「もー!!まだかかってるの!?いい加減、帰ってきなさいよ!」
『しゃーねーだろ!厄介な事件抱えてるんだからよ!』
蘭は電話越しにいつものセリフをいつもと変わらない相手に吐いていた。
返ってくるセリフもいつもと同じ・・・。
『もう・・・。学校だって出席日数危なくなっちゃうんだからね!』
「わーってるって!」
『早く・・・帰ってきなさいよ!じゃね!』
「あ・・・!」
何か・・・最近、蘭の方から切られることが多くなってないか?
まあ・・んなに気にすることのもんでもねーけどよ・・・。
小学生が使うには少し高すぎる電話ボックスから出て、コナンは毛利探偵事務所へと歩を進める。
その間、蘭が最近、自分から電話を切ってしまう事について考え込みながら歩いていた。
蘭に答えられる事はいつも同じな割に、コナンは蘭がちょっとでもそっけないととても気が気ではいられなかった。
だが、蘭の方から切ってしまうのは、ただ単に蘭が新一から切られた後のどうしようもないほどの切なさを少しでも
紛らわすためなのだが・・・そんなことはコナンには気づくはずもなかった。
「ただいまー!」
「・・・。」
「?ただいまー・・・蘭姉ちゃん?・・・まさか!!」
蘭からの返事が無いため不信に思っていたコナンは最悪の事態を思い起こし、必死で3階の自宅へと走る。
「蘭!!」
「きゃああ!!コ、コナン君、お帰り!!」
「蘭・・・姉ちゃん・・・返事がないから心配しちゃったよ・・・。」
「ご、ごめんね・・・ちょっと気づかなくて・・・。」
そういいながら何かを隠そうとごそごそしているのに気づいたコナンは
「ねえ、蘭姉ちゃん、何・・・してるの?」
と、問いかけると蘭は傍目にも分かるくらい動揺し、声を裏返しながらなんとか
「え!?な、なんでもないよ!!やあねえ、コナン君ってば!!」
そういいながら蘭は明らかに何かを隠しながら自分の部屋へ早々に引っ込んでしまった。
蘭・・のヤツ、何を隠してんだ・・・?
ま、まさか他のヤツとの何か・・・!!い、いや、落ち着け。んな事蘭に限ってあるわけねーだろ・・・。
コナンは動揺を隠せないまま、あれこれとあらぬ事を考えてしまっていた。
そんなに心配するようなことでも、実はないのだが・・・・。
ああ!ビックリした!!これからは自分の部屋でやらないと気づかれちゃうなあ・・・。
結構没頭しちゃうし・・・。
あ、さっきので網目間違わなかった・・・かな?・・うん、大丈夫そう。
蘭は先ほどコナンから必死で隠し通したものを取り出しながら網目を数える。
実は彼女は新一のためにサマーセーターを編んでいたのだ。
冬に普通のセーターを編んでプレゼントしたのだが、最近本屋で「サマーセーターの編み方」なる本を見つけ
その本に載っていたモデルが着ていたサマーセーターが新一に似合うんじゃないか・・・との考えに至り、
早速その本を買いこんで、冬にセーターをあんだ技術を思い出しながら編んでいたのだ。
・・・だってセーターを編んでいたら没頭出来て新一の事考え込まずに済むし・・・
もしかしたらこのセーターのお礼の電話を又くれるかもしれないじゃない・・・?
