草木も眠る丑三つ時・・・なはずなのに一人の小さな少年は眠れずに居た。
まだ暑いというには程遠い季節のはずなのに、汗をびっしょりかいて荒く息を吐いていた。
はあっ!はあっ!はあっ!!
また・・・目が覚めた。
ここ数日、コナンは夜中にうなされ飛び起きていた。原因は分かってる。痛いほどに・・・。
数日前コナンは、小五郎、蘭、園子とともに京都を訪れ、とある事件に巻き込まれた。
暗躍を続けていた盗賊団「源氏蛍」に関係する連続殺人事件だった。
コナンは平次とともに事件の謎を追い真相をつかんだ。
同情すべき点など見当たらない犯人。罪を犯したものたちの哀れな末路。
「は・・・。罪を犯した者の哀れな末路・・・か。俺だってそうじゃねーか・・・。」
布団から抜け出しコナンはキッチンの冷蔵庫から小さなペットボトルを取り出して口に含む。
冷たい水が喉を潤してくれる。
それをじっと見つめ、ため息をひとつついて冷蔵庫の元の位置へ戻す。
それは冷蔵室の一番下、小さなコナンでも楽に取り出せるようセットされたコナン専用のペットボトル。
蘭がコナンへの気遣いから置いてくれているものだ。
それをよく利用するコナンだが、この水が切れていた事はいまだかつて一度も無い。
コナンが悪夢にうなされるようになったのは京都から戻ってきてこの家で休息をとるように眠りについた日からだ。
コナンは夢に見るようになってしまったのだ。あの日あの時の・・・自分の身勝手から蘭に麻酔銃を撃ってしまった出来事を・・・。
「なんで・・・あんな事出来たんだろうな・・・俺。蘭を泣かせたくないって思ってるのにいつも泣かせてるのは俺で・・・。
しかもいつも俺の我侭ばかりだ。」
コナンは蘭の部屋にそうっ・・・と入った。
ベッドの上で蘭が小さな寝息を立てている。その顔にそうっ・・・と手を伸ばした。
「ごめんな・・・。」
何度そういったか知れない・・しかも蘭の眠っている時ばかりに・・・。相変わらず自分を卑怯だ。とコナンは思う。
でもそれでもどうしても譲れなくて。
蘭を危ない目にあわせたくない。
いつでも自分を見守っていてほしい。
いつでも笑っていてほしい。
俺を忘れないでほしい。
矛盾した思い。だからこそ、あんな行動に出てしまったのかもしれない。
服部に変装し、和葉を助け出す。あの時自分に課せられた役目はそれだけだった。
蘭に会うつもりは・・・無かった。
だが、予想以上に動かない体。和葉さえ守れなくて結局、病院から抜け出してきた服部が全てを引き受けた。
一人、追っ手を気にしつつ林の中に身を潜める。胸をかきむしりたくなるくらいの痛みが断続的に続き、体を木に預ける。
ふと目をやるとそこに蘭が居た。
「なん・・・でここに・・・?」
湧き上がってくる疑問。だが、病院から服部とコナンが消え、和葉と連絡が取れなくなった彼女があちこちを探し回るという事は容易に考えられた。
追っ手に気づいた蘭が木の陰に隠れる。
会えない・・・・。もう・・・・コナンに戻ってしまう・・・・。会うつもりはない・・・んだ・・・。
自分の心の中で何度も繰り返す。ギュッと手を握り耐えた。だが・・・無意識に体は動いた。
次の瞬間、蘭をこの腕の中に収めていた。
体が離れ、雲が晴れていき、蘭の顔が見えた。
あの3年前と同じ蘭の顔。
「あの日と同じ顔だな・・・。」
無意識に零れていた言葉。あの日と同じように綺麗に微笑む蘭。
「やっと会えた・・・・・。」
涙を浮かべながら・・・・。
「やだ新一、どうしたの?顔色悪いわよ・・・。」
こんな時でさえも相手を気遣う優しさと思いやりを忘れない彼女。
そっと俺の汗を拭きとる。
その時に迷いは無かった。
コナンに戻る瞬間を見せるわけにはいかない。
蘭を危険に巻き込みたくないから・・・。
持っていた時計型麻酔銃で彼女を撃ち込んだ。
一瞬のうちに体が崩れる蘭を支える。
蘭は眠ってしまった。
「ごめんな・・・蘭。」
今は・・・まだ打ち明けられねーんだ・・・。生きておめーの元へ戻るために・・・。
この姿をさらすのは死ぬときだけでいい・・・。
「うっ・・・・!!」
直ぐに骨が解けるような痛みが体を襲う。俺は蘭を思い切り抱きしめた。
最後の最後まで蘭を感じていられるように・・・・。
