とある喫茶店の一角。
帝丹高校の制服を着た男子生徒が2人。
江古田女学院の制服を着た女子生徒が2人。
周りから見れば、りっぱなダブルデートの光景がそこにあった。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
冷静なウエイトレスの声に導かれるようにその4人組はメニューを見ていた。
「あー・・・俺ホット。」
面倒くさそうにウエイトレスの持ってきた水に手をかけながら新一が注文する。
「んー・・と。じゃあ、わたしミルクティーお願いします。」
メニューをじっと見ていた蘭が丁寧に注文をした。
「青子、何にするの?」
「快斗、何にするんだよ?真剣にメニュー見て。」
新一と蘭にそれぞれ声をかけられた快斗と青子は未だ、メニューを真剣に見ていた。
「あ、お決まりになりましたら又およびください・・・。」
いつまでもメニューから目を離さない2人にじれたウエイトレスはそういってその場を離れようとした。
「あ!」
「ちょっと、待った!!」
「は、はい。」
「「チョコレートパフェ!!」」
大きな声でウエイトレスを引き止めた快斗と青子が、同時にそう告げた。
「は、はい。チョコレートパフェお二つ・・ですね。」
「はいー!!」
「宜しく!!」
圧倒されたようにウエイトレスがそう告げると、快斗と青子はニコニコと同意した。
「少々お待ちください・・・。」
そう言って、4人の席からウエイトレスが離れたのを見計らい、新一が苦々しい顔を見せた。
「ったくー・・・快斗、おめーまーたチョコレートパフェかよ・・・。」
「いーじゃんか、好きなんだからよ!!」
「チョコパフェ、美味しいよね!!」
「だっろー!!」
青子が嬉しそうにチョコレートパフェの魅力について語ると、快斗も同意して語りだした。
そんな2人を蘭は、くすくすと笑いながら、微笑ましくみており、新一は呆れて見ていた。
「ところで、映画何見る気なんだ?」
ふと快斗が新一に話しかける。
「え?・・ああ、そうだな・・・どうする?蘭。」
「んー・・・・と。さっき黒羽君の言ってたカーアクション物、面白そうだね。」
「あー・・・じゃあ、それにするか。何時からだろ?」
新一は持っていた雑誌で上映時間を確かめるべく、ページをめくった。
「あ!これだな。えーと・・・15分後から次回開始だ。」
「15分?じゃあ、そろそろ行ったほうがいいね。」
蘭が口をつけていたミルクティーのカップを置きながら時計を見た。
「じゃあそろそろ行くか!!」
「うん!!」
「じゃ、わりーけど、俺ら行くから。」
そういいながら、新一と蘭は席から立ち上がった。
「あー・・・じゃあ、そろそろ出るか・・。」
快斗は新一たちに習って立ち上がりかけた。
しかし、それを新一が止めた。
「ああ、いいって。お前らはゆっくりしてろよ。チョコレートパフェも残ってるしな。」
「あ・・・そうか・・・・・?」
「じゃ、ごめんね、黒羽君、青子。」
「いいの、いいの!!ラブラブカップルのお邪魔なんてしませんよ〜!」
「もう、青子!!」
青子のからかいに頬を染めながら反論する蘭をほほえましくみていた新一が
「じゃ、これ、俺と蘭の分な。」
そういいながら代金をテーブルに置いた。
「やだ、新一ごめん。私の分・・。」
蘭があわてて自分の分を財布から出そうとするも、新一がそれを止めた。
「いーって。それより、遅れるから早く行こうぜ!!」
「ごめんね、ありがと。じゃ、ばいばい!黒羽君、青子!!」
「じゃーな!!」
「おー・・・。」
「ばいばい、蘭、工藤君。」
あわただしく、新一と蘭は映画へといってしまい、店には快斗と青子が残された。
それまで、元気に明るく振舞っていた青子が2人がいなくなると浅いため息をついた。
そんな青子の様子を見ていた快斗は目の前のチョコレートパフェを口に運びながら意地悪く口を開いた。
「・・・青子ちゃん、新一のことが好きだった??」
「え・・・・??」
青子は突然言われた快斗の言葉に一瞬戸惑ってしまった。
そんな様子に気付きながら、快斗はなおも言葉を進める。
「んー・・なんかさ、青子ちゃんさっきまでと違って、すっげー切なそうな顔して2人を見送ってたからさ。」
そうなのかな?と思ってさ。」
「・・・そんな風に見えた・・・?」
「うん。新聞とかで新一の活躍見てて好きでさ、あこがれてて・・・。
でもその人は自分の友達と付き合い始めて。祝福するけど、なんか複雑って感じに見える。」
ニコニコと笑いながら的確に告げていた快斗は心の中で、
「はい、一著上がり♪」
などと考えていた。
きっと青子は
「うん・・・。そうかも知れない・・・。新聞やテレビで工藤君の活躍見ててどきどきしてたから。
蘭との事を邪魔するつもりは全然無いけど・・・。けど、やっぱりちょっと・・つらいかも。」
「じゃあさ、俺と付き合ってみない?」
「え?」
「新一と顔やら声やら似てるってよく言われるし、吹っ切るのには丁度いいんじゃない・・・?」
「・・・うん、ありがとう。」
な〜んて・・ね。
別に青子に特別な感情を持っているわけじゃなかった。
「可愛いな」などということを持っているくらいだった。
それは他の女の子たちに対しても持っていたものだ。
快斗自身、沢山の女の子たちとそれなりの付き合いを重ねていた。
それは自他共に認められることであるし、付き合った女の子たちに対して優しい紳士を務めてきた。
