「お前な、朝っぱらから不機嫌顔に貼り付けて人の家に来てんじゃねーよ!」
あきれ果てたような新一の顔と声。
そんな彼の目の前に居るのは不機嫌を体現したような快斗だった。
「うっせーな!!ほっとけよ!」
かみつかんばかりの勢いで快斗は大声で怒鳴りつけた。
新一はそんな快斗にため息をつきながら軽く焼いたトーストを口に運ぶ。
「どーでもいーけど、お前、留守番でもするつもりか?」
「留守番って・・今日日曜日だろうが・・・。」
「蘭と出かけるんだよ!」
「あーあー!名探偵は彼女とデートですか!いいご身分ですな!」
ソファにあったクッションを新一めがけて投げつけながら快斗はますますふてくされる。
「青子ちゃんとケンカしたからって俺に当たるな。」
「ケンカの原因がえらそうな口利くんじゃねーよ!!」
「ケンカの原因・・・・?俺が?」
しまった!!
と快斗が思っても後の祭り。
目ざとく反応した新一が人の悪そうな笑顔を貼り付けて快斗を見る。
「で?何余計なこと言ったんだ?お前。」
「なんで余計なんだよ・・・。」
「どうせ、まーたイラねー事言ったんだろ?青子ちゃんに・・・。」
「・・・・。」
「で、青子ちゃんを怒らせた・・と。」
新一は名探偵の実力を遺憾なく発揮し、ズバズバと切り込んでくる。
相変わらず、自分以外の恋愛ごとならばそのすばらしい頭脳も働くらしい。
新一だって、蘭とのことでよく失敗し、周りに当り散らしているのに・・・。
ため息をつきながら快斗はどこか冷静に分析をした。
もっとも。
快斗だって、新一と蘭とのケンカをズバズバと切り込み、且つ、
新一の頭脳にも負けずとも劣らない実力を発揮している。
という事実には彼自身も気付いてはいないようだった。
それでも、新一が自分とそれ以上に青子の事を心配してくれている事実には感謝している。
だからこそ、珍しく、素直にことのあらましを説明しだしたのだ。
「・・・・要約すると?俺が蘭にやった指輪が発端で言争いになった・・・と。」
「ああ・・・。なーんで女ってんなに指輪を欲しがんだよ?」
ソファにごろんと横になりながら心底分からないという声を出す。
「んなの俺が知るかよ。」
答えを求めるような快斗の問いかけに新一はため息を零す。
「だけど、お前蘭ちゃんに指輪プレゼントしただろーが!」
「ああ、あれかあ・・・。」
どこか歯切れ悪そうに口ごもった新一。
そんな彼を目ざとくみて、がばっとソファから起き上がる。
「なんだよ?なんかあんのか?あれ、あの指輪に・・・。」
「青子ちゃんがよく聞いてなかったか・・・それとも蘭が言わなかったか分からねえけどな。」
「なんなんだ?」
「あれ・・・ペナルティーなんだよな。」
「ペナルティー・・?」
ばつが悪そうに「ははは・・・」と笑う新一だったが、快斗は訳が分からない。
「蘭に連絡なしに事件に飛び出した・・・罰なんだな、実は。」
「連絡なし・・・・?」
「ああ。」
名探偵・工藤新一。
世界レベルの犯罪組織を壊滅させた稀代の名探偵。
それゆえに、依頼は日本各地から寄せられる。
警察からの依頼も後を絶たない。
そんな新一を心配する蘭が、出した条件がたった一つあった。
どこへ行ってもいい。その代わりどこへ行くにも必ず連絡して。
どんなに危なくてもいいから。
どんなに私に危険が及んでもかまわない。
必ずどこへ行くのか話しておいて。
「危険が及んでもかまわない」の一文で新一はかなり戸惑った。
しかし真っ直ぐに見つめる蘭のその瞳におされ、その条件を飲んだのだ。
なのに事件になると周りが見えなくなる新一が蘭に何も言わずに、いつの間にか地方に居る。
ということが多々起きた。
そんな新一に痺れを切らした蘭が、ペナルティーをつけたのだ。
「ホントに電話も何もしてこないことが3回続けばペナルティーだからね!」と。
そして今回のペナルティー内容が、「好きなものを買う。」だったのだ。
「なん・・・だ。そういう理由・・・。」
「悪かったな。」
呆れた声を出した快斗に新一がぶすっとしたまま答えた。
「ま、いいんだけどさ。」
「そうなのか?」
「俺、蘭にもの買うの好きだから。あいつ遠慮して欲しいものいわねーしな。」
「なんで・・・?」
心底不思議だった。
何処かの貢君じゃあるまいし。と快斗は首をかしげた。
「だってよ。モノ買ってやった後に心底嬉しそうに笑うあいつの顔みれるんだぜ?それは金では買えねーだろ?」
新一の言葉にはっとなった。
「金で買えないもの・・・。」
「そのための金なら・・・惜しくはねーだろ?大体指輪にこだわる必要はねーだろ。」
「え?」
「青子ちゃんは・・さ。お前のくれるものが欲しかったんだと思うぜ?」
「おれ・・・ばかみてー・・・・。」
「時間、まだあるぜ?」
新一は時計を指差す。
「時間って・・・?」
「おあつらえ向きだろ?今日って言う日は!」
「・・・ホワイトデー・・・。そ・・だよな!」
そう言うが早いか、快斗は工藤邸から走り抜けていた。
目にも留まらぬ早業で快斗は青子の家の前に居た。
手の中にはさっき早業で買ったチョーカーがある。
快斗の小さなポリシーで指輪は買わなかった。
金で買えないもの・・・俺にくれよ?青子。
そっとつぶやいて、快斗は青子の家のベルを鳴らした。