「それは、おかしいわよ、新一~!」
学校からの帰り道、蘭は新一から聴かされたある情報について真っ向から反論していた。
だが、新一だって、結構必死で調べた情報、頭から否定されると反論もしたくなる。
「だけど、調べたらそうあったんだから間違いねーって。」
「うー・・だあってええ・・・!!」
「花言葉、からじゃなくて、色合いからだろー?」
蘭は、まだ納得し切れていない様子であり、新一は自分の情報を訂正する気も無いようだ。
さて、何故こんなことで2人が言争っているのか・・・。
話を少しさかのぼってみることにしよう。
コトの起こりは6月に入ってすぐのことだった。
「ねえ、新一。」
学校からの帰り道、背中にあるランドセルをかちゃかちゃ鳴らしながら
蘭よりも少し早く歩く新一を追いかけながら話しかけてきた。
「ん~・・・?んだよ?」
めんどくさそうに足でサッカーボールを遊ばせながら新一が言葉を返す。
「新一、6月の第3日曜日って父の日なんだよ。」
「あー・・・それくらい知ってるけど?」
「うん。ねー・・。母の日って、カーネーションおくるでしょ?」
「ああ、花ね。」
「うん!・・・ねー・・・、父の日ってどんな花おくるのかなあ・・・?新一知ってる?」
「父の日に・・・贈る花・・・?」
「うん!」
蘭の突然の質問に新一はそれまで遊ばせていたサッカーボールを手に持ち、立ち止まった。
言われてみれば・・・。
と、新一は思う。
母の日に贈るのはカーネーションと相場が決まっている。
結構誰でも知ってることだ。
だが。
父の日・・となるとどんな花を贈るのか・・・・あまり知られてはいない。
事実このとき、新一もどんな花を贈るべきなのか、知らなかった。
だけれども、そんな風に「知らない。」などということを蘭の前で言うことは
たとえ、小学校3年生とはいえ、いえなかった。
一番、好きな子に対して見栄を張りたい年頃でもあるのだろう。
「あーーっと・・・。えーーっと・・・。」
「新一も・・知らない?」
「いや!知ってるさ!!あったりまえだろ!?」
「すごーい!さすが新一だね!じゃあ、教えて?」
「えー・・・と。」
蘭の「凄い」「さすが新一だね。」にいい気分になりながらも必死で考えていた。
この場から一応、逃れる方法を。
「あ!そうだ!どうせだったらさ!クイズにしようぜ!」
「クイズ・・・?」
「明日正解教えてやるよ!!」
「な、何よ、それ~・・?」
蘭はいきなりの新一の言葉にあっけに取られる。
それに気が付きながら新一はその場から逃げ出すように掛けていった。
「じゃーな!明日正解教えてやるよ!」
「あ!新一!!」
蘭の自分を引き止める声をあえて無視して、新一は自宅へと急いだ。
「ただいまー!!」
「お帰り、新ちゃん。今日はプリンが・・・。」
「あるわよ。」の有希子の声を素通りさせながら、新一は書斎へと飛び込んだ。
普段なら父・優作が執筆を行っているのだが、今日は幸いにも編集者との打ち合わせで居なかった。
新一は、必死で本をあさっていた。
蘭の質問に、明日完璧に答えるために・・・。
「あった!!これだ!」
探しまくって本が床に覆わんばかりになった頃、漸く見つけたのだ。
父の日に贈るべき花がかかれた本を・・・・。
「えーっと・・・?」
「父の日」もやっぱりアメリカで始まったモノであること。
1909年にソノラ・スマート・ドットという女性が教会で「母の日」の説教を聞いて、
自分達6人兄弟を男手ひとつで育ててくれたお父さんを思い出し、大好きなお父さんへの想いを知って欲しいという想いから、
父親の誕生月であった6月に「父の日」としてお祝い事を行いました。
これをきっかけに「父の日」を祝う習慣はアメリカ全体へ広がり、1972年、当時のニクソン大統領によって国民の行事に定められました。
ふう・・・ん。
今、男手ひとつで蘭を育ててるおっちゃんには・・・ぴったりの行事って・・・ことだよな。
父の日の始まりを知った新一はその始まりが蘭にぴたりと当てはまることに気付いて、なるほど。と思ったのだった。
「父の日」に贈る花はバラである、と載っている。
「父の日」を提唱したドット婦人が、お父さんの墓前に白いバラを供えたのが始まりで、
その後「母の日」の風習を踏襲して、存命中は赤いバラを、亡くなって以後は白いバラを贈るようになったそうです。
