・・・どうしても、見たい。
見ちゃいけないって分かってるけど・・・・。
でもどうしても見たいの!!
蘭はリビングのテーブルの上にある、携帯を見つめていた。
この携帯の持ち主は現在、事件で疲れた体を癒すために、シャワーを浴びていた。
普段なら蘭もこんなに携帯の中身をみたいなんて思わない。
今日、新一の家の前であんなことがなければ今でも見たいなんて思わなかっただろう。
今日、蘭はいつもどおり放課後、新一の家に向かっていた。
新一の家の前に、すらりとしたきれいな女性が立っていたのだ。
「あ・・・あの・・・?」
蘭はおずおずとその女性に話しかけた。
するとその女性は、蘭を見て気後れもせず、にこりとわらい、話しかけていた。
「こんにちは。新一さん、お帰りじゃないみたいですね。」
「え?あ・・・。じ、事件で呼び出されてたから・・まだ・・じゃないかと・・・思います。」
「・・・。そのようね。ごめんなさい、これ、新一さんにお返ししておいて貰えるかしら?携帯通じないみたいなので。」
女性は蘭の前に男物のハンカチを取り出し、蘭に手渡した。
「じゃ、お願いするわね。」
蘭がイエスともノーとも言わないままに、蘭にハンカチを押し付けて去っていってしまった。
・・・・・蘭はしばし、ボーっとしたまま門の前に突っ立ってその場から動けなかった。
それからどれくらいの時間が流れたのかは・・・蘭には分からなかった。
自分の肩を叩く人物が現れるまで、意識などなかったから・・・。
「蘭!何やってんだよ?門の前でボーっと突っ立って・・・?」
「あ・・・し、新一・・・・。」
「?なんだよ?俺の顔、ジーっと見たりして・・・・。あ、見惚れてたとか?」
「ばっ・・・!!馬鹿、違うわよ!!・・・あ?新一?」
気恥ずかしいことを言う新一に文句を言いかけた蘭を制止するように新一は蘭の手にあった買い物袋を取り、玄関へと歩き始めた。
「ほら、そんなとこで突っ立ってないで、早く来いよ。」
「あ・・・う、うん・・・・。」
ボーっと突っ立っていたままだった蘭は、新一に呼ばれ、はっとして駆け出した。
「だけど蘭、オメー今日、部活長引いたのか?」
新一の不意の疑問に、蘭が首をかしげた。
「え?別に、普段どおりだよ?」
「だけど、来るの遅かったじゃねーか。この時間で家の前って・・・??」
「あ・・・。」
蘭は理由を口に仕掛けて、つい、止めてしまった。
「そ、それより新一、疲れた顔してるよ?シャワーでも浴びてすっきりして来たら?」
「え?」
「その間にご飯作っとくし、ね!」
新一は蘭の「その選択肢以外は受け付けません!」といわんばかりの顔に疑問を抱いたけれど、
事実、疲れてはいたし、蘭の言葉に従うことにして、リビングを後にした。
リビングから新一が出て行くと、蘭は大きなため息を付いた。
ああ・・・・今更何落ち込んでるのかしら・・・私。
新一がモテるってこと位、ホントに今更じゃない・・・。
今までにだって新一を待ち伏せて家の前に待ってた女の人だって居たじゃない・・・。
駄目じゃない、蘭!!
こんなことで新一に心配なんて掛けちゃ・・・!!
蘭は頬をぱんぱん!!とはたき、夕飯の用意をしようとキッチンに向かいかけた。
途中、新一が脱ぎ捨てたジャケットがソファに放りっぱなしになっているのに気付いた。
「もう、ハンガーに掛けとかなきゃ、しわになっちゃうじゃない・・・新一ってば!」
何度行っても服を脱ぎ散らかして、片そうとしない新一に文句を言いながらハンガーに掛けようとジャケットに手を伸ばして見つけた。
制服の内ポケットに入れてあって、ソファに放り投げた拍子に出てしまったであろう・・・・それに。
・・・新一の携帯・・・・。
何処か震える手で蘭は携帯を拾い上げた。
駄目よ・・・蘭、何考えてるの・・・・?
いくらコイビトだからって・・・人の携帯見るなんてこと、しちゃ駄目よ。
新一のこと、信じてないの・・・?
分かってる!
信じてるよ、新一のこと!!
見ちゃ駄目だって・・駄目・・・。
でも。
見たいの・・・!!
だって・・・不安なのよ・・・・。
新一は・・・ホントに私のこと・・・好き・・・なの?
ただ、幼馴染で・・・気心が知れてるから・・・だけじゃないの・・・・・?
違うわよ!!
そんな事無い!!
新一はそんな人じゃないもの・・・・!!
蘭の中で葛藤が繰り返される。
友達だって・・・見てるって・・・言ってたもの・・・。
彼氏が浮気して無いか確かめるのには一番手っ取り早いって・・・。
だから・・・・。
だから・・・・・!!
