「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

 オルフ 世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」
Orff:Carmina Burana


プレヴィン ロンドン交響楽団 1974年
Andre Previn
London Symphony Orchestra

 ← これは第2部の評価です。
録音状態はまずまず。独唱・コーラス部分の音が、かなり入っており、オケ単独部分より、良く聞こえるほど。
ソプラノ:シーラ・アームストロング
テノール:ジェラルド・イングリッシュ
バリトン:トーマス・アレン
ロンドン響はプレヴィンの旧録にあたる。93年のウィーン・フィル盤(ライブ)もある。

★序奏 全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)
「おお、運命の女神よ」「運命の女神の与えた痛手を」
ティンパニーの一撃は大きい。コーラスの音も良く入っているが、全体的なホールトーンや透明度は、まずまず。といったところ。74年の録音なので、すこぶる良いとは言い難い。
テンポは遅め。かなり遅めで、えっ。とはぐらかされるほど遅い。一音一音区切って、語尾に「っ」が聞こえる。 コーラス部分の声が、すごく良く録音されており、リアルだ。
弱音部分では、テンポが遅いので迫力が無い ような気がしたのだが、いやいやなかなか。たぷりの重量さで歌いあげてくる。ドソミソ ドソミソ・・・的な繰り返しのバックの打楽器の音が、控えめで、声のメリハリ感があることと、バックの音が大きく入ってくるので、文句はない。
スピードは、ほとんど、あがらない し、このテンポ設定は、他盤と比べるとかなり異質なのだが、その代わりに重厚感がたっぷりで、そら恐ろしい、デーモニッシュ(悪魔的)さが、かなり出てくる。
人の声で勝負ってところだろうか。結構、おどろおどろしさが出ている。
テンポはあげないのだが、「ん たららった たららった・・・」のリズムの刻み方は、硬いもののメリハリがあって、細切れになった声と、金管の音が良く 入っている。特に、小太鼓の音が、わっ。指揮者の横にいるんじゃーっと思うほど近い。(えっ この曲に小太鼓あったっけ?)
まっ 空耳ではないとは思うが〜 とにかく、ティンパニーと、打楽器が大活躍で、いつの間にかテンポが変わって、リズムのよさに、のせられる。
大太鼓の音より、シャンシャンした音が入ってくるのだが、最後、テンポをあげており、空中分解しないのかな〜と思うほど、ひやっとしそうになるほど音がばらけている。まあ〜このテンポ設定には驚き。

★第1部 芝生の上で
「春の愉しい面ざしが」「太陽は万物を整え治める」
音量は適度にあり、古風な歌い回しで、いっきに中世時代にタイムトリップした気分にさせてくれる。
この歌の声が良く、教会で歌われているのかと、錯覚するほどの雰囲気がある。
教会での録音ではない(録音場所:キングスウェイ・ホール)のだが、声の質があっているように思える。

「見よ、今や楽しい」
カーンと鐘が鳴って、一気呵成に走り出す快速バージョンの録音と比べると、う〜ん、のらないなぁ。と思ってしまうほど、スピードがない。あれれ〜っ もっとスピードをあげてよ。と感じてしまった。
男性コーラスの声は大きく入っている。大きすぎるぐらい。「そっれみれし〜 そっれみれし〜 しどれ〜っ」
さほどコミカルには歌わない。上品に丁寧に歌われている。
冒頭から透明度を上げて欲しかったなあ。ここはダイレクトに録音が入ってきている。「運命の神よ」の方が、録音バランスが悪いのかなあ。
冒頭より、この合唱フレーズが入ってくるシーンで、耳がぴくりとするとは、意外や意外である。

「舞踏歌」
「どみそ〜 (小太鼓・ドン大太鼓) みみみみ みそれ〜」 
打楽器のコンビネーションが面白く、かなりリズミカル。おどけた風情が出ている。
みーみーみー みそれみそれ〜 このリズムは、ハハハ・・・ 木管と打楽器の掛け合いが面白い。
ぶっとい金管の音も、すごい。テンポは速め。木管が、たららら〜ん。そして、ティンパニーのリズムと、金管が吹くところは、楽しく、迫力があり、かなりお茶目だ。
「んじゃーじゃーじゃー じゃら〜らーらーらーら」畳みかけて、破天荒気味に響いているが、テンポがゆったりめであるため、ちょと迫力に欠ける。ボリュームは、たっぷりあるのに・・・。

「森は光り輝き」「小間物屋さん、私に頬紅くださいな」「円舞曲」「たとえこの世界がみな」
現代風にも聞こえるコーラスで、上品で、ハミングが入っててムードたっぷり。
弦の響きがちょっと擦れていることと、ティンパニーの叩き方だが、おっとり気味に感じる。
いや〜 他の盤が、おそらく派手気味なのだろう。
円舞曲もテンポが遅めなので、煽られないものの民族舞踊の哀愁が感じられ雰囲気がある。
弦(マンドリン?)が甘めの導入部を弾き、タンバリンなどの打楽器が、「ンジャンジャ・・・」、続いてトランペットのファンファーレが鳴り響く。
ここは、スピードこそないが、腰の据わった堂々としたコーラスとなっている。
ティンパニーと大太鼓、小太鼓が一斉に鳴り響き、「たとえこの世界がみな」を歌い、第一部を終わる。

★第2部 居酒屋
「胸のうちは、抑えようもなく」
「み〜 みっ!」弦が軽快にリズムを刻み、オケの音が生き返ったように、軽快に活き活きと鳴り出す。
声楽部分の音もよく入っているので、豊かな声量で耳に届く。
コーラスのバックのオケも、なかなかに迫力あり。風変わりな合いの手の金管が特に面白い。
「みみーみ みみー みみーみ みみー」・・・大太鼓の音。これは良いっ。
私の心は苦しみでいっぱい。・・・と、胸のうちは、怒りで抑えようもないらしいが。よく歌っている。(笑)
タメも充分で、このテンポの急激な変化は、痛快で大変面白い。

「昔は湖に住んでいた」
第一声が・・・「お〜いらぁ〜っ」と聞こえる。声に至るまでのオーボエの音が、メチャ笑える。
この声とメチャ、マッチングして、オーボエの音と人の声と瓜二つなのだ。合いの手の「くにゃっ・・・」となる打楽器にも笑わされるし・・・ 大笑い。
テンポは遅い。遅いが面白い。
焼かれる白鳥さんの歌で・・・「昔は私も美しい姿で湖に住んでいた。かつて白鳥だった頃は。  なのになんと哀れなこと、今は焼かれて  ただ真っ黒な姿になってしまった! 料理人は鉄串を回し、薪は私を強くあぶり、食卓係が私を酒宴に運ぶ。皿の上に横たわり、飛ぶこともできない。ぎしぎし砕く歯が見える! ああ情けない、高い志もすっかり崩れて今はこの有様だ」と歌う。