コナン君が新一だって・・・もう気づいてるけど・・・すごく大変なことなんだって・・分かってるけど・・・。
やっぱり・・・新一の声がもっと聞きたいの・・・。
私からの電話は出来ないし、分かっちゃったら”コナン君”を追い詰めるなんてもう出来ないし・・・。
ちょっと・・ずるいって分かってるんだけどね・・。
ふっとため息をついて、蘭はそのセーターを編み上げていく。
コナンはそんな毎日を送る蘭の行動をいぶかしんではいたが、部屋にこもりっぱなしで出てこないだけで、悲しんでいるようでもないので
無下に聞き出しづらく、悶々とした毎日を送っていた。
「あー!!くっそう!蘭が何やってんのかが分からねー!!」
頭をがしがしとかきむしりながらコナンは謎の解けない蘭の行動にイライラが募ってきてしまっていた。
「ねえ、こんな話知ってる?」
と、哀が急にコナンに話し始めた。
まだ”お盆”という仏教行事が伝わる前から日本には祖先の神を祭るならわしがあった。
大昔の日本、祖先は皆神になった。
その神が若者の姿になって実りの秋に向かう8月中頃、村に帰ってくるという伝説があった。
その神を迎えるために神のお嫁に選ばれた乙女は神にお着せする着物をたった一人で機を織り若い神様を待ったという。
恋人のために夢中で機を織る乙女という伝説が・・・。
「それが・・・なんだよ?」
いきなり「日本書記」の話なんかを始めた哀の意図が全く読めず、コナンはふてくされた声のまま問いかけるが、哀は
「別に?」
と、くすりとした笑いを伴った答えを返しただけでそれ以降、一切答えなかった。
「出来た〜!!ようやく出来上がり!!」
ここ数日部屋にこもりっぱなしだった蘭はようやく新一のためのサマーセーターを編み上げた。
「うん、おかしなところもないし大丈夫よね!前にセーター編んだときよりも時間も短くて済んだし・・・。
後は、コレを包んで阿笠博士の所へ持っていけば『新一』へはちゃんと渡せるはずだわ!」
編み上げた喜びから上機嫌な蘭は『新一宛』のサマーセーターを綺麗にラッピングして阿笠博士のところへ向かった。
ピンポーン!!
「あ?誰・・か来たな。」
コナンはインタフォンの音に反応し、ふてくされ、ソファにうずめていた体を起こした。
「誰じゃな?おや、蘭くんじゃな。」
博士はモニターに映るその人物を確認し、玄関へと向かった。
「ら、蘭!?」
ことのほか驚いたのはコナンだった。蘭が阿笠博士のところへ来るのは新一がらみがほとんどだからだ。
「博士、こんにちは。」
「おお、蘭君。新い・・、い、いや、コナン君も丁度来ておるぞ。」
危うく「新一」の名を出すところだった阿笠博士は慌てたように言い直し、蘭をリビングへと案内してきた。
「あら、コナン君来てたの?」
軽く受け流すようにコナンを見て笑う蘭にコナンは
「ら、蘭姉ちゃん、どうしたの・・・??」
と、来た意図を聞こうと問いかける。しかし蘭はそんなコナンの問いには答えず
「あ、哀ちゃん、こんにちわ。」
目に映った哀に挨拶をする。すると哀も蘭に普通に言葉を返してきた。
「いらっしゃい、蘭さん。この間は手芸屋さんでお会いしましたね。」
「しゅ、手芸屋・・・??」
いきなり哀の口から零れた意外な言葉にコナンが目ざとく反応した。
「蘭姉ちゃん、灰原と手芸屋さんなんかであったの・・・?」
「あ、うん、偶然ね。哀ちゃんお隣の文房具屋さんに用事があったみたいで声を掛けられて・・ね。」
「文房具・・・?」
「ええ、丁度消しゴムが切れてしまって・・・ね。」
「そう・・・だったんだ・・。」
でも蘭のヤツ、手芸屋なんて・・・何のために・・・??
