小学生のころからずっとロスに住み、抜群の頭脳を持っていた新一。
その特異性を生かし、飛び級を行使しまくって15歳にはすでに大学院まで修了させてしまっていた。
その後は自分の勝手気ままに自由に生きてきた。
株をやっては資産を増やしてみたり。
推理小説好きが高じて探偵気取りで事件を解決してみたり。
会社設立のためのアドバイザーもどきを演じてみたり。
気持ちがわくわくとすることも無かったが、それなりの生活を送っていた。
だが、彼の勝手気ままな生活は17歳になると同時に彼の両親の言葉によってあっけなく崩れ去った。
「新一、日本に帰国して高校に編入しなさい。」
両親の言葉に彼は猛反発した。
しかし、彼の言葉は頑として聞き入れられず、結局新一は機上の人となり、日本の地を約10年ぶりに踏むことになったのだ。
タクシーを使い、約10年前まで住んでいたという米花市の屋敷の前まで到着した。
やれやれ。
やっと到着か・・・・。
新一は疲労困憊。といった面持ちで鍵を取り出し、その重厚なドアを開いた。
新一は家の中を一巡りし、ハウスクリーニングがいい仕事をしているということを確かめる。
そうして初めて踏み入れるこの家の書斎へと足を向けた。
そこに広がる本の山は、父・優作が若いころに集めた推理小説の数々。
もちろんロスの家にあるものとかぶっているものもある。
だが、此処には新一が今まであまり読むことが出来なかった昔の日本の推理小説がそろっていた。
新明任太郎といった新一がロスでも読んだことのある日本の推理小説家の初期作品が此処には存在していた。
「新明任太郎のデビュー作じゃん!これのオリジナルってロスじゃ売ってなかったんだよな〜・・。」
新一は、とりあえず先のことは置いておいて、この目の前に広がる宝の山を制覇することにした。
父親が昔使っていたと思われる古いデスクに座り、その目の前にある本にのめりこんでいった。
どれくらいの時間がたっただろう?
書斎の外がなんとなく騒がしい。
本に集中していた新一は、その微かに聞こえる音に軽くいらついていた。
だが、わざわざ出て行くのも面倒くさいと放っておいた。
・・・・・。
新一は書斎のドアが少し開けられ、中をうかがわれている視線に気づいた。
・・・なんだあ?ハウスクリーニングの奴らか?
変に関わられたらたまんねーや、ほっとこ。
新一は無視を決め込み、本に集中した。
だが、その集中は長くは続かなかった。
「蘭、あなた何やってるのよ?」
「きゃ!・・し、志保・・・。」
明らかに女の声。
ハウスクリーニングの人間とは思えない。
不法侵入の分際で人のじゃますんじゃねーよ!!
新一はいらいらもそのままに書斎のドアを開けた。
「人の家で何してるわけ?」
新一は自分のいらつきを隠そうという気も無く、そのままきつく問いかけた。
暗に、そういって驚いて出て行ってくれることを望み、手っ取り早い方法を取ったのだ。
「あ、あの、えっと・・・。」
「私は隣に住む宮野志保。阿笠博士に頼まれてこの家の掃除に来たのよ。」
髪の長い少女は新一のいきなりの登場に思惑通り驚き、おどおどとしていた。
だが、もう一人のボブカットの少女は新一をにらみつけるように挑むような声で反論してきた。
それが新一には気に食わなくてより一層、機嫌が悪くなった。
「ああ、そりゃどうも。でもハウスクリーニングに頼んであっから別に必要ねーし、帰ってくれて結構だぜ。」
いいたいことだけ言って、さっさと切り上げるに限る。と新一はさっさとドアを閉めようとした。
「あ、あの!お名前は・・・!?」
そんな新一におどおどしていたほうの少女がいきなり問いかけてきた。
なんだ。こいつら?さっさと出て行けよ!
しかも、いきなり人の名前聞くか?失礼なヤツだな!!
新一は思い切り目の前の少女に毒づき、それをそのままの態度にして告げた。
まるで連続殺人鬼を追い詰めるようなきつい口調で。
「人の名前きくんだったらまず自分から名乗るのが礼儀ってモンだろ。あんた、誰だ?」
「あ、あの、わたしは毛利蘭と言います!志保の友人でこの家の掃除に・・・!」
「さっきも言ったけど、別に頼んでねーし、帰ってもらって結構だから。」
そう言い放ち、新一はさっさと書斎のドアを閉めようとした。
「あ、あの!お名前・・・!!」
「・・・・工藤新一。」
まだめげないのか・・・。と最早呆れ顔になっていた新一は低く、短くそれだけを告げて今度こそ、扉を閉めた。
漸く静かになった書斎で新一はやれやれとため息をついて椅子に腰掛けた。
宮野志保と毛利蘭っていったっけ?
