のんびりと家で過ごす休日。
それだけでも至福のひと時なのに、今日の休日は臨時的。
警視庁からの呼び出しもなく。
その上、すぐ隣には蘭が居る。
これ以上ない、至福の瞬間を新一は味わっていた。
「ねー、新一?」
テレビを見ていた蘭が、新一に話しかけてきた。
「んあ?・・・なんだよ?」
「・・・新一が日本に生まれてきて良かったなあ・・・って思うことってどんな事?」
「・・・なんだよ、いきなり・・・・。」
蘭の思いがけない質問に新一はびっくりする。
日本に生まれてきて良かったこと?
何だ・・・??
新一が蘭の真意を測りかねて凝視する。
そんな新一の鋭い視線に気づいた蘭は一瞬、ぽけっとした顔をして、すぐに苦笑いを浮かべた。
「ああ、うん。別にそんなたいしたことでもないんだけどね。」
「だけど?何だよ?気になるじゃねーか。」
「・・・うん。今日って『建国記念日』でしょ?」
「だから?」
「・・・・だから。」
新一のジト目にちょっと怖気づいたように蘭がちょっとすねて小さく答える。
本当にそんなに特別の理由があるわけではないのだ。
新一の家と違って、大通りに面した場所に自宅がある蘭。
彼女はそこで、「こんな日」に通りがちなスピーカーつきの車を見かけたのだ。
蘭を初め他の大多数の人にとっては、今日は「何かの名前がついた祝日」という感覚だ。
だけれどもごく少数の人にとっては、今日は「大事な日」なのだ。
もちろん、だからといってその少数派の人の中にはいるということは出来ないし、無理だ。
でもいつもならたわいもなく通り過ぎていくただの休日にちょっとだけ触れてみようと思っただけなのだ。
それに、かねてから思っていた。
新一は、今日本に居るけれども、両親と共にアメリカへ行くという選択肢もあった。
世界的な犯罪組織を壊滅へと追い込んだ優秀な探偵でもある。
その手腕は日本の警視庁だけではなく、世界中の警察機構が欲している存在だ。
なのになぜそれをせずに新一は日本に居るのか?
それが不思議でならなかった。
新一が「日本に産まれてきて良かった。」と思うことを知る事が出来れば、その理由が分かるような気がしたのだ。
「ね、何?」
「・・・・。」
身を乗り出してまで聞き出そうとする蘭に新一はますます疑問を大きく膨らませていた。
蘭の奴・・・なんなんだ!?
蘭の意図が読めねえ。
「苦しそうな瞳」をしていたならば、安心させてやる言葉を言うことが出来る。
どれだけ想いを伝えても目の前の彼女はいつだって不安を抱いているから。
少し前の過ちはそれを自分に確かに刻み込めたはずなのに。
なのにいつもの日常が心地よすぎていつもすぐに忘れてしまう。
「当たり前」が「当たり前ではない」ことを知ったはずなのに、すぐにそれに浸ってしまう。
なのに。
蘭の瞳に今あるのは「好奇心」だ。
今の現状を不安に思っているわけでもなさそうだ。
そう思うからこそ新一は、「蘭の望む答え」がなんなのか分からずに困りきってしまっていた。
またみょーな事を言って「推理オタク!」だの「馬鹿!」だのと罵られるのは勘弁願いたい。
「ねえ、新一ってば!答えてよ〜。」
「あ〜・・・難しいこと聞くなよ・・・。」
「思っていることをぱぱっと言ってくれればいいだけじゃない!」
質問しているほうは、随分と単純に言うものだ。
「ねえってば、新一!」
蘭は、痺れを切らしたように、新一のシャツをくいくいと引っ張って、答えるように促す。
「んじゃあ、オメーはどうなんだよ?」
「え、私?」
突破口もないまませっつかれたところで答えようもない。
そう思った新一は、逆に蘭に問いかけることで質問の意図を見つけ出そうとしたのだ。
「え、え?な、何が・・・??」
逆に問いかけられた蘭はちょっと焦っている。
まさか、自分が逆に問いかけられるなんて思っていなかったんだろう。
「だ〜から。蘭が日本に産まれてきてよかったなあ・・・って思うことって何だよ?」
「う、う〜ん・・・・。」
蘭は考え込んでしまった。
新一は、正直しめしめと思っていた。
これで「分からない。」と答えてくれたらこっちも答えなくてすむ。
それに蘭が何か答えを出せば、「俺も」と便乗すればいいしな!
