穏かな一日

「ふぁ〜・・・!」

大きなあくびをひとつ零すのは稀代の名探偵と呼ばれる工藤新一、その人だ。

警察でも解けない難事件を解きほぐす頭脳。
そして、マスコミから騒がれるほどのルックス。
彼を褒め称える四字熟語で新聞・雑誌は埋め尽くされる。

そんな彼の今日は久しぶりの休日だ。
彼の邸宅のリビングそばにあるサン・ルーム。
その窓際にあるウッドチェアー。
物欲をあまり持たない彼が「ショッピング」というものに付き合わされて一目見て気に入った品物だ。
そんなお気に入りのチェアに腰掛けてお気に入りの推理小説を読みふけっていた。
最近事件続きで、購入しておきながら読めていなかった本が彼の近くに積み上げられていた。
その数、実に数十冊にも登る。
彼の忙しさを物語り、その上で、彼の本好きが垣間見える冊数だ。
そのほとんどが推理小説であり、僅かに知識としてとどめておきたい参考書が混ざる。

段ボール箱に無造作に入れられていた本たちをサンルームへと持ち込む。
一度読んだ本を読み返すなら、並みの図書館以上に揃っている書庫でその本の近くにもたれかかって・・・。
というスタンスが通常なのだが、せっかくの新刊。
気分よく読みたいという気持ちが彼に本を片手にこちらへと進ませる理由になった。

学校は運よく春休みの上、カレンダー的にも赤字の休日。
しかも本日の天候は春にふさわしく晴れ渡り、サンルームをぽかぽかと暖めていた。
そこへ本と共に、彼が本を読む時用にとブレンドした特製のコーヒーをサイドテーブルに置いて。
いざ、至福の時間へと突入していった。




どれくらいの時間が過ぎただろう?
いつの間にか、読み終わった本の高さのほうが高くなっていた。
たっぷりだったはずのコーヒーは、もう底が見えるほど。

「ふ〜っ・・・!!結構読んだなあ。」

独り言を口に出した彼の声は、充実感に満ちていた。
よっという声と共に伸びをすると、朝トーストを一枚食べたきりということを示すようにぐうっ!と腹の音が鳴り響いた。

「・・・今、何時だ・・・?」

彼はふと、時計を見ようと首を回した。
丁度目に飛び込んできた掛け時計は、丁度4時を回ったところだった。
彼が本を読み始めたのが、丁度10時をちょっと回ったところだったのだから、丸々6時間も経過していた。

「どーりで腹が減るはずだよなあ・・・。」

彼は、苦笑いを浮かべながら空腹の自分を振り返った。


そういえば腹減ったなあ・・・って思ったの久しぶりだな・・・。
自分がどれだけ彼女に甘えているかの証拠だな・・・と笑いがこみ上げた。


もともと彼の頭の中のプランでは、今日は彼女と共に時間を過ごそうとシュミレートしていた。

せっかくの休日。
しかも天気予報では降水確率0%。
難事件が解決したばかりで、呼び出される可能性も低い。
なのに彼女は「はずせない用事」と断ってきた。
ぽっかりと空いてしまったエアポケットのような一日が、今日という日だったのだ。