阿笠博士・・・っていってたっけ?誰だよ、それ?
知らない名前ばかりが出てきて、新一には分からない。
別に知りたいとも思わずにそのまま小説の世界に入り込んでいった。
翌日、新一はいやいやながら学校への道を歩いていた。
本来ならは行きたくは無かった。
直前まで、ボイコットしてやろうかとも思った。
だが、そんなことをすればすぐさまロスの両親のもとへ連絡が行く。
母親からの文句の国際電話が鳴り響くことは確実だ。
その光景が目に浮かぶ。
それを避けるためには素直に学校へ行くしかないのだ。
帝丹高等学校。
そう書かれたプレートのある正門前に新一は立っていた。
此処が、これから新一が通うことになる学校だ。
母・有希子の通った母校になるらしい。
周りを歩く在校生の女子生徒の好奇の目にさらされていたが、それをまるきり無視して職員室へと足を踏み入れた。
職員室でこれからの担任となる教師と軽く挨拶を交わし、教室へと向かった。
2年B組。
此処がこれからの新一の所属するクラスになるらしい。
担任教師に呼ばれ静かにドアを開けた。
空けた瞬間にきゃああああ!と悲鳴が耳を劈くように響く。
相変わらずうるせー・・・。
アメリカでも人気のあった新一は国が違えど人間の反応はさほど変わらないのだとうんざりしていた。
新一は一瞬顔をしかめ、すぐポーカーフェイスを取り繕った。
新一はそのまま表情を変えることなく、示された席へと着いた。
授業が終わると新一の席の周りは女子生徒でたちまちいっぱいになった。
表情を変えることも無く、女子生徒の質問に答えるでもなくいた。
そんな新一に声をかけてきた少女がいた。
周りの女たちを押しのけて。
きつめの目で見られても気にするでもなく。
むしろ、もう一人一緒に居た少女の方が気にしていた。
髪の長いほう・・・昨日のやつじゃねーか・・・。
短いほうは知らねーな・・・。
記憶力は誇れる新一は昨日屋敷に入り込んでいた蘭のことを覚えていた。
だが、新一は今の状況にあまりにも機嫌を損ねていたので、そのままの固い声で問いかけた。
「なに?」
「何って、私鈴木園子。先生に校内案内するように頼まれたからね。」
確かに園子はこのクラスの委員を務めていて分からないことがあれば彼女に聞けと担任に言われていた。
新一はこれ幸いと素直に席を立った。
さすがに他の女子生徒たちも担任の言いつけを遂行しようとする園子には逆らえないのか、素直にひいた。
新一は、読みが当たったと心の中で舌を出した。
「まさかこんなに素直についてきてくれるとは思わなかったわよ。」
「まあ・・・あの場に居ても鬱陶しいだけだし。」
園子が嫌味っぽく新一に話しかけても新一は我関せずの態度を崩さないままあさっての方向を向いている。
「やっぱり昨日志保の言ってたことってうそじゃなかったんだ。」
「何が?」
「サイッテーな奴って。」
「だから?」
「別に。それだけ。」
はっきりものを言うやつなのだろうとは先ほどの態度で分かっていたし。
新一も気にするようなタイプでもないのでそのまま受け流していた。
志保って誰だっけ?と一瞬考えはしたが、さほど気になる名前でもなかったし、忘れたままで居ることにした。
案内もたるい・・・と思っていた新一では合ったから目の前に繰り広げられているやり取りにもさほど気にとめても居なかった。
「ごめ〜ん。蘭、案内あとお願い!じゃ!」
「あ、ちょ、園子!!」
だから園子が走り去ってから、新一は蘭と二人で取り残された。
「え・・・っと。」
蘭がどうするべきか悩み、立ち往生していると、新一はそのまま、ふいっと歩き出した。
「あ、く、工藤君!?」
「図書館。」
「え・・・?」
「図書館、どこ?」
首だけを蘭の方向へ向けて問いかけた。
校内の案内なんて必要ない。
ただ一箇所だけ分かればそれで事足りるのだ。
「と、図書館・・?図書室で・・いいのかな?あ、こ、こっち・・・。」
戸惑いながらも案内し始めた蘭の後を新一は追った。
図書室に到着すると新一は蘭など居ないかのようにまっすぐに目当ての本の前に立ち、ソレを抜き取り、読み始めた。
こうなると他のことはどうでも良くなる。
新一は深く本の世界へと入り込んでいった。
「う、うそ!?く、工藤君、ごめんね!」
「何が?」
突然謝られても新一にはなんのことだかさっぱり分からない。
