「この世で一番、蘭が好きだ。」
コナンから、ようやく工藤新一に戻れた俺が一番にしたかった事。
蘭に会いたかった。
蘭を安心させたかった。
そして、もう押さえ切れなかった想いを告げた。
蘭は、驚きながらも涙を抑えつつ、満面の笑みをもって
「わたしも・・・。」
とだけ告げた。
その日から、ようやく長い長い、”幼馴染”から”恋人”へと変わることが出来た。
あの日から。蘭に想いを告げたあの日から。驚くほど以前と何も変わらない生活が戻ってきた。
何も変わらない日々。
幼馴染として過ごしてきた今までと変わらない・・・自分達。
でも今まで。コナンとして眺めていた全く違う目線で見る蘭。
以前よりももっと変わっていた、綺麗になっていた彼女を見るたび、抱きしめたい・・・。と強く想うようになっていく。
いや、ただ、抱きしめたいだけじゃなく、キス・・・したい・・。とも。
こんな風に想うのは、自分自身のわがまま・・・なのかな・・・?とも思いながら。
「ねえ、新一!今日映画いこうよ!単館ロードショーなんだけどね!結構面白いって園子に教えてもらったの!」
「ああ、そうだなー。今日はもう呼び出しないと思うしいいぜ。」
「じゃあ、決まりね!」
嬉しそうに笑う彼女を見ると自分の心臓が跳ね上がるのが分かる。
行動が伴わない。本当に蘭を前にすると全く思考が働かなくなるのが自分で分かる。
蘭は・・・そう思ってないの・・・か?少し不安になる。
映画は蘭の好きそうなせつない恋物語。すれ違っていた恋人がやっと最後に誤解が解け結ばれる。
よくあるタイプの物語が綺麗な音楽と風景と共に展開していく。
蘭は映画に引き込まれていたが、俺は映画よりもそれを見つめていた蘭に引き込まれていた・・・。
「映画、よかったねー!」
「あ、ああ・・・。」
蘭の映画の感想にも、あまりうまく答えられない。
帰りの電車はラッシュ時と重なり、ぎゅうぎゅうに押されてしまう。
「やー。もう!やっぱり人、多いのねー!」
普段電車に乗りなれていない蘭が少し戸惑ったように声にする。
チャンス・・・とばかりに蘭の肩に触れようと手を伸ばすけど、それさえも戸惑われて、蘭の肩近くの手すりに捕まり
何とか満員の人込みのなかから蘭を遠ざける。
本当なら、蘭の肩を抱き寄せ、蘭を守りたい・・のに。それさえ出来ない。
「ねー。新一、体調よくないの?」
「そんなことねーよ。」
「でも・・・。顔色、悪いよ?」
またくだらねーことで蘭に心配かけてしまった。
「だーいじょうぶだって!それよりさ!今度の日曜、トロピカルランドいこうぜ!」
そんなことに気を止めても居ないという風に振舞いつつ、別方向に、話を変えていく。
「え!?で、でも。」
突然の俺の申し出に蘭が戸惑っている。それはそうだろう。トロピカルランドは蘭と長く離れてしまった因縁の場所。
でも、そこからもう一度やり直したかった。
「な!行こうぜ!この前見れなかっただろ?夜のパレード。」
「うん!」
やっとうなずいてくれた。多分、戻ってきてから一番綺麗な笑顔で。
・・・決めた。絶対決めた!トロピカルランドで蘭とキスしてやる!
いつまでも戸惑っていたってしょうがない!キスして、恋人。としてステップアップしてやる!
