天国と地獄

夜の帳が下りる頃。
工藤邸のリビングでは、新一と蘭が顔を向き合わせていた。

かたや余裕の表情の蘭。
かたや切羽詰った表情の新一。

いつもとは正反対の二人が其処には居た。


「今回こそ俺の勝ち、だな。」
「そうかしら?新一も大概諦め悪いわよねえ・・・。」


トランプを持ち、エキサイトしている新一。
新一はにやりと不敵の笑みを浮かべ、カードを気持ち、持ち上げた。


呆れ顔の蘭は、心底辟易としていた。

いい加減諦めてくれないかなあ?と。





「勝負っ!ストレートっ!!」
「もう、諦めてね?新一。」
「へ?」

得意満面の笑みでカードを広げた新一を一瞥した蘭は、最後通告を冷静に告げる。
それを耳にした新一は、ぽかん。とした顔をした。

とても名探偵と言われている人とは思えないなあ?
などと蘭は思いながら、手持ちのカードを新一に良く見えるように広げた。

「ロイヤルストレートフラッシュ。私の勝ち・・・ね。」
「んなっ・・・!!」

広げられたカードはポーカー最高の手。
めったにお目にかかれない難しい手。

いとも簡単に成立させ、蘭は新一を見た。


「もう終わりね、新一?」
「・・・・。」

カードを集めながら蘭は何もしゃべろうとしない新一に対して、子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「ポーカーもやったしセブンブリッジもした。坊主めくりも花札も。ババ抜きに7並べにおいちょかぶまでやった!
 ・・・新一がぜーんぶ負けたんだから、今回は私の完全勝利っ!」
「うう〜・・・。」
「”認めて”貰いますからねっ!約束、守ってよ?」

蘭はトランプを綺麗にそろえながらきっぱりと言い切った。
最早新一に言い返す言葉はなかった。




さてこの二人、一体何をしているのかというと。
蘭の言い出した、新一にとってのトンデモ発言が発端だった。






「あ〜!!模試、模試、期末っ!何なの、このテストだらけはっ!」

第一学期の期末試験を一週間後に控えた帝丹高校の3年B組の教室。
放課後で残っているのは数名の女生徒のみ。
期末試験前のテスト勉強をやっているのだ。

ひと段落着いた園子が、シャープペンシルを机に軽く放り投げながら嘆く。
一緒に居たクラスメイト達も同調した。


「テスト地獄が終われば次は補習だもんね・・・。」
「確かに受験生だってのは分かるけどさあっ!!」
「今からこんなんじゃ先が思いやられるわよおっ!」

その場に居た蘭を初めとする数人の女の子たちが一斉にため息をついた。

「ねえっ!海行かない!?」
「いいね〜・・・海。ぱあっと遊びたいね。」
「うん、うん。たまには遊ばないと人間腐っちゃうよねっ!」
「行こう、行こうっ!」
「行くならいつがいいかなあ?」
「学校終わってすぐのほうが良くない?」
「じゃ、終業式の次の日は!?」
「さんせ〜い!!」


ぱっと提案するのは園子だが、元々ノリのいいクラスメイト達だ。
すっかりその気でさっさと日付まで決めてしまった。


「らあん?新一君抜きだからね〜??」
「園子?」

園子の突然の発言に蘭はきょとんとした目を向ける。
言われている意味は分かってない様子だ。
それを察したほかのメンバーたちは園子の言葉の意味をきちんと理解したらしく同調する。


「今回はこのメンバーで!女同士で楽しむんだからね?」
「裏切りなしだからね〜!」
「工藤君、連れてきちゃ駄目よ?」
「わかってるわよおっ!みんなして、もうっ!」


其処まで言われて漸く理解した蘭はぷうっと膨れて答える。

「どうかなあ?」

二人を良く知るクラスメイトたちはきっちりと疑問符をつけてくる。
帝丹高校女生徒たちの憧れ・名探偵工藤新一。
それが通用しないのが蘭との関係を良く知る仲のよい仲間たちなのだ。
どちらかというと、新一を「推理馬鹿」としか見ていない。
故に言うこともかなりきつい。
しかし、それがぴたりとあたっているところが怒るに怒れない理由でもある。



「そうそうっ!なんだかんだと丸め込まれて『やっぱり着いてきちゃった、エヘヘv』になりそう〜!」
「新一君がおとなしく荷物番でもしててくれたらいいんだけどさ〜・・・。」
「そんなことありえないもんねっ!」
「漸く手に入れた恋人一時たりとも離すもんかっ!って躍起になるの目に浮かぶよね?」
「そうなると蘭と遊びに行った意味無いもんねっ!」