ムーティ盤でも大笑いしてしまったのだが、このプレヴィン盤も負けず劣らず。
芸達者で、まるで、オカマやん。おっさんの裏声の甲高い声〜 気色の悪いこと、このうえないが、笑えてしまう。涙目になって笑える。
歌い方も、すごく、まったりして〜 悲哀というより、アホさ加減が、めにみえてくるようで・・・
この歌っているシーンを、ビジュアルで見たかった。

「わしは院長さまだぞ」「居酒屋にいるときにゃ」
「えへへぇ〜ごほぉ〜 えへへぇ〜ごほぉぉ〜 まーまず まーまず・・」
いきなりコミカルに、艶のある声で歌い出す。ここの発音は良く聞こえるので、口伝えで覚えられそう。
打楽器が総結集して、「ンチャチャチャチャチャチャチャチャ・・・」 賑々しい。
「ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ」 ここの「パパっ」て、コーラスが入っているだねえ。
まるで、バリ島のケチャックダンスのようだ。

「我はのらくら者の大修道院長様であるぞ。我の助言はどんちゃん騒ぎに、好意はダイスの神デシウスにある! 夜明け、酒場に迷ってきた子羊は、夕方にゃ身ぐるみ剥がされ外におん出されてこう叫ぶ。なんてこった!なぜ運命は俺をこんな目に遭わすのか? 人生から楽しみが完全に持ってかれちまった!」
「居酒屋にいるときにゃ」は、単純だけど、春の祭典風の原始的なリズムが、すごく印象的。
ンチャ ンチャ ンチャ・・・
コーラスとオケのバランスが良い。金管とパーカッションが絶妙で、小太鼓の刻む音が軽快だし、チューバかな。「んちゃ〜 んちゃ〜」と刻む響きも良い。
金管の明るい単調なフレーズが鳴り響き、最後には、スピードをちょっとあげて、賑々しく終わる。
この第2部は、プレヴィン盤が面白い。
面白いという表現が悪ければ、なかなか聴かせてくれる〜 ブラックユーモア要素たっぷりだ。
通俗的と言えば、このうえもなく通俗的だが・・・ 

★第3部 愛の誘い
第2部は、関西のお笑い系だとすると、この第3部は、さすがに、しんみり〜
「アモルはそこら中を飛び回る」は、妖精のごとくフワフワした導入部になっている。少年合唱団の声が、前2部の、トコトン、コテコテに野卑あふれていた世界を、みごとに洗い流してくれる。

「昼と夜と全てのあらゆるものが」
あの白鳥のオカマのオジチャンの声が出てくる。少年合唱の声が、俗世を洗い流してくれるのだが、それでも、おどろおどろしくバリトンが歌う。
もう死ぬほど君に恋いこがれてる!と言われても・・・悲しくなってくる。
子どもの声が、爽やかに慰め、この世を諫めて諭しているように感じられる。

★「ブランツィフロールとヘレナ」「アヴェ、この上なく姿美しい女」
「めでたし、最高に優美な人よ、あなたは豪奢な宝石・・・」と優雅に歌いあげる。
華麗に、派手には歌いあげていない。結構、素朴な感じがする。

★「全世界の支配者なる運命の女神」
「おお、運命の女神よ」に戻ってくるのだが、テンポは、冒頭と同じで遅め。
俗世から、いっきに暗黒の世界に戻ったような状態で えっ?
う〜ん。ティンパニーと大太鼓が鳴り出すが、そこでも、暗黒の世界に引きずり込まれ、俗世に戻れないような気分になる。プレヴィン盤では、ぐるぐる世界が巡るというのではなく、暗黒ダークサイドで、終わりだぜ。と言われているような気がしてしまった。
ムーティ盤は、痛快に終わっているが、いや〜プレヴィン盤は、ここでラストという終末感が漂う。
う〜ん。どうしてなんだろう。「ブランツィフロールとヘレナ」「アヴェ、この上なく姿美しい女」の歌いあげが足らなかったから。そう感じるのかもしれない。

で、プレヴィン盤では、「おお、運命の女神よ」のテンポは遅めだが、コーラスが、きれいに録音されているので、これはコーラスを勉強する人には良いと思う。
ホント、今時このテンポでは遅い。とは思う。煽ったような快速バージョンではない。
しかし、腰があって上品なくせに、まことにバカバカしく歌いあげている。この絶妙なバランスが凄いと思う。
特に2部が絶品で〜 プレヴィン盤は、お笑い系にも徹底しており、自在に変化するところが、痛快でマジ凄いと思う。

ドラティ ロイヤル・フィル 1976年
Antal Dorati
Royal Philharmonic Orchestra

録音状態は良い。奥行きが良く広がっておりトランペットの音が、すわーっと広がってくる。第2部の佳境部分は迫力あり。
ソプラノ:ノーマ・バロウズ 
テノール:ルイ・デヴォー
バリトン:ジョン・シャーリー=カーク
ブライトン・フェスティヴァル合唱団、サウスエンド少年聖歌隊

★序奏 全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)
「おお、運命の女神よ」「運命の女神の与えた痛手を」

テンポはゆったりめ。堂々としたティンパニーの叩き方だが、かなり、おっとり気味に感じる。
勢いやスピーディさには欠けている。その後、歌唱が入ってきたところで弱音になり、ひとしきり歌うのだが、大太鼓の不気味な響きと、銅鑼のシャーンという音が響き渡る。
録音状態が、イマイチで、ちょっとこもりぎみなのが残念 だな〜と思っていたのだが、1回目より2回目の繰り返しになると、なんだか視界が一気に広がったように奥行き感が出てくる。
こもり気味だと思ったのは、ティンパニーの音なのだ。間の抜けたボンボンという響きで〜 えっ?
でも、長いなかで、ずーっと変わらず、このボンボンという間の抜けた音が入ってくるのだが、これが、なんとも聴いているうちに、テンションのあがり、ぐわーっと盛り上がるなかで、無常感的な響きに思えてくるのだから、あら、不思議。
歌唱が入ってきても、歯切れ良く歌ってくれないと、独特のスリル感あふれるリズムが生きてこないと思っていたが、いやいや、トランペットの音の奥行き感は良い。
ただ〜 男性合唱の声質が、なんとも明るくて〜 これで良いのかなあ。いや違うよねえ。という感じだ。
こりゃ〜いかんともしがたい問題なのだと思うけど。英語感のたっぷり、明るめの声で、おおらか。
まっ ドラティ盤は、ドライで、切れ味・野性味たっぷりに演奏してくれることを期待していたのだが、熱い。熱いことは熱い。ギアチェンジの巧さは、ピカイチで、ぐっ。とアクセルを踏んでスピード感がある。
それにしても、ドラティ盤だと、銅鑼が入っているような気がするんだけど〜 シンバルではあの音でないでしょ。って感じだ。う〜ん。どうなんでしょ。

