逆転現象


あと少しで春が来ると思わせる暖かな陽気の午後。
かつては心までもこんなにも穏やかに過ごせるとは思っても居なかった。

私は、阿笠邸のリビングでは、博士とふたり、向き合ってイスに腰かけていた。
テーブルの上には、二人分の甘いカフェオレ。
最後までブラックでいいと言った私の主張は通らなかった。

故に、博士のカップはもう半分も無いのに対して、私のカップはまだなみなみとカフェオレが残っていた。




「そうか、決めたのかね?」


博士の声は少し弾み、とても嬉しそうに感じられた。
私はそんな彼の表情を目に留めながら、「ええ。」と頷く。

「”今の優先順位”に素直に従うことにしたの。」
「そうなると、あの子たちは寂しくなるのぉ・・・。」


博士の言葉に哀は何も告げずにそのまま手付かずだったカップへと伸びた。
こくり。と一口飲んだ。


やっぱり、甘いわね。

でも、今はこの甘さがとても心地いいと感じていた。
博士の言葉にもくすり。と苦笑いさえ、浮かぶ。


「あの子達なら、大丈夫よ。」
「そうかのぉ?」

博士は私の根拠の無い自信に満ち溢れる断言にも首をかしげている。


全く、何をそんなに不安に思っているのかしら?
私にはそのほうが理解できなかった。

あの子達はとても強い。
時に私たちの迷いさえも吹き飛ばしてくれる強さがある。
そんなあの子達だからこそ、私や工藤君が居なくても大丈夫。

私はそう確信している。


「それに元に戻ったって彼らとの縁が切れるわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうじゃが・・・。」
「大丈夫よ。」
「哀君がそういうのなら・・・そうなのかもしれんのぉ。」

博士は、やっと納得した様子で、うん、うん。と頷いた。


でも。
元に戻るからといっても・・・最後の挨拶くらいはしておかなくてはね。
・・・工藤君のように、雷を落とされたくはないもの。




灰原哀が消えるその2日前に、私はあの子達を呼び出した。
最後のお別れのために。


「ええ〜!?哀ちゃんも戻っちゃうの!?」
「コナンはしょーがねーかも知れねーけどよ〜!オメーはいいじゃんかよー!」

吉田さんと小嶋くんの嬉しい言葉。
私を本当の”仲間”と認めてくれているからこその言葉。

今までの私に。
そして、これからの私にとても心強い初めて得た「友人たち」。

「ありがとう。でも決めたの。私は、「宮野志保」に戻るわ。立ち向かうの。
そう教えてくれたのは、皆だった。ありがとう。」
「・・・どっこも行かないよね?哀ちゃん!」
「え?」
「元に戻ったからってどこかへいっちゃわないよね?」

すがるような吉田さんの瞳に私は微笑を向けた。

「もちろんよ。・・・「灰原 哀」では無いけれど・・・これからもずっとお友達で居て欲しいの。
・・・だめ・・・かしら?」
「そんなこと無い!」
「そんな当たり前のこと聞くなよな!」

間一髪も入らないほどの速さで二人はさも当たり前のように答えてくれた。
嬉しかった。


二人・・・??

はっと思い、私はぱっと後ろを見た。
二人とは違い、ずっと黙ったままの円谷君。
私が、彼のほうを向いているのを見ると、ぱっと顔をそらした。

なんだろう?

その意味が分からずに私は首をかしげた。
その一瞬後、円谷君は私に近づいてきて、吉田さんと小嶋君に気づかれないようにそっと耳打ちした。





「明日、高台の公園に2時に来てください。」






翌日、私は高台の公園へと訪れていた。
今までよりも一層暖かな日差し。
本格的に春が訪れていることの証。


円谷君は二人にも内緒にして何のつもりだろう?
全く分からない。

でも、そっと耳打ちしたときに見た彼の瞳はとても真剣で。
冗談を言う様子は欠片も感じられなかった。





「灰原さん。」


ぼんやりと考え込んでいた私の思考を切る様に名前を呼ばれた。

「お待たせしてすみません。」
「いいえ。私も今来たところだから・・・。」
「そうですか?なら良かったです。」

にこりと笑うその姿はいつもの彼と変わらない。
何のためなのかが分からずに私はずっとその場に立ち尽くしていた。

彼の言葉を待っていたのだが、彼は一瞬、何かをい痛そうに口を開きかけたが、すぐに閉じてしまった。
お互いに一言も話さないまま、その場には、木々のそよぐ音だけが聞こえていた。