俺は心に誓った。
その日。が来た。
身支度を整え、家を出る。
絶対、今日こそ蘭とキスをする!どんな事件よりも難解かも知れない。
どうして、こんなに蘭とキスすることにこだわるのかも分からない。でも、どうしても!と誓い、蘭の家へと足を進めた。
「ねー!新一!こっち、こっち!『氷と霧のラビリンス』の展望台から『夢とおとぎの島』にある星型の旗が見えたら
ラッキーなんだって!」
「・・・少女趣味・・・。」
「いいの!」
展望台に設置されている双眼鏡からラッキーになれるといわれている『星型の旗』を見つけようと蘭が覗き込んでいる。
「あー!新一!見えたよ!『星型の旗』!ほら!」
蘭が嬉しそうに声を上げて俺を呼ぶ。
「あー?ああ、あれが・・・。」
「ね!凄いよねー!もっと時間掛かるかと思ってたのに、すぐ見つけられちゃった!」
「・・・。誰でもすぐみつかるんじゃねーのか?」
「そんなことないよー!少しでも角度違うと死角になっちゃう場所だもん。難しいのよー!」
「あ、そ。」
「もー!少しは喜んでよ!」
呆れたような声を出した俺に対して、蘭が俺を睨むように頬を膨らまして少し怒ったように声をあげる。
「まあま!見えたんだしいいじゃねーか!」
こんなところでくだらない喧嘩をして蘭の機嫌を損ねないように、フォローをする。
「んー。なんかうまくはぐらかされた様な気もしないじゃないんだけ・・ド。ま、いいか!」
釈然としないながらも、楽しそうに声を弾ませ
「ここでラッキーもらえたし。次、いこ!」
次を促すような蘭の言葉に従い、下へ降りるためのボートに乗り込んだ。
「ラッキーが貰えた。」
そう蘭が告げたあと、やってきた場所は『ミステリーコースター』だった。
俺がコナンにされた因縁の・・・アトラクション。
あの日、これに乗って事件が起きなければ、きっとコナンにはなっていなかった。奴らに興味を持つ事も無かった。
「なんか・・ね。ラッキーを貰って何かを支えにしなければここへは来れないような気がしたの。」
蘭が目の前まで来て、静かに声を出した。
「記憶を失ってたときにここへ来て、これに乗ったらしいんだけどね。でも新一と来たわけじゃなかったから。」
「ら・・ん。」
「でもね!新一と、もう一度これに乗って、何も起きなかったら・・・。大丈夫だと思うの。逃げてちゃいけないって・・・。」
しっかりと前を見据えて話す蘭は思う以上に強くて。でも、どこか弱さを感じさせて。
「大丈夫だって!行こう!」
勇気付けるように蘭の手を取り、前へ進んだ。
当たり前の事だが、今回は何事も無くて済んだ。
最初、勇気付けるように取った蘭の手を、コースターから降りるとき、自然に差し伸べられた。
蘭も、その手を拒否することなく、取ってくれた。
一歩進んだように手をつないで園内を回る。
久しぶりの途切れないデートは不安も何もかもを取り除くようにはしゃがせてくれる。
夕暮れになり、いつの間にか口数の少なくなっていた俺はあるものに目を奪われ、繋いでいた蘭の手を引っ張りその足を止めさせた。
「観覧車・・・」
「そういえば、乗ってなかったね。」
「ああ。」
「パレードまで時間あるし・・・。人もあんまり並んでないね。」
「ここ、夜になると混むから、先に乗っておこうぜ。」
「そうだね。」
夕暮れの観覧車。
かなりベタな場所かもしれない。でも、ここで・・・決めてしまいたい。
蘭にはバレバレかもしれない。でも、それでもいい。その気持ちに嘘は無いから・・・。
でも、いざ乗り込んでみても、その一歩が踏み出せない。
言葉はうまく出てこないし。蘭も話をしない。でもそれでもと出てくる話はどうでもいいものばかり。
「け、結構ゆれるよな!」
「そ、そだね。」
「少し、怖い・・かな。でも、景色きれいだよな。」
「うん、綺麗だね。でも・・・。新一って、高所恐怖症だっけ?」
「い、いや、違うけど。」
「あ、そっか。高所恐怖症はお父さんだっけね。」
「あ、ああ!おっちゃん、高いとこ全般だめだよな!」
だ、だめだ!このままじゃいけねえ!ずっと決めてただろ!
好き・・・なんだから。
蘭が、好きなんだから。蘭だから・・だから。
「ら・・ん。」
声が震える。握り締めていた手も汗だくだ。
「え?」
いきなり名前を呼ばれて外の景色を見ていた蘭が振り向く。
震えたままの手を蘭の柔らかな頬に添える。
蘭が俺の行動に気づきその頬を染め、少しうつむいた。
そのまま、そっと・・・蘭の唇に自分のそれを近づけ、重ねた。ありったけの思いと共に・・・。
分かった。今、分かった。何故、蘭とこれほどまでにキスしたかったのか。
言葉に出すよりも、ダイレクトに伝わる気がした。
「好き」という気持ちが。百回の言葉がたった一回のキスで伝わっていく。
そんな感じを味わっていた。
唇を離すと、二人とも照れて顔をまともに見れなかったけど、それでも少しは変われたような気がしている。
ファーストキスはレモンの味なんてしなかった。でも、そんなこと関係ない。
「好き」の気持ちが溢れるときに、キスをする。そんな風に思えていた。
だからこれから先、俺はずーっと、蘭とキスをする。
どんな時でも・・・ね。