★第1部 芝生の上で
「春の愉しい面ざしが」
教会旋法なのかな〜 ぱっと聴いただけではわからないのだが、古風な歌唱。
弱音で神秘的な雰囲気が漂うが、先の2曲が、派手だっただけに眠ってしまいそう。

「太陽は万物を整え治める」
バリトン独唱 ドイツ語わからず。印象に残らなかった。
「見よ、今や楽しい」
コーラスとオケ 春の到来を喜ぶ歌で、ここはかなり明るく元気で、音量も大きくなるのだが、う〜ん。
ドラティさんに、いつもの切れがないので、テンポがゆったり。まったりしすぎて、縁側で昼寝していた猫がアクビしているみたいに聞こえてしまう。う〜ん。なんともぬるま湯的で、私的にはがっくし〜
「舞踏歌」
この風変わりな舞曲は、牧歌的で〜私的には面白い。
どみそ〜 (小太鼓・ドン大太鼓) みみみみ みそれ〜 
ちょっと擦れた弦の音で、合いの手の打楽器とのコンビネーションが面白く、かなりリズミカル。
おどけた風情が出ている。あまりテンポは速くないのだが、この同じフレーズを金管で吹くところは、まずまず迫力があり、かなり諧謔的。1回目はチューバだと思う。2回目はトランペットかな?
「森は光り輝き」「小間物屋さん、私に頬紅くださいな」
コーラス入り 明るく爽やかに聞こえるのだが、歌詞をみると〜 「美しくなって彼をものに  しなくっちゃ」
という言葉だったりするので、あらま〜と驚かされる。
「円舞曲」「たとえこの世界がみな」
タンバリンとかの打楽器、弦が良く聞こえるし、トランペットのファンファーレは通っているが、あまり爆発的ではない。わりとおとなしくコーラスが歓喜の歌を歌って、ハイ!って言って終わる。

★第2部 居酒屋
「胸のうちは、抑えようもなく」
酔っぱらったおじちゃんが、「激しい怒りを胸に秘め、私の心は苦しみでいっぱい。 私はまるで物質か、風に弄ばれる葉っぱ。人生を投げ、水夫なしの船のように、風に運ばれる鳥のように時を漂うのさ。私を縛らないで!嘆かないで! ご立派な方々は重荷、でも悦びは甘い蜂蜜よりも素敵。ヴィーナスのご命令なら労苦も楽。若者の前途を邪魔し、悪徳につなぎ有徳を忘れ、魂が死んでも皮膚にはまだ未練を残す・・・人生なんてそんなもの」って、居酒屋で歌っているのだが・・・。
う〜ん。あまり酔っぱらっておらず、元気じゃん。まだ素面だろう。って感じなのだ。
あまりマジメに歌っていただくと、面白くないんだが〜 

「昔は湖に住んでいた」
焼かれる白鳥さんの歌で・・・「昔は私も美しい姿で湖に住んでいた。かつて白鳥だった頃は。 なのになんと哀れなこと、今は焼かれてただ真っ黒な姿になってしまった! 料理人は鉄串を回し、薪は私を強くあぶり、食卓係が私を酒宴に運ぶ。皿の上に横たわり、飛ぶこともできない。ぎしぎし砕く歯が見える!
ああ情けない、高い志もすっかり崩れて今はこの有様だ」と歌う。
白鳥の丸焼き? えっ。うっそーと思ったのだが、ホント白鳥らしい。
ニワトリでも、鴨でもなく、白鳥というところがミソ。
西洋絵画において「レダと白鳥」という有名な寓意がある。
女性の裸婦像と白鳥という、なんともケッタイな、奇妙な組み合わせで描かれているのだが、これには含みがあって・・・男女の性愛を描けない中世、ギリシア神話の神さま「ゼウス」が白鳥に変身して、スパルタ王の奥さんである「レダ」を誘惑したというエピソードを、ベースにして描かれたモノ。
つまり、この裸婦は、夫以外の男性とエッチで、子どもが出来ちゃった〜という関係を描いたモノだ。
たまに、裸婦の足元に、卵や、子ども、卵の殻から出てきた子どもの姿が描かれたりしている。
ふーむ。これらのことを考えてみると、この焼かれた白鳥は、誰のことを意味するか?
まさか、神ゼウスではないだろう〜。ってことは、他人の妻を寝取ったおじちゃんが、丸焼きなのだ。
えーっ。そういう意味なのかあ。
で、このドラティ盤での白鳥の役は、テノールのルイ・デヴォーさん。男の甲高い裏声というのが、一瞬、おばちゃんの裏声風に聞こえる。これには苦笑い。
まあ自業自得だねえ〜と思いつつ。・・・このありさまだ。と自虐的に悲しげに歌うさまには、複雑な心境になっちゃう。

「わしは院長さまだぞ」
超派手で、喧しいぐらいにシンバルが鳴る。
打楽器が総結集して、歌の間に、ンチャチャチャチャチャチャチャチャ・・・
ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ 
「我はのらくら者の大修道院長様であるぞ。我の助言はどんちゃん騒ぎに、好意はダイスの神デシウスにある! 夜明け、酒場に迷ってきた子羊は、夕方にゃ身ぐるみ剥がされ外におん出されてこう叫ぶ。なんてこった!なぜ運命は俺をこんな目に遭わすのか? 人生から楽しみが完全に持ってかれちまった!」

「居酒屋にいるときにゃ」
当初は眠いテンポで遅かったドラティ盤も、この楽曲と、先の「わしは院長さまだぞ」は、相当派手に鳴っている。歯切れ良く、野蛮に、卑猥に鳴ってくれており、大きな変貌をしている。
ンジャンジャとテンポを刻んでいるところは、「春の祭典」なみ。
粗野で荒っぽいほどに、生き返っている。これはスゴイ。録音状態も生き返ったようだ。迫力あり。
眠っていた獅子が起きあがって、いきなり咆吼を始めたようで、度肝を抜かれた。

★第3部 愛の誘い
9曲あるのだが、この第3部は、自然で健康的に聞こえる。
特に、「季節は悦楽の時」「とても、いとしいお方」
「季節はまさに悦楽の時。乙女も若者も、一緒に喜ぼう! (彼女の誓いは僕を強気にさせるけど、拒否されたら もうがっくり)  (男は冬中忍耐し、春の空気に弾け飛ぶ) (あの娘の処女に翻弄されて、簡単に奈落へ落っこちる)  おいでお嬢さん、悦びと共に。 さあ早く、美しい人!もう死ぬほど君に恋いこがれてる! おお、すべてが光り輝いて乙女たちも皆、愛に燃えている。新しい新鮮な恋に狂い死にしそうだよ!」
これは、ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱と少年合唱である。
子どもの声が、男の独り言(歌詞の括弧書きの部分)を、煽っているのだが、それが面白い。
ドラティ盤は、少年合唱の声が、おっさん風で・・・ あれまあ。将来に憂いが見えそうなのだが。これが皮肉っぽく聞こえて。笑える。白鳥の丸焼きの羽目にならぬよう〜祈りたい気分。
ソプラノの声の高いヴィブラートが、すご〜い。透き通るように録音されてて圧巻。

