「只今、おかけになった電話は電波の届かないところにおられるか、電源を切っておられます。」


携帯から流れる無機質な声。
ふうっとため息をついて、蘭は携帯電話の通話終了のボタンを押した。

ふと隣を見ると新一も苦々しい顔をして携帯電話を耳に当てていた。

「新一・・・服部君もだめ?」
「ああ・・・出もしねえ。」
「時間間違ってないよね?」

蘭が新一がかざした腕時計を覗き込むようにして、時間を見る。


今日は平次と和葉に誘われ、新一と蘭は大阪に久々に遊びに来ていた。


新大阪駅の新幹線出入り口に12時に待ち合わせだったのだが、時間は既に1時を回っていた。


なのに今回のホスト役である平次と和葉が一向に姿を現さないのだ。

「ね、ねえ・・・新一。」
「ん〜・・・?」

蘭は恐る恐る・・といった風に新一に話しかけた。


「まさか、又何かの事件に巻き込まれてる・・・ってことないよね?」

以前、電話が全く無く、待ち合わせにも現れなかったことがあった。
新一がまだコナンだった頃、悪徳弁護士に囚われの身になったことがあったのだ。
あとちょっとのところでやばかった彼らだが平次とコナンの連係プレーで難を逃れた。


「まあ・・・そんなことは無いと思うけどな・・・。」

蘭を安心させるために「なんでもない」といった格好を崩さずに新一は手に持っていた携帯をポケットにしまいこんだ。

蘭はますます不安そうな心配そうな表情を浮かべていた。

そんな蘭の表情を見て新一は、ため息をひとつついて、足元においておいたカバンを手に持ち、
反対側の手を蘭の手に絡めてすたすたと歩き始めた。

当然、急に新一に引っ張られる格好になった蘭は新一の急な行動に慌てた。

「ちょ、ちょっと、新一!どこ行くのよ・・・・!!」
「いつまでもここに居てもしゃーねーだろ?せっかく遠路はるばる大阪まで来てんだ!観光しよーぜ!」

にかっと笑った新一に蘭はますます慌てる。

「だから、服部君と和葉ちゃんがまだ・・・・!!」
「あいつらだって、携帯くらい持ってるし、ここに居なかったら俺達の携帯にかけてくるだろ。」
「それはそうだけど・・・・!!で、でもこのあたりなんてわからないじゃない・・・!!」
「・・・あのなあ・・。」

新一は呆れたような顔をして蘭の方へと振り返った。

「おめーみてーな方向音痴と一緒にすんなよ。大阪それでも何度か来てるし大体は解かるだろ。」
「悪かったわね。どうせ方向音痴ですよ・・・。」

新一の物言いに蘭はぷくっと膨れてちょっと低い声を出して抵抗してみる。

「はいはい。蘭はどっか行きてーとこあるか?」
「ううん・・・あ、和葉ちゃんがね、最近新しく出来たアミューズメントパークみたいなとこに行ってみたいって行ってたよ。」
「それ、どこだ?」
「え?うーんとね、道頓堀とかって・・・言ってたかなあ?」

ちょっと考えるように蘭は和葉との電話を思い出しながらひとつの案を出した。

それに呼応するように新一がすぐに導き出した。

「んじゃ、地下鉄に乗り換え・・だな。」
「え!?新一わかるの!?」

蘭はここからどう行けばどこへ行けるのか全く知らない。
過去、数回大阪の地は訪れているものの、案内役の平次や和葉が常に居たため、自分で選択して動いたことなど無かったから。

それは新一も同じはずなのに、自分は全く解からないのに(事実、「道頓堀」という地名を出してみたもののそれがどこにあるのか
全く解かっていない。)彼の頭の中には既にルートが出来上がっているようだった。


新大阪から道頓堀までの行程はさほど難しいものではない。
だから別にそんなに自慢することでもない。

行った事が無くても地図なり、なんなり見ればすぐに検索も出来る。
新一はそんなことはあえて口には出さなかったが、こんなことに感動している彼女を見て、

「可愛いなあ・・・。」

等と思えてしまう自分はかなりきているのかもしれない・・・と冷静に判断していた。


そんなことを考えながら新一は蘭を連れて新大阪駅の新幹線改札口を抜けて地下鉄へと歩いていった。

地下鉄の券売機へとたどり着いた新一は蘭の分とあわせて2人分の切符を購入する。
東京よりは大分とシンプルな路線図ではあるがそれでも迷うことなく目的駅を探し出し、料金を確認した新一に蘭はぼうっと見とれる。

