夏休み、である。

高校3年生の夏休み。
受験生という名前がつくバカンスとは無縁の灰色の夏休み。
追い込みのラストスパート・・・の時期だ。


いつもしている捜査協力も警察側が受験生という立場の俺に遠慮してかここ最近、減っている。

つまんねえ・・・。

不謹慎にもそう思ってしまう。

それでもこの休みは俺にとってはパラダイスのはずだった。
涼しい俺の家で蘭と2人きりでのお勉強。

休み前に蘭からの提案。

「ねえ・・・新一。」
「あ?何だよ?」
「ね、夏休み中・・・一緒に勉強しない?」
「ふう〜ん・・・。解らねーとこ手っ取り早く俺に聞こうって魂胆か?」
「あはは!当たり〜。ね・・・駄目?」

解っててやってるのかいつも謎な蘭の上目遣いで首をちょこんとかしげて俺を見るしぐさ。
これでノックアウトされない男がいるものか!といつも思う蘭のお願いのポーズ。
絶対に他のヤローに見せてなるものか!といつも心に誓う。

「ま、良いけどさ。その代わり昼飯宜しくな!」
「了解しました!」


夏中、蘭と2人きり。
楽しい、楽しいお勉強。

・・・たまに違うお勉強もいいよな・・・?と少しヨコシマな考えも頭に浮かべていた。



2人きり・・・のはずだったのに・・・・!!!




「新一さん、ここの式、どうなるんですか?」
「新一お兄さ〜ん!この漢字どう読むの?」
「おい、新一!この記号なんなんだよ?」
「蘭お姉ちゃん、ここの実験一緒にしてくれる?」


何でこいつらが居るんだよ・・・・!!!

「おい!聞いてるのかよ!新一!」
「あのなあ・・・元太。”新一お兄さん”て呼べよ、ったく・・・。」
「良いじゃねーかよ!コナンって呼びそうになるの我慢してやってるんだぜ!」
「ったく・・・。」


こいつらには俺がコナンだったことを明かしてある。
ま、正確にはバレた・・・んだけどな。
戻ってからも慕ってくれてるようでチョコチョコと遊びには来ていた。

今回も、夏休み早々に宿題を片付けたい・・と殊勝な心がけで蘭に話が持ちかけられたらしい。
そのとき、蘭が俺と勉強をするからと口を滑らせ「じゃあ、一緒にしたい!」となったらしい。

当然、蘭が断るわけもなく・・・現在に至る・・というわけだ。



ため息をつきながらしょうがなく俺は少年探偵団のために設置されたテーブルに腰を下ろす。


「新一さん、ここの公式なんですけど。」
「おい・・光彦。これ小2がやる問題じゃねえぞ・・・。」
「塾のですよ。」

前から小学生らしからぬ知識を披露してたけど・・・どっかの私立中でも受けるつもりかよ?

「新一お兄さん!!」
「ああ・・・歩美ちゃん、何?」
「ここの漢字だけどね、何て読むの?」
「あ、歩美ちゃん、これ・・・宿題なの?随分難しそうな本だけど・・・?」

歩美ちゃんの持っていた本は、ハードカバーの小説。
最近ベストセラーになった話題作・・・何だけど、確かこれって結構生々しい話じゃなかったっけ・・?
小学生が読むには・・ちょっと・・・。いや、かなり不適格な本・・・・だった筈・・・。

「この本ね、哀ちゃんが読んでたの。読み終わったからって貸してくれたんだよ。」

は〜い〜ば〜ら〜!!

ニコニコしながら出所を話す歩美ちゃんに俺は思わずうなってしまった。

あいつ、本気でやり直したいって思うならもっと小学生らしい本読めよ!!

そういうとまず間違いなく「余計なお世話!」という声が返ってきそうだけどな・・・。
その肝心な灰原は、やっぱりというか・・・・何というか。
蘭にべったりだった。

「蘭お姉ちゃん、この実験手伝って欲しいの。」
「あら、哀ちゃん。実験なんて宿題にあるの?」
「う、うん・・・。一緒に・・してくれる?」
「いいわよ。何すればいいのかな?」
「あのね・・・・。」


いつも思う・・・。
なんだってあいつ蘭の前でだけあんなにしおらしいんだよ?
巨大な猫かぶりやがって・・・!!

唯でさえ、蘭と2人きりになれるチャンスをつぶされて腐ってるってのに、蘭は独占されてるし!!


ふ・・と灰原がこちらを見てきた。
当然蘭は灰原がこちらを見てるなんて気づいて無い。

何だ・??
俺が不思議に思っているとおもむろに灰原はいたずらっぽい目をしていた。

にやり。と笑い蘭にぺたりと擦り寄ってすぐに蘭の方へ顔を戻した。


あ〜い〜つ〜!!