★「ブランツィフロールとヘレナ」「アヴェ、この上なく姿美しい女」
「めでたし、最高に優美な人よ、あなたは豪奢な宝石。ああ、徳そなえた処女よ、世界に満ち溢れる光よ、世界の薔薇よ! 美の化身、ブランツィフロールとヘレナよ!寛大なるヴィーナスに栄光あれ!」と歌われる。ここは、堂々として圧巻である。もう少しホールトーンが欲しい気分だが、これは充分に伸びがあり、神々しく響いている。

★「全世界の支配者なる運命の女神」
最後に、第1曲目と同じ「おお、運命の女神よ」に戻って締めくくりになる。
序章と最終章と同じ曲が流れるのだが、これ。元に戻って、またまた、グルグル運命は回っているで〜という意味を示している。
う〜ん。含蓄あり。
ドラティ盤は、この最後「おお、運命の女神よ」の部分は、寛大なるヴィーナスに栄光あれ!と歌われた先の天国的な楽章を引き継ぎ、ややゆったりめのテンポ設定のようだ。
冒頭の「おお、運命の女神よ」を聴いた時は、テンポが遅めで、正直、のろいと思った。
なんと、かったるい〜 遅いなあ。と。で、確かに第1部は、弛緩してしまう。
でも、2部、3部と聞いて、ヴィーナスを讃えた後、元に戻ってくる時には、このテンポで充分なのかもしれない。
でも・・・やっぱ、鋭いリズム感が欲しい。
2部の居酒屋はよかったけど、1部が・・・イマイチだったのだ。やっぱ弛緩しちゃうかなあ。

冒頭と最後とのテンポ設定は、あまり変えていないようなのだ。
含蓄ある意味合いを知った後で、この最後を聴くと、また始まることの恐ろしさを感じ、戦慄させられる。
永遠に続くリピートのようで、、、空恐ろしい。

CMとか、バラエティ番組のバックに流れてており、自然と耳が馴染んではいるが、恐ろしい。
このオルフの歌の意味を知ってしまうと、今の時代も歌同様の場面が多いんだろうと、人間って、いつの時代も変わらないのか〜と、ガックリしてしまう。
あまり、こんな恐ろしい曲を馴染みにはしたくないな〜というのが、ホンネではある。

ムーティ フィルハーモニア管弦楽団 1979年
Riccardo Muti
Philharmonia Orchestra of London

録音状態は極めて良い。ティンパニーの迫力が凄い。鮮烈っ!幾分、高音域が派手になっているかもしれないが、切れ抜群。
ちょっと人工的すぎる面もあるけど、これだけ劇的にやられちゃうと文句言えない。
ソプラノ:アーリン・オジェー
テノール:ヨーン・ファン・ケステレン
バリトン:ジョナサン・サマーズ
フィルハーモニア合唱団、サウスエンド少年合唱団

★序奏 全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)
「おお、運命の女神よ」「運命の女神の与えた痛手を」

冒頭、すげーっ打ち込みのティンパニーに驚く。鋭くて、硬くて、ダイナミック!
そのくせ透明度が高く、響き渡っている。もう冒頭の1音だけで、う〜ん。これはやられたっ!
冒頭のテンポは、硬めのゆっくり。いったん聞き取れないぐらいの弱音で歌うが、2度目の繰り返しになると、すごい音になってくる。ティンパニーの硬めのタン!大太鼓の響きのドン!
この2つの響きがリズミカルに響く。続いて、タン ドン 銅鑼のシャーン!
この3の響きが、すげ〜っ。 切れが抜群でシャープそのもの。録音状態も極めて良い。
アナログ時代の名盤だとのことだが、今でも、すこぶる良い状態だと思う。これはいいっ!
合唱部分も歯切れが良く、スリル感抜群。こりゃ〜っ すげぇ。
いい盤を聴いた。どひゃーん。驚きの1枚。

この楽曲で、煽らない盤は嫌いだ。生ぬるいのがイチバン嫌だ。このムーティ盤は、スピードがあるし、切れ味抜群で、すぱーっと音が鳴っている。合唱の奥で鳴る大太鼓の響きも、心地よくテンポを生んでいる。金管はストレートそのものだし、ぱっぱらぱぁーぱっ 合唱もスマートで、これは都会的な派手さだ。
ひとことで言い表すと、悪魔的というよりは、伊達な〜と言うべきだろうか。
うん。これはダテな「おお、運命の女神よ」だ。劇的な驚きの1枚。まっ 結構、まともじゃーないと思うんだけどねえ。人工的な収録だとは思うが、とにかく 、ジャーンって鳴るインパクトは多いにあり、これを聴くと他盤が地味に感じるほど。
しっくりした盤を好みの方は、これは邪道だ〜 この派手さには眉をしかめる人もいるかもしれないが、聴くと、一発で、にひひ〜っ やりやがったな。と笑えてしまえるかもしれない。
「運命の女神の与えた痛手を」は、聞き取れないほどの小さな音だが、神秘的に響く。

★第1部 芝生の上で
「春の愉しい面ざしが」「太陽は万物を整え治める」
鉄琴の響きで、古風なグレゴリオ聖歌風の歌が、しめやか〜的に歌われる。
バリトン独唱は、ドイツ語わからず・・・。パス。
「見よ、今や楽しい」
コーラスとオケ 明るく軽やかに春の訪れを祝うような軽めの合唱。
そ〜 れ れみ〜れ〜! そっれみれ〜 そっれみれ〜 しどれ〜っ。
愉快な旋律で、ホルンの柔らかい音色が、軽やかに響いている。単純な旋律だけど、楽しい。
コミカルで、リズム良く、すぐにフレーズが口ずさめる。
金管のかわった音色の和音で、みーみーみー みそれみそれ〜

「舞踏歌」
ど〜ふぁ・み ら・そ〜 (小太鼓)
この風変わりな舞曲は、牧歌的で〜私的には面白い。印象的で、単純なリズムで構成されている。
どみそ〜 (小太鼓・ドン大太鼓) みみみみ みそれ〜 
ちょっと擦れた弦の音で、合いの手の打楽器とのコンビネーションが面白く、かなりリズミカル。
お調子者が、道ばたで踊っているのか、ピエロが曲芸をしているような、おどけた風情が出ている。
テンポは速め。木管が、たららら〜ん。そして、ティンパニーのリズムと、金管が吹くところは、楽しく、迫力があり、かなりお茶目だ。
んじゃーじゃーじゃー じゃら〜らーらーらーらぁ。