「蘭の奴、今頃何しってかなあ?」

彼女の事を思わず口に出し、目を庭へと向ける。

ぼーっと向ける彼の目の先、ガラス窓の向こうには草木が生い茂り、早春の花が咲いていた。
これから咲くであろう、春の花も見える。

自分の名前に花の名がついているからなのか?
花が大好きな彼女に喜んでもらいたくて後先考えずに片っ端から種類関係なく植えた花。


小さい頃の暴走が生んだ賜物。


もともと凝り性の新一は、自分の自覚がないままにいわゆるガーデニングを手がけ、結構な庭を作り上げた。
水を与え、肥料を撒き。
花たちの配置を考え、管理していた。


だが、探偵という仕事が忙しくなるにつれ、自宅に両親が居ないことも重なり。
この庭を管理するのはいつの間にか、蘭の仕事になっていた。

それも彼女は「言われて」やっているのではない。


食事を与えないと何も食べようとしない自分と。
水を与えてもらえないと雨を待つしかない植物たちと。


もしかしたら、蘭の中では同じ扱いなのかも知れない。と考えてちょっと笑ってしまう。
そして、その考えにちょっとむっとする。

「自分と同じように」というくだりに嫉妬してしまったのだ。
蘭が新一と植物たちに同等の愛情を注いでいると思うと、蘭の愛情が分散されている気がして。

あまりに馬鹿馬鹿しいと思うが、こと蘭に対しての新一の感情は、一般人とは一線を画しているのでしょうがない。


彼はおもむろに立ち上がり、庭へと足を向ける。


彼女の愛情を取り戻す?ためにするべきことを思いつき。
彼は、庭の隅にあったホースを手にして、水道のコックをひねる。


分散されないようにするためには、俺が植物たちの面倒を見ればいい。

それを実行するために、手元のつまみをひねり、さあ・・・っと、水分を植物たちに注ぎ始めた。






「あれ?珍しいことしてるね、新一。」
「ら、蘭!?」


突然、耳になじむ声で話しかけられ、新一はばっと振り向く。
玄関の門の向こう側に居るのは間違いなく蘭だった。

「積極的に水遣りだなんて・・・。」

くすくすとおかしそうに笑う蘭に新一は疑問をそのままぶつける。

「おめー、なんで・・・。」
「なんでって・・・。」
「私の家に居て、帰り道だからでしょ。」


声だけが主張するように新一の耳に飛び込み、視線を下げる。
蘭の隣に居た声の主は、声の不機嫌さと同じくらい不機嫌な顔をしていた。

「灰原っ!!・・・じゃあ、蘭の今日の『はずせない用事』って・・・。」
「そう、私よ。」

哀はにやりと笑い、これ見よがしに蘭の腕にしがみつく。


「哀ちゃんとの約束のほうが早かったのよ。ちょっとだけ・・・。」
「ちょっと?」
「そう。新一が言ってくれた直前に哀ちゃんから連絡を貰って。」
「そういうことだから。今日はありがとう、蘭おねえちゃん。」
「ううん。私も楽しかったわ。またね。」
「うん!またね〜!」

新一に見せる顔とは別人のように穏やかで、甘えたような子供の顔を見せ、哀は家へと帰っていった。

不機嫌丸出しの新一の顔を見て、蘭はあきれた声を出す。

「なんて顔してるのよ、全く。」
「うっせ・・・・。」
「しょがないでしょ?本当に哀ちゃんとの約束のほうが早かったんだから。」
「わーってるけどさ・・・。」
「解ってるならそんな顔しないで。」
「・・・。」

蘭大好きな哀は、事あるごとに新一に突っかかる。
今回の「ちょっと」も、彼女の策略じゃないかと考えてしまう。


「それにしても。本当に珍しいわね。新一が自ら水遣りなんて。」
「俺だってたまにはするさ。」

蘭の愛情が分散されそうで。
なんて事は綺麗に隠して、新一はポーカーフェイスでそう返す。


「じゃーなー・・・。」

新一はそのまま蘭に背を向けて家へと消えようとした。
家に連れ込みたくなる気持ちを抑えるために、自分から分断する気持ちだったのだ。


「・・・家に入れてくれないんだ?やましいことでもあるのかしらね?」
「は・・・?」

ちょっと怒ったような蘭の口ぶり。
見え隠れするケーキの箱。
はやる気持ちを抑えるように新一が冷静に振舞う。

「オメー、今日は『はずせない用事』だろ?」
「そうよ。哀ちゃんとの約束だったんだもの。」
「それが終わって家に帰るところじゃ・・・。」
「家に帰るつもりなら方向が違うでしょ?」


蘭の言うとおり、彼女が哀の家から帰るためなら新一の家の前は通らない。

「哀ちゃんと一緒にね、パウンドケーキを焼いたの。・・・いらないの?」

ケーキの箱を新一の目の高さに持ち上げて、蘭が上目遣いで見上げてくる。
ちょっとすねたように。そして伺うように。

「ケーキだけ?」

にやりと不敵な笑みを見せて、新一が問いかける。

「解ってます。夕食もつけます!というか・・・新一どうせ、今日何も食べてないんでしょ?」
「あれ?お見通し?」
「サンルームから本読んで動かないのを見れば誰でも解るでしょ?・・・あ。」
「ん?」


蘭が慌てて口元を押さえるのを見逃すような新一ではない。

「よ〜く知ってるなあ、らあん?俺がサンルームで本読んでたなんて・・・。」
「・・・。」
「見てたんだ?」
「しょうがないじゃない・・・。哀ちゃんの家から良く見えるんだもの・・・。」
「なるほど、なるほど。んじゃまあ・・・罰として俺の空腹解消を手伝ってただきましょう?」
「・・・解りました。」

観念したようにそう告げた蘭の手を引いて、新一は上機嫌で家の扉を閉じた。



祝日企画、第4弾です。

一応、春分の日というのは「自然をたたえ、生物をいつくしむこと」と法律では定められています。
えーと、か〜な〜り!ずれてます(笑)。

新一が自然をたたえたのではなく、嫉妬から水撒きをしたのですから。
あ、でも。
生物をいつくしむはあってますね。
ええ、蘭ちゃんをいつくしんでますから!
・・・蘭ちゃんがどこか遠い目でみていますけどね(爆)。