結局、灰原は蘭にべったりで、俺は俺で探偵団の連中に縛られて時間が過ぎていった。



多少は真面目に宿題に取り組んでいた探偵団だったが、時間がたつにつれ、やっぱり飽きてきたようだった。
だんだんだれてきていていた。

そろそろ限界か?って思っていたときに蘭が立ち上がった。

「そろそろおやつにしようか?」
「おー!!」
「やったあ!」
「おやつですか、いいですね!」

元太、光彦、歩美は大喜びではしゃいでいる。
灰原は相変わらず、ひとり冷静で居るようだけど。


「じゃあ手を洗ってキッチンへ集合〜!!」
「「「は〜〜〜い!!!」」」


3人は大喜びで手を洗いに洗面所へ我先にと走っていく。

俺は・・というとちょっと不思議だった。

「おい・・・蘭。」
「ん?何?」
「キッチン・・・って・・・?ここにもってくりゃいいじゃん。」
「ふふふ。良いから、良いからvvほら、哀ちゃんも!」
「わ、私も!?」


蘭は不思議そうにしている俺の問いに答えることもなく灰原を洗面所へと向かわせようとする。
灰原は当然のことながら困惑していた。

「もちろん!みーんなでやらなきゃ、楽しく無いわ!ほら、ほら!」


キッチンに勢ぞろいした俺たちは目の前に広がるものに目を瞬かせた。

小麦粉、砂糖、たまご・・・などなど。
おやつというよりは・・・その材料たちだったからだ。

「蘭姉ちゃん、これ・・・がおやつなのか?」
「小麦粉にお砂糖に・・・・・・・。なんですか?これ・・・???」


訳もわからずに困惑している俺たちを尻目に蘭はボウルなどを台の上においてニコニコとしている。

「はーい!これからお菓子を作りまーす!」
「お菓子!?」
「そっ!クッキーをね、皆でつくるの。」
「蘭お姉さん、クッキーなんて作れるの!?」
「もちろん!簡単だし、楽しいのよ。」
「すげー!俺、作るぜ!」
「僕もやってみたいです!」
「私も〜!!お母さん、歩美にはまだ早いってやらせてくれないんだもーん!」

もともと好奇心だけは人一倍の3人だ。
もうワクワクとやる気満々だ。

蘭は初めからそのつもりだったのかエプロンを人数分用意していて、手渡していく。

「はい、新一の分ね。」
「おい、俺もやんのか?」
「当たり前じゃない。大丈夫よ!難しくないから。」


蘭の笑顔に俺が勝てるわけもなく、手渡されたエプロンをつける。


「じゃあ、はじめまーす!」
「「「はーい!!」」」


こうしてクッキー作りが始まった。

「じゃ、まずはラードね。元太くん、ラードがボウルに入ってるからホイッパーでしっかり練ってね。」
「おう!」

一番力がありそうな元太がラードを練り始めた。

「これで・・・いいのか?蘭ねえちゃん!」
「そうそう、上手よ、元太くん。」
「えへへえ!」

ほめられて元太も嬉しそうでますます上機嫌で練っていく。

「じゃあ、光彦君はお砂糖をはかりで計ってね。」
「はい!・・・はかりは…使わないんですか?」
「うん、お砂糖はね、カップに一杯分ね。」

光彦は砂糖と計量カップを手渡され、慎重に入れていく。

「さてと、じゃあ次は歩美ちゃんね。小麦粉を240グラム、はかりで計ってくれる?」
「うん!」
「哀ちゃんはナッツ類を乾煎りする準備してね。この天板に重ならないように並べてくれる?」
「はい。」

小学生グループは皆仕事を与えられて楽しそうにこなしていっていた。

いつも思うけど・・蘭ってこういうの上手いよな。
的確に皆に振り分けて・・・。

「元太君どう?出来た?」
「バッチリだぜ!」

得意そうに元太はボウルを蘭に見せる。

「うん、良い感じ。光彦君、お砂糖計れた?」
「はい、完璧です!」
「じゃあ、元太くんのボウルの中に少しづつ入れていってね。元太くん、その間もしっかりと練っていてね。」

