテンポが、高揚感を与える。
刻みながら、テンポをあげて、ふわーっとした高揚感を出して、宗教的雰囲気を出してくるところが。あーっ やっぱり巧いなあ。と思ってしまった。
また、4曲のコーラスの美しいこと。清潔で、男性、女性ともに、適度に透明度があり、乳白色系の柔らかさを感じる。
声のノビのゆったり、たっぷりした感じが、太く低くならずに、細いままに適度な緊張感を持って揺れる。
低弦の響きは、低弦の響きで存在しつつ、あまり宗教臭くない声が流れていく。
ステューダーさんの声は、とっても清潔な声だが、感情移入によって、オペラを聴いているかのような雰囲気さえするほど。いや〜なかなかに引き込まれます。

第6曲〜終曲
ここは、一般的なレクィエムの「怒りの日」に相当する場面で、ドラマ性の高い楽章である。
コーラスが、「この地上には、永遠の都はない。来たらんとする都こそ、私たちの求めているものである」と歌う。
陰鬱な空気が漂っているなか、
「突然、瞬く間に、最後のラッパの時に。すなわち、ラッパが鳴り響き、死者はよみがえり朽ちぬ者となりわれらは変えられるのだ。」と激しく歌われる。この3連符って印象的だなあ。
「れ〜みっ れ〜みっ れ〜み  (アアア アっアっアっ) ふぁらっそふぁみっ」
「ふぁっ〜そ ふぁっ〜そ (アアア アっアっアっ) ふぁ〜らそふぁっみっ」
アバド盤も、一大スペクタルとまではいかないものの、結構、パワーがある。
厳格よりも柔らかさが特徴で、もちっと、硬めでも良いのではないかしらん〜と、余計なことを考えるが、、、
終曲を聴いて、いやいや〜 コーラスを活かしつつ、オケも十分に鳴っているし、とってもシアワセな気分になってくるし。
コーラスの美しさに、うっとりさせられて〜 終わる。充足感が高い。

ドツレクの第6曲が、やっぱりポイントだろうか。
カラヤン盤だと、一大スペクタルだし、ガンガンに行きましょうという感じがするし、迷いのない信じて疑わない圧倒的なパワーを感じで、押しまくり〜という感じがした。でも、アバド盤は、コーラスがメインで、オケはそれをうまく包みこんでいる。
ジュリーニ盤のような熱っぽさはないのだが、無理はないし、とっても自然なのだ。
ライブ盤ならではの雰囲気もあると思うが、この場にいたら、しみじみ〜 とっても、シアワセに包まれていたでしょうね。
その感覚を与えてくれる〜貴重なCD1枚だと、ワタシは思います。

バレンボイム シカゴ交響楽団 1992年〜93年
Daniel Barenboim Chicago Symphony Orchestra
ソプラノ:ジャネット・ウィリアムズ Janet Williams
バリトン:トーマス・ハンプトン Thomas Hampson

まっ こんなモン


録音状態は良い。超遅めの演奏で、最後はドラマティックに盛り上げてくる。
ワタシ的には、う〜ん どうでしょ。
第1曲
弱音で、ふわーっとした雰囲気で、 「そ〜ふぁ〜 ど〜れみれ どしらし そ〜らしら そふぁみふぁ ど〜れみれどしらし」
と、奏でられ、 そのなかをコーラスが「悲しんでいる人は幸いである。彼らは慰められるであろう」と歌い始める。
ここのコーラス部分は、とても穏やかで、ゆったりと〜静かに〜慎ましやかに〜歌われるので、とても好ましく感じられる。
すーっと引き込まれていくような雰囲気がある。
で、次第に高揚するなか、オーボエが、「しぃ〜〜し どれみふぁ しぃ〜っ」と、魂を導くようにうえに昇っていく。
これがシカゴ響とは俄に思えないほど、合唱もオケも慎ましやかで、不謹慎にも思わず吹き出しそうになった。
で、最初は気づかなかったのだが、テンポが猛烈に遅い。
えぇ〜 いくらなんでも、これでは遅すぎるでしょ〜と、第1曲の6分すぎになってようやく気づいた。
たまりかねてCDプレーヤーで時間の経過を確認してしまったが・・・。う〜ん このスピードでは、いつまでたっても終わらないやんと、思わず絶句してしまった。確かに美しい響きを持っているのだが、こっちの精神状態が持たないかも。

