「王子様の尋ね人、見つからないらしいねえ?」
「ああ、もう国中の娘の居る家にあらかた行きつくしたんだろ?」
「此処までうわさが広まってるって言うのに相手も出てこないなんて不思議だねえ?」
「そうなんだよね〜。王国の人間じゃないんじゃないか?」
「ありえるね〜・・・。」
街中では王子のハートを射止めた娘のうわさで持ちきりだった。
これだけ騒がれているのに名乗り出てもこない。
誰なのか検討もつかない。
娘はどこの誰なのか?
暇をもてあました住民たちにとっては丁度いいミステリーだった。
「こんにちは!」
いつもどおりの澄んだ高い声が聞こえ、わいわいと推理をしていた人間はみな、振り返った。
「おや、蘭ちゃん。」
「かぼちゃをひとついただきたいの。」
噂話で忙しかった八百屋の店主に向かって蘭はニコニコと用件を伝えた。
「かぼちゃは今日いいの、入ってるよ!」
「わあ、ホント?」
自分が買おうとしていたものが質がいい事を感じ取り、蘭はうれしそうに声を弾ませた。
「ところで蘭ちゃんはどう思う?」
「・・・何がですか?」
ゴシップ好きの魚屋のおかみさんが蘭に尋ねてきた。
だが、蘭は質問の意味が分からず、クエスチョンマークを頭にたくさん貼り付けて首を傾げてみてた。
「あら、やだ。蘭ちゃん知らないの?」
「舞踏会で王子のハートを射止めた娘の話よ!」
「聞いたことないです・・けど?」
「あら〜?じゃあ蘭ちゃんとこまだなの?」
「?まだっ・・・て?」
ますますわけが分からなくなった蘭は次第に不安になってきていた。
「おいおい、蘭ちゃんを困らすんじゃないよ!」
「おっと!」
八百屋の店主がかぼちゃを袋に入れながら魚屋のおかみさんをたしなめた。
「はい、蘭ちゃん、かぼちゃ。」
「あ、ありがとう。でも・・・あの?」
かぼちゃを受け取りながら蘭は先ほどからの話が読めなくて思わず動きを止めてしまった。
「ああ!ほら、お城で舞踏会があっただろ?」
「ええ・・・。」
「あの場で王子が意中の女性を見つけたらしいんだ。」
「あら、すばらしいですね。」
「ただ、名前も住所も知らないらしい。でもどうしてもという王子が国中を探し回ってるらしい。」
「まあ・・・。」
王子の執念に驚いた蘭は初めて聞く話に耳を傾けた。
「娘の居る国中の家を一軒、一軒あたってるらしいから近いうちに蘭ちゃんとこにもくるんじゃないかな?」
「そうなんですか・・・。でも私には関係ない話ですね〜・・・。」
王子に会ったこともないと思い込んでいる蘭は100%他人事のように話を受け止めていた。
「あ、やだ!お夕飯の用意しなくちゃ!それじゃまた・・・。」
「はいよ、がんばれよ!」
「ありがとう!」
蘭は慌ててその場を立ち去っていった。
「蘭ちゃんじゃないのかねえ・・・?その娘さん。」
「国の人間ならありうるねえ・・・。」
「蘭ちゃんって・・・気づかないもんな・・・。」
残された人間たちはみな、うわさの娘が蘭ではないかと思い始めていた。
そこには蘭であってほしい・・という願いもこめられていた。
その頃、蘭の家に王家からの使者がおとづれていた。
とうとう蘭の家にまで確認の儀式が回ってきたのだ。
「お母様・・・!」
「がんばるのよ、麻美!!あの靴さえ履いてしまえば王子の妃になれるのよ!」
「ふふふ、蘭が居ないのは好都合だわ。」
「今のうちに済ませてしまいましょ!」
義母と義姉は蘭がいないのはこれ幸いとさっさと進めようとしていた。
ちなみに、義妹の歩美はまだ年齢的に幼く、身長的にも合わなかったため、権利がなかった。
「ずるいわ、お姉さまばかり!」
歩美はぷうと膨れて文句を言う。
「私が王子の花嫁になれば貴女も必然的にお城暮らし。王家の人間よ!」
「それなら蘭お姉さんだっていいんじゃないの?」
「馬鹿ね〜!あの子との血のつながりはないのよ?お城へなんていけると思うの?」
