ああ、カンチガイ
放課後の道場前、蘭は空手着姿で大変困惑していた。
「だ、だからね?」
先ほどから何度もしゃべっている蘭自身が飽きるほどなのに。
相手にとってはそうではないらしく、何度も何度も「お願い!」を繰り返す。
最終的には自分の言いたいことだけを告げて、去ってしまった。
「あ・・・の・・・。」
残されたのは蘭一人。
北風の存在も忘れたように、その場で立ち尽くしていた。
「ま〜、凄い子だったね〜・・・。」
「久々にしつこかったねぇ。」
「諦めるって言葉を知らないみたい。」
道場からやり取りを見守っていた空手部員たちが、わらわらと出て来た。
「見てたのなら助けてよ〜!」
「あ、それは嫌。」
蘭からの切実な泣き言には、きっぱりと拒否権を発動させる。
「で、どうするの、蘭?」
「どうって・・・。」
「ま、お優しい蘭のことだから行くんでしょ?」
「当日が普通の日であれば・・・ね。」
分かりきった。と言うように告げる空手部に対して、案外はっきりと告げる蘭に周囲が逆に驚いた。
「めっずらし〜い!蘭がそんな風に言うなんて。」
「そう?」
「そうよっ!だって蘭って優しいし。人のこと無下に断れない感じ。」
「・・・だから断ってたじゃない・・・。」
ぷうっとすねる蘭に対して周りは矛先を収めようとはしない。
「ずっと待ってるって言われて無視できるようには思えないなぁ。」
「ん・・・、それはね・・・。でもその日は無理だよ。」
ちょっと照れたように拗ねている蘭にピンッと来た副主将の礼奈が声を上げる。
「あ、そっか!蘭その日工藤君に誘われてるんだ!」
「え、そうなの、蘭!?」
百合子のちょっと演技の入った声に呼応するように梨花がぐるんっと蘭のほうへと顔を向ける。
「そりゃ、断るか。そっちに行ったら工藤君のことだもん、拗ねるよねぇ。」
「そうそう!”よりによって、こんな日に!!”ってね。」
梨花の言葉を受け継いで礼奈がくすくすと大げさに振舞う。
「も〜!うるさ〜い!!ともかくこの日は駄目なのっ!!明日断るよ、うん。」
力強くこぶしを握り締める蘭に周りは苦笑いをして、成り行きを見守ることにした。
「確かに気持ちは分かるけれども、ね?」
「恋人たちのイベントは邪魔しちゃ駄目よね?」
そんなからかいの言葉を蘭にかけることは忘れずに道場へと戻っていく。
そんな彼女たちの後を追うように、蘭も道場へと姿を消した。
・・・・そうよ。
せっかく新一が誘ってくれたんだもん。
・・・お願いだから、邪魔しないで・・・。
そんな願いも神様は聞き入れてくれなかったのか?
あれからいろいろ考えたし、本人にも断ろうと接触も試みた。
しかし、「お願いします」「来るまで待ってます」を繰り返すばかりで、蘭の話を聞いてくれそうに無い。
ほとほと困り果ててしまって居た。
相談しようにも、肝心の新一は何やら重大な事件に関わっているらしく、連絡さえ出来ない状態が続いていた。
そんな厄介な事件が漸く解決したのは、もう期限の2日前だった。
5時間目が始まる直前に滑り込んできた新一と久しぶりの下校。
楽しいはずなのにその思案だけがぐるぐると頭の中を支配していた。
「おいっ!」
ぎゅうっと頬をつねられる痛みに気づき、蘭は漸く悲鳴を上げた。
「痛いっ!・・・ちょっと新一、何するのよっ!」
怒りの声が蘭から零れるが、新一はひるんで居るようには思えない。
「何するはこっちの台詞だ!」
「・・・何よ?」
新一の怒っている声に蘭はちょっとひるむ。
拗ねたように日ごろよりも低い声で話す新一が珍しくもあった。
「オメーなぁ!人の話ちゃんと聞いてるか?」
呆れたような瞳で蘭を覗き込む新一のしぐさに蘭の心臓が跳ね上がる。
「え・・・。」
「だ〜から、人の話聞いてるのかって聞いてるんだよ!」
蘭の瞳を覗き込んだ体勢のまま、新一が蘭に再度問いかける。
公共の場でのこのやり取りは大変に恥ずかしく、蘭はもう真っ赤だ。
「だっ、だから、新一っ!」
「・・・・。」
蘭がとにかくこの場から離れようと頑張っているのだが、新一は蘭の状況を聞くまでは離れない。
そう強い意志が伝わってきて蘭はため息をひとつ吐いて、応える。
「分かった、から。言うからともかく家に帰ろう?ずっと立ってるのも寒いじゃない。」
「了解。」
蘭の言葉に嘘はないと受け取った新一は漸くにっと笑い歩き出した。
帰り着いた工藤邸。
蘭と自分の分のコーヒーを淹れてリビングへ腰を落ち着ける。
ずっと事件にかかりきりの自分に降りかかってきた蘭をめぐる騒動。
そのことを蘭の口から直接聞きたかったのだ。
「・・・と、言うわけなの。」
「つまり?後輩が23日にデートしてくれと聞かないと。」
「・・・・うん。」
「オメー、ちゃんと断ってるんだろうな?変に優しさ出してねーだろうな?」