蘭は最早正確な未来予想図に「あはは・・・。」と苦笑いを零すしかなかった。
しかし、蘭は高らかに宣言してみせる。

「大丈夫よっ!今回は新一は来ないようにって言うからっ!」
「本当に大丈夫〜?らあん?」
「海千山千の工藤君だもんねえ・・・。蘭なんて簡単に丸め込みそう。」
「う・・・。」

宣言直後に駄目だしされて蘭も口ごもる。
確かに「あの」新一に自分が勝てるとは思えない。
どうしよう?と考え込んでいると園子がぱちんっ!と指を鳴らしてニコニコとしている。

「どうしたの?園子。」
「いいこと思いついたのっ!新一君が来ないようにするための手段っ!」
「え〜??」

園子一人、勝ち誇ったような顔をしているが友人たちは半信半疑だ。
しかし、園子の名案が披露されると皆、生き生きとした顔をしだしした。


「園子、えら〜い!」
「これで、勝ったも当然ねっ!」
「コレは蘭が工藤君に勝てるわっ!」
「絶対だよねっ!」


皆、最早蘭の勝利を確信していた。
蘭自身は、あまり自覚はなかったが・・・・。


結果は、この完全勝利に現れていた。




「誰の入れ知恵だ・・・?」
「園子。」
「やっぱり、あのアマ・・・!!」

トランプを片付ける蘭を眺めながら新一は問いかける。


蘭と過ごす至福の時間を味わっていた新一に突然蘭が「お願いモード」に入った。

「ねえ〜・・?」と問いかける声がすでに甘く、新一をとろかせる。
めったにない蘭のお願いに新一は聞く前から了承モードだった。

・・・蘭の今回のお願い事を聞くまでは。


「海に行きたい」と言い出した蘭。
しかも、クラスメイトの女友達同士で。

こんなこと、承知できるわけがない。

水着。
開放的なビーチ。
気ままな女同士。
それに加えて蘭の水着はいつも刺激的なのだ。


ナンパ目的の野郎共がわんさといる無法地帯なんぞに蘭を行かせられるか!!
新一は速攻で「NO!」の返事を返す。

いつもならぶうぶう言いながらも諦める蘭が、今回に限って諦めなかったのも新一の誤算だった。
「駄目。」「やだ。」の押し問答がしばらく続き、蘭がおもむろに今回の賭けを切り出したのだ。

普段の冷静沈着な新一ならそれが罠だと簡単に見破れただろう。
しかし蘭の事でエキサイトしていた新一にとって、冷静さは全くといっていいほど失われていた。
しかも裏にいたのは、当然の如くフィクサーの園子。
だからこそ、蘭の策略にのっかかってしまったのだ。



かくして、蘭は自分の最強といわれるほどの勝負強さで「女友達と行く、海の旅」を手に入れたのであった。






蘭が友人たちと出かける海の日当日。
憮然としつつも送り出してくれた新一。
ちゃんと日帰りだし、行き先も伝えてある。
心配するようなことは何もない。

事実、友人たちとは楽しい一日を過ごすことが出来た。

夕焼けが海を真っ赤に染める頃、海を満喫した彼女たちは漸く帰宅の途についていた。

「あ〜・・・!!楽しかったっ!」
「久々にはしゃいだよね〜!!」
「蘭も工藤と一緒でなくても楽しかったでしょ?」
「んもうっ!ずっと一緒にいるわけじゃありませんっ!」
「はいはい。」

くすくすと笑いながらからかいを忘れない友人たちに蘭は顔を真っ赤にして反論する。

相変わらず可愛いなあ・・・とみな、お姉さん顔だ。
園子初めとする友達だって、蘭と新一の仲を認めていないわけじゃないのだ。
それどころか、応援している。

ずっと休学して、行方知れずだった新一をずっと待っていた蘭。
クラスに居るときはどこか寂しそうで。
新一が居ないんだということを実感しているんだと見て取れた。
新一が漸く学校へ復帰したときの蘭の喜びようといったら。
今思い出しても、あそこまで綺麗な笑顔を見たのはクラスメイトたちも久々だった。

ずっとカップルと思い込まれていた幼なじみは漸く本当のカップルになった。
その時は、クラスメイト皆が心から祝福したものだ。

「ういやつめv」
「おおっ。可愛い顔しちゃって、もうっ!」
「きゃっ!んもう〜・・・!!」

みな、蘭にぺたぺたと触ってはからかう。
蘭は、いやいやと身体をよじり、逃げる真似をする。
蘭だって、友人たちがどんな気持ちで接してくれているかの真意は分かるから。
それが嬉しいから、蘭は笑みを絶やさなかった。