「ほら、蘭。答えろよ。」
「えっと・・・・、う〜ん・・・。」
「答えられないか?」
新一は「してやったり!」といいたい気持ちをぐっと飲み込んでにやりと笑ってみせる。
「四季があることかなあ?」
「四季?」
ずっと考え込んでいた蘭がふいに口を開いた。
「だって、日本の四季ってめずらしいでしょう?はっきりしてるし。」
「まあ・・・な。」
「桜並木も綺麗だし、秋の紅葉も素敵じゃない!」
「夏暑くて、冬寒いけどな。」
「・・・・あら。私暑い夏も寒い冬も好きよ?」
「え〜・・・?そうかあ?」
新一は心底嫌そうな顔をする。
蘭は思わず笑ってしまう。
「そうよね〜!新一暑いのも寒いのも嫌いだもんね!」
「うっせ。どこが好きなんだよ?くそ暑い夏と寒い冬!」
「そうだなあ・・・。夏は海とかいいじゃない!」
「じゃ〜冬は?」
「冬は・・・。」
そこまで言っていた蘭は不意にだまって、ぼっと頬を赤くした。
すぐにポーカーフェイスを保とうとするが、目の前の名探偵はそんな蘭の行動に素早く反応した。
「ん?どした、蘭?」
「え・・・・とぉ〜・・・。」
蘭は顔を赤くしたまま、指先を遊ばせている。
口ごもるばかりで、何も言いそうにない蘭に新一は、ますます混乱する。
・・・そして、好奇心もそそられる。
「らあん?いい加減観念したらどうだ?」
「観念なのぉ!?」
新一の言葉に蘭は素っ頓狂な声を上げる。
「あったりめーだろ?オメーがいきなり赤くなった理由を聞かないとな。」
新一は、にやり。と不敵に笑って蘭を見据えた。
こうなったらこの目の前の人間は絶対に退かない。
それは今までの長い経験上分かってはいた。
居たけど・・・・。
「・・・じゃあ、先に新一が質問に答えて?」
「は?」
ちらり。と新一を仰ぎ見て蘭はぽそっと発言した。
「質問?」
「あ〜、新一忘れてる!!新一が日本に生まれてきて良かったなあ・・って思うことよ!」
「あ〜・・・それな。」
新一は、かりかりと頭をかいてやり過ごそうとした。
だが、蘭だっておいそれと教えてなるものか!と思っていたので、強気だ。
「新一が咲きに答えてくれないと、私絶対に言わないっ!」
「ふうん?じゃあ、俺が質問に答えたら蘭も言うんだな?」
「えっ・・・・わ、分かった、答える・・・よ。」
蘭は観念してうなづいた。
「よしっ!」独り言のようにつぶやいて、新一はガッツポーズをとった。
・・・とは言うものの、新一は困ってしまった。
蘭が赤くなった理由を聞くためには自分は答えなくてはならないのだけれども・・・。
だからって・・・特別ねーんだよなあ・・・。
日本に産まれてきて良かった。って思うことなんて・・・。
結局どこでも一緒だと思うしなあ・・・。
考え込んでしまった新一は、ちらり。と蘭を盗み見た。
蘭はきらきらした目をして、新一の答えを待っている。
ふ・・・・っと新一は頭に浮かべた。
随分と格好悪いと思いつつ・・・でも結局はこれなのだ。
「俺が・・・・日本に産まれてきて良かったなあ・・・って思うことは・・・。」
「思うことは・・・?」
「蘭と知り合えたことかな?」
「え・・・・。」
新一の思いがけない一言に蘭はぽけっと呆けた。
「結局さ、どこでも俺同じだと思うわけだよ。」
「え?え?」
「日本だろうがアメリカだろうがイギリスだろうが・・・やってることって変わらないような気がする。」
「うん・・・。」
「探偵やって、事件解決して。・・・だけど日本に産まれてなきゃ、蘭とこんなに早く知り合えなかった。
・・・だから日本に産まれてきて良かった。そう思う。」
「新一・・・・。」
蘭は涙が零れそうになるのを必死でこらえる。
まさかそんな風に言ってもらえるなんて思いもしなかったから。
「さてと。質問に答えたことだし?蘭が赤くなった理由でも聞こうかな?」
「う・・・・っ。」
感激でうるうるさせていた蘭は新一の言葉で我に返った。
「らあん?俺にだけ言わすって・・・卑怯じゃね?」
くすくすと新一は笑っている。
新一にとって嬉しい理由なんだと気づいているのだろうと蘭は思う。
恥ずかしいけど・・・・。
でも、とても嬉しい言葉をくれた新一にお返しをしようと蘭は思った。
「寒い冬が好きな理由は・・・ね。」
「ん?」
「新一にくっつける理由が簡単だから・・・・よ。」
「ふうん?」
「ふうんって・・・・!」
新一の言葉に蘭はちょっとショックを受けて大きな声を出してしまった。
そんな蘭をものともせずに新一は行動を起こした。
手にはエアコンのリモコン。
ピッと音を立てて稼動していたエアコンを切る。
と、同時に蘭の手を引き、自分の腕の中に引き込む。
「きゃあっ!」
「じゃ、蘭のして欲しいことをすることにするかな?」
「なっ、なっ・・・・!」
「寒いし、くっついてればあったかいだろ?」
にっと至近距離で笑う新一に蘭は顔を赤らめて「ばか・・・。」小さく呟いて、力を抜いた。