目を覚まして、まず目に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。

あれ?
オレ、どうしたんだっけ?

新一はぼんやりとしながら、顔を動かした。

「気がついたか?」

聞こえてきた声に驚く。
普段ならば、日本にはいないはずの人の声。
声のした方に顔を向けると、はやりそこにいたのは、父である工藤優作だった。

「父さん・・・? どうして、ここに?」

優作は読んでいた文庫本を閉じると、枕元に歩み寄った。

「お前は一週間、意識不明だったんだぞ?」
「一週間・・・?」

言われても実感がない。
記憶を辿るように新一が考え込む姿を見ながら、優作は廊下へと出て行った。
きっと、医師を呼びにいったのだろう。

反対側に視線を向けると、点滴が吊り下げられている。
左手を動かしてそれに触れようとしたら、肩に激痛が走った。

ああ、思い出した。

組織との最後の対峙で、撃たれたんだっけ。
一週間も意識がなかったのなら、もう、事情聴取も終わってしまっただろう。


入ってきた医師と看護婦がいくつか簡単に検査をしていった。
その間、優作は部屋の隅で腕を組んで立ったまま、じっと新一を見ている。
その視線が、肩の怪我よりも痛かった。

「意識が戻りましたし、もう心配ないでしょう」

医師達が出て行くと、入れ替わりに有希子が入ってきた。

「新ちゃん!」

飛び付くように新一に抱きついてくる。

「もぉ! 心配かけて・・・」
「・・・ゴメン」

放任主義の両親が帰国するくらいに、新一の容体は悪かったのだ。
怪我自体は、そう酷いものではなかったが、頭を打っていたこともあり、このまま意識が戻らないかもしれないとも言われていたらしい。
そういったことを、有希子の口からとくとくと語って聞かされた。

「・・・目暮警部から聞いたぞ?」

それまで黙っていた優作が、新一を見据えたまま口を開いた。

「警部が止めたのに、1人で飛び出したそうだな?」
「・・・ああ」

覚えている。
警察官達が周囲に包囲線を張っていたのだが。
それを待っていてはジンが逃亡してしまうと思った。

いや。
ただ、自分でジンを捕らえたかっただけなのかもしれない。

オレの姿をあんな姿に変えた、張本人なのだから。

「そのせいで、お前を庇おうとした高木刑事が負傷したそうだ」
「え??」
「心配ない。軽傷だ」

飛び出して、肩を撃たれたのは何となく覚えている。
本来ならば一般人の新一が、その場にいることすら特例扱いなのだ。
一般人を巻き込むことは、警察には許されない。
それが、例え、捜査協力者であろうと。

高木が新一を守るよう動いたとしても、おかしくはない。

「だがな、新一。お前が自分の事件は自分で解決したかったということはわかるが、捜査は1人でやるものじゃないだろう?。
 探偵には犯人を逮捕することはできない。警察と協力してこその仕事じゃないのか?」

頭ではわかっている。
だが、体が勝手に動いてしまう。


ずっと、自分は1人だと思っていた。
子供の頃から、自分だけ、周りの子供達とは違っていて。
疎まれたり、気味悪がられたり。

そのうちに同年代の子供達とは一線を画すようになってしまい。
高校生になった今では、大人達からも一目を置かれ。
同じ目線で、対等に話せる相手は、ほとんどいない。
相手を見下しているとか、そんなつもりはなかったけれど。
そんな風に取られてもおかしくない行動をしてきた。

誰もわかってくれないから、自分一人でやる。

いつの間にか染み付いてしまった、習性。
自分だけしか信じていなかった。


「何でも1人で抱え込むのはよくないぞ?」
「そうよ! 新ちゃんは1人じゃないんだから」

そう言って有希子が病室のドアを開けると、廊下で待っていた人達が中に入ってきた。

「工藤君!」
「工藤!」
「大丈夫?」

目暮警部をはじめとする、警視庁の面々。
そこには、怪我をしたという高木の姿もあった。
学校のクラスメイト達。
いつから東京に来ているのか、平次もいる。
そして、志保の姿も。

ああ、オレは何てバカなんだ。

こんなにも多くの人に支えられて生きてきたのに。
それに、気付いていなかったなんて。

「なんや、思ったより元気そうやん?」

無遠慮に平次が声をあげた。
数日間、意識が戻らなかった新一が目を覚ましたとあって、病室内が安堵の空気に変わっていた。
新一のそばに寄ってきては、それぞれが新一に気遣いの声をかける。


その人垣の間から、蘭の姿が見えた。
病室に押し掛けた人の一番後ろに佇んで。
目尻に滲んでくる涙を拭っている。

ああ、また泣かせてしまった。

泣かせたいわけじゃない。
本当は、笑わせたいのに。


「・・・蘭」


思わず、新一はその名前を呼んでいた。
周囲にいた人が、ハッとして静かになった。
蘭に道をあけるかのように、人垣が割れる。

「・・・泣くなよ? 約束どおり、帰ってきただろ?」

誰よりも、守りたかった人。
誰よりも、会いたかった人。

誰よりも、愛すべき人。

「ほら、蘭。行きなよ」

隣から園子が蘭の背を押す。
トンと一歩、前に押し出されて、その勢いで新一の傍まで歩く。
新一は手をのばして、蘭の手を取った。



沢山の犠牲を払って、ここまで来た。
沢山の矛盾を抱え込んでしまった。
沢山の嘘をついて、旅路の果てまで辿り着いた。

それでも、ここまで来たのは、君のため。

偽りの姿ではなく、自分の本当の姿で、もう1度、君と会うため。
機械越しの声ではなく、自分の本当の声で、君に「好きだ」と告げるため。

「ほんなら、お2人さん。ごゆっくりv」

平次がからかうように新一に囁いて、皆を引き連れて病室から出て行った。
突然、2人きりになってしまって、心の準備もできていない。



「ただいま」
「・・・おかえり」



ギュッと手を握り締めて、結局、言えた言葉はたったそれだけ。



2人の前には、新しいドアが開いている。

これからだって。

迷ったり。
傷ついたり。
苦しんだり。

人間なんだから、そんなことがあるのが当たり前。



でも、これからは。

いつだって、君と2人。

同じような想いを抱いた2人で、一歩ずつ進んでいけばいい。





守るべきものは、ただ1つ。

それは、いつだって、蘭、君なんだ。





beさんのサイトの2周年企画の100歌にてリクエストさせていただきましたv

ミスチルは大好きなアーティストでこの「Everything(It'syou)」も大好きな一曲です。
この曲の主人公が「beさんちの新一」って感じがしていたのでリクエストさせていただいたのです。

予想を上回る素敵なお話を有り難うございましたv