「そういうものかしら?」
「ともかく!麻美が履けばいいんだよ!あのガラスの靴を!」
燃えている親子のそばにいる王家からの使者の中に新一の姿はなかった。
用事のため、少し遅れているのだ。
なので恒例の行事がなくて使者たちは内心ほっとしていた。
「王子が居なくてほんっとによかったよ・・・。」
「王子がいたらまた『違う!』といってさっさと帰ろうとするんだもんなあ・・。」
「違うのは分かるけどその娘の前で堂々と言わないでほしいよ、全く。」
使者たちはひそひそとそんなことを言い合っていた。
遠慮も何もない新一の態度を思い出し、ほっとしていたのだ。
そうして毎回毎回、各家庭ごとに繰り返される、決意表明みたいなものが終わるのをボーっとみていた。
「さて、そろそろよろしいですかな?」
使者の一人が声をかけた。
「はい・・・!!」
麻美が緊張した面持ちで前へ進み出た。
目の前には壊れないように慎重に置かれた『ガラスの靴』があった。
「では、どうぞ。」
「はい・・・!」
使者の一人の誘導によって麻美はごくりとのどを鳴らし、ゆっくりとガラスの靴に足を入れた。
やった・・・・・、入った・・・!
麻美は入りそうな靴の感触に内心ガッツポーズをした。
しかし、靴は自ら意思を持ったように麻美の足がすべて入ることを拒んだ。
「あ・・・・!!」
麻美の口から思わず悲壮感漂うような声が出た。
「麻美・・・・!!」
母親も同じように声を上げた。
その様子をじっと見ていた使者は麻美の足を靴からはずし、『ガラスの靴』を丁寧にしまいだした。
「どうやら貴女ではないようですね、残念でした。」
「や、あの!は、入るんです!私ですから!何かの間違い・・・・!!」
麻美は必死に使者たちをとどめようとしたが、使者に通じることはなかった。
バタン・・!!
大きな音がして扉が開き、みながその方向へ注目した。
「王子・・・!!」
遅れていた新一王子が高木を伴って家へと入ってきたのだ。
「遅れてすまない。」
「王子。此処の家の確認作業は終わりました!」
「そうか。」
新一は周りを見渡し懇願するようにしていた麻美を見つけた。
しかし自分の探し人と違うと見て分かるとくるりと背を向けてドアに向かって歩き出した。
「もう、年頃の娘はこの家にはいないんだな?」
「は、はい・・・。おりません・・・・。」
母親はがくりと肩をおとしながらそう応えた。
「では、王子。次へ・・・。」
そう言う使者の言葉に促されて新一は外へ出ようとした。
使者が新一のためにドアを開けた。
「きゃ・・・!!」
いきなり自動扉のようにドアが開き、外からドアを開けようとしていた蘭は驚いた。
「ん・・・?」
使者がじろりと蘭を見ている。
「この者は・・・・・?」
使者がこの家の人間に問いかけた。
「蘭お姉さんです。」
「歩美・・・!!」
歩美は素直にそう応えた。
「私の義姉の蘭お姉さんです。」
「この娘も年が合う。ガラスの靴を・・・!」
使者の一人がそう声をかけたとき、新一はすでに蘭の手をとっていた。
「あ、あの・・・?」
「見つけた・・・。君だ・・・!!」
「あ、あのときのお方・・・!!」
蘭もお城で踊った騎士だと気づいた。
「王子と踊った方はこの方です・・!」
高木も蘭に気づき、周りのものに告げた。
「え、王子様!?」
蘭は驚き、新一をじっと見た。
「ま・・待ってください!この子がそうだって証拠はないじゃないですか!」
「俺がそういってんだろーが!」
義母の荒げた声にも新一はそう言い返す。
しかし、使者も義母の言葉はもっともだということでガラスの靴で確かめることにした。
「ではどうぞ。」
使者は蘭に勧める。
蘭は不安そうにおもわず新一を見た。
蘭の手はすでに新一に握られたまま離されていない。
新一が離さないのだ。
新一に支えられ、蘭はガラスの靴を履いた。
まるで吸い寄せられるようにぴったりと靴は蘭の足に合った。