「灰・・・。」
「え?」
「灰原さんは、どうして、元に戻ろうと思ったの・・・ですか?」
「・・・。」


漸く彼の口から零れ出てきた質問と言う名の言葉。
ある意味分かっていた質問だった。


「・・・対等に接したいと思う人が居るから。」


ごまかすまでもない、真実を私は告げた。


「やっぱり、灰原さんは、コナン君を・・・。」
「え?」

彼の答えを聞いて、一瞬ぽかんとしてしまった。
あまりにも、筋違いなことばに思考が停止してしまったのだ。

そして、その数秒後、私は大声で笑い声を上げてしまった。



きっとコレが人生初の、馬鹿笑い。



「な、何がおかしいんですか!?」
「ご、ごめん・・・でも、だって、だって・・・。」


うろたえる彼にでも、くすくすと笑うのを止められなかった。


はっきりと分かる。
彼が何を聞きたがったのか。
何度も何度も、口から零れてくる言葉を必死に繋ぎとめていたのか。


分かったからこそ、私は、笑いが止まらなかった。
なるほど。
だからこそ、二人には内緒だったのだと分かった。

江戸川コナンを好きな吉田さんの前でそんなことを聞くことはよくないと思ったのだろう。
彼の真面目さと優しさがにじみ出てくる行動だ。

こんなにも真面目に聞いてきた彼に私はそのまま、元に戻ろうと思った人物像をぼかして伝えることにした。
・・・でも、もうほぼ答え。
頭の回転のいい円谷君ならば・・・きっと分かるだろうと想定して。

「私が対等に接したいと思うのは別の人。確かに、彼に近い人物ではあるけれどね。」
「コナン君・・・新一さんに近い人って・・・蘭お姉さん・・・?」
「・・・そう。・・・彼女ともっと話してみたいと思った。だから戻るの。」
「・・・灰原さんらしい選択だと思います。」
「そう?」

円谷君の言葉に私は驚いてしまった。

・・・だって、彼女とまともに話が出来るようになったのは、ごく最近のこと。
なのに、なせ「私らしい」と思わせるのか。
そんな疑問が自然に口から零れていた。


「・・・どうして私らしいと思うの?彼女と話すようになったのって最近よ?」
「でも、灰原さんは、ずっと蘭お姉さんを意識してましたよね?」
「苦手だったからよ。」
「そうですか?」
「え?」
「苦手には見えませんでしたよ?ああ、でもそうですね。」
「え??」


苦手に見えなかった?
どうして?


「蘭お姉さんと話すと自分が保てなくなるようで怖かった。・・・違いますか?」


彼の言葉に絶句する。
どうして?どうしてよ!?
どうして分かるのよ!!
たかだか小学生の貴方に!!


私の混乱とは相反するように、彼の顔は自信に満ち溢れたもに変わっている。


「本当は、灰原さんはコナン君が好きでコナン君を追って元に戻るんだと思っていました。
だから悔しかったです。聞くのが怖かったし。」
「・・・つ、円谷君?」

突然の言葉に何を言われているのか分からない。


「だけど、新一さんには蘭お姉さんが居るから駄目じゃないか!って自分に言い聞かせてました。」


そこまで言い切ると、彼はぐっと顔を上げて私を見据えた。

「僕は、灰原さんが好きです。」
「・・・あ。」
「だから、どうしてわかるの?と言うことも分かるんです。・・・ずっと見てましたから。」
「円谷君?」
「・・・僕、諦めませんよ?」
「え・・・?あ、諦めないって・・・私と君じゃ10も年が違うじゃない。」
「そんなの気にならなくさせてみせます!」
「!!!」


不敵な笑みを浮かべる円谷君に私は絶句してしまった。
何も言えずに立ち尽くす私に円谷君はすっと右手を差し出してきた。
私は訳も分からず同じように右手を差し出した。


ぎゅっと握られる手がなんだか熱く感じる。


「明日、お宅に伺ってもいいですか?」
「え?」
「灰原さんが元に戻るところを見ておきたいんです。・・・誰よりも志保さんに会いたいですしね。」
「!!」

先ほどからずっと私は円谷君に振り回されっぱなしだわ。
でも、彼もあんなことを言うだなんてっ!!

一体誰に教わったっていうのよっ!!


呆然と立ち尽くす私に対して円谷君は、ニコニコと笑って居る。
私のほうが、年上のはずなのに、なんでそんなに大人びてるのよ?



これからの私たちの未来を予感させるような対照的な顔の私たちがそこには居た。




光哀の日の作品です。
一応、哀ちゃんが志保さんに戻る直前のお話しです。

小さくなったことなど全てが全ての人にばれております。
ちょっと途中が哀蘭風味になっているのは、私の趣味です、すみません。

なんだか思う以上に光彦が俺様になってしまいました。
「誰に教わったか?」という問いの答えはまあ、コナンあたりかな?と。
コ蘭でいちゃいちゃして居る所を見て、吸収したと思ってくだされば幸いです。

当然10歳差も気にせず、光彦は志保さんをぐいぐいと押していくのです。
志保さんは、それに流されていくと思います。
タイトルもその辺からです。まあ、これからの二人をあらわす言葉ってところでしょうか?


オザワさん、黒田さん。
恒例となった光哀の日、今年も開催ありがとう御座いました!



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