シンイチは、珍しく目覚めのすっきりとした朝を迎えていた。
その事実に彼自身、驚いていた。
「ははは・・・・、こんな日なのに・・・な。」
自嘲気味に呟き、むくりと身を起こす。
今更言ってもしょうがない。
こうなったら、最高の思い出にしよう。
そう考えながら、身支度を整える。
「ラン。」
「あ、シンイチ、おはよう。」
「ああ・・・おはよう。」
キッチンではいつもどおり、ランが朝食の用意をしていた。
たった2週間だったのに、もうシンイチの日常に入り込んでいる。
「ふふっ!」
「あん?何だ?」
シンイチは向かい合って座った後、ランが軽く笑い声を上げたのを不思議に思って問いかける。
すると、ランはすぐにふるふると「なんでもない。」と首を振る。
「んだよ?きになるじゃん。」
「え、う〜ん。」
軽く受け流してくれると思っていたランは予想外のシンイチの真剣さに戸惑う。
特別な意味はないのだ。
ただ、シンイチとこうやって向き合ってくつろぐこの瞬間が嬉しいと思っただけ。
それを上手く伝える術は持ち合わせていなかった。
だから悩みながらも、「やっぱり内緒。」とウインクしただけで終えてしまう。
当然、シンイチは気になってしょうがないが、意外に意思の強そうな瞳を見せたランはこれ以上聞いても絶対に応えないと諦めた。
ため息をついてシンイチはランに近づいた。
「?なに・・・?」
ランは急に近づくシンイチにドキッとして一瞬ビクリと身体をすくませた。
そんなランに臆することなく、シンイチはランの首に腕を回す。
「え、え、え・・・・?」
「動くなよ。」
「な、何?」
「・・・。」
戸惑うランをよそにシンイチはすぐに離れていった。
「シ、シンイチ・・・・?え・・?」
ランは何事なのかシンイチに問いかけようとした瞬間、自分の胸元に違和感を感じた。
「あ・・・・。」
視線の先には綺麗に光る星型のチョーカー。
ランが動くたびに細かく揺れている。
「ま、クリスマスだしな。」
「・・・人間ってクリスマスにどうしてプレゼントなんてするのかしらね?」
「さあな。」
ランの一言にシンイチはうなだれそうになりそうになりながら必死でこらえた。
「・・・・ありがとう。」
「え?」
「こんなのつけたの初めてだから・・・良く分からないけど・・・・。」
「けど?」
「・・・とても綺麗。ありがとう。」
ふわりと微笑むランにシンイチはほっとした。
そうして、一番言いたい一言をシンイチに気づかれないようにぐっと飲み込む。
「そろそろ出かけようか?」
「ん・・・そうね。どこ行くの?」
ランの質問を聞こえない振りでやり過ごし、シンイチはそのまま、先導する。
「ここ・・・?」
「ああ、カズハやアオコに聞いたんだ、女の子が喜ぶスポットってやつ。」
「・・・・・・。」
「気に・・・いらなかったか?トロピカルランド。」
じっと黙ったままのランに不安になってシンイチは問いかける。
その声には、不安が色濃く出ているのをランは感じた。
「ううん、とても嬉しい。ありがとうシンイチ。」
それはランの本心からの言葉。
正直、天使のランは、「トロピカルランド」がどういった場所かまるでわかっていない。
でも本当に嬉しかったのだ。
シンイチが、こんな風に自分を楽しませようとしてくれているのが伝わって。
またランは自分の言いたい一言をぐっと飲み込む。
自分のためというよりは、シンイチのために。
「ラン・・・?」
ぼうっとしていたランにシンイチが不意に話しかけてきた。
まだ不安なのだろうか?
ランは、シンイチの手をとってさっと歩き出した。
「さ、行こう!」
今日という日を精一杯楽しむために・・・・・。
「見て、見て!恐竜がいるよ、シンイチ!!・・あれ?」
備え付けの望遠鏡を覗くのに必死になっていた蘭は、近くにシンイチがいないことにようやく気づく。
「あ・・・そういえばシンイチの友達が、よく黙っていなくなる。って言ってたっけ?」
そう呟き、ランはもういちど、望遠鏡を覗き込んだ時だった。
急にヒヤッ!っという冷たさを感じ、思わず声を上げた。
「きゃっ!」
「びっくりした?」
「シンイチ・・・!」
シンイチはいたずらの成功した子供の顔をしていた。
ランが呆然としていると手に持っていたたった今、ランを脅かした缶を手渡す。
「ほら、コーラ。」
「あ、ありがと・・・・。」
「あ、いけねっ!」
「え!?」
ランのお礼もろくに聞かないうちにシンイチは時計を確認し、いきなりランの腕を取って走り出した。
「ど、どこ行くの・・・・!?」
ランは、腕をとられながら走りながらそう問いかけるが、シンイチはの問いには一切問わない。
着いたのは、一見、何もない広場。
「ふ〜、間に合った。」
「シンイチ、ここ何かあるの・・・?」
間に合って満足げなシンイチと対照的なラン。
「まあ、見てろって!」
シンイチはそういいながら、時計に目をやる。
「そろそろだ!5・・・・4・・・・・」
「え・・・?」
カウントを始めるシンイチの声はどこか楽しげだ。
「3・・・2・・・・1・・・・・ゼロッ!!」
ばっとあげたシンイチの手にあわせるように今まで何でも無かった広場から水しぶきふきだした。
「うわ・・・!」
「ここ、2時間おきに噴水が吹き上がるんだ。」
「シンイチ・・・・ありがとうね。」
普段の彼なら絶対に来ないであろう場所なのに、沢山、沢山自分を楽しませるた
めに一生懸命のシンイチ。
そんなシンイチをランは嬉しく思う。