駅への帰り道。
のんびりと歩いていたその横で、ぴったりと赤いスポーツタイプの車が止まる。

「?」

こんなときにまでナンパか?と首をかしげるクラスメイトたちをよそに、蘭は驚いたように声を上げた。

「新一っ!!」
「ふうん、新一君・・・ええっ!?」
「うそ、工藤君!?」


蘭の声に反応して、園子や皆がまじまじと車を眺める。
その視線に耐え切れなかったのか・・・。
運転席のドアが開いて、中から人が現れた。


工藤新一、その人が。


「あんた、何・・・してるのよ?」
「迎えに来た。」
「は・・・?」
「と、いうか。今度は俺の息抜きに付き合ってもらおうか?」
「はあっ!?」

新一の言葉に蘭は、クエスチョンマークを飛ばしまくっていた。

な、なんで、新一がここへ!?


パニックに陥っている蘭の横で、園子は比較的冷静だ。

「で、この車、なに?」
「俺の。」
「免許は?」
「ご心配なく。取得済み。」
「いつの間に・・・。」
「18の誕生日にあわせるように教習所通いましたから。」
「あ・・・そう。」



じろりと睨むような新一のまなざしに気づかない振りをしていくつかの質問を投げかける園子。
新一は、冷静に答えている。
しかし、最後の質問には答えずに新一は園子に逆に問いかけた。

「珍しいな、園子?」
「何がよ?」

面白そうな顔をして、くすくすと笑う新一にちょっとイラつく園子。
口調は自然ときつくなっていた。

「理解力低下中か?」
「蘭・・・?」
「えっ?」

当然といえば当然だが、自分の名前がでて、蘭は思わず大きな声を出してしまう。


「御明察。・・・連れてくぜ?」
「・・・どうぞ。」
「ますます、珍しいな、園子。」

ちょっとはごねると思った園子があっさりとOKを出したことに驚いているのだろう。

「ま、空気を読む力は持ってますからね。」
「んじゃ、まっ!蘭、乗れよ。」
「えっ?あ、あのっ。」

くるりと振り向き当然の如く呼ぶ新一に蘭は慌てる。
ぐいっと強引に腕を引かれて園子へと振り向くが、園子は苦笑いをしてひらひらと手を振っている。
気がつけば他のクラスメイトたちもひらひらと手を振っている。

「じゃね。蘭。」
「また補習でねっ!」

ニコニコとしているがどこか引きつったような顔を皆しているが、その疑問を問いかける間もなく。
蘭は助手席へと連れ込まれてしまった。


蘭を乗せると用は済んだとばかりに新一の赤いスポーツカーは走り去ってしまった。



「ねえ、園子。」
「なに?」

残った園子たち数名の女の子たち。
車が完全に見えなくなってやっと引きつらせた顔を元に戻す。
最初に口を開いたのは風紀委員も務める美奈子だった。

「珍しく蘭、行かせたね?」
「まあ・・・あそこまで切羽詰られたら・・・ねえ。」

ぽりぽりと頬を掻く園子。
その声は呆れと諦めが混ざる。

「余裕のない工藤君って・・・怖いよね。」
「うん・・・。」
「ちょっと・・・目が笑ってなかった・・・よね。」


先ほどの新一の真実の姿を見抜いていた彼女たちはため息交じりで話をする。
そして千鶴はずばっと本心が出る。

「なんであの余裕のない工藤君に蘭、気づかないの?」
「・・・それが蘭だから。」

ため息と共に言い表す園子。
漸く冷静さを取り戻すと皆を促す。


「帰ろう。早くしないと電車乗り遅れちゃう。」
「蘭・・・明日無事だといいね。」
「欠席・・・かもね。」
「大丈夫よ、先生より優秀な専属教師が居るから。」
「そだね・・・。」

はあっと同調するようにため息をついた彼女たち。


さて。
蘭は明日から始まる補習に無事来ることが出来るのか?

賭けをする気力もないまま、帰路に着いた。



祝日企画第9弾。おおっ!折り返しも過ぎましたよねっ!

さて、今回は「海の日」です。
蘭ちゃんに海へ行っていただきましたが、海での描写は一切ありません(爆)。
蘭ちゃんと楽しく過ごす為に園子ちゃんは頭を働かせるのです。
そしてその策略に新一はいつも嵌るのです(笑)。

蘭ちゃんは、自分がギャンブルが強いということに一切気付いてない設定。
気付いててもそれは楽しいのですが。

しかし、いっぱいいっぱいの名探偵には誰もかないません。
きっと殺気だって居て、危機感いっぱいなのでしょう(爆)。