しん・・・っと静まり返った店内。
物音ひとつしないそのひとつのイスに腰掛けて蘭は、微動だにしなかった。

蘭の両親の乗った飛行機が事故にあったとの一報が入ってからもう1時間が経っていた。
日本から遠く離れた国で起きた飛行機事故なので、情報もあまり頻繁に入ってくることはない。
蘭の両親以外にも数人の日本人乗客が居たらしく、外務省や航空会社に電話してみても、あまり繋がらなかった。


第一報を聞いた瞬間は、倒れそうになった蘭ではあったが、今現在見た目だけは気丈に振舞っていた。

「新一君、ごめんね。もう・・・遅いし帰っていいよ?」
「いや、いいよ。心配だしオレも居る。」

蘭は新一を気遣い、無理に笑顔を見せている。
そんな蘭が余計に痛々しくて新一は顔を歪めかけた。
だけれどもそんなことをしたら蘭が余計に気を遣うと思い直して意識的に笑顔を見せる。

「2人のほうが、気も紛れるだろ?それに対応も2人のほうがいい。」
「・・・ごめんね、ありがとう。」

意識的にきっぱりと言い切ると蘭も折れたようだった。
本当は、ひとりで居るのが嫌だったのだろう。無意識にホッとした顔を見せた。



2人は、場所を2階の毛利家のリビングに移して、テレビの音だけを聞いている。
テレビの中では人気バラエティ番組が流れており、蘭も大好きな番組だった。
しかし、今は笑うことも出来ず、その内容さえも頭の中には入って来ることはなかった。
今、この番組をつけているのは一番最初に次のニュース番組が始まる局だからだ。
あとは速報待ち。

蘭はひたすら待っているのだ。
両親の無事を伝える放送を・・・。


新一は、ちょっと離れた電話の傍に座っていた。
電話が来たときにすぐに取れる場所。
吉報が入れば、すぐにでも蘭に変わるが、そうでなかった万が一の場合を考えての事だ。


プルプルプルプル・・・・

電話のコール音が鳴り響いて、新一はその電話を取った。
蘭ははっとしてこちらをじっと見つめている。


「はい、毛利です。」
『工藤君!?』

電話の向こうの声に新一はほっとしつつ、顔をしかめる。

「宮野か。どうした・・・ってのは愚問だな。」
『当たり前でしょ!?蘭はっ!?飛行機・・・!!』

志保の声は珍しく焦っている。
それは珍しいことで、普段ならばからかいの対象になり得るのだが、今回限りはそうはならなかった。
蘭と志保は幼なじみなのだ。
ということは、志保にとって蘭の両親は見知らぬ他人ではないはずだ。
蘭を気遣う気持ちと同時に、自身の心配する気持ちもある。

