風に祈りを捧ぐ


秋分の日を挟んでの一週間が秋のお彼岸にあたる。


遠山家もお彼岸の準備をしていたが、父の仕事が長引き、親子二人の墓参りは実質不可能になってしまった。
親子二人での墓参りはまた後日。という感じに決着はついていたのだが、和葉はどうしても秋分の日に行きたかった。

いままでの習慣が身についてしまっている和葉は、この日がぽっかり開くと思うと居ても立っても居られず突発で出かけた。
家の外に出た瞬間、平次がバイクにまたがりわざと和葉を見ないようにあさっての方向を向いている。

「平次・・・。あんた何してんの?」
「ん〜・・・別に?ただ今日いきなり暇になってしもてな〜・・・。そんだけや。」
「・・・そうなんや。」

なんだかいつものように憎まれ口は叩かないし、なんだかへんだなあ?と和葉はぼんやりと思考を飛ばす。

「で?」
「え?」
「お前はどこいくんや?」

唐突な平次の言葉に和葉は対応しきれずにぽかんとした表情になってしまった。

「どこ・・・って。」
「まだ随分と暑そうな格好やな。」

和葉の洋服をじろじろと遠慮の無く見ている平次の声が少しせっかちに聞こえるのは気のせいだろうか?
確かにまだ9月の終わりとはいえ日中はまだまだ暑い。
にもかかわらず和葉の格好は黒一色の喪服。

お彼岸で此処までこだわる必要は無いんだろうけれども、気分的にこんな感じだったから選んだ。
このお彼岸で改まって報告したいことが出来たから。

「ま、ちょっとな。」
「乗って・・・行けんな。」

平次はバイクに乗るように勧めかけて止める。
確かに喪服、つまりスカート姿でバイクに乗せるようなことは出来ない。

「無理やね。じゃ、アタシもう行くね?」

和葉はにこりと笑い、ポニーテールを揺らしてその場から駅に向かって歩き出した。


「ちょお、待て!」
「何?・・・って何しとんの、平次!」

なおも自分に向かって声をかけてくる平次にくるりと振り向きざま、少しきつい声が出るはずだった。
実際、振り向きざまにかけた声はきつい。
でも、其れは長くは続かなかった。

平次の行動に驚いて。


バイクを遠山家の前に置いてそのまま和葉のほうへと向かって歩いてきたのだ。

「お前な。一人で墓参りしたらあかんやろ!?」
「・・・え?」
平次の言葉に和葉は動きを完全に止めた。
「何・・・言うてんの、平次・・・。」
「墓参りはなっ!一人で行かんほうがエエちゅーてんねや!」
母親から教えられたどんな定義なのか良く分からない言い分を素直に守っている平次。
それも平次には珍しいが、産まれてこのかたずーっとそう教え込まされていたのなら、無理は無い。

「後でお父ちゃんとも行くよ?でも仕事で忙しいし今日は無理になってん。」
「それは知ってる。だったら何で。」

和葉の父と平次の父は共に大阪府警に勤める警察官。
しかも同じ捜査一課に属する。
つまり行動はほぼ同じと考えられる。

大阪府警に並みの警察官よりも入り浸っている平次が其れを知らないはずも無い。
だからこそ、和葉の行動を読んで今日と言う日に遠山家の前で和葉が出てくるのを見張っていたのだ。


おっちゃんが駄目になったからってやめるようなヤツやないしな・・・。
だからといって、和葉一人を墓参りになんて行かせられへん。

苦肉の策の平次が取ったのがこの方法なのだ。
貴重な時間を割いて此処に数時間居たのだ。
このまま和葉を一人でお寺へ行かせるような平次ではない。


「ずっとこの日に参っててんもん。なんか・・・行かなあかんような気がしてもうて・・・。」
「それは強迫観念か?」
「さあ?アタシにもよくわからへんわ。」

歩きながら問いかける平次に和葉も歩きながら答える。
少し自分でも滑稽だなあ・・・と思わなくも無いが。
此処は気づかないフリでやり過ごす。


いつの間にかついていた駅のホームを通り抜け、電車を待つ。
ここから母の眠る場所までは約1時間ほど。
いつもなら父と二人車で出かけ、到着するまで言葉もほとんど交わさない。
それがいつもの墓参りのスタンスだと思っていた。
しかし今回はなんにでも口を挟む平次が一緒のため、周りが自然とやかましかった。

でもそれは不思議と嫌悪感は抱かなかった。
むしろほっとさえしている。


もしかして・・・平次アタシのこと思って・・・?