「森は光り輝き」「小間物屋さん、私に頬紅くださいな」
女性のコーラスが爽やかに歌う。フレーズも伸びやかだし、素直に聴ける。弱音なので、もう少しボリュームがあれば良かったかも。
「円舞曲」「たとえこの世界がみな」
円舞曲は、ジプシー音楽って感じもする。
タンバリンとかの打楽器が、ンジャンジャ・・・とテンポで鳴る。単純明瞭な円舞曲である。
トランペットのファンファーレは 、すごく速い。合唱は、力強く〜「たとえこの世界がみな」を歌う。短いコーラス部分ではあるが、充分なタメを作って、壮大な世界を奏でてくる。
お〜っ もうワールドになっている。怒濤の歓喜の歌を歌って、ハイ!っと締めくくる。あらら〜

★第2部 居酒屋
「胸のうちは、抑えようもなく」
快速で、飛ばす〜飛ばす〜 おおっ 痛快なほど。
激しい怒りを胸に秘め、私の心は苦しみでいっぱい。・・・と、胸のうちは、怒りで抑えようもないワケだから、テンポも速いよねえ。
で、歌の伴奏として、弦を初めとして大太鼓の打楽器が響き、テンポ良く仕上げている。
金管も、声にぴたっと寄り添って、最後爆発的に終わる。これは痛快だ。

「昔は湖に住んでいた」
焼かれる白鳥さんの歌で・・・「昔は私も美しい姿で湖に住んでいた。かつて白鳥だった頃は。  なのになんと哀れなこと、今は焼かれて  ただ真っ黒な姿になってしまった! 料理人は鉄串を回し、薪は私を強くあぶり、食卓係が私を酒宴に運ぶ。皿の上に横たわり、飛ぶこともできない。ぎしぎし砕く歯が見える! ああ情けない、高い志もすっかり崩れて今はこの有様だ」と歌う。
うはは〜っ ちょっと声は遠いが、ボリュームを上げて聴くと、なんともブラックユーモアたっぷり。
すごいスパイスが効いている。おっさんの裏声の甲高い声〜 気色の悪いこと。このうえない。
この楽曲が好きだというと、悪趣味に思われるだろうが、細めの声だが、打楽器の響きと、とろろ〜と木琴が鳴ったり。なんとも〜情けない哀れな声には、思わず苦笑してしまう。

「わしは院長さまだぞ」「居酒屋にいるときにゃ」
えへへ〜ほぉ〜 えへへ〜 ほぉ〜 いきなり冒頭から威張ってるやん。
超派手に、にぎにぎしくシンバルが鳴る。
打楽器が総結集して、ンチャチャチャチャチャチャチャチャ・・・ ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ ン〜パパ
 
「我はのらくら者の大修道院長様であるぞ。我の助言はどんちゃん騒ぎに、好意はダイスの神デシウスにある! 夜明け、酒場に迷ってきた子羊は、夕方にゃ身ぐるみ剥がされ外におん出されてこう叫ぶ。なんてこった!なぜ運命は俺をこんな目に遭わすのか? 人生から楽しみが完全に持ってかれちまった!」
声とオケのバランスが、ちょっと気になるが、バックの威勢の良いこと。ハハっ!と合いの手の合唱も良い。
「居酒屋にいるときにゃ」は、この単純だけど、春の祭典風の原始的なリズムが、すごく印象的。
ンチャ ンチャ ンチャ・・・ 
金管とパーカッションが絶妙で、小太鼓の刻む音が軽快だし、チューバかな。んちゃ〜 んちゃ〜と刻む響きも良く。う〜ん 良いわあ。適度に迫力があり、適度に野蛮で下品で、適度にバカバカしくて・・・
金管の明るい単調なフレーズが鳴り響き、ズンチャーズンチャー 煽って大騒ぎとなり賑々しく終わる。

★第3部 愛の誘い
前の曲が、ド派手に展開したので、この第3部は、さすがに眠気を誘ってしまう
「アモルはそこら中を飛び回る」は、フルートがパンの笛に聞こえて〜 神さまというより妖精のごとく。
ふわふわふわ〜 と幻想的に奏でられる。

「昼と夜と全てのあらゆるものが」
えっ あの白鳥が蘇ったのか。と思うほど、オッサンの裏声が聞こえてくる。
「昼も夜も全てのあらゆるものが私に逆らう。あのひととの会話は私を悲嘆にくれさせ、私はため息ばかり。・・・」と泣き言ばかり並べる。う〜ん。
「少女が立っていた」ソプラノの独唱
「私の胸をめぐっては」「もしも若者と若い娘が」「来て、来て、来ておくれ!」
バリトンとコーラスだが、なんかブンチャッチャ風で、子どもの声が、内面の声のような役割だと思うのだが、恋愛で頭がいっぱいの男をせかしているような〜 煽り立てているように聞こえる。
リズミカルで、アハアハアハ・・・。という声が諧謔的な笑いにも聞こえて。ケッタイな感じがする。

「天秤棒に心をかけて」「季節は悦楽の時」「とても、いとしいお方」
ソプラノの声が聞こえてくると、今までの直截的な愛を歌う歌が、浄化されて〜 許すわ〜という気分になるから不思議だ。
悦楽の時ねえ。これは、またまた賑やかに展開する。まあノー天気な。と思うほど。
リズミカルに、おほほ〜っ。とバリトンが声を出すと、おっさんがHを考えているようで、下品に聞こえるのだが、これら通俗的な考えは、次の「白い花とヘレナ」で、昇華される。
う〜ん。このストーリー展開には、相当な無理があるのだが。(笑)
「ブランツィフロールとヘレナ」「アヴェ、この上なく姿美しい女」
「めでたし、最高に優美な人よ、あなたは豪奢な宝石。ああ、徳そなえた処女よ、世界に満ち溢れる光よ、世界の薔薇よ! 美の化身、ブランツィフロールとヘレナよ!寛大なるヴィーナスに栄光あれ!」と歌われる。
ムーティ盤だけでなく、いずれの盤でも、ここは、堂々として圧巻である。
ムーティ盤は、録音が良いので、かなりの迫力があり、タメも充分で、充分な音量もある。
堂々として、今までのおぞましい?世界が一掃される。
ホント、一掃されるに充分な圧倒的なパワーで、まるでゼウス神が登場したかのようだ。
大太鼓の響きが、全宇宙を支配下に置いたような雰囲気で、まろやかに合唱が、「美の化身、ブランツィフロールとヘレナよ!寛大なるヴィーナスに栄光あれ!」と美を賛歌する。