・・・・こんなことでさえも見とれてしまうなんてかなり恥ずかしい・・・と思いつつも、今はこのドキドキが心地良い。

「ほら、蘭の分。」

見惚れていた存在がいきなりこちらを振り向き、蘭はかなり慌てた。

「あ、あ、あの。」
「・・・?どした、蘭?」

全く気付いてない新一に心の中でほうっと安心のため息をついて蘭は新一から切符を受け取った。

「なんでもない!ありがと、新一。」

にっこりと綺麗に笑った蘭に今度は新一が見惚れたが、そんな自分に気付かれたくなくてくるりと背を向けて歩き出した。

「はぐれるなよ!」

そう声をかけて蘭の手をとって・・・・。



そうして地下鉄に乗り込み約15分、目的地の道頓堀近くの駅に到着した。
あとは商店の立ち並ぶアーケード街を通って行けばいい。

本音は人ごみを避けて人の少ないところを通りたかった新一だが、きょろきょろと嬉しそうに周りを見渡す蘭のために
ひとの最も多い通りを歩くことを決めた。

「凄い人だね〜。」
「ああ・・・まあ、休みだしな。」
「でも結構普通のお店多いよね。もっと大阪らしいお店ってあるかと思ってたのに。」
「そういや・・・そうだな。」

アーケード街に広がる商店は東京でも見る店も立ち並び、いかにも大阪!といった店はあまり見かけない。
蘭はちょっとがっかりと言った風な口ぶりをみせた。

「そんなに大阪らしいとこが見たかったのか?」
「ん?うーん。ほら、服部君や和葉ちゃんに案内してもらうといかにも!ってとこに連れてってくれるじゃない?」
「ああ・・・そういやそうだな・・・・。通天閣とか大阪城とか・・・。ベタなとこ多いよな・・・。」
「『ひっかけ橋』ってとこにも連れてってくれたんだけどね・・・。」
「は・・・??」

蘭がさらり。と口にしたとんでもないセリフに新一は瞬間、動きが止まった。

「ほら、前にキッドが大阪の鈴木美術館狙うって話あったじゃない。」
「ああ・・・。イースターエッグね・・・。」

少し前のまだ新一がコナンだった時のことだ。
キッドから届いた暗号解読に必死で蘭たちと別行動を取ったことを思い出した。

「あの時に連れてってもらったの。園子が『大阪のイケてる人にご飯奢ってもらっちゃおう!』とか言い出してね。」
「何だって・・・??」
「結局は停電騒ぎとかあって何にも無かったんだけど・・・あそこよくテレビとかで大阪の人が飛び込んじゃう橋なんだって。」

蘭は微妙に機嫌の悪くなった新一に気付かず、前に来た時のことをしゃべっていた。


・・・・オレが居たにもかかわらず、ナンパされに来てただと・・・・?
あの時はキッドの予告状の暗号に気を囚われてたから・・・・!!
くそっ!あれさえなければみすみす蘭をそんなナンパなんて目にあわせることは無かったのに・・・!!
ちくしょー!覚えてやがれ、キッドのヤツ!!
今度会ったら、容赦しねーからなーーーー!!!


蘭と離れたのは自分が暗号に夢中になっていたせいなのに新一は完全に逆恨み状態でキッドを容赦なく陥れることを誓った。


「あ!新一、見てみて!カニが見えてきたよ!」

蘭が繋がれた手を引いて新一に笑いかける。
それだけで少し機嫌を和らげた新一は顔を上げた。

2人は商店の続くアーケードをほぼ抜け、一番最初に目に付くカニの巨大看板の前にたどり着いた。

「さて、道頓堀についたわけだけど・・・・蘭、遠山さんの言ってたアミューズメントパークらしきものって解かるか?」
「ううん〜・・・道頓堀っていうのだけ覚えてるんだけど・・・詳しい名前まではちょっと・・・。」
「だよな・・・。でもこう巨大看板が多いと、分かんねーよなあ・・・?」

通行の邪魔にならない街燈の下へと移動し、きょろきょろとあたりをみまわすが、なにせここは巨大看板のメッカ。

全国的に有名なカニ、食い倒れ人形等のほかにも、タコや龍、恵比寿様まで居る。
これでは名前も知らない場所の特定は難しい。

「まいったな・・・・。」

新一だって、ここまでの案内は出来る。
だが、地元でもない場所でしかも名前も聞いたことの無い場所へは行けない。
途方にくれて・・というわけでもないが、少し困ったような声でつぶやいてしまった。


「いいよ、新一。行きたがってたのは和葉ちゃんだし、また連れてきてもらえば。」

蘭はそうあっけらかんと言い放った。

「だけど、蘭・・・。」
「それより、こんな風に当ても無く歩くなんて久しぶりじゃない?冒険しようよ!」
「冒険・・・?」

『冒険』の意味が分らず、でも楽しそうな蘭の様子に怪訝に新一は答えた。

「うん。小さい頃、よくやったじゃない。探検ごっこ!」
「あ、おい!!蘭!?」
「ん〜・・・。まずは真っ直ぐ直進してみましょう〜!」

蘭は新一の手を引いてすたすたと歩き出した。
新一は呆然と手を引かれたままだったが、蘭の楽しそうな笑顔につられ、ふ・・・っと笑みを浮かべると蘭の手をぐいっと引き付けた。