「おい、光彦、こぼすんじゃねーぞ!」
「大丈夫ですよ、ちゃんと入れますから。」


「蘭お姉ちゃん、並べ終わったわ。」
「あ、哀ちゃんありがと。これは乾煎りするためにオーブンね。」

蘭がオーブンに天板をいれ、オーブンをまわす。

「蘭お姉さん、小麦粉計れたよ?」
「ありがと、歩美ちゃん。粉入れるわね。新一!」
「あん?」
「私ボウルを押さえてるから粉を振り入れて。」
「あ・ああ・・・。」

蘭は俺に粉の入ったボウルと粉ふるいを渡した。
俺は何も考えずにそのままボウルの粉を粉ふるいにバサッと入れた。

途端、小麦粉がぶわっと舞い上がり、あたりを白く染めた。

「も、もう、新一ってば!もうちょっと丁寧にしてよね!」
「ああ・・・悪い、悪い。」
「新一さん、相変わらず不器用ですね〜・・・。」
「こういうところ、やっぱりコナン君と変わらないよね。」
「しっかりしろよ!新一〜!」
「名探偵さんにも出来ないこともあるのね。」


悪かったな!
もともと料理はそんなに得意じゃねーんだよ!
しょうがねえだろが、これまで蘭にほとんどまかせっきりだったんだからよ!


蘭指導の下、着実にクッキーの種が出来ていく。

「なあ。本当に、こんなんでクッキーなんて出来んのか?」
「ホントに。不思議ですよね!」

元太と光彦が不思議そうに声を掛け合っていた。

「後もう少しね。あとは手で丸めて天板の上に・・・トン、トン、トン。これで良いわ。」

こういうのは粘土遊びみたいでみんな楽しそうだ。

「絞ったら形一杯出来ますよ!」
「おい、光彦、俺にもやらせろよ!」
「もうちょっと待ってください。うわあ!上から出てきちゃいましたよ!」
「光彦君、一杯入れすぎてるからよ〜!!」
「じゃあ、これに卵黄を塗って・・・。そうそう、哀ちゃん、上手よ。」
「ありがと・・・。」
「最後に乾煎りしたナッツを飾ってね。」
「じゃ、焼くわね!その間に手を洗ってきてね!」

「「「はあ〜〜〜い!!!」」」

出来上がりにワクワクしながら少年探偵団は手を洗うためにばたばたと掛けていった。


そうこうしているうちにクッキーは焼きあがったようだった。
連中は、自分も製作にかかわった充実感から、よりいっそう美味しく感じられたようだ。

「お家の人にも」と蘭はクッキーを綺麗にラッピングして一人一人に手渡した。

「これで今日の絵日記は完璧だぜ!」
「一杯書くことありますね!」
「後は絵日記と自由研究だけね!」

何とかみんな、夏休みの宿題をほとんど済ませられたようだ。
残りは毎日必要な絵日記と自由研究のみだった。

みな、満足そうに家へと帰っていった。




俺と蘭はようやくリビングでくつろぐことが出来ていた。

「ふっ!皆楽しそうでよかった!」
「・・・おめーって・・こういうの上手いよな。」
「新一?」
「子供の相手っていうか・・・。」


感心したように俺が言うと蘭はくすくすと笑い出した。
何だ?俺、そんなに笑えるようなことなんて言ってねーぞ?

「んー・・・コナン君。で、慣れたからかな?」

いたずらっぽい目でくすくすと未だに笑いながら蘭はそう答える。

コナンで慣れた・・・って・・・・。

「俺、んなにガキだったかよ?」
「そうね、皆よりも子供に思えたこともあったわよ?」
「にゃろ・・・。」
「きゃあ!ちょっと新一!」

くすくすと笑う蘭を後ろから抱きしめて腕のなかへと閉じ込めた。

「んなこという奴はこうだ!」
「んもう!勉強しなきゃだめでしょ〜!半分も出来なかったんだから!」
「今日はもう、終わり!今日は休みの日!蘭だって疲れたんだしな!」
「もう・・・!!」

そういいながら蘭は次第に力を抜いて俺にもたれかかってきた。

「疲れてるんだったら・・・今日は駄目だからね!」


・・・くそ。
しっかりと釘を刺してきやがる。

ま、いっか・・・今日は・・な。

たまには今日みたいな日があっても・・・いいかな?

まあ・・ホントにたまに・・だから良いんだけどな。



「今日は駄目・・・ってことは明日はオッケーって意味だよな?」
「ばっ・・・!!ち、違うわよ!!」

途端に真っ赤になる蘭をぎゅっときつく抱きしめて僅かな恋人の時間を楽しんだ。

今日一日、探偵団の相手をしたご褒美は明日貰うことを勝手に決めて。



夏休みの宿題。
新蘭プラス少年探偵団です。
うーむ。本当はもっと宿題をメインにするはずだった・・・のに。
いつのまにやら、クッキー作りメインに。


一応、暑中見舞いに・・・間に合ったはず。

ということで、暑中お見舞い申し上げます。