でも〜 この後、最初の振り出しに戻る。
全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)「おお、運命の女神よ」が、巡ってくるのだ。
おお〜 なんと。恐ろしい。ティンパニーが打ち鳴らされ、最後の審判のように運命の時がやってきたかのように、厳かに叩かれる。

「運命の女神よ、貴女は月の如く満ちたり欠けたり、常に定まらない。人生も同じこと、確かなものは何もなく、運命に弄ばれ貧乏も権力も氷のように無に帰する。恐るべき空虚な運命よ、おまえは車輪の如く回ってゆく。信頼能わず、隠れたら現れ、健康と徳を授けたらすぐに欲情と背反をよこす。我らは常に憂悶しながら、たえず恐れおののく。さあ運を掴んだ者も投げ落とされた者も、私と共に運命に泣こう!」
あーあっ あれほど生を、性を謳歌して、ついには、ヴィーナスを賛歌していたのに。また序奏に戻り、確かなモノは何もない。運命に弄ばれると歌わねばならぬとは・・・。う〜ん。

それにしても、ムーティ盤は、ホント痛快である。
この輪廻のような翻弄される運命を、まるで、タロットカードで、占っているかのように演奏している。
ブロムシュテット盤は、バカ騒ぎになるほどまでに至らず、どこまでも理知的だった。
ヨッフム盤は、野卑あふれるお下品さで、田舎臭く、スケベさ丸出し風で皮肉を感じさせた。それに、昔からの名盤と言われている。
ムーティ盤は、若い人のバカ騒ぎ風で、パワフルで明るい。おお〜やっとるな。という感じで、若い性を歌い上げる。これなら聴いている方も、手をたたいて応援ができる。楽しむところは楽しむ。さほど深刻にならず歌いきる。という雰囲気がする。これは、これで割り切りがあって痛快極まりない。これも一つの考えである。
録音も良く、強弱の落差が大きい。テンポはゆったりめであるが、明快で愉快で痛快である。
序奏部と最後だけって感じもするが〜 序奏だけでも聴き応え充分で、かなり満足度が高いと思う。
廉価で売られているのは、ちょっと信じられない。もっと売れても良いのにねえ。モッタイナイ。

小沢征爾 ベルリン・フィル 1988年
Seiji  Ozawa Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)



録音状態は悪くはないと思うのだが、なにせマイクが遠い。迫力がないし、おとなしいので面白くない。ライブ盤。 小澤指揮ではボストン響のものがあり、これは2回目の録音である。
ソプラノ:エディタ・グルベローヴァ Edita Gruberova
テノール:ジョン・エイラー John Aler
バリトン:トーマス・ハンプソン Thomas Hampson

晋友会合唱団等

小澤さんのこの盤は、ベルリン・フィルと日本のアマ合唱団である晋友会との共演ということで、メチャ話題になった。もちろん日本人としては、注目の1枚なのだ。
でも〜 CDで聴いちゃうと、録音がなあ。ちょっとマイクが遠すぎて、迫力に欠けてしまうのだ。ライブ盤なので、もっと熱い演奏を期待していたんだけど・・・。

★序奏 全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)
「おお、運命の女神よ」「運命の女神の与えた痛手を」
この出だしは、まずまず良いのだが、最初にはあったタメが、「そそ ふぁふぁ そそ ふぁふぁ そそふぁ そ〜らそふぁっ」と、何度も進むにつれて、ダンダンと速くなってしまう。
2回目のドンっ!が鳴って、「そそ ふぁふぁ」と奏でると、もう超快速になっているんだよなあ。
えっ いきなり、テンションあげすぎなんじゃー。
弱音部は綺麗。確かに綺麗だが、不気味さがあるわけでも、重厚感があるわけでもなく、なーんか中途半端な感じが否めない。
スピード感は適度に欲しいが、これはいかにも速いし、大太鼓、ティンパニーが、シャーン ジャーンと言う鳴り物系が、さっぱり響いて来ない。迫力が伝わって来ないのだ。
特に、ドンっ。という響きが軽すぎ。軽すぎというか、マイクに入っていないという方が正しいかもしれない。
いくら軽量級って言っても、これは、、、あんまりだ。
う〜ん。女神さま、空に飛んでいってしまい、厳かな怖い運命の神としては、いかにも迫力不足。
もっと、ドンっと叩けよぉ。ホント、ドドン ジャーン。という、シャーンという響きの余韻にも欠けており、こりゃ、参った。ボリュームをあげて聴いてはみたのだが、打楽器の音が、ほとんど拾えていないのだ。
なーんだ、最初から入ってないのか。
かといって、合唱にマイクが焦点あっているかというと、そうでもなく遠いし、金管のトランペットの音も、なーんか、奥行きがないのである。

★第1部 芝生の上で
「春の愉しい面ざしが」「太陽は万物を整え治める」
パーカッション群の音は明瞭に聞こえるが、テンポが遅めなので、かったるく聞こえてしまうものの、神秘的で、この世が誕生した雰囲気って感じがする。
「見よ、今や楽しい」「舞踏歌」は、小澤盤は、レガート気味に歌って、まったり、まろやか。
舞踏歌は、おとなしくて地味。「みみみみ みそれみれど〜」という、ジプシー風のような小節まわしが面白い曲なのだが、軽やかめで遅め。派手さには欠けてて。う〜ん。

「森は光り輝き」「小間物屋さん、私に頬紅くださいな」「円舞曲」「たとえこの世界がみな」
コーラスは美しい。透明度があり、爽やかに聞こえる。
おちついた歌い方で、テンポがきちんとしてて〜 う〜ん。文句はないのだが、ちょっとテンポが一定すぎて面白くないかもしれない。上品で、几帳面すぎるかなあ。
喜びに満ちあふれている感じは、良いし、明るくて良いんですけどね。

まあ、こんな感じで、最後までは、ちょっと聴けない。(いや、もちろん聴いたのだが、1つ1つ書いていく気分にならなかった。)
綺麗だし、静謐感や清潔感という面では、すごく良いと感じる。でも〜 なーんか、このアプローチは、カルミナ・ブラーナという楽曲とは違うような気がするのだ。まるで、格調の高い宗教音楽そのもので、世俗的なという面が出てない感じがする。
打楽器の出し方も、まるで日本の音楽のようで、無常感が漂う。
音の出し方というか、間合いがなあ。う〜ん。なーんか違うんだよなあ。
日本人好みのアプローチのようで、オルフのカルミナ・ブラーナというより、日本の宗教音楽っぽい。
どうも、オルフの他盤とは、相当に違ってて、その違いが、う〜ん。日本人的って感じ。
(巧くいえないのだが、お寺の鐘みたいな、声明をあげているみたいな感じに聞こえちゃう)
ワタシの勝手な感じ方だが、日本の楽曲みたいな、雰囲気が漂っているのだ。
おとなしいし、控えめだし、音が前に出てこないというか、どぎつく、突き詰めて行くタイプではなく、ドロドロっとした世俗感がないというか。
どうも、情感の世界を描いた演奏ではないような気がする。

