いつもは、いえない気持ちをこの日に託して・・・。




ありがとう。





「あ〜・・・暇だ・・・。」


新一は自宅のリビングのソファに体を預け、朝から読みふけっていた
推理小説本を閉じて、そうひとりごちた。

今の今まで読書に没頭していたくせに「暇だ」とは少々、言葉の使い方が間違っているようだが。

この日、工藤家はいつもと少し、様子が違っていたのだ。

日曜日である今日、いつもなら新一が読書をする傍らで様々な音がするのだ。


洗濯機が回る音。
掃除機の吸い込む音。
キッチンからの水の音。


などがそれである。


そう、いつもならば彼の幼馴染兼恋人の蘭が工藤家でかいがいしく家事を行っているのである。
「全く」と呆れた声と文句を入り混じらせて一手に引き受けて作業をする蘭。

そんな彼女を本を読みながら横目で見るのが好きな新一としてはそんな彼女が居ないリビングでの読書は
集中出来ないし、いくら没頭してても、彼的には「暇」なのだ。


そして、彼女が居ないと食事も取らないと言う彼らしく、朝から何も食べていないことに今更ながらに気付いた。
流石に空腹感を覚え、キッチンへと赴き、冷蔵庫を開く。

冷蔵庫の中は流石蘭が管理しているだけあって、様々な食材がそろっていた。



・・・・が。

残念なことに手軽に調理して食べられるレトルト食品がほとんどなかったのだ。


今から調理してまで食べる気にはならなかった新一はため息をついてそこから離れた。

部屋へと駆け上がり、ジャケットを羽織ながら階段を駆け下り、そのままドアを開け、外へと出た。


「・・・ま。コンビニいきゃ、何かあるだろ。」

そんな考えの下、日曜の昼下がり、新一は家から一番近いコンビニまでの買出しに出かけた。





「ありがとうございましたー!!」

マニュアルに沿ったような店員の声に見送られ新一はコンビニを出た。
手に下げられたビニールの袋の中には手軽に食べられるレトルト食品や、弁当が入っていた。
どうやら、面倒臭がりの新一は、夕食もこれで済ませてしまおうとの算段だったのだ。


「新一!」

家への道をのんびりと歩いていた新一の耳に飛び込んできた声。
聞き間違えなんてするわけもない唯一無二の声。

嬉しさを顔一面に浮かべながら、それでもそれをださないポーカーフェイスで振り向いた。

「蘭。」
「新一、どっか行ってたの?また事件?・・・でもそれにしては随分ラフな格好よね。」

矢継ぎ早に質問を繰り返す蘭は新一のシャツにジーンズといったラフな格好をじっと見詰めた。

「ああ、ちょっとコンビニにな。」
「コンビニ?ああ!またこんなレトルトで食事済まそうとしてる!!」

コンビニの袋から覗く新一の買い揃えた品物を見て蘭はあきれ果てた声を出した。

「もう、駄目じゃない!ただでさえ、新一不規則な生活してるんだから!!栄養だけはきっちりしとかないと駄目よ!」
「あー・・・まあ・・・・めんどくさくてな。」
「今日は夕食作ってあげるから。それ、食べ過ぎちゃ駄目よ?」
「へ?夕食って・・オメー今日、用事じゃあ・・・?」

新一が夕食を作ると言った蘭を目を丸くして見つめた。

「ああ、用事、済んだからいいの。お父さんも今日遅いはずだしね。」
「終わった??」
「うん、お母さんに『母の日』のプレゼントとお花渡してきたの。夜はお父さんと2人でディナーの予定。」
「・・『母の日』・・・って・・・今日だっけ・・・?」
「そうよ?5月の第2日曜日。」
「・・・そっか・・・。」
「??新一?」

随分と穏やかな顔をして、そのまま黙ってしまった新一に蘭は「分からない」という表情を顔に浮かべた。



その日の夜遅く。

蘭は「お父さんが遅くなる」と言った発言をしたために新一に「泊まっていけ」と迫られ、
結局陥落してしまい、新一のベッドで浅い眠りについている。


そして、新一は電話をかけていた。

「新一が珍しいね、私の直通電話へかけるとは。」
「ま、毎年一回あるかないかだろ?」
「それはそうだがね。」

電話の相手はロスに住む父・優作だった。

「今年も、頼むよ、父さん。」
「蘭君にまた思い出させてもらったのかい?」
「うっせー・・・。」

ズバリを言い当てられ少しバツが悪そうに声が低くなる。

「今年もちゃんと、有希子に渡しておくよ。」
「サンキュ。」

何もかも見据えたような優作に相変わらず勝てないと悔しく思いつつ、それでも中継をやってくれるという優作に
軽口のお礼を口にして、電話を切った。







アメリカ、ロサンゼルス時間の5月第二週目の日曜日の朝。

朝の日の光に導かれるように、有希子が目を覚ました。

「おはよう、有希子。」
「おはよう、優作。あら、カーネーション?」

有希子が朝の挨拶をした優作の手の一輪挿しに刺さっている赤いカーネーションを不思議そうに見つめた。

「ああ、君の息子からの『母の日』のプレゼントだよ。」
「・・・蘭ちゃんに気付かせてもらった・・・ってところかしらね?」

くすくすと笑いながら有希子は優作からその一輪挿しを受け取った。
その微笑みは間違いなく『母の表情』であり、とても穏やかだった。


ロスにきてから、母の日は必ず新一が電話を掛け、優作がカーネーションを一輪、有希子に手渡すのが通例となっていた。
カーネーションは新一がロスの家に来たときに小さな温室でイチから作り上げたカーネーションたちの中から手渡されている。

新一なりの自由に過ごさせて貰ってる両親への感謝の気持ちの表れがここにあった。





優作からの電話を切った直後、新一はキッチンで乾いてしまったのどを潤わせるためにミネラルウォーターを口に含んだ。
そして、そのグラスを軽く掲げ、つぶやいた。


「ありがとう、母さん。」


普段絶対に口にしない一言を聞こえない相手に向かってひとことだけ。

えー、全く頭になかった「母の日」のおはなしです。

今日、外出中に花屋さんの前を通ったときにいきなり出来てしまったお話です。
母の日ぎりぎりに出すことに戸惑いもあったんだけど、一年しまっておく話でも無いので
アップ。

作り方は知らないけど、どうやら、新一はカーネーションを作れるほどにガーデニングが出来るらしい。