いつも一緒にいて物知りだったコナン君は実は高校生探偵の工藤新一さんでした。
そして、もう一人。
コナン君と同じように物知りで、落ち着いた灰原さんもコナン君と同じ境遇の人でした。
何故、2人がそんな風になっていたのかは詳しくは分かりません。
いくら聞いても教えてくれなかったのです。
元太君が無理やり聞きだそうとしましたが、悲しそうな笑顔を返されて・・・何もいえなくなってしまいました。
歩美ちゃんはコナン君が「工藤新一さん」だったことに大きなショックを受けていました。
学校を何日も休み、誰とも会おうとはしませんでした。
そんな歩美ちゃんを慰めたのは灰原さんでした。
「自分のせいなのだから。吉田さんもわたしのせい・・・そのための被害者なのだから。」
と。
灰原さんの言った半分の意味も僕には理解できませんでしたが、歩美ちゃんも学校へ出てきてくれるようになりました。
「コナン君は、ずっと蘭お姉さんしか見てなかったもんね・・・・。初めから、ずっと。」
そう寂しそうに言っていま
した。
歩美ちゃんも今は、蘭お姉さんにも新一さんにも普通に接しているように思います。
コナン君が、蘭お姉さんを好きなのは分かっていました。
時々・・・切なそうに見ていたのを知っていたからです。
何故、あんな切なそうに見ているのか・・・そのときにはわからなかったのに・・今なら分かる気がします。
そして、もうひとつ、分かっていたこともありました。
灰原さんがどんな気持ちで歩美ちゃんを慰めていたのか・・・・。
灰原さんも・・・コナン君を好きだったから・・・・。
灰原さんはいつもコナン君を見つめていたし、どんなときでも、頼りにするのはいつもコナン君でした。
本当は18歳の灰原さんがコナン君・・・新一さんを頼りにするのは当たり前なのですが。
それでも悔しかったのをよくおぼえています。
だから、コナン君以上になりたくて、沢山、沢山、勉強をしました。
歩美ちゃんがコナン君への想いをあきらめたといいました。
蘭お姉さんのことが大好きだからと。
新一さんの気持ちがよく分かるから・・・と。
けれど、僕にはまだ、灰原さんをあきらめ切れていないでいました。
だけど、18歳の灰原さんがたった7歳の僕を見てくれるわけはないと・・・思っていたのも事実です。
そして、そんな揺れ動く毎日の中で、それは、突然聞かされたのです。
「え・・・!?灰原さん・・・宮野さんがアメリカへ!?」
「もう、光彦君ってば、声大きいよ。」
「あ・・・すみません。でも・・・・。」
耳を押さえた歩美ちゃんに気遣いつつも・・・それがどういうことなのか・・・せかしてました。
「何でもね、志保さんのことを高く買ってくれてる博士に誘われたんだって。」
「で!!でも、日本には阿笠博士だって・・・・!!」
「その阿笠博士に勧められたんだって。」
歩美ちゃんの言葉が信じられませんでした。
震える自分の体を・・・止めることができませんでした。
「どうしてですか・・・!?だって、灰原さん・・宮野さんのこと、本当の娘以上に思ってたのに・・・!!
博士、宮野さんとの生活、すごく大切だって・・・・言ってたのに!!宮野さんだって・・・!!」
「本当よ。」
歩美ちゃんの言葉をどうしても信じたくなくて・・・直接博士に話が聞きたくて、「否定」の言葉が聞きたくて、
宮野さんに直接聞きたくて。
放課後、僕は博士の家に・・・走っていました。
博士は留守中で宮野さんが応対してくれました。
一心不乱に問いただす僕に宮野さんはあっさりとそう、言い放ちました。
「科学者としての私を高く買ってくれてるひとでね。
『人のためになる研究をしないか』といってくれたの。」
明るい笑顔を見せて、僕にも分かるように話してくれる宮野さんに僕は何にもいえなくて・・・・。
「は、博士が・・・勧めたって・・・聞きましたけど・・・。」
搾り出すようにやっと言葉を出した僕にも宮野さんはその明るい笑顔を崩すことは無く、
「ええ、そうね。私が迷っていたら、博士から言われたのよ。
『志保君のやりたいと思うことをやりなさい。そんな志保君の決めたことならばワシは大賛成じゃよ!』って・・ね。」
「宮野さん。」
「私の死んだお母さんと同じ事を・・・博士には聞かせたことなんて無かったのに・・・同じ事を言われたの。
・・・だから、決められたの。」
「すみませんでした。宮野さん。」
「え?円谷君?」
「僕、帰ります。」
僕は・・・なんてばかなんでしょう?