夢と思わせることも出来た。ほんの一瞬の出来事だったから。
それでもそれをしなかったのは・・・。
否
出来なかったのは・・・蘭のためじゃなく、きっと俺のためだ。
一瞬でも・・・ほんの一瞬でも工藤新一として蘭に再会できたのだ。
夢で終わらせたくは無かった。あの蘭のぬくもりを夢にしたくは無かったから。
いっぱいいっぱいだったあの時には無かった筈の迷いが、少し落ち着いてから急激に湧き上がってきたのだ。
以前、アクアリウムで蘭に拳銃を撃ったときとは違う。
あの時はそうする事で蘭を助けた。蘭を助ける為に撃ったのだ。
なのに今回は蘭の為じゃない。自分のエゴの為に撃ったのだ。
日に日に増していくその罪悪感。
結果・・・コナンは眠れなくなった。
ため息をつき、コナンは蘭の部屋を出た。
眠れなくてもこんな夜中に起きていては蘭が心配してしまう。
寝つきのいい彼女の事だから大丈夫だろうとは思うものの、万が一という事も考えられる。
トイレで用を足し、部屋へ戻ろうとしたその時、蘭の部屋のドアが開いた。
「え!?」
心底驚くコナン。
「あれ?コナン君?どうしたの?こんな夜中に・・・・。あ、もしかして眠れないの?」
「ら、蘭姉ちゃんこそどうしたの?」
まさか万が一に出くわしてしまうとは・・・。ほとほと自分の運の無さを呪ってしまいそうになるコナン。
「う・・ん。何か目が覚めちゃってねー・・・。明日が日曜日でよかった。」
蘭はそう答えながらキッチンに足を進める。
「コナン君何か飲む?よく眠れるようにホットミルクでも作ろうか?」
「ううん、いいよ。僕さっきお水飲んだから。」
「あ、冷蔵庫のペットボトル?」
「うん。」
蘭はコナンと会話を交わしながら冷蔵庫を開け、コナン専用のペットボトルを取り出し綺麗に洗い、新しいミネラルウォーターを注ぐ。
その後、自分用にとコップにミネラルウォーターを注ぐ。
そんな蘭の行動をじっと見ながらコナンは、ミネラルウォーターを飲み終えた蘭へと話しかける。
「ねえ・・・蘭姉ちゃん・・・。」
「なあに?コナン君、どうしたの?」
蘭はそういいながら目線をコナンに合わせるべくひざを折る。蘭はこういうことが自然に出来てしまう。
小学一年生に対して教育を施しながらも、対等に扱ってくれる。だからこそ・・・聞けた。
「あのね・・・。どうしようもなくて・・・でも自分のエゴでやっちゃいけない事って・・あるよね。」
「・・・。」
「そういう人間は・・やっぱり罰を受けなきゃならないよね・・・。」
「・・・そうね。でも人はどんな人でも大なり小なり自分のエゴの為にやってる事って・・・あると思うよ?」
「・・・蘭姉ちゃんも・・・?」
「もちろん。だって・・・今新一を待ってるのは私のエゴだもの。」
「え・・・!?」
「私が待ちたいから待ってるの。それはやっぱり・・・新一の為じゃなく自分の為でしょ?」
「・・・。」
「だから、コナン君も考えすぎないほうがいいよ?」
「え!?」
「だからコナン君眠れなかったんでしょ?最近ずっと・・・。」
「!!!」
顔を跳ね上げた。
「蘭姉ちゃん・・・知って・・・?」
驚くコナンに蘭がふわりと微笑む。
「そりゃあ!!私はコナン君の保護者なんですからね!!」
少し自慢げに話す蘭に心底驚かされた。
「ごめんなさい・・・。」
「怒ってるわけじゃないわよ?でもコナン君自分の胸に溜め込んじゃうから少し心配してただけ。」
蘭が少し苦笑いしながらそう切り出すとおもわずこちらが苦笑いを浮かべそうになる。
どっちが胸に溜め込むタイプだよ・・・。
でも蘭と話して少しは気が楽になった。
・・・もちろん忘れるわけではない。
謝る事は後でいくらでも出来る。元の体に戻れたとき、全てを白状して謝ること。
・・・工藤新一に戻ったら・・・蘭に謝る事が多すぎて日が暮れてしまうんじゃないか・・・?と心の中でおもいつつ・・。
「お休み、蘭姉ちゃん。」
「眠れそう?」
「うん。ありがとう。」
「・・・。お休み。コナン君。」
蘭の声を背中で聞きつつ、ドアを閉めた。
もう、コナンに迷いは無かった。罪悪感は消えないものの、それでももう一歩が進められる。
そんな風にどんなときでも俺をひっぱてくれるのはいつも君。
だから俺はそんな君の手を離せ無いのだ。