だからこそ志保も言い出したのだろう。

『今から私そっちに行くから・・・・!!』
「いや、それはやめておいてくれ。」
『どうしてよ!!』

拒否の言葉を伝えると、案の定反論してきた。
だが、蘭のためを考えるとそれはさせられなかった。

「オメーが来てみろ、蘭が気を遣っちまう。それにこの遅い時間、一人でなんて来させられるか。
ソレこそ、蘭が心配しちまう。」
『・・・そ、れは・・・。』

珍しいことに、志保が新一に言いくるめられていた。
焦りが彼女のコンピュータのような頭脳を狂わせているのだろう。
だからこそ、新一の言葉に反論できずに居たのだ。

「それに光彦が一緒だとしたら余計に気を遣っちまう。オレちゃんと居るから大人しく朝まで待ってろ。」
『・・・工藤君に言いくるめられるなんて、悔しいわね。』


調子が戻ったのか、志保はくすりと笑って冷静に答える。
それに反応して新一は声を若干、和らげる。

「ま、オレもちったー成長してるってことだ!」
『どうかしら?・・・蘭の事、頼んだわよ?』
「了解。」



かちゃんと受話器を戻すと蘭の視線を感じ、そちらへと顔を向ける。

「・・・志保?」
「ああ、明日来るようにしてもらった。」
「・・・ありがとう。」

ほっとした顔でお礼を言う蘭をみて、やっぱり自分の判断は間違っては居なかったと確信した。



ニュース番組が始まるも、事故が起きた事実だけを伝え、詳細は未だ不明のままだった。
それでも、航空会社と外務省が数人の日本人乗客の名前を伝えていく。


モウリ コゴロウ
モウリ エリ


蘭の両親の名前も淡々と告げられた時、彼女の両手がきつく握られたのを新一は見逃さなかった。


結局、ニュース番組もさほど情報をもたらすことなく終わりを告げる。
最新情報を伝えるのを待つしかない。
テレビはつけっぱなしのまま、ボリュームだけを絞った。




かちゃん・・・と音がしてうつむいたままだった蘭が上を向いた。

「紅茶。勝手に淹れたから美味くねーと思うけど。リラックス効果あるから。」
「・・・ありがとう。」


すうっと手を伸ばしてカップを持ち上げて、こくんと一口飲む。

「美味しい・・・。」
「それ、飲み終わったら少し休んだほうがいい。」
「で・・・も。」

新一の提案に蘭は口ごもる。
それはもっともな反応だった。

「おれ、起きてるから。何かあったらすぐ知らせるから。」
「・・・。」

がたんっと音がして蘭が新一の胸に飛び込んだ。

「ら、蘭・・・!?」

新一は当然の如くかなり焦る。
しかし回された腕がかたかたと震えているのを感じて、新一は冷静さを取り戻した。


「蘭・・・。」
「怖いの・・・。お父さんもお母さんも居なくなっちゃうんじゃないかって・・・。
私、一人になってしまうんじゃないかって思うと、怖いの。」

蘭の言葉にぐっと来て、愛しさがこみ上げてきて。
気がつけば、新一は蘭を優しく抱きしめていた。


「大丈夫。大丈夫だ。オレ、傍に居るから。オレは蘭の傍にずーっと居る。」
「し・・ち・・く・・・ん。」




コチコチと時を刻む音だけが部屋に静かに響く。
新一は、固まったまま動けずに居た。

「蘭〜・・・起きてくれよ〜・・・。」

思わず弱音を吐いて、はあっとため息を吐く。


蘭は新一に抱きついたまま眠りに落ちてしまい、そのままの状態で現在に至っている。
このままの状態がずっと続けばいいと思ったのは最初の数十分で、1時間経過した現在、後悔していた。

今、この状態の蘭をどうこうしようという気は全く無い。
それは間違いなく言える。
しかし、そうは問屋がおろさないのが欲望というやつである。
柔らかな蘭の身体が、いいにおいのする蘭の香りが、新一の感覚をより一層、敏感にする。
新一の理性全てで持って対抗しなければ、すぐにでも負けてしまいそうだった。
結局、新一はこの日、別の意味で眠れない夜を過ごす羽目になった。




蘭が待ち望んでいた電話が鳴ったのは、明け方だった。
電話をすぐ近くに置いておいたのが、幸いして新一はさほど移動することもなく、鳴り続ける電話を取った。

「はい、毛利です。・・・え!?あ、は、はいっ!お願いしますっ!蘭、蘭っ!起きろっ!!」
「ん〜・・・・新一君・・・?」

腕の中に居た蘭をゆさゆさとおこす新一に対して、蘭はまだ寝ぼけているようだ。

「蘭っ!電話っ!お母さんからだぜ!?」
「!!!」


新一の言葉に蘭が即座に反応を返す。
奪い取るように新一からもぎ取った受話器を握る。

「もしもしっ!?お母さん!?」


「大丈夫なの?お父さんは!?」
「え?飛行機に乗ってない?ってどういうことよ!」

は?

新一は蘭の言葉に流石に特大のクエスチョンマークを頭に飛ばさなくてはいけなかった。

「え。料理長に呼ばれて乗る直前にとんぼ返りしたぁ!?」

「うん。うん、分かった。来週に延びるのね?うん。」

「でも、良かった・・・無事で。本当に心配したんだからね!!じゃ、来週待ってる。」


ピッと音がして、通話が終了したことを新一は認識した。


「乗ってなかった・・・・て?」


疑問点を聴かずには居られなかった。

「なんか、昨日の飛行機に乗る直前に料理長から急のゲストが来たので戻ってくれって言われて戻ったらしいの。
すぐにでも電話すればよかったのに、その時間も無くて一日中ばたばた。
で、ようやく落ち着いてテレビを見たら、こんな状態・・・って訳だったみたい。」
「・・・なるほどね。」
「本当に人騒がせな両親なんだからっ!」

蘭はプリプリと怒っている。
新一はそんな蘭さえも愛しくてくすりと笑う。

「でも、無事でよかったじゃないか。」
「・・・うん。」


ぱあっと本当に嬉しそうに笑うので、思わず見とれる。
キラキラと光る蘭が本当にまぶしくて、改めて気持ちを認識する。
そんなときに突然、聴かれたので思わず本音を漏らしてしまった。


「新一君、本当にありがとう。一晩中付き合ってくれて。・・・嬉しかった。」
「オレを頼ってくれて嬉しかった。」
「え?」


ぽそりとした新一の言葉は蘭には明瞭な言葉として届かなかった。
だけれども、新一が何かを発したのは分かったので、ふと、振り向いた。

「何か言った?」
「うん。・・・君が好きだって・・・言ったんだ。」
「え・・・・。」




新一の突然の告白。
蘭は、固まってしまった。



新一君、漸くいい思いをしてます・・・ね(最初だけ)
漸く志保ねーさんが認めてくれた・・・?ような発言してます。
こういうところはやっぱり他の子を気づかいつつ蘭ちゃんを最優先に!基本ですね。

静かな新一の告白。
平次の真似させたわけじゃないんですけど、似てる〜!と思うとちょっと後悔。