春めいて盛りを向かえて、男女の恋愛が、どうのこうのという世界観ではないのである。
こんな感じだから、白鳥が焼かれてマックロになるって感じじゃーないんですよねえ。
西洋絵画で描かれている「レダと白鳥」のような、エッチな世界は、背景には置いていないという感じだ。
まあ。ワタシが考えるに、このカルミナ・ブラーナで描かれている白鳥は、焼かれてマックロになるってことは、他の奥さんに手を出した、エッチをしちゃったと男の話なんだと思うんだよねえ。
白鳥って、隠語なんだよねえ。(あくまでもワタシの考えなんだけど〜)

ワタシがイメージするのは、西洋絵画のモチーフとなった「レダと白鳥」なのだが、小澤盤は、その点は、ちょっと違っているような気がする。小澤さんの振っているカルミナ・ブラーナの世界では、白鳥は焼かれたって、真っ白で、まるで、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の神話の世界なんだよなあ。あまりにも美しすぎ〜 彼岸に飛翔しちゃうような 感じだ。
最後の「全世界の支配者なる運命の女神」は、まあ、大きく演奏されているが、カルミナ・ブラーナの中間に位置する居酒屋が、世俗的カンタータという雰囲気がしないという感じかな。

ブロムシュテット サンフランシスコ交響楽団 1990年
Herbert Blomstedt
San Francisco Symphony

録音状態は、極めて良いのだが、マイクが遠いなあ〜って感じて、序奏部分は、モノ足らない。いたって理知的スマートな演奏。
ソプラノ:リン・ドーソン
テノール:ジョン・ダニエッキ
バリトン:ケヴィン・マクミラン

ブロムシュテットさんが、「カルミナ・ブラーナ」を録音している〜ってことが、まず信じられなかった。
ひぇ〜 あの信仰心篤そうな、几帳面そうな菜食主義が?世俗的カンタータを?嘘だろ〜っ。
シンジラレナイ〜と驚きながら聴き始めた。

★序奏 全世界の支配者なる運命の女神(フォルトゥナ)
「おお、運命の女神よ」「運命の女神の与えた痛手を」

有名な「おお、運命の女神よ」は、録音状態が良いので、冒頭のティンパニーの一発どん!は、迫力満点だし、合唱の歌い方も、とてもガッツがある。
テンポも良い。切れも良い。タメもあって、充分にタメてから、フレーズを伸ばしている。
弱音からの切り返しも、歯切れの良い金管のパッセージが続き、銅鑼も豪快に鳴っており、テンポアップして音量をあげて駆け抜けていくのだが、なんと最後は、スゴイ〜伸び伸び〜っ。
続く「運命の女神の与えた痛手を」も、落とすところは落として、その後、テンポを加速する。
ここのトランペットは、歯切れが良い。ホント、すごく短いパッセージを畳みかけている。
う〜ん。良いやん。いかにも現代風でスマートなのだ。
図太く分厚く、豪快・強引ではないし、野蛮でもないのだが、このテンポで高揚させられる。
切れ味さっぱり、爽快そのもの。音色は明るい。
★第1部 芝生の上で
「春の愉しい面ざしが」「太陽は万物を整え治める」
木琴のフレーズに続いて、古風なグレゴリオ聖歌風の教会旋法で歌われる。
ここの歌は、録音状態が遠いというか音量が低くて、聞き取りづらい。
先の2つの楽章から、一気に小さな音量で、あらら〜 ボリュームをあげにアンプに走る。
神秘的で、一気に中世時代に突入という雰囲気になった。

「見よ、今や楽しい」「舞踏歌」
ブロムシュテット盤はテンポが良く、庶民的とはいえスマートに歌いあげているし、特に「舞踏歌」の舞曲 の冒頭の和音は、古風だけど単調ではないし、(小太鼓・ドン大太鼓) みみみみ みそれ〜 
のフレーズは、ヴァイオリンのフレーズも軽やかで速い。金管もまろやかで〜 これはニクイ。

「森は光り輝き」「小間物屋さん、私に頬紅くださいな」
コーラスが可愛い。ホント、明るく爽やかに聞こえるし、ティンパニーの叩き方も楽しげに聞こえてくる。
ブロムシュテット盤は、繊細で、微妙なニュアンスを感じさせる。テンポの切り替えも機敏だし、フレーズの歌わせ方が、ふくよかで〜やっぱ巧いなあ。と感じる。弛緩しちゃう場面なのだが、退屈しないんだもん。

「円舞曲」「たとえこの世界がみな」
弱音の古風なワルツ風の楽曲とコーラス入りの楽曲で、強弱・テンポのメリハリがついてて、音色も明るく健康的だ。
ボリューム感には欠けているのだけど、金管の音色が柔らかく明るい。細身だけど爽やか。
ホント、何にも特にしてなさそう〜なんだが、素朴なくせにスマートで、小気味良さがある。

★第2部 居酒屋
「胸のうちは、抑えようもなく」
う〜ん。この第2部は、場面がかわって居酒屋なのだが・・・
ブロムシュテット盤では、居酒屋とは、ちょっとなあ〜 場面が違うような気がするのだ。
ちょっと録音が遠いことと、スマートにテンポアップしてて。まったりしてくれ〜っ。

「激しい怒りを胸に秘め、私の心は苦しみでいっぱい。 私はまるで物質か、風に弄ばれる葉っぱ・・・」
バリトンのケヴィン・マクミランさんの声だと思うのだが、う〜ん、酔っぱらいのオッチャンには遠い。
酔ってしまって、やけくそ気味で自虐的に歌う歌なのだが、ヤケッパチには、なってないんだよなあ。
理性がありすぎ。飲み足らないでしょ。
学校の先生風に几帳面に聞こえて。う〜ん、頭を抱えてしまった。

「昔は湖に住んでいた」
焼かれる白鳥さんの歌で・・・
「昔は私も美しい姿で湖に住んでいた。かつて白鳥だった頃は。 なのになんと哀れなこと、今は焼かれて ただ真っ黒な姿になってしまった! 料理人は鉄串を回し、薪は私を強くあぶり、食卓係が私を酒宴に運ぶ。 皿の上に横たわり、飛ぶこともできない。ぎしぎし砕く歯が見える! ああ情けない、高い志もすっかり崩れて今はこの有様だ」と歌う。
裏返った男の声って、とーっても変で、オカマっぽい。
白鳥の丸焼き? 他人の妻を寝取ったおじちゃんが、丸焼きだと思うのだが・・・
はあ。なんか雰囲気が出ないなあ。語彙をはっきり、気張って、力強く歌っているんだが。
悲痛さは感じられるものの、悲哀がイマイチ。エッチさにも欠ける。
あ〜 聴いているだけで苦しいっ。楷書体で歌っているのだが、う〜ん。全然イメージに合わない。