僕の気持ちだけで宮野さんの気持ちなんて一切考えないで押し付けようとして・・・・。
あのふんわりと笑った時の宮野さん・・・。
以前の彼女では見られなかった笑顔でした。
そんな彼女に・・・気付きもしないで・・・僕は・・・!!
「光ーっちゃん!!どーしたの〜・・?暗い顔しちゃて〜!!」
「お姉さん・・・。」
家に帰って、部屋に閉じこもっていた僕のところへ、お姉さんが入ってきました。
「ナニ?ナニ?光っちゃん、失恋〜・・??」
明るく言い放つお姉さんの声にビクリと反応してしまいました。
失恋・・・そうなんですよね、僕は・・・失恋したんですよね?
灰原さんに・・・・。本当に、好きな人に・・・・。
「あ、あれ?・・・彼女に・・・好きな子でもいたの・・・・?」
お姉さんはあまりにもな僕の態度をおかしいと思ったのでしょう。
探るような遠慮がちな声でたずねてきました。
「好きな人・・・がいるかどうかは・・・分かりませんけど。」
灰原さんは今もコナン君を思っているのでしょうか?
絶対に結ばれることのない・・・と分かっている人をまだ・・・好きなのでしょうか?
「あれ?光っちゃん、『他に好きな子がいるから』とかって振られたんじゃないの・・?」
「分かりませんよ、そんなの・・・・。」
そんな事、怖くて・・・聞けませんよ。
「もしかして、光っちゃん、その好きな子に告白してないの?」
「出来ませんよ・・・そんなの・・・。」
18歳の・・・10も年上の女の人に告白なんて・・・・・。
「光っちゃんの意気地なし!」
「お姉さん!?」
「告白もしてないのに振られたなんてこというなんて・・・!!」
「・・・アメリカに行くそうなんです。」
「誰が?」
「その・・・人がです。」
「お父さんの転勤?」
「は・・・?」
「え?だって歩美ちゃんでしょ?」
「歩美ちゃん?」
「やだ!!違うのぉ!?」
どうやらお姉さんは僕の好きな人を歩美ちゃんと勘違いしていたようです。
・・・でも・・・。
歩美ちゃんのことも本当に好きだったのに・・・・。
いつからなんでしょう?灰原さんしかみえなくなってしまったのは・・・。
「同時に2人の人を好きになるなんていけない男なんでしょうか?」
そう蘭お姉さんに相談したときは2人とも大好きで悩んでいたのに・・・不思議です。
「へえ〜・・・。光っちゃんもちゃんと恋するようになっていたのね〜ぇ。」
「お姉さん。」
「でも・・・そっか。アメリカ行っちゃうんだ、その子。」
「はい・・・・。」
「ごめんね、意気地なしなんていっちゃって。」
「そんなことは・・・。」
「よし!!光っちゃんのために人肌脱いであげよう!」
「お姉さん!?」
急に立ち上がり、ごそごそと何かを探し始めたお姉さんの真意が見えずに僕は戸惑いました。
「MDいっぱいにね、歌を入れてあげるの。好きって伝わるものばっかりを選んで・・・ね!」
「え・・・?」
「アメリカまでって長いんだもの!退屈しのぎくらいにはなるわ!!」
「あ・・・・。」
「・・・好きって光っちゃんが言えないんだったらその曲たちに代わりに伝えてもらおうよ!!」
新品のMDを手に持ち、お姉さんはにっこりと笑いました。
そのお姉さんの提案が嬉しくて・・・少しでも伝わるかも・・・という気持ちが僕の中に湧き上がってきました。
それから僕はお姉さんに手伝ってもらいながらMDに曲を落としていきました。
一曲、一曲に灰原さんへの想いをこめて・・・・。
「で、出来ました・・・!!」
「やったわね!光っちゃん!!」
「はい!!」
笑いながら言ってくれたお姉さんも大分お疲れのようです。
ありがとうございます。きっと僕一人じゃ、出来なかったです。
ああ、でも、それよりも!!!
「僕!!これを灰原さんに渡してきます!!」
「え!?光っちゃん!もう10時過ぎてる・・・・!!」
お姉さんの声を聞きながら、でも止められませんでした。
一刻も早く、これを灰原さんに・・・・!!