蘭はぎゅっと目をつぶったまま、新一の二つ折りの携帯を開いた。
メールボックスを・・・開こうと思って・・・開けなかった。
ダイアルロックが掛かっていたのだ。
「ダイアルロック・・・・。でも確かコナン君だった時に見たあの時・・・。」
コナンが新一だと疑った何度目かの時に偶然手にした携帯を見た時のことを思い出していた。
あのときにもダイアルロックが掛かっていた。
あのときのナンバーは・・確か・・・・。
4869
新一らしい、ホームズのファーストネーム。
だがしかし。
今回はそれでは外れてくれなかった。
「な、何で・・・?前と暗証番号変えた・・・の?」
「暗証番号・・って何のことだ?」
「きゃあああああ!!!」
いきなり背後から聞こえた新一の声に蘭は本当に焦った。
ばっと振り向くと新一がタオルを頭に載せたままの格好で立っていた。
蘭の声に心底驚いて耳を押さえたままで・・・。
「なんなんだよ!いきなり大声出しやがって!!」
「ご、ごめん・・・。」
「あ?蘭の持ってる携帯って・・・おれンじゃねー?」
「あっ・・・!!」
新一に黙って携帯を見ようとしたことをとがめられているように聞こえて蘭はうつむいてしまった。
そんな蘭の態度に新一は不思議そうにしていたが、何かを思いついたのか蘭の頭をそっとなぜた。
「蘭・・・さっきからずっと・・・俺に何を隠してる・・・?」
「し・・!!」
新一のとがめるでもない、優しい口調の問いかけと、自分の頭を優しくなぜる手に蘭が強く反応した。
「さっき玄関で。いつからあんなふうに突っ立ってた?」
「しん・・いち、あんた気付いて・・・・。」
さっきは「遅くなったんだな」で済ましていたからごまかせたと思っていた。
だけれども新一はちゃんと気付いていた。
蘭が何かを隠していることに。
蘭が何かを悩んでいることに。
「携帯を見ようと思ったことに・・何か関係してるのか?」
しばらく新一の言葉に何の返答もしないまま見つめていた蘭だったが、ポケットに入れたままになっていたものを取り出した。
「?これは?」
「ハンカチ。新一の・・・でしょ?」
蘭が新一の目の前に持ってきたものは蘭が見知らぬ女性から無理やり預けられたハンカチ・・だった。
「ああ・・・これ。前の事件のとき、怪我した関係者に渡したやつ・・。」
「さっき、届けに来てたの・・・。新一の携帯つながらないから・・・って。」
蘭の声は先ほどから漸く聞き取れるか・・くらいの小さなものだった。
それに気付いていた新一だったが、あえて何も言わなかった。
蘭の不安がどこから来ているのか・・なんとなく想像が付いたから。
「0514」
不意に新一の声が蘭の耳に届いた。
「え・・・?」
訳が分からず蘭は顔をばっとあげた。
「だから、暗証番号だよ、俺の携帯の。」
「0514・・・・?」
「開けてみろよ。」
「で、でも・・・!!」
戸惑う蘭から携帯を奪い取ると新一は暗証番号を入力し、ダイヤルロックを解いた。
「ほら!」
新一は蘭に携帯を押し付けた。
きょとんとして蘭は受け取った携帯を見つめていた。
「だけど、何にも蘭が面白いと思うもの入ってねーと思うぜ?メールも・・蘭からの以外入ってねーし。」
「え?」
「蘭からのメールが消えちまうからどーでもいいメールどんどん消しちまうからなあ・・・。」
「・・・・。」
「ああ、そのハンカチ持ってきたのって前の事件の被害者の友人ってやつだろうな。キレた加害者がナイフ振り回して腕切られたんだよ。」
じっと携帯を持ったままたっていた蘭の目から涙が零れ落ちた。
それに気付いて新一がぎょっとする。
「ら、蘭!?」
「ごめ・・んね。新一・・・。」
「蘭・・・?」
「私・・・いつも不安で・・・。新一は有名人で・・・ホントに私のこと好きでいてくれてるのか・・不安で・・・。」
「バーロ!」
新一が蘭を強引に引き寄せて、抱きしめる。
「おめーなあ・・・。」
何かを言いかけて新一は一瞬口を閉ざした。
「新一?」
「・・・なんでもね。蘭、愛してるからな。」
「な!?」
「それだけは・・・疑うなよな。」
新一のちょっと照れたような言葉。
それが真実だと分かる口調。
蘭はそれが嬉しくて・・・。
不安に思っていた自分がばかばかしくて・・・。
何も言葉にはできなくて、新一の背中にきゅっと手を回した。
後日・・・。
「そういえば・・・新一の暗証番号って・・・なんなの?『0514』って・・・??」
誕生日でも無いし、ホームズに関係しているわけでも無い・・・その数字。
何の意味を持つのか疑問に思っていた蘭が素直に質問した。
新一はがくりと力が抜けた。
「おめー・・・わかってなかったのか・・・?」
「え?」
「暗証番号・・・。何なのか。」
「え・・・何?」
「まあ・・・。俺が唯一覚えてる日付・・・ってところかな。」
「日付・・・?」
きょとんと心底分かってない蘭に脱力しながら新一は答えを口には出そうとしなかった。
それが蘭の誕生日の日付と気付くのは・・・いつ・・・・??