「きゃ・・・!!」

引いていたはずの手に急に引かれ、蘭は慌てて新一を見上げた。

「確かにこういうのも楽しいかもな!今日は蘭の行きたい方向へ進んでみようぜ!」

にかっと昔と変わらないいたずらっ子のような新一の満面の笑みを見て、嬉しそうに腕に擦り寄った。

「うん!じゃあ、この橋を渡ったら左に曲がってみようよ!」
「了解!」


こうして新一と蘭は小さい頃に戻ったみたいに大阪の街を使って、探検ごっこを開始させた。


2人は蘭が前に停電騒ぎが無ければナンパされてたかもしれない橋をわたりはじめた。

「前来た時もっと普通の橋って感じだったのに。なんだか工事中みたいね。」
「そうなのか?」
「うん、前、あんなイルミネーションが施された木なんてなかったもの。」
「ふうん。変わってるんだな、大阪も。じゃあ、あんな観覧車みたいなのも・・・?」
「うん、多分無かったよ。」


ちょっと来ていないだけで変わっている街の風景を見ながら楽しそうに進んでいく2人。
橋を渡りきり、左に曲がり、大きな道路に突き当たる。
信号が変わるのを待つことをやめて右に曲がり、直進する。

オフィス街らしい道をどんどん進んでいると道路を挟んで向かいに大きな林檎のマークを発見した。
有名なコンピューターメーカーのマークだ。

「あ、ここちょうどいいかも。曲がってみようよ!」

蘭は新一を促して丁度青に変わったばかりの信号を渡る。
新一は確かに「蘭の好きに」とは言ったものの、本当にここまで行き当たりばったりで歩くとは思っていなかったらしい。
苦笑いを浮かべながらそれでも反対することなく促されるままに信号を渡りきった。

「らぁん!真っ直ぐ行くのか?この道・・・」
「うん!でもなんだか人いっぱいみたいでなにかあるのかもよ?」
「ん〜・・・確かに俺達とあんまり年の変わらないヤツが多そうだなあ・・・・。」
「和葉ちゃんと服部君なんかもよくくるのかなあ?」
「さあな。でも来てもきっと遠山さんに引っ張ってこられてってとこじゃないか?服部のヤツじゃ。」
「あはは!そういうところ新一とおんなじね!」

暗に平次を馬鹿にしたつもりだったのに蘭にはばっさりと「同じ」と切られてしまい、新一は面白くない。
苦虫をつぶしたような顔をした新一を見て、蘭はますます嬉しそうにきゃらきゃらと笑った。


「お前な〜・・・・。」
「あ、新一見て!人が並んでるよ、なんだろうね?」
「あ?あ、良いにおい。たこ焼き・・みたいだな。」

ひょいと行列を終えた人の持つものを見て新一は行列に並びだした。

「え?新一?」
「腹減った・・・。」
「そういえば、何も食べて無かったね・・・。」


時間を忘れて街を歩いていた新一と蘭は、たこ焼きの香ばしいおいしそうな匂いに空腹を訴えられてたこ焼きをひとつ買った。
周りの人たちがそうしているように、2人も少し空き地になっているところで出来立てのたこ焼きを食べることにした。

「アチ。」
「珍しいね〜・・・こんないっぱいマヨネーズ乗ってるなんて。」
「ああ・・・でも結構イケてるな、これ。」
「うん、美味しい〜vv」


空腹のおなかを満たした2人はそのまま来た道を直進することに決めて、高速道路の高架下を通りぬけ、道路を渡りきった。

小さな雑貨店を見つけると蘭は嬉しそうにその小物を見ていた。
その頃にはふたりは路地を自由に入っていたので方向もわからないまま、また大きな道路の前まで来ていた。

「どうする?駅探して電車に乗るか?」

結構な距離を歩いたので新一が蘭を気遣ってこれからどうするかを促す。

「ん〜・・・・。もう少しだけ・・・歩かない?」
「大丈夫か?」
「うん、コレ渡って今度駅を見つけたら乗ろうよ。」
「ラストスパート・・か?」
「あは!うん、そんなところかな。」
「了解!」


2人は今度駅を見つけたら電車に乗って元に戻ろうと決めて最後の信号を渡った。

「この辺までくると・・・大阪もちょっと違うね。」
「まあ・・・中小企業とマンションが入り混じってる・・って感じだな。」
「連れられてきてたらこんなとこ、絶対来ないよね?」
「まあ・・・な。」