新一がじいっと蘭の目を覗き込んで問いかける。
新一の機嫌は鈍い蘭の目から見ても分かるほど、悪かった。
「ちゃんと断ってるわよ。その日は駄目って・・・。」
「その日は・・・?」
「うん。その日は先約があるからって・・・。」
ふうっとため息を吐いた蘭は遠い目をして、「どうしたらいいのかなあ?」と思案している。
しかし、新一は先ほどよりも機嫌が一層悪くなった。
蘭のある「一言」が引っかかったのだ。
「蘭。」
「ん?」
新一のおどろおどろしい声に気づかず、蘭は生返事を返す。
「蘭。」
「な・・・ど、どうしたのよ?」
もう一度名前を呼ばれて、蘭は漸く新一が先ほどよりも機嫌が悪くなったことを悟った。
「な、何・・・・?」
いつもよりも低い声で、機嫌悪そうに話す新一に蘭はちょっとひるむ。
「オメー・・・それ断ってるって言うのか?」
「え・・・??それどういう・・・?」
蘭は言っている意味が分からずに首をかしげる。
「その日は駄目って・・・ことはよ?他の日ならデートするってことかよ?」
「は?」
「そう言うことだろ?」
「ま、まあ・・・。」
戸惑いながらも肯定を返す蘭に、新一は繋いでいた線が切れた感覚を味わった。
「俺と別れるっていうのかよ。オメー・・・。」
「はぁ!?」
「そんなこと俺が許すと思ってんのか・・・・?」
「ちょ、ちょっと、新一、何言ってるのよ!」
「うるせぇ。」
蘭の徒惑う声にも応えずに腕をつかみ、そのつかむ手に力をこめる。
ぎゅうっと力任せにつかまれて蘭は痛みに顔をしかめた。
「ちょ・・・新一、痛いってば!離してよっ!」
「・・・オメーが悪いんだろ・・・?」
叫ぶように蘭が大声を上げるが、新一の声はそれに反比例するように低く小さくなっていく。
「何が悪いのよっ!23日は新一がせっかく誘ってくれた大事な日だから断わりたかったんじゃない!
だからせめて別の日にして欲しいって・・・!ただそれだけじゃない!」
「だからなんで其処までオメーがする必要があるんだよ?」
かけらさえも納得できないと言いたげな声で新一は繰り返す。
「彼女、誕生日だっていうんだものっ!大切なのは分かるから・・・っ!」
蘭が捕まれた腕の痛みに比例するように大声を上げた。
そして新一は蘭の言葉にぽかん。としてきつく握り締めていた手を緩めた。
「今・・・なんていった・・・?」
「え?」
呟くような新一の言葉に蘭は解放された腕をさすりながら不思議そうに問いかける。
「今・・・!!」
新一のかみつかんばかりの問いかけにひるみながら蘭は応える。
「だから彼女の誕生日って大切な日に・・・。」
「・・・彼女・・・?女・・・なのか?」
ぽつりとつぶやいた新一の言葉に蘭は頷く。
「そうよ?言ってなかった・・・?」
不思議そうに問う蘭の言葉に新一は項垂れる。
男からの誘いだと思い込んでいた新一が嫉妬にかられたのだが・・・。
蘭にしつこく言い寄っていたのは、ひとつ年下の女子生徒だった。
空手で全国優勝も果たした女主将に憧れた・・・らしい。
結局、強く言い切った蘭に後輩が代わりの日を必ずセッティングすることで妥協するカタチで落ち着いた。
新一もそこは渋々了解した。
そうして、思案する。
男ならば多少なりの手荒なことはしても脅すことは出来る。
だが、相手が女となればそうはいかない。
園子や灰原初めとかく老若男女隔てなく好かれる蘭。
女のほうが厄介だと新一は改めて認識して、ぐったりとなった。
祝日企画、記念すべき最終回・15日目!「天皇誕生日」です。
そして最大級の言い訳タイムです。
何処が・・・?とは言わないで下さい。
本人一番よくわかってます。・・・後輩ちゃんの誕生日としか盛り込めなかった・・・です。
初めから蘭ちゃんを強引に誘うコは女の子と決めてました。
新一が嫉妬に狂うのです、ああ楽しい(鬼か、私は)。
でも、新一も男相手になら犯罪すれすれ何でもござれ!でしょうが。
女の子相手にソコまでは出来ないと思うのです。・・・フェミニストだと思われますしね。
なので、蘭ちゃんスキー!と寄ってくる女のコ相手には苦々しく思いながらも強くはいえないのです。
頑張って、新一耐えてくれ(爆)
あ、でも。
蘭ちゃんを傷つけられたら老若男女関係なく、切れると思いますが。
ともかくともかく!
何とか無事、企画達成できました!!
祝日になるとちょっとカウントが増えてまして、ああ、認識されてるのかなあ?
な〜んて薄い期待もしてました(え、うぬぼれですか?そーですか・・・。)
何処がちなんだ?無理に上げてない?とか自分でも思ったのですが。
でもでも。
なんとかやり遂げられて今は満足しています。
一年間、お付き合いありがとうございました!!