「ああ、そうそう、博士。新一の居場所、分かるでしょ?」
「ああ、多分分かると思うが・・・・。」
「これ、送っておいてほしいの。」
蘭は博士に綺麗にラッピングされた箱を手渡した。
「ら、蘭姉ちゃん、これ、なあに・・・?新一にーちゃんにって・・・。」
コナンは自分宛に届けられる予定のその箱を目に、必死で問いかける。
「ん?これ?うん・・・。新一、夏風邪引きやすいし・・・少しでも予防できたらな・・って思って。」
「予防・・・・?」
蘭の言う意味が分からず、クエスチョンマークばかりがコナンの頭の上に飛び交う。
「お願いできる?博士。」
「おお、送っておくよ。」
そういいながら博士は蘭からそのラッピングされた箱を受け取る。
未だ分かっていないコナンを尻目に哀は、くすり・・・とコナンにだけ分かるくらいの小さな笑みをこぼした。
「じゃあ・・、帰ろうか、コナン君。」
「うん・・・。」
蘭がコナンの手を取り、二人は阿笠博士の家を後にした。
「今日はコナン君のだーい好きなハンバーグよ!」
「う、うわあ・・。嬉しいなあ・・!!」
そう発したもののその帰り道、とても嬉しそうな蘭とは裏腹にコナンは一切言葉を発せず、考え込んでしまった。
新一へあてたラッピングされた箱の中身・・・。
哀がであったという手芸屋・・・。
それに哀が不意に発したあの「日本書紀」の一文・・。
家に帰りついても考え込んでいたコナンに蘭が不意に話しかける。
「コナン君!」
「え!?な、なに、蘭姉ちゃん。」
「はい。」
「え・・・??」
蘭から差し出されたのは新一にあてたあの綺麗にラッピングされた一回りほど小さな箱・・・だった。
「・・・?」
「コナン君に。」
「うん・・・。あ、開けて・・・いい?」
「どうぞ。」
綺麗にラッピングされてあったそれをコナンははやる気持ちを抑えて開いていく。中から現れたのは・・・。
コナンの身体に丁度あった『サマーセーター』だった・・・。
「ら、蘭姉ちゃん、これ・・・!!」
「ん?うん、丁度・・ね。『サマーセーターの編み方』なんて本、見つけちゃって、編みたくなったの。」
「じゃ、じゃあ・・・この間隠そうとしてたのって・・・。」
「そっ!コレ編んでたの。でもせっかくだから驚かせたかったんだ!コナン君。」
コナンはそういいながらニコニコと話す蘭を凝視してしまい・・・。
それに気づいた蘭がコナンを覗き込むように目線を下げた。
「ん?どうしたの?コナン君、じっと見て・・・。」
「ありがと・・・蘭姉ちゃん。僕、すっごく・・・嬉しいよ。」
「どういたしまして。」
コナンはここ数日、ずっと胸につっかえていたものが胸からスーッとなくなっていく感覚を味わっていた。
じゃあ・・・あの阿笠博士にわたした『新一あて』の箱の中身も・・・サマーセーターって訳・・か。
「サンキュー・・な、蘭。」
今度は・・・そう、蘭に聞こえないようにつぶやいた。
・・・灰原のヤツ、知ってやがったのか・・・。おおよそ手芸屋でセーター用の毛糸を買うとこでも見てたんだな。
「日本書紀」まで持ち出してもったいぶりやがって・・・。
あした博士ん家へ行って今度は「新一」のセーターを受け取って・・・蘭に電話しなきゃな。
そして・・・今はきっと照れていえないけど・・・戻ったら言ってやるよ・・・。
「俺の棚機女は蘭だけだって・・・な?」
きっと蘭はわけが分からなくて「何のこと?」と問いかけられるかも知れねーけど・・・コレの訳は言ってやらねーからな!
ずっと寝不足が続いていたコナンは全ての謎を解き、今夜は熟睡・・した。
良かった、喜んでくれて。
でもね、隠してなかったらあんまり驚かせられなかったと・・思うの。
あなたのことだもの、きっと今のあなたにはぶかぶかのセーターをきて電話をくれるはず。
でもね、今はいいの。本当に戻った後で、着せて見せて?
そのために今の小さなあなたにも同じものを編んだのよ?
今はそれで充分だから・・・ね?コナン君・・・。
まだ”お盆”という仏教行事が伝わる前から日本には祖先の神を祭るならわしがあった。
大昔の日本、祖先は皆神になった。
その神が若者の姿になって実りの秋に向かう8月中頃、村に帰ってくるという伝説があった。
その神を迎えるために神のお嫁に選ばれた乙女は神にお着せする着物をたった一人で機を織り若い神様を待ったという。
恋人のために夢中で機を織る乙女という伝説が・・・。