日本では黄色いバラをあげるのが一般的です。
黄色は身を守る力があるからだと言われていますが、赤や白のバラよりも男性が照れずにもらえそうだからという説もあります。
「へえ・・・・。日本では黄色い薔薇なのか。よーっし!蘭に明日教えてやろう!」
次の日の帰り道、新一は嬉々として、蘭に話しかけた。
「蘭、昨日のクイズ、分かったか~?」
「んもう!わかんないから聞いたのに、新一意地悪するから~!!」
「なんだ、結局わかんねーのか。」
「だから、そういってるでしょ?」
ぷうっと蘭は頬を膨らませながら不機嫌そうに新一を睨みつける。
そんな蘭が可愛くて新一は気分がよくなる。
そんな気分のいいまま、新一は蘭に昨日覚えたばかりの話を得意げにして見せた。
「ありがとう!」の言葉を期待していた新一に届いたのは蘭の反論の声だった。
「だーっておかしいよ!新一。」
「なんでだよ?」
「だって、黄色の薔薇の花言葉って『嫉妬』だよ~?お父さんに贈るのに嫉妬なんておかしいじゃない!」
「だーから、黄色には身を守る力があるからだって言われてるってさっき言っただろ?」
新一と蘭の会話は平行線を辿るばかりだ。
こうなると2人とも一歩も引かない。
こういうところは2人よく似ており、頑固だ。
やがて蘭が何かを思いついたように、嬉しそうに笑った。
「そうだ!アメリカでは赤い薔薇って言ったよね?新一!」
「ああ・・・まあ・・な。生きてたら赤い薔薇・・て・・・。」
「じゃあ、赤い薔薇をお父さんに贈る!」
「赤い薔薇って・・・!!」
花言葉をよく知らない新一でも赤い薔薇の花言葉くらいは知っていた。
どういう意味を持つ花なのかも・・・。
「赤い薔薇の花言葉って『貴方を愛しています』だろ~?変じゃねーか?」
「どこがよ?お父さんのこと、ちゃーんと愛してるんだから、変じゃないでしょ?」
蘭の言葉は当たっていた。
だけれども、新一の体は硬くなる。
何処か拗ねて面白くない。
蘭の言う、赤い薔薇の意味は「父親への愛情」だと頭ではちゃんと分かっている。
だけれども感情がついていっていないのだ。
蘭が自分以外の人間に「愛しています」なんてものを贈るのが気に食わないのだ。
それを蘭にちゃんと説明できるほど、新一は素直ではなかったけれども。
家のソファでふてくされている新一を見つけ有希子は面白そうに声をかけた。
「あら、新ちゃん、どうしたの~・・・?拗ねて!」
「うっせーな・・!」
「あら、こわーい。蘭ちゃんとケンカでもしたの?」
「何で蘭が・・・。」
新一はぴたりと当てられた事に狼狽し、ソファからがばっとおきあがり、有希子を見た。
「あっらー・・・。新ちゃんの機嫌の悪いときなんて蘭ちゃんしか絡まないものvv」
有希子はさも、当たり前、というように、ニコニコと言葉を返した。
「あ!優作!お帰りなさい。」
「ただいま。どうしたんだい?新一は・・・。」
「父さん・・・。」
「やけに不機嫌そうだね。さては蘭くんとケンカでもしたのかな?」
帰宅した優作にも簡単に自分が不機嫌な理由を簡単に当てられてしまい、ますます新一はふてくされてしまった。
「そんなんじゃねーよ!別に蘭なんて関係ねーよ!」
「そうかな?帰り道で蘭くんに会って、新一が急に不機嫌になった・・・と聞いたけれども?」
「・・・なんでそんなときだけ都合よく、蘭に会うんだよ・・・。」
新一は不機嫌な声も隠さないまま、優作に反論した。
だが、優作はそんな新一にきっぱりと言い切った。
「まあ、新一のことだ。蘭くんの言葉に勝手に拗ねてるだけだろう?」
「なっ・・・!!」
当たらずとも遠からず・・・といった優作の言葉に新一は言葉を失った。
「あまり、蘭くんに心配をかけるなよ、新一。」
自分の推理が当たったことに上機嫌になりながら優作は2階への階段を上っていった。
当日、蘭は赤い薔薇を小五郎に贈った。
蘭に付き合って花屋へ行った新一は父親のために薔薇を買った。
色は「黄色」を選んだ。
蘭への対抗意識でもなんでもなくて、ただ、花言葉的にも自分が父親に贈るには最適と判断したからだ。
自分を簡単に打ち負かしてしまう父・優作に「嫉妬」に近い感情を持っているのも事実だから。
それからずっと新一は父の日には必ず「黄色い薔薇」を贈っている。
挑戦の意味合いも込めて・・・・。