「乾杯しようぜ!」
「乾杯?」
「そう、せっかくだからコーラで!」
「うん!」
照れたように話すシンイチとランは、とても楽しそうにコーラの缶を開けた。
瞬間、勢いよく炭酸が噴出し、二人に降りかかった。
呆然とするシンイチとランはお互いを見つめ、とたんに笑い出した。
「おっかし〜!」
「あはは・・・・!」
噴水が引いた後も二人の楽しそうな声が響いていた。
トロピカルランドをくまなく歩きながら時折、アトラクションを楽しむ。
周りからは間違いなく恋人同士に見られていたほど、意気投合していた。
とても自然なのだ。二人が二人で居ることが。
夜の帳が落ちる頃、シンイチとランは言葉少なく歩いていた。
二人とも、もうすぐ別れのときが来ると知っていたからかも知れない。
「楽しかった・・よ?」
「え?」
ランから急に呟かれた一言に思わずシンイチは反応する。
「・・・知られたのがシンイチでよかったって思ってる。」
「・・・初めはなんて奴だって思ってたよ。」
「そう?」
「ああ。いきなり現れてって。でも・・さ。他人との付き合いがこんなに心地いいと思ったのって初めてだ。」
「・・・・そっか。」
不意に訪れた静寂。
遠くを見つめるランが今にも消えそうでシンイチは思わず腕をつかんだ。
「え・・・?」
捕まれた腕を見つめてランがきょとんとした。
それが引き金になったのか、シンイチは耐え切れないようにそのまま腕を引き寄せ、ランを自分の腕に閉じ込めた。
「ずっと、一緒にいたい。帰したくねえよ。」
「シンイチ・・・・。」
言われた言葉にランは涙を流しそうになる。
(帰りたくない・・・。一緒にいたい・・・・。でも・・・!!)
ランは零れそうになる本音たちを必死でこらえる。
想いを告げて、シンイチを失いたくない。
たとえ離れ離れになっても・・・・シンイチには生きていて欲しい。
それがランの偽らない想い。
抱きしめられた腕が熱い。
感覚がなくなってきた。
そろそろ・・・時間が来たらしい。
「ランが・・・好きだ・・!」
「シンイチ・・・・・。」
想いに応えられないランはシンイチをきつく抱きしめる。
言えないたった一言が伝わればいいのに・・・と願いながら。
何も言わないランにシンイチは不安が増す。
ランが自分を思って何も言わないと気づかないシンイチは絶望にも似た想いを味わう。
やっぱり・・・・駄目なのか・・・・?ラン・・・・・!!
「サヨナラ・・・・シンイチ。」
「ラン・・・!!」
とうとう訪れた別れの時間。
それに気づいたランはシンイチに別れを告げる。
「・・・・シンイチ・・・。」
最後の覚悟を決めて、ランはシンイチに口付けた。
「ラ・・・ン?」
突然のランの行動に驚いたのはシンイチ。
今まで黙ったままで、何も応えようとしなかったランの突然の行動。
これが何を意味するのか・・・シンイチには解らなかった。
「ラ・・・ン。」
「さよなら、シンイチ。・・・・・・。」
ランがそう告げた次の瞬間、確かにシンイチの腕の中にあったぬくもりは消えていた。
「ラ・・ン。」
結局、ランはシンイチに何も告げることなく・・・消えた。
数日後、いつもの仲間との語らい。
だが、シンイチはランが消えたことから立ち直れずに居た。
確かに居たのに。
確かに皆とも話していたのに。
・・・もう、誰も覚えてさえ居ない。
だが、不思議なことにシンイチの記憶は消えてなかった。
ランは確かに言ったのに・・・・。
2週間経ったら、全てを消すと・・・・。
「ねえ、天使の話って知ってる?」
「天使の話〜?あれだろ?天使に魅入られたら一生取り付かれるって・・・。」
「んもう、夢がないんだから!」
不意に聞こえてきたアオコとカイトの会話。
夢見るように語るアオコとあきれたように話すカイト。
ぼんやりとシンイチは考える。
ああ・・・そういえば昔聞いたっけ?
天使に魅入られたら一生とりつかれるって。
その時は、見えないんじゃしょうがないって・・・思ったけど。
なあ、ラン?
ランは俺にとりついてくれてるのか・・・?
そうなら、俺に見えたらいいのに・・・・。
は、馬鹿なことを。
ランは俺の事なんて何にも・・・・。
「アオコの聞いた話と違うね?」
「なに?どうちゃうの?」
「うん、あのね。天使が人間に恋したらヒトになって、そのエネルギーで恋したヒトが死んじゃうって話。」
「え・・・・?」
アオコの一言に驚いたのはシンイチ。
頭の一点が突然、クリアになった。
じゃあ・・・・ランは俺のために何も告げずに・・・?
言葉に継げることが出来ないから・・・あの行動で・・・?
シンイチは、今もランの感触が残る唇に手をやる。
ラン・・・・・。
「それでね?最後の口付けでその恋したヒトの元に転生するってお話なの。」
「うわあ、ロマンチックやね〜!」
アオコの話を聞いていたカズハは目をキラキラさせていた。
そんな彼女たちを見ながら、カイトとヘイジはあきれたように見つめていた。
その中でシンイチだけは時が止まったようにじっと動かないで居た。
最後の口付けで・・・恋したヒトの元に転生する・・・・。
ラン・・・・。
また、会える・・・・・・のか?オマエに・・・・。
シンイチが転生したランに出会えるのは今から2年後。
カイトとアオコの娘として産まれて来たとき。
シンイチの贈った星型のチョーカーをその手に握り締めてこの世に転生を果たす。
ヒトとして、シンイチに出会うために・・・・・・。