「なあ!そのおばちゃんいつくんねん!!」
平次はなかなかその姿を現さない人物への怒りを込めて近くの大人に文句をつける。
そんな平次に初老の女性は困ったような声を発する。
「うーん・・・。もう直ぐ来るとはおもうんやけどねえ・・・。」
「平次!そんな言い方したらあかんて前からゆってるやん!!」
”平次のお姉さん”を自称する和葉が平次の物言いに難色を示す。
「せやけど遅すぎるで!!俺、もう待っとられへん!ちょっと探検してくるわ!!」
「平次!!どこいくん!!」
そういいながら駆け出す平次に和葉がすかさず声を掛ける。
「山能寺の方、行ってくるわ!!」
と、だけ返し、平次は飛び出していった。
そんな平次と入れ替わるようにやってきた女性。和葉の母方の伯母、母の妹に当たる人だった。
「ごめんねー!!おそくなってしもて!!」
「おばちゃんが早う来ーへんから平次しびれ切らして遊びに言ってもうた。」
「あー・・・ごめんなー・・。でも戻ってくるやろ。」
「うん・・・。あ、おばちゃんこれなに?」
和葉がその躓きかけそうなスーツケースに興味を持った。
「ああ、これなあ・・・。そうや!!和葉!!変身させたげよっか?」
「変身・・・?」
不思議そうに聞く和葉をよそに、そのスタイリストもしている伯母はすっかりやる気モードで熱く語っていた。
「これ、子供用の着物があるんや!!着てみいひんか?」
「ええの?」
「ええよ。よっしゃ!!じゃ着替えよか!」
「うん!!」
赤い花柄の着物に魅せられた和葉は嬉しそうに頷いた。
「♪まるたけえびすにおしおいけ・・・」
伯母が口づさみながら着付けを行ってゆく。
「伯母ちゃん、その歌なに?」
「京都の道の手まり歌や。」
「♪まるたけえびすにおしおいけ、・・・ねさんろっかくたこにしき♪」
和葉に聞こえるように少し大きめな声で歌う。
だがどうしても途中、聞こえづらいところがあり、その部分だけ歌ってもらうたびに車の音などの雑音にまぎれてしまうのだ。
「ほら!出来たで!!ちょっと化粧もしたったし、髪型も着物に合わせていつもと変えてみたで。」
「あら和葉ちゃん、可愛くしてもらったわね。」
感嘆の声を上げる祖母。
すっかり気を良くした和葉は
「なあ!!これ平次に見せたい!!見せてきてええ!?」
「え・・・。家で待ってたら帰ってくるやろ?」
困惑したように伯母が話す。
「せやかて平次探検しだしたらなかなか帰って来おへんし!!」
「分かった!汚さんように気をつけや。」
「ありがとう、おばちゃん!!」
和葉は近くにあった鞠を持ち、平次を探すために山能寺へと向かった。
「平次〜!!おらへんのかなあ・・・?確か山能寺行くゆーてたのに・・・。」
山能寺できょろきょろと周りを見渡して見るが誰もいない。
「もー・・・。あ。そういえばさっきの伯母ちゃんに教えてもろた歌、手まり歌ゆうてたな。」
ふと伯母との会話を思い出した和葉は、丁度持っていた鞠をつきながら歌いだした。
♪まるたけえびすにおしおいけ♪
「それから・・・なんやっけ?・・・・・えーと『・・ねさん』・・・。あ!『よめさん』や!!
♪よめさんろっかくたこにしき♪
手まり歌にも慣れ、夢中になっていた和葉だったがどれくらいの時間がたっただろう。
いきなりの強風でついていた鞠が転がり、寺の外にまで出てしまった。
「あ!鞠が!!」
慌てて鞠を取りに寺の外へ出て行った。
「まって・・・!!」
動きづらい着物のため、なかなか鞠に追いつけず、やっと拾い上げたときにはすでに寺から随分と離れてしまっていた。
平次に見せたいものの見つからず、しょうがないので家で待つことにした。
「ただいま!」
「あ、お帰り和葉。それ、もう脱いでな。いかなならんから。」
いきなりの伯母の言葉に反応する和葉。
「えー!!平次にまだ見せてないー!!」
「ごめんな、和葉。でももう時間ないねん。カメラでも持っとったら写真とったげるんやけど・・・。壊れてしもた。」
「おばあちゃんもカメラ壊れててなあ・・・。」
申し訳なさそうに謝罪する二人に無理強いは出来ないし、伯母は仕事で忙しいんだと理解できたからしぶしぶながらも
「分かった・・・。」
とは言えた。
平次にみせたかったな・・・。との思いは残るものの着物を脱ぎ、化粧もすっかり落としてもらった。
「ただいまー!!」
「平次遅かったやん。」
「あ・・・。うんまあ・・な。」
歯切れの悪い平次の答えを疑問に思いつつ、和葉は話を続ける。
「平次が遅かったから伯母ちゃん帰ってしもうた。」
「ふーん・・・また今度会わしてくれよ。」
「うん!!」
平次には見せてあげられなかった着物姿だけど、まあいいか。と思っていた。
あたしはあたしやもんな!!
しかし実際にはちゃんと平次は和葉の着物姿を見る事が出来ていた。
平次がそれに気づくのは今から8年後。
和葉がそれを知るのは・・・その8年後から更に1500年後・・・らしい。