ただ、そんな女の子たちに対して、「愛情」を持ったことは無かった。
たとえば、今、新一が蘭に対して持っているような「絶対的な愛情」や、「独占欲」が働いたことはない。
大体快斗から別れを告げるが、快斗の上辺の優しさに耐え切れなくなった彼女たちから別れを告げられることもあった。
そんな時も引き止めることは一切無かった。
自分のやっている秘密の仕事・・のため、極力人との付き合いを避けている部分もある。
女の子を大事に思う気持ちよりも大きなものがあるために自分にはこういう付き合いしかできないと思っていたから。
青子を口説くような真似をしているのもいつものリップサービスのつもり。
新一の恋人の親友とこんな風に接するのは快斗自身も気が引けたが、それでも自分にはこれしか無理だと思っていた。
「うーん、黒羽君ってやっぱり帝丹一のプレイボーイって呼ばれるだけのことはあるね。」
複雑そうな表情をしていた青子は開口一番、綺麗な笑みを見せた。
その表情に快斗は「ドキッ」とした。
この子・・・こんな顔もするんだ・・・・。
蘭と一緒のときは幼いこどもっぽい印象を受けていたのに。
今見せた表情はだれよりも大人っぽく見えた。
「どうして・・・そう思った?」
『帝丹一のプレイボーイ』そう呼ばれることに抵抗は無いものの、「やっぱり」と言われる意味を知りたくなった。
「んー・・・。表情、よく見てるなって思って。」
「て、事はやっぱり新一のこと・・・??」
「・・・半分正解で半分はずれ。」
「半分・・・はずれ・・ってどこが・・・?」
完全正解だと思っていた快斗はちょっと疑問に思った。
新一のことが好きで、蘭との事を邪魔する気がないって・・・事が?
邪魔する気・・・なのか?
恋愛と友情は別物・・・って事か?
快斗がいろいろ思考を巡らせているのを青子の言葉が遮った。
「青子、工藤君のこと、好きなわけじゃないよ?」
「え・・・・?」
「蘭との事は100%応援してる。」
「え、じゃあ・・・??」
「嫉妬はしてるの。」
「だから、蘭ちゃんに・・。」
「嫉妬してるのは・・・多分工藤君のほうに。」
快斗の目を見つめてはっきりと告げた青子の言葉に快斗は言葉を失った。
嫉妬・・・してるのは・・・新一のほうに・・・・??
「え、それどういう・・・?」
快斗はわけが分からなくなって、質問ばかりを青子に投げかけていた。
「青子、蘭と幼馴染なのね。」
「それは・・・うん、聞いた。」
「初めて蘭と知り合ったのはね、お父さんに連れられて行った、知り合いの刑事さんの家の新年会だったの。
ほら、蘭のお父さんも元刑事さんでしょ?同じように来てたんだ。で、同じ年ってことで意気投合したの。
それから・・・何するにもいつも一緒だった。同じ学校に進んで、同じように習いごとして。
・・・・なのに工藤君と付き合いだしてから、話のほとんどは工藤君に持っていかれてた。
もちろん、それだけが全てじゃないけど、それでも蘭の一番は確実に工藤君になってた。」
だんだん涙声になっていく青子に対して快斗は何もいえなかった。
言うべき言葉が見つからなかったといったほうが、正しかったのかもしれない。
「なにするにも一緒だったのに・・・。青子が一番蘭のこと知ってるはずだったのに・・・。
でも、蘭のあんな輝くような笑顔見たのは・・・初めてだった・・・。
応援はしてるの。うまくいって欲しいの、ずっと・・ずっと。
でも・・・工藤君に嫉妬・・・してたの・・・ずっと・・・・。」
うつむき、涙を流す青子を見ていて・・・快斗は「ああ、そうだったんだ」と心が晴れていく気がした。
ずっと自分が感じていた、わけの分からない感情、もやもやの原因。
「ごめん・・ね、変な話しちゃって・・・。」
目に浮かぶ涙をぬぐいながら青子が照れくさそうに笑みを見せた。
快斗はそんな青子に自分のハンカチを差し出した。
「ありがと。」
素直にハンカチを受け取り、涙を拭く青子を見ながら快斗は口を開いた。
「俺も・・・同じ・・だな。」
「同じって・・・?」
「ずっと、なんか訳わかんねーもやもやがずっとあったんだ。青子ちゃんの話し聞いてて・・・俺も同じだって思ったんだ。
『推理ばか』だの、『女早く作れ』だのいいながら新一のこと一番理解してるのは自分だと思い込んでたんだよ。
なのに蘭ちゃんに出会って、付き合いだして・・・知らなかった新一の一面を突きつけられて・・・愕然としたんだよな。
でもそれ認めたくなくて・・・封印してたんだな。」
照れくさいからか、快斗は青子のほうを一度も見ないまま、言葉を続けていった。
その間、青子は快斗の言葉を遮ることなく、静かに聴いていた。
「ばかみたいだな、俺たち。」
おどけたように苦笑いして出された快斗の言葉。
それにびっくりしたように、目をまん丸にして聞いていた青子もすぐに苦笑いを浮かべた。
「ほんと・・・。ばかみたいだよね。」
青子は蘭を好き。
快斗も新一を好き。
いつの間にか相手に現れた突然の人にとられたような気がしてた。
自分の相手への感情とは全然別物なのに、それに気付かずに。
快斗は目の前の少女に目を奪われていた。
恋愛をゲーム以上には見られなかったはずなのに。
ゲーム対象にしようとしていたはずなのに。
快斗に生まれて初めての感情が生まれようとしていた。
・・・・本人が気付かないうちに・・・・。