「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ペルゴレージ スターバト・マーテル
Pergolesi: Stabat Mate


アバド ロンドン交響楽団 1983年
Claudio Abbado
London Symphony Orchestra
ソプラノ:マーガレット・マーシャル Margaret Marshall
アルト:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラー二 Lucia Valentini Terrani



録音状態は良い。モダン楽器とソプラノとアルトの二重奏で、かなりゴージャス感のある宗教音楽になっているが、特にアルトの声は、深く豊かな声で、身もだえしちゃうぐらい官能的ですらあり、これには抗しがたい。やられちゃう。

ペルゴレージの「スターバト・マーテル」は、昔から大好きな楽曲なのだが、ちょっと軽い気分では聴きづらく、どこか襟を正して〜という感じがする。
普段、あまり宗教曲を聴かない。だって、仕事疲れのあと、どこか慌ただしく、時間にも、世情にも、流れた生活を送っているような感じなので、たまには改まった曲を聴きたいのだが・・・。
でも、あまり手が伸びないのが実情かなあ。(あー やっぱり、どこかに、区切りをつけなきゃダメなんだけどね。苦笑)
まあ、宗教曲のなかでは、ゴツゴツした楽曲でもないし、柔らかく、母性愛に包まれたような優しい楽曲である。マリアさまの心情が良く出ているように思うので、聞きやすい。

このアバド盤は、旧盤にあたる。
新しい盤も出ているのだが、新盤はまだ未聴。全くアプローチが違ってて、すっきりとした演奏らしいが、なんだか、アバドの白鳥の歌のようで、、、、まだ聴くには、ちょっと早い気がして、やめている。(笑)

さて、スターバト・マーテル(Stabat Mater)
ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、「悲しみの聖母」「聖母哀傷」とも言われており、13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の1つである。
ヤーコポーネ・ダ・トーディ((Jacopone da Todi)の作とされる。
題名は、最初の1行(Stabat mater dolorosa、悲しみの聖母は立ちぬ)を省略したものである。
中世の詩の中でも極めて心を打つものの1つであり、わが子イエス・キリストが磔刑となった際、母マリアが受けた悲しみを思う内容となっている。とのこと。

まあ、ペルゴレージだけではなく、ロッシーニやドヴォルザークも、同じ題材で作曲しているし、プーランクやシマノフスキーにも作品があるらしい。歌詞については、ラテン語だ。
これも、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、
悲しみの母は立っていた 十字架の傍らに、涙にくれ
御子が架けられているその間 呻き、悲しみ 歎くその魂を 剣が貫いた
ああ、なんと悲しく、打ちのめされたことか あれほどまでに祝福された 神のひとり子の母が
そして歎き、悲しんでいた 慈悲深い御母は、その子が 罰[苦しみ]を受けるのを目にしながら・・・
と続く。

ラテン語の歌詞なんぞ、素人のワタシにはわからないが、若い頃に、まず、このアバド盤を聴いて、はぁ〜なんて柔らかく、優しく、優美なんだろぉ〜っと、溜息まじりに聴いていて、完全に愛聴盤になっている。
第1曲の「悲しみに沈める聖母は涙にむせびて」 の二重奏からして、ああぁ〜という声に伸びやかで、深いアルトの声と、艶のある良い声で歌われると、身も心もとろけちゃう感じがしたものだ。

人の声の持つ深さ、艶があり、ころころと転がるヴィブラートの聴いた幅のある揺れ、そして、のびやかさと、暖かさが感じられてホント嬉しい一枚である。
ホールのトーンもあるし、ふんわりとした音質で録音されてて、教会で聴くような音が、天上高く、上に昇るような感じがする。
(実際には、キングスウェイホールで録音されているので、ホントの教会で録音されているような、雰囲気はないのだが・・・)少なくとも、冷たい、クールな音質ではない。

現在のどこかクールでさっぱり系、ピリオド演奏を聴きなれた耳だと、なーんて、ゴージャスで、濃厚で、お涙頂戴式に、ぼってりした演奏なんだろ。と思われちゃうかもしれないが、いやいや、ワタシにとっては、この音の厚みが、柔らかさ、重厚さ、荘厳さ 、温かさに感じられて、耳に染まってしまっている。

また、アバド盤は、ソプラノとアルトの二重奏になっている。
ホグウッド盤も所有しているのだが、アバド盤に慣れた耳だと、女性の中音域のアルトの声が、男性の甲高いカウンターテナーに変わるので、げっ! なんだぁ〜 この声っ。
オカマが歌っているのかぁ〜? なんて、キモワルイ声なんだっ。こんな盤、聴けるかぁ〜と、驚いてしまったことがある。
まっ 男性のカウンターテナーの声は、これ慣れないとダメなんでしょうが、ワタシ的には、どうも違和感があり、気持ちの悪さが先に立って、なかなか受け付けないのであります。
ソプラノとカウンターテナーが歌う盤よりは、ワタシ的には、アルトの深みのある声でないと、どうもマリアさまの深い悲しみは表せない、表しきれないのではないかと、、、思っちゃうのです。

第4曲の「尊き御子の苦しみを見給える」 は、アルトの独唱なので、特に、カウンターテナーで歌われると、身もよだつという感じで、ダメですね。
ルチア・ヴァレンティーニ・テッラー二さんの歌声でなければ、、、受け付けない。(ちょっと言い過ぎだけど)
なんだか、この濡れたような、ちょっと湿気た、ヴィブラートのかかった声が、大変気持ち良い。

アバド盤の旧盤は、83年の録音でモダン楽器を使用したもの。
ピリオド、古楽器を使用して演奏された盤も出回っているようだが、ワタシ的には、素っ気ない感じがして、手が伸びていません。偏った聴き方だとお叱りを受けるかもしれないんだけど〜
ワタシ的な感想としては、モダン楽器使用盤、ソプラノとアルトで〜 もっと盤が増えてもらうと、ありがたいんですけど、、、どうも時代は、ピリオド傾向になっているようで、ちょっと残念なのです。
あーっ ますます遠ざかる世界。
まっ アバド盤の旧録は、まるでオペラじゃん。と言われないかもしれないんですけど、ワタシ的には、この豊かさと、悲しみがない交ぜになった感覚が好き。

サン・ピエトロ寺院のミケランジェロのピエタ像を思い浮かべ、また、ローマのあちこちの教会などに置かれたバロック芸術のベルリーニの官能的な彫像を思い浮かべては、 うふふ。
立ち直れないほど、悲痛でもなく、耐え難くならず、悲しみすぎない、キワキワのアヤシイ母性としての官能的の要素が感じられて、耳にご馳走〜的に気に入って聴いています。
アンタ、アホかぁ〜と言われそうですけど・・・。
ワタシ聖職者じゃーないですモン。あしからず。
1983年 アバド ロンドン交響楽団 ★★★★★
1988年 ホグウッド エンシェント室内管弦楽団
所有盤を整理中です。

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