「わしは院長さまだぞ」
「わしは院長さまだぞ」って、偉そうに言っているだが、若い声なんだなあ。
どーみても、院長さまとは思えず、あまり恰幅がなさそうで、貧相なのだ。
なーんだか、これもイメージにあわず。がっくし〜
ただ、合唱はリズミカルで、打楽器群も派手に頑張って鳴らしているようだ。

★第3部 愛の誘い
9曲あるのだが、この第3部は、とても気持ちよくナチュラルに聞こえる。
ストーリー仕立てになっている楽曲が、穏やかに愛のフレーズを奏でている。
「若者が乙女と一緒に」「おいで、おいで」と、周りが男女の恋愛をはやし立てているところは、ハハハ〜
なんとも軽快で、テンポアップしてて爽快である。

特に、「季節は悦楽の時」「とても、いとしいお方」
「季節はまさに悦楽の時。乙女も若者も、一緒に喜ぼう! (彼女の誓いは僕を強気にさせるけど、拒否されたら もうがっくり)  (男は冬中忍耐し、春の空気に弾け飛ぶ) (あの娘の処女に翻弄されて、簡単に奈落へ落っこちる)  おいでお嬢さん、悦びと共に。 さあ早く、美しい人!もう死ぬほど君に恋いこがれてる! おお、すべてが光り輝いて乙女たちも皆、愛に燃えている。新しい新鮮な恋に狂い死にしそうだよ!」
この、ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱と少年合唱では、中年男性が少女を誘っているのだが〜
子どもの声が、爽やかで。
ドラティ盤のように、少年合唱がオジチャン風情であったのとは雲泥の差。なんとも罪のない教会内のようなストイックさである。もう少し、とろり〜っとしていても良いかも。通俗で良いんだけどねえ。

★「ブランツィフロールとヘレナ」「アヴェ、この上なく姿美しい女」
「めでたし、最高に優美な人よ、あなたは豪奢な宝石。ああ、徳そなえた処女よ、世界に満ち溢れる光よ、世界の薔薇よ! 美の化身、ブランツィフロールとヘレナよ!寛大なるヴィーナスに栄光あれ!」と歌われる。
ここは、ブロムシュテット盤も圧巻。
録音状態も良く、コーラスも神々しく、ティンパニー、大太鼓等の打楽器セクションも、おおらかに奏でており、堂々としたコラールである。

★「全世界の支配者なる運命の女神」
続いて、第1曲目と同じ「おお、運命の女神よ」に戻って締めくくりになる。
このブロムシュテット盤の銅鑼は、ちょっと高音で、シャーン!と鳴り響く。
序章と最終章と同じ曲である「おお、運命の女神よ」が歌われる。
ブチャブンチャと小声でテンポが刻まれるなか、儀式のように、厳かに密やかに奏でられる。
最後の伸びは、驚くばかりに長いのだが、盛り上がりまでの過程では、冒頭のようにはテンポアップせず、おとなしめに締めくくっている。

ブロムシュテット盤は、1部、3部は、これは、ホント上品で美しい。
しかしながら、カルミナ・ブラーナと言えば、冒頭の「おお、運命の女神よ」と、第2部の居酒屋での場面で、飲んだくれのオジチャンや、丸焼きになった白鳥や、偉そうな院長に、焦点があってしまっている。
ここを聴きたいために、カルミナを聴いているようなモノなのだ。それが、イマイチ、ブロムシュテットさんには、似合わない。
線が細いことと、独唱者の声がイマイチ合っていないこと。そして、やっぱ、ブロムシュテットさんは、下品で、やけくそにはなれないんだと思う。自分を律しているような指揮者が、う〜ん。どーして、こんな楽曲を取り上げちゃったんでしょう。とても不思議なのだ。

レダと白鳥

レダは、レーダーとも呼ばれる。
ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら・・・
レーダー(ギリシア語: Λήδα, Leda)は、ギリシア神話の人物である。アイトーリア王テスティオスの娘で、スパルタ王テュンダレオースの妻。
ゼウスはレーダーを愛し、白鳥の姿に化けて彼女を誘惑した。鷹から逃れるために、白鳥の姿のゼウスはレーダーの腕の中に隠れた。密通によってレーダーは卵を産み、卵からヘレネーが生まれた。
ヘレネーは後に「トローイアのヘレネー(トロイのヘレン)」として知られる美女になる。
同じ卵から、または別の卵からカストールとポリュデウケースが生まれた。2人はディオスクーロイ(ゼウスの子の意)とも呼ばれる。また、クリュタイムネーストラーが生まれた。

伝承によっては誰が誰の父親だったかは異なるが、一般的にはヘレネーとポリュデウケースはゼウスの子であり不死で、カストルとクリュタイムネーストラーはテュンダレオースの子であり死の運命があるとされる。 ・・・

左の絵は、ギリシャ神話に基づいた題材で、白鳥=ゼウス 女性=スパルタの王テュンダレオースの妻であるレダである。
レダは、ゼウスにレイプされて、2人の子供が生まれた。
スパルタ王との間にも、2人の子供が生まれた。
↑ だから、卵からかえってた4人の子供が、レダの足元にいる。
この絵は、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたとされる。(現存しないため模写版) 

ちなみに、ゼウスとの子である美女ヘレネは、スパルタ王と既に結婚していたのに、トロイアの木馬で有名なトロイアの王子パリスが、スパルタを訪問した際に恋に落ちてしまい、奪ってトロイ アに連れて帰ってしまった。そのため、ギリシャ・スパルタとトロイアは、戦争になってしまったという悲劇が続く。

白鳥のイメージが崩れちゃうのだが〜 横レンボウするのが、この白鳥である。
いろんな画家が、「レダと白鳥」を題材にして描いているが、もっと露骨な図案もあるぐらいで〜。白鳥の首が、まるで蛇のように女性の裸体にまとわりつく。近年、女性の裸体を描くことは普通〜だが、ルネッサンス期は、女性の裸体は、御法度で、女神しか許されない時代だったらしいし、イミシンな象徴的な絵画なのである。

1959年 ケーゲル ライプツィヒ放送交響楽団 Berlin Classics  
1967年 ヨッフム ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団  G  
1974年 プレヴィン ロンドン交響楽団 EMI ★★★
1976年 ドラティ ロイヤル・フィル De ★★★★
1979年 ムーティ フィルハーモニア管弦楽団 EMI ★★★★★
1983年 シャイー ベルリン放送交響楽団 Dec  
1984年 レヴァイン シカゴ交響楽団  
1988年 小澤征爾 ベルリン・フィル Ph ★★★
1990年 ブロムシュテット サンフランシスコ交響楽団 De ★★★
1996年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec  
1998年 ティーレマン ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団  
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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