「ほら、みろ!彼女に間違いはないだろう!」
新一はまるで自分の手柄のように胸を張った。
「靴があったくらいでその娘とされては王国の権威にもかかわりますわ!」
麻美は声を荒げた。
先ほどまで、死しても靴を履き、王子の花嫁になろうとしていたのも忘れて・・・。
「そ!それに!蘭は!この子はお城のパーティになんていってないわ!!間違いよ!!」
「麻美・・・・。」
母親が隣でさすがになだめる。
尋常じゃない様子の麻美の異変を感じ取ったのだ。
それまで黙ってにらみつけていた新一が静かに口を開いた。
「あのパーティの日、俺はガラスの靴を残していった少女に心惹かれた。
ただ、ガラスの靴を履いていたくらいしか分からず、名前も分からない。
でもそれでももう一度会えばきっと分かると信じていた。だから探し出した。」
握り締めたままだった蘭の手を高くかざし、新一はそっと口付けた。
「俺の探していた人物は・・・彼女以外にはありえない。
パーティに来ていなかったといわれようが、俺は確かにあの日、彼女に出会った。」
宣言するように新一は言い切った。
「王子・・・様。」
蘭は訳も分からずその場に縫いとめられたように動かなかった。
「私、あの日、パーティにいきました。」
それまで黙っていた蘭が口を開いた。
「ドレスもなく、パーティに参加できない私に魔法使いの少女が私にドレスを与え、馬車を与え、ガラスの靴を与えてくれました。
たくさんのものを変えたから時間が持たないとも言われました。「夜の12時」それが私に与えられた時間でした。
お城に到着した私はパーティ会場がどこか分からず、此処におられるお方に案内していただきました。」
そういって、蘭は高木を指差す。
「高木、本当か?」
「はい、間違いありません。私が会場までお連れしたのはこの方です。」
上司に問われ、高木はうそ偽りなく、応えた。
「あの・・・離してください。」
蘭は再開してからずっと蘭の手を握り締めたまま離さない新一にそう問いかける。
「え、いや・・・・・でも。」
「取りに行きたいものがあるんです。」
「え・・・・?」
新一は蘭の真剣な目に押され、今までずっと握り締めていた手をしぶしぶ離した。
周りに居た高木たちは「随分と往生際悪く離したなあ・・・。」と満場一致で感じた。
「夜の12時を告げる鐘の音が聞こえ、私は慌ててお城を後にしました。
かけてくれる馬車に揺られ、私は家の前までたどり着きました。
そして12時の鐘がなり終わった時、全てが元通りになりました。
きれいなドレスはみすぼらしい古着に。
馬はねずみに。
馬車はかぼちゃに。」
蘭は新一の手を離れ、自室になっているのであろう、台所横の物置からキラキラ輝くものを手に戻ってきた。
「あ・・・・!!」
「それは・・・!!」
人々が口にしたもの。
それは王子・新一が大事に持っていた『ガラスの靴』のかたわれだった。
「だけど、魔法使いが言ってくれました。『ガラスの靴だけは消えない。』と。」
蘭の持つガラスの靴を新一は手に取り、蘭の足下に置いた。
ガラスの靴が両方ともそろい、キラキラと光を受けていた。
「蘭・・・といったね。これは君のものだ。さあ・・・。」
蘭は新一の手をとり、ガラスの靴を履いた。
靴は蘭の足に吸い付くように・・・・ぴたりとはまる。
「ずっと、君を探していた。俺の花嫁に・・・なってくれ。」
「・・・・。私は・・・貴方を王子だと知らなかった。
・・・けれど。あの日、踊った方ともう一度会いたいと願っていました。」
「蘭・・・・!」
「王子様・・・・。」
こうして蘭は新一の花嫁としてお城に迎え入れられ、王家の人間はもとより、王国の人間全てに祝福を受けた。
蘭の義母や、麻美、歩美も蘭の計らいで王国へ迎え入れられ、改心した。
これまで平和であった国は。今までよりもより一層、幸せで暖かな国として栄えていった。