「あ、だ、だから授業終わっちゃったから・・・。」
「別に?」
新一は無表情のまま、読んでいた本を閉じ、そのまま図書室を後にしようとした。
もともと授業なんてどうでもいいのだ。
新一にとって有益な情報を得られるとはとても思えなかった。
「く、工藤君・・・!!」
「別に俺・・・好きで此処へ来てるわけじゃねーし。」
「え・・・?」
新一の言葉の意味が理解できずに一瞬立ち尽くした蘭を尻目に新一は一度も振り返ることなく、図書室から出て行ってしまった。
別に理解して欲しいと思ったことねーし。
それが数日もたたないうちに崩されるなんて今は夢にも思わなかった。
帝丹高校に編入してから1週間が過ぎていた。
はじめのうちはうるさかった女子生徒たちも、あまりの新一の無視ぶりにだんだん近寄ってこなくなった。
教師も、アメリカの有名大学院をスキップで修了させた新一を敬遠しているのか、授業に出なくてもあまり文句も言ってこない。
これ幸いと新一は学校の図書館へと篭り、推理小説を読み漁る毎日を過ごしていた。
あまり、アメリカに居たころと変わらない・・・とは新一自身も気づいてはいた。
だが、これを馬鹿丁寧に両親へと報告して、下手な細工をされてはたまらない。とこの生活を続けていた。
まあ、変わらないなら俺にとっちゃ、ラッキーだしな。
「工藤君!!」
いや、違ったところはあったな・・・とその声の方向へと顔を向けた。
「やっぱり此処に居たのね!駄目じゃない、授業にでなくちゃ!」
「・・・・。」
同じクラスの毛利蘭だ。
つい、一週間前、新一の家に不法侵入してきた(と、新一が思い込んだ)少女だ。
新一が授業をサボり始めてから毎日のようにやってきては教室へ戻るように。
授業に出るようにといってくる。
「頭いいかも知れないけど、学校ってそれだけじゃないんだよ?」
「・・・・。」
「工藤君の知らない事だっていっぱいあるんだから!」
「・・・・。」
いいかえすのもめんどくさいと新一はだんまりを決め込んでいる。
押し問答が続いたが、蘭が今日も諦めて図書室を後にした。
やれやれ、と新一は持っていた本を棚に戻した。
教師どもでさえ、関わりあいたくないと思っている博士号をもつ天才。
ソレが分かるからこそ、新一はほとんど授業に出ていないのだ。
「天才がこの学校に通っているという事実さえあればいい学校側。」
「とりあえず此処に通ってさえ居ればいい少年。」
両者の意見が合致しているのだからいいじゃないか。と新一は思う。
だが、蘭はそう思ってはくれないようだった。
つい一週間前まではどこかおどおどしていたのに、今ではもう、普通に接してくる。
特別扱いして欲しいわけではない新一にとってそこは評価されるべきとこだ。
そう。あいつ俺を特別扱いしないんだよな・・・全く。
何でだ?
はじめはびくびくしていたはずなのに?
ま、でもそろそあきらめるだろ。
そう新一は思っていた。
事実、蘭が呼びに来ても一切応じず、完璧無視。
いくら辛抱強いヤツだって此処まで徹底されたら諦めも着くはずと新一は考えていた。
アメリカでもこういうおせっかいをするやつはたまに居た。
ソレが教師であったり、新一に好意を寄せる女だったり。
そういう経験を数多く持つしんいちだからこそ、そういうおせっかい人間の我慢の限度を知っていた。
その経験から行くと蘭ももう少ししたら、諦めるはず。
・・・・・そう、新一は思っていた。
「あ、工藤君!」
「あんた・・・俺の家の前で何やってんだ・・・?」
「授業の内容、ノートにまとめてみたの。」
「・・・・ソレを届けるため・・に俺の家で待ってたの・・・か?」
「あ、ほ、ほら!志保の家隣だし、丁度いいと思って・・・!」
「・・・・・。」
蘭はあたふたと言い訳を口にする。
目の前の蘭を心底不思議そうな目で見る。
こいつ・・・なんでこんなにも俺にかまうんだ・・・?
大体授業内容まとめたノートなんて届けてくれなくても俺、理解できるぜ・・??
こんな夜に俺の家の前にずっと・・・居て。
いつ帰ってくるかなんて全く解らないのに・・・・。
なんでソコまでするんだよ・・・?
蘭の行動は新一には理解できない。
それでもニコニコと笑みを絶やさず、ノートを抱えている。
なん・・・・で。
でも、何で俺何も言わずに居るんだろう・・・??