第2曲
もはや疲れ果て、足取りも重く、瀕死の状態って感じで始まる。
もう朽ち果ててるんかいっ! しっかりアルケーっ 遅い、遅い、超遅いっ! と、顔を真っ赤にして、思わず、聴いているワタシが、鞭打ってしまいたくなるほど〜 (アンタ、それじゃーアカンでしょ)
なんだか、鬱々しすぎで〜 これはヤラセでしょ。と突っ込みたくなるほどの演出で、イライラしてくる。
女性のコーラスが入ってきた頃から、他盤と同じスピードに変わるので、あ〜っ よかったと、ほっとする始末だが、う〜ん。
また、最初のフレーズが戻ってくると、元の木阿弥状態なんですけどねえ。
やめてーっ この遅い、超ウツウツ状態の演奏は、やめて〜っ。と、頭を抱えたくなる心境に陥るぐらい、相当に、鬱陶しく感じられてしまう。バレンボイムさん、アンタ、やりすぎなんだよっ。
(普通なら、ここで電源をプツンと切っていると思う)
劇的に盛り上げてくるのだが、う〜ん、ホントにやり過ぎだなあ〜 だから嫌いなんだっ。と言いたくなってしまうほど。
本当にドラマティックにやらかしてくれる演奏だ。2曲目の最後の方から、今までのタイムを取り戻すかのように、打って変わってスピードをあげて、速くなっていく。

第3曲
トーマス・ハンプソンさんの声は、さほど響かず太めではないが、コーラスが美しく支えている。
「主よ、今私は何を待ち望みましょう。私の望みは、あなたにあります・・・」というフレーズから、力強くなっていく。
オケは、緻密に、そしてドラマテックな様相を強めてきて、「みぃ〜 しそみぃ〜 みぃ〜 しそみぃ〜っ」と、少し粘って歌い始めるし、バリトンの声が明るく、語りかけてくるので、まるでオペラを見ているかのような錯覚に〜
で、バリトンさんの、喜びに満ちあふれた表情が見えてくるようでもあり、(あれっ レクイエムだよねえ〜)

第4曲〜第5曲
コーラスが、とても穏やかに歌われる場面で、第4曲は間奏曲風に、雲のなかで天使が歌う〜と評されるように、ふわっとした感覚が美しい。この4分の3拍子というリズムが活かされているのだろう。
第5曲は、少しソプラノの声が硬めで、私は、あなたたちに再び会うことになろう。さすれば、あなたたちの心は喜ぶに違いないし、あなたの喜びを誰も奪いはしない。・・・と歌われる。
もう少し、包容力が感じられば、もっと嬉しいのだけど〜

第6曲〜第7曲
まずは、合唱が、静か〜に、「やがて来るべき、それを探し求めている」と歌い始める。
で、バリトンが登場し、「目を開くがよい。わたしが、あたなたちに奥義を告げよう・・」と歌う。
第6曲は、バレンボイムさんの真骨頂って感じで、ぐぐぐぃ〜っと盛り上げてくる。ティンパニーも大きく叩かれ、すごくドラマテックに、歯切れ良く、リズミカルで、低音のごろごろ〜っという響きを持って、勢いが段々と増していく〜という感じだ。
最後の審判だな〜っていうのが、誰が聴いてもわかるようになってて、凄まじい威力というか、これは破壊力に近いモノをかんじちゃうほど、パワー炸裂っという状態だ。
合唱にまろやかさが感じられるので、救われるが、美しい和音が階段のように続いていく〜。
7曲目は、ハイ、ここは天国ですよぉ〜って感じの音楽なので、なんとも言えません。
最後の審判を無事に通過された方のみ、お越しになれる世界です。っという感じで、大変美しい世界でございます。

さて、聴いた後の感想としては、う〜ん。
最初の2つの曲が、超遅くて、まどろっこしく感じられるものの、最後の6〜7曲目は、さすがに劇的にもりあげてくるので、終わり方としては悪くない。まあ、終わりよければ〜的ではあるが、勢いがあり、遅いところは超遅いわりには、 メリハリがあるので、ツボにハマれば良いかも。ワタシ的には、イマイチでしたけど・・・。

  バレンボイム(CSO) カラヤン(VPO) カラヤン(BPO) ジュリーニ(VPO)
1 「幸いだ、悲しんでいる人たちは」 12:24 11:35 11:31 10:25
2 「何故なら全ての肉なるものは草に等しく」 16:40 14:46 14:41 15:15
3 「主よ、私を諭したまえ」 10:38 11:47 11:41 10:23
4 「何と麗しいのかあなたの居ますところは」 5:27 5:43 5:39 6:04
5 「あなたたちは今悲しんでいる」 7:23 8:16 8:12 7:24
6 「何故なら私たちはこの地に永続する都を持たない故に」 11:55 12:34 12:29 12:02
7 「幸いなのは死者たち」 11:47 12:16 12:09 11:23


1961年 クレンペラー フィルハーモニア管弦楽団 EMI  
1973年 コッホ ベルリン放送管弦楽団 DS  
1976年 カラヤン ベルリン・フィル EMI ★★★★
1980年 ハイティンク ウィーン・フィル Ph ★★★★
1981年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI  
1983年 シノーポリ チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  
1986年 コルボ デンマーク放送交響楽団  
1987年 ジュリーニ ウィーン・フィル ★★★
1990年 ガーディナー レヴォリューショネール・エ・ロマンティーク Ph  
1992年 アバド ベルリン・フィル ★★★★
1992年 バレンボイム シカゴ交響楽団 ★★★
所有盤を整理中です。

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