頭の中を一瞬掠めた考えに思わず平次の顔を覗き込む。
ゆらゆら揺れるポニーテールが平次の視界に入り、平次は思わず睨む。

「何やねん、オマエ?」
「ううん、別に。・・・なんでもないねん、うん。」

はははっ・・・と愛想笑いをして和葉は前を向きなおす。
”まさかね・・・”と考えを打ち消す。

そうしてまた、普段どおりの二人に戻り、会話を楽しんでいた。







普段は静かなはずの参道だが、今日はお彼岸でしかもいい天気の休日。
家族連れが墓前用の花などを持ち、賑やかだ。
そんな周りに目を留めて平次はほっと和葉に気づかれないように息を吐く。

無理やりにでも来て良かった。
こんな家族連ればっかのとこ・・・。
一人で来とったらコイツ絶対にヘコんでたで・・・。


平次は遠山家の墓の前にたどり着き、かいがいしく動き回っている和葉をじっと見守っていた。
「手伝おうか?」とは言ってみたが「エエよ。」とあっさりと断られてしまった。
なので、じっとその場に佇んでいる。


久しぶりやな・・・おばさんの墓来んの。


しみじみとそう思う。
来なければいけない場所ではあったはずなのに機会が無かった。
なんとなく和葉自身にやんわりとかわされていた気さえする。
何故なのかは平次の頭脳を持ってさえ分からなかったが、やがて考えるのを止めた。

「平次ごめん。其処のお線香取ってくれへん?」

不意の和葉の言葉に線香のある足元へ平次は目線を下げる。

「あ〜??ああ。コレか。・・・火ぃつけんのか?」
「あ、うん。」

和葉の言葉を聞くより先に平次は手に取った線香をマッチの火にかざす。
きちんと点いたことを確かめてマッチの火を手を仰ぐことで消し、続いて線香の炎も手で仰ぎ消した。


「ホレ。」
「ん。・・・ありがと。」

線香の半分を和葉に手渡しながら、和葉の持っていた桶を取り上げる。
和葉は素直にお礼を言ってから母の眠る墓へと向き直り、受け取った線香を供える。
続いて平次が供えたことを目に留めて、静かに瞳を閉じる。



沢山言いたいことはあったはずなのにいざと思うと何も浮かばず。
伝えたいことだけを静かに母へと心の中で告げる。


幸せに・・・なるからね、お母ちゃん。
平次と一緒に・・・。
ずうっと一緒に幸せで居るから安心しとってな。


和葉の言葉に対応するように平次も祈りをささげる。




和葉、もろてくで、おばちゃん。
でも絶対幸せにするよってからに・・・。
安心しとってな、おばちゃん。


平次の心の声に呼応するように風が吹きぬけた。
そしてそれは和葉の母親からの「頼みます」の返事のように平次は感じ取っていた。



「行こっか!」

くるりと振り向き立ち上がった和葉に曖昧に答えて平次は歩き始めた。

「行くで。」
「も〜!」

いつもの通りの二人のやり取り。
きっと母は見守ってくれていると二人とも信じている。




祝日企画第11弾目。

「敬老の日」のお話にかすかにリンクしてます平和話。
「敬老の日」ではかすか〜にぼやかしていた二人の婚約がコチラでは結構はっきりと。
平次祖父と同様に和葉母も出てこないので勝手に亡くなった事にしてますが・・・いいんだよね?
だって、てっちり食べてるとき和葉母は映ってなかったし・・・!!

和葉が母の墓前に結婚のご報告。
ひとりで行かせたくない平次もついでに(爆)。
や、本当は和葉は別の日に平次を連れてくるつもりだったのよ!(と、フォローしておきます)
しっとりとした感じになったと思いますが・・・如何でしょう?