息を切らせて灰原さんの家にやってきた僕はその興奮のまま、チャイムを鳴らしていました。
「はーい・・・?」
「灰・・・あ。宮野さん、円谷光彦です。」
「え?円谷君?」
ちょっとびっくりしたような声のすぐ後に宮野さんが玄関を開けてくれました。
「夜分遅くに大変申し訳ありません。」
「い、いえ・・・。そんな・・・ことは。」
「ん?誰か来てるのかね?志保君。」
「博士・・・。」
奥から博士がそう声をかけて来ました。
その博士と連れ立つように別の人も・・・・。
「新一さん、蘭お姉さん。」
「あれ?光彦?」
「どうしたの?光彦君、こんな遅くに・・・。」
蘭お姉さんがそう僕の目線に合わせるようにひざを落とそうとして、それを新一さんに止められました。
「え?新一?」
「じゃあ、俺たち、帰るから。」
「え、工藤君?」
「じゃーな、光彦!!」
「あ、はい。」
「いくぞ、蘭。」
「あ・・・う、うん。じゃあ、おやすみ、志保さん、博士、光彦君。」
「おやすみなさい・・・。」
蘭さんが新一さんに引っ張られるように帰って行きました。
「お2人は・・・?」
まだ、2人を呆然と見送っていた宮野さんにそう、声をかけました。
「準備を手伝ってくれたの。」
「そう・・・だったんですか。」
「こんな夜遅くにどうかしたの?円谷君。」
「これ!!!」
僕は大声で手の中にあったMDを差し出しました。
「これ・・は?」
宮野さんは随分と不思議そうにしています。
「MDです。曲一杯入ってます。アメリカまでの暇つぶしにしてください!!」
「円谷・・・君。」
困惑の色が濃く現れている宮野さんの声。
もう、手を伸ばさなくては届かないその身体。
表情は・・・・もう見ることさえ今の僕には出来ません。
「あのね、円谷君・・・。」
「おやすみなさい、宮野さん!!」
「あ・・・!!」
彼女が何かを言いたかったのかは分かりました。
本当は僕も言いたかったのです。
でも、何て言えばいいのかが・・・分からなかったのです。
「好きです。」なのか「好きでした。」なのかさえも・・・。
行ったときと同じように一度も休むことなく家まで走り抜けた僕は少し息を切らしながら家へのドアを開けました。
「ただいま帰りました。」
「ちゃんと・・・渡せた?」
お姉さんが開口一番、尋ねてきました。
「はい。」
「よかったね。」
「・・・はい。」
お父様にもお母様にもあまり怒られませんでした。
お姉さんがうまく言っていてくれたからのようです。
ベッドに入って寝ようと思っていたのに・・・。
身体は疲れているはずなのに・・・。
なかなか眠れなくておきだしてアルバムを手に取りました。
少年探偵団全員のそろっている写真の数々です。
コナン君が来て・・・そのすぐ後に灰原さんが来て・・・・。
ずーっと繰り返しの毎日を送っていた僕たちの前に突然現れた2人。
2人のおかげで沢山、かけがえのない経験が出来ました。
これは・・・きのこ取りに行ったときのものですね。
灰原さんとコナン君の「大人」なやりとりに嫉妬してたときです。
「僕らの分からないアダルティな会話」
今思うとこのことって言うのがよく分かります。
でもこの頃には全く分からずに・・・コナン君に教えてもらった事さえ言えずに戸惑っていました。
「いつ教えてもらうのかではなくていつ使うか。」
「貴方は最高のレスキューだわ。」
そう言って、貴女に励まされたんでしたっけ・・・。
こっちはひな祭りの時の写真ですね。
歩美ちゃんがコナン君とお雛様とお内裏様になりたくて・・・みんなを巻き込んだ・・・・。
あの時、元太君みたいに歩美ちゃんがコナン君とお雛様、お内裏様になろうとしたのを怒ったんじゃなくて。
僕と灰原さんとでお雛様とお内裏様になりたくて・・・でしたね。
「灰・・原さん・・!!」
おかしいです。
涙が止まりません。
とっくの昔に理解していたはずだったのに・・・・!!
灰原さん・・・宮野さんの出発の日です。
僕は・・・行かないつもりでした。
でも・・・・。
本当にこれでいいんですか?
MD渡して・・・それで満足なんですか・・??
それよりも・・・今はただ・・・・会いたい・・・!!
衝動的に走り出していました。
会いたい、会いたい!!もう一度だけ・・貴女に・・・会いたいんです!!
「元太君!歩美ちゃん・・・!!」
「光彦、お前おっせーぞ!!」
「志保さん、もう行っちゃったよ!?」
「宮野さん・・・・!!」
「あ!!光彦君。車で行ったから追いつかないよ・・・!!」
「灰原さん・・・・!!」
結局僕が見送ることなく・・・彼女は行ってしまいました。
渡せなかった手紙と僕の言葉たちを置いて・・・・。
大好きでした、貴女が。
「灰原さん」か「宮野さん」か分からないけれども・・・。
いつかきっとまた会えた時。
この手紙を渡せる時が来ればいいと思います。
どちらかの彼女に・・・・。
だから、その時まで、少しのお別れです。