あいまいに返された新一の答えに蘭はピンッと来た様に意地悪く言う。

「あ、ごめんね。新一は事件あったら知らない街でもこんな風景よく見るよね〜。」
「う・・・。」

くすくすと笑っていた蘭がいきなり立ち止まった。

「蘭、どうかしたのか・・・?」

そう答えた新一もその場に立ち止まる。

新一と蘭の目の前に現れたのは一本の大きな桜の木を植えられた小さな教会だった。
教会・・といっても十字架が無ければ気付かないほどの小さな教会なのだが。

蘭は懐かしそうに目を細めた。

「米花教会も・・・こんな風に桜の木・・・あるよね・・・。」
「ああ・・・・。」

新一も懐かしそうに蘭の手をきつく握り締めた。


蘭はきつく握られた手をそのままに新一の腕にきゅっとしがみついた。

思い出すのは幼い頃の出来事。

いつものように新一と探検している途中で立ち寄った米花教会。
満開の桜の下、現れた真っ白のウエディングドレスを着た花嫁さんとタキシード姿の花婿さん。

遠くで見ていて2人して見とれていた。


「綺麗だったね〜・・花嫁さん。いいなあ〜・・・。」
「蘭も花嫁さんになりたいの?」

幼い蘭に新一がどんぐり眼で問いかけた。

「うん!あんなふうに綺麗なウエディングドレス着たーいvv」

うっとりと話す蘭。

「じゃあ、蘭は僕の花嫁さんになればいいよ!」
「うん!」


遠い日に意味も分らずに交わされた幼い約束。
でもウエディングドレスを着た自分の隣はいつも新一だった。


あれから10年以上が過ぎても・・・変わらずに隣に居るのは新一だと思っている。
ぎゅっと握り締められた手の暖かさは確かに蘭の隣に新一がずっと居てくれるのだと信じている。

そして新一も蘭と同じ気持ちで、小さな教会に咲く桜の花を見ていた。




「行くか。」
「うん。」


新一が蘭を促し、桜咲く教会を後にした。
満ち足りた気分で歩いていた2人に・・・見知った声が聞こえてきた。



「も〜!!なんで充電しとかへんのよ!」
「そんな事ゆうたら、家に携帯忘れてくるお前の方がアホやろーが!」
「せやかて今日急いでてんもん!」



聞こえてくる声は間違いなく今日、新大阪駅で待ち合わせをしていたはずの2人だった。

「和葉ちゃん、服部君。」



「せやかて平次が・・・。え?」

見慣れたポニーテールがフワリと揺れた。

「蘭ちゃん!?」
「お〜、工藤やんけ。どしたんや?こんなところで・・・?」

「どうしたって・・・お前らがなかなか現れねーから暇もてあましてここら辺歩いてたんだよ。」

能天気に聞いてくる平次に呆れながら新一は答えた。

「そら済まんかったな。駅近くで急に事件に巻き込まれてもーて気付いたらこんなとこまできとってな。」
「事件?この辺でか?パトカーの音なんてなにも・・?」
「ああ、いや其処に府警の機動警ら隊の本部があるんや。そこでちょーっとな。」
「なるほどな。」


「ごめんな〜蘭ちゃん!アタシ携帯家に忘れてきてもーて、平次の携帯も電池切れてもーてんの今気付いてん。」

和葉は蘭に本当に済まなそうに首をかしげた。

「ううん、でもなんでもなくてよかった。それになんだか楽しかったよ。」
「ならエエねんけどな〜。」


「ほな、遅くなってしもーたけど無事あえたわけやしいこか!」
「前に行けへんかったキタのお好み焼き屋につれてったるわ!」
「近くに駅あるのか?」
「駅?いや、すぐ車出してもらうから。」

平次はそういい残し、建物の中へと入っていった。

「はよしいや〜。」

のんきに平次を見送った和葉だったが・・・新一と蘭は嫌な予感がしていた。

何故なら平次が入って行った建物は間違いなく「警ら隊」の建物だったから。


こうして新一と蘭の大阪ぷらり旅?は幕を下ろした。






花梨様、リクエスト。

   新蘭ラブラブデートです。
   ・・・・デートしてるのでしょうか?微妙ですねえ。
   おとなしく映画とか行かせとけばいいのに大阪歩かせてるし。
   新蘭の食べたたこ焼き大阪に本当にあります。どこだかわかるでしょうか?
   一応、この通りにというルートは実在します。

   ええ、桜の咲く教会その付近に「大阪府警機動警ら隊」もありますv
   ・・・・前を通るたびに「ああ平次でてこないかなあ・・・?」と妄想しております(笑)


     ともかく花梨さん、リクエスト有難うございました!