今までもこんなおせっかい女たくさん居たはずなのに。
何で追い返しもせずに・・・・向き合っているんだろう・・・?
それでも新一は何も言えずに蘭の前を通り過ぎ、扉を静かに開けた。
「く、工藤君・・・!!」
そのまま家に入っていってしまいそうな新一を呼び止めるように大声を出した蘭に新一ははっとする。
だが、新一はソレを感じさせないように涼しい顔のまま蘭のほうへと顔を向けていた。
「・・・・え?」
「何つったってんの?入れば?」
「く・・・工藤君・・・?」
蘭は新一の言葉を全く理解していないようだった。
というか、鳩に豆鉄砲という言い方が一番この場に似合うな。と新一は考えてしまった。
そして、自分の言葉に新一自身も「鳩に豆鉄砲だな。」と思った。
[わざわざ家の前なんかで待っててくれた奴を無下に追い返すような育ち方はしてないつもりだけど?」
「え・・・っと。」
此処まで言ってもまだ少しいぶかしがっているような蘭の対応に新一は苦笑いする。
そんなにびっくりした目で見るなよな・・・。
こんなこと言い出してる俺のほうがびっくりしてるんだからさ。
「お礼にコーヒーくらい淹れるし飲んでけば?」
「あ・・・は、はいっ!」
やっとうなずいた蘭に新一はやれやれと安堵のため息をついた。
そしてそのため息にはもうひとつ意味がこめられていた。
蘭を家に招きいれた新一は彼女をリビングに通し、自分は着替えるために席をはずした。
もともとポーカーフェイスは得意な新一。
加えて鈍そうな蘭。
だからばれていないとは思う。
こんなにも動揺しているということには。
今まで感じたことの無いほど動悸が激しい。
自分がおかしな顔をしていないか何度も確かめるほど。
ええい!しっかしろ、工藤新一!!
こんな訳も解らないことで動揺してどうする!
ぱんっ!と少しきつめに自分の頬を両手で叩いてから新一は階段をおりた。
すっかりラフな格好に着替えてきた新一はそのままキッチンへと歩いていく。
手馴れた手つきで豆を挽き、コーヒーをコーヒーメーカーにセットする。
と、此処で新一はあることに気づいて慌てて振り返った。
「あ、わりい。コーヒー平気か?」
「え?」
明らかに不思議そうな顔をした蘭。
その、きょとんとした顔から思わず顔をそらしつつ新一は言葉を続ける。
「たまに居るだろ?コーヒー駄目な奴って。」
「あ・・・うん、平気・・・・。」
蘭の了承の言葉をほっとして聞いた新一はそのままキッチンへと引きこもった。
どうしたんだよ、俺!?
新一は、今日、何度目かになるかわからない答えの出ない問いかけを自分にする。
朝は全然平気だったよな!?
なんなんだ!?
あいつがさっき家の前で立ってたときから・・・・俺おかしい!!
相変わらず自分の行動が読めない新一は、出来上がったコーヒーを前に息を吐いて落ち着かせる。
そうして、一応は落ち着いたところで、新一はリビングへと足を踏み入れる。
「わりい、待たせたか?」
「きゃああ!」
一応の礼儀として蘭に声をかけたのだが、思う以上に大声を出されて新一は一瞬狼狽する。
「あ、な、何でもないの!!」
「ふうん?あ、コーヒー。」
「ありがとう。」
新一の差し出したコーヒーカップを受け取りながら蘭は、あははは・・と愛想笑いでごまかす。
蘭の慌てふためいた行動に新一は不思議に思うが、これ以上問い詰められない。
というより、ソコまで自分の気力がついていっていない。
ノートを片手に家の前で待っていた蘭に対して家の中まであげてコーヒーまで振舞っている。
普段の新一なら、面倒くさそうにノートを受け取り、そのままバイバイだ。
何だって俺こんな似合わねー事してんだ!?
おせっかい女が勝手にしたことじゃねーか!?
俺・・・・どうしちまったんだ・・・!?
「く、工藤君・・?」
「な、何だよ?」
新一の百面相を不思議に思った蘭が恐る恐る声をかける。
内心、心臓が飛び出そうなほど驚きながら新一は何とかポーカーフェイスを保とうとする。
さっきからおかしい。
どー考えても俺はおかしい。
何で急に・・・・・。
こいつに見られると平静を保てねーんだ!?
何度考えてもわからねえ!!
急激に襲ってきた新一が今まで体験したことの無い感覚。
これが「恋愛感情」だと新一が知るまで、後5分。