快斗はいつになく緊張していた。
普段緊張というものをほとんどしないだけに緊張で疲労困憊するくらいであった。
「ううう・・・胃がいてぇ・・・。」
声に出していうと少しでも和らぎそうな気がしたが、そんな快斗の願いは空しく裏切られた。
都心の一等地にある高層ビルの一室。どこにでもあるような事務所だ。
ここはあらゆるエンターテイメントのマネージメントを担当する会社なのだ。
快斗も大学入学とともに父も所属したことのある、このマネージメント会社に所属することにした。
こうしておけば、スケジュールが組みやすく、自分的にも動きやすかったからだ。
マジシャンとして正式に活動を始め、快斗は精力的に活動を行った。
そんな彼はマジシャンとしてのすばらしさに加え、もともと併せ持つ、華やかさも手伝い、またたくまに人気者になっていた。
人気を得ると、大きな舞台を多く踏むようになり、実力もどんどんとつけていった。
そんな快斗にオファーをかけてきた人物がいた。
アメリカの有名なエンターテイメントショーを手がけるやり手のプロデューサだった。
快斗をアメリカで行われるマジックの世界大会へとの打診だった。
快斗は一も二もなく快諾した。
これが実現すれば名実ともに世界に認められる。
自分の思い描く未来に、また一歩近づける。
世界大会への出演のためプロデューサの前で快斗はマジックを見せる事となった。
かつての仮初めの姿の「怪盗キッド」では世界中に知られた存在になってはいたが、それでは彼の希望する未来はつかみ取れない。
尊敬する父に追いつけるチャンスなのだ。
そして今日、その結果を聞きにやってきたのだ。
ガチャリ・・・と音がして、扉が開いた。
音のするほうへ快斗が顔を上げると、そこにはマネージメント会社で快斗の担当の人物がいた。
「やあ、黒羽君。待たせたね。」
その人物はニコニコと笑いながら快斗に話しかけてきた。
「柴田さん。あ、いえ・・・・。」
「クロフォード氏から連絡がやっと入ったよ。」
柴田は快斗が待ち望んだ連絡が入ったことを告げた。
「そ、それで!?どうだったんですか!?結果は・・・!?」
快斗はらしくなく興奮し、柴田に結果を聞こうとせっついた。
そんな快斗を見て、柴田はくすり・・と笑った。
「柴田さん・・・??」
笑った柴田を見て、怪訝な顔をした快斗に気づき、柴田はあわてて弁明した。
「あ、いや・・・。ごめん、ごめん。でもいつも冷静に対処する黒羽君だけど・・。
そんな君でもちゃんと人間らしい・・というか、あせった対応もするんだなあ・・・っと思っただけなんだ。」
「そう・・・でもないと思いますけど・・・・?」
自分でもわかるほど、取り乱していたのがかわるので快斗はバツが悪そうに顔を背けた。
「ああ、ごめん、ごめん。えーとクロフォード氏のことだったね。」
「あ、そうでした。」
「ははは・・・・。えーとね。おめでとう!」
「え・・・??」
いきなりの祝辞の言葉に快斗はぽかんとした。
「なーにぽかんとしてるんだい?認められたんだよ!黒羽君!!世界に!」
「あ・・・・。」
「詳しい事はまた今度ということになってるけど。頑張ってくれよ!」
「はい・・・!!」
快斗はマジックの世界大会へ出場の切符を手に入れ意気揚々と会社を後にした。
行く時間さえももったいなく、快斗は携帯電話を取り出した。
rurururu・・・・。
快斗の耳に相手を呼び出す電子音が聞こえてくる。
早く、早く・・・とあせる気持ちを落ち着けつつ、その音を聞いていた。
「はい!中森です!!」
快斗の耳に、彼が一番聞きなれた高い鈴のような声が聞こえてきた。
「お、青子か?」
「快斗??あ、どうなったの!?今日結果、聞きにいったんでしょ!?どうだったの!?」
青子には今日、結果を聞きに行く事を告げてあったのでそれの結果報告だとわかったのだ。
「ま!俺様の実力なら当然だな!」
「あ、強がってる〜!!快斗、昨日まで弱ってたくせに〜!!」
「くそ・・・。」
くすくすと笑いながら青子は快斗との会話を楽しんでいた。
弱っていた快斗。
自信満々の快斗。
小さいころからずっと一緒でいつも変わらずに隣にいた快斗。
ああ・・・青子、快斗のこと、好きだなあ・・・と心から思う。
それがたくさん溢れてきて・・・とまらなくなってきた。
だから。
自然に青子の口からこぼれてきていた。
「じゃあ・・・・・青子のこと、お嫁さんにしてくれる・・・・?」
電話口で快斗はしっかり5秒、固まった。
「は・・・・??」
「快斗・・・??どうかした?」
そうきたか・・・・・!!!
快斗の最初の感想はこれだった。
そして、やっと次の感想がやってきたのだ。
「俺が!!俺が言おうとしていたことを何でオメーが先に言っちまうんだよ!!」
「え・・・・?」
「この世界大会への出場が決まったら俺が言おうと思ってたのに・・・・!!」
「だって!青子、快斗のこと好きだな〜・・・って思ったから言っちゃっただけでしょ〜!!」
電話越しに舌戦バトルを繰り広げる二人。
小さいころから今まで、ずーっとこんなやり取りを繰り返してきた。
二人ともずっとこれが普通でこれがずっと続くと信じている。
「青子。」
「うん。」
「俺と結婚してください。」
「はい。」
「ぷっ・・・・。」
「あはは・・・・!!」
「あははは・・・・!!」
真剣な態度は長く続かない二人だけど。
これがいつもの二人だから。
二人だと自然だと思えるから。
幸せは・・・・二人で作り上げていく。
これからも、ずっと・・・・。