秋晴れの日曜日。
園子と蘭はケーキショップでその店の秋の新作ケーキを美味しそうにほおばっていた。
「ん〜・・・秋っていろいろあるけど、やーっぱり”食欲の秋”よね〜v」
「もー、園子ってば!」
「美味しい〜vv」
園子の本当に美味しそうな顔を見ていると蘭も嬉しくなってくる。
見た目にも美味しそうなケーキもより一層美味しく感じられる。
「でも此処のお店、本当に美味しいね。」
「うん、うん!適当にぱっと入ったけどヒットだね〜!」
「けどこんな近くにこんなお店があるなんて知らなかったなあ〜・・・。」
「うん。いいとこ見つけちゃったねv」
蘭と園子は楽しそうに自分たちが新規発見したお店についておしゃべりしていた。
ソコからどんどん話は発展していって時間がたつのも忘れるくらい盛り上がっていた。
ふ・・っと蘭がレジのほうから声が聞こえた気がして顔を上げた。
そこには店の主人と思しき人と話して居る品のよさそうなご婦人。
どうやらテイクアウト用に買い求めているようだった。
「どしたの?蘭。」
園子がレジのほうをじっと見ていた蘭を不思議に思って声をかけた。
「あ、ううん。このお店、テイクアウトも出来るんだなあって思って・・・・。」
「あ、ホントだ。」
「・・・買って帰ろうかな・・??」
「ふふふ〜ん・・・。」
ぽそりとつぶやかれた蘭の一言に園子が目ざとく反応して、にやにやと笑っている。
「な、何よ?その含み笑い・・・。」
「誰に買っていくつもり〜・・?らあんv」
「だ、誰って・・・。」
「おじさん、甘いものあまり得意そうじゃないもんね〜??」
「お酒飲むしね。」
「それに今ケーキを食べてる蘭がまたって言うのも考えづらい。となると残る選択肢は一つ!よね?」
びしっ!と園子は蘭に向かって人差し指を向ける。
向けられた蘭は「また〜・・・・。」といった風に半目で見る。
「ずばり!新一君のためでしょ〜・・・?この、このお!!」
「んもう!新一はそんなんじゃなくて、ただの幼なじみだって言ってるでしょ!?」
「だあってさ〜・・・中3にもなってそんなこと言われたって納得できるわけないじゃない?」
「もお、いい・・・。」
「んで、旦那は今日は何してんの?」
「サッカーの練習。試合が近いから・・・。」
最早蘭は諦めきって園子に言葉をかえした。
「んまあ、スポーツで疲れきった体には甘いものがいいって言うけど・・・新一君、甘いもの好きなの?」
「うん、普通に好きだけど・・・。どうして?」
「だって、男の人って甘いもの苦手ってよく聞くじゃない?」
「あ・・・そっか・・・・。でもお菓子たまーに持っていくけど食べちゃうよ?」
「・・・ふうん。じゃ、あんまりあてにはならないか・・・。」
園子は蘭の言葉をよく理解してそう発言した。
「??どういうこと・・・?あてにならないって・・・??」
蘭には園子の意味がよく分かっていないらしく、クエスチョンマークを大勢飛ばしていた。
「好きな子=蘭の作ったものだから残さず食べる」という方程式が蘭の中にはまだ無いことに園子は気づく。
あ〜あ、新一君も可哀想に・・・・。
蘭の恋愛的成長の目覚めはまだ遅そうだぞ〜・・・。
心の中で親友の幼なじみに哀れみの気持ちを抱いた。
結局そんな園子の心の中など分かるわけもない蘭は新一のためにとロールケーキを選んで買い求めた。
そうして新一へのお土産を手に持ち、工藤邸へと向かって歩いていた、
新一は中3になってすぐにロスへと移住した両親と離れ、一人暮らしをしている。
蘭は新一の両親。
特に有希子から「どうか、どうか新ちゃんの面倒を見てやってね!!蘭ちゃん!!」
と、強く頼まれていたために新一の身の回りの家事全般を受け持っていた。
その一環として二人のお弁当の内容が一緒だという事態が起こっていた。
そのために今まで以上に『夫婦』だの何だのとからかわれるようになっていった。
違うのになあ・・・と蘭はそのたびに思っていた。
新一も否定してるじゃない?
蘭はそう考えていた。
新一の否定は80%は照れ隠しであるとは微塵にも思っていなかった。
それでも足取りも軽く、蘭は考え事をしている間に工藤邸に到着していた。
重厚なドアの前に立ち止まり、チャイムを鳴らす。
すると呼応するようにすぐにインターフォン越しに聞きなれた声が返ってきた。
「はい?」
「あ、新一。私。」
「蘭か。」
短い会話。
それだけで鍵の開く音が聞こえ、重厚なドアがゆっくりと開く。
「腹へって死にそう・・。」
「はい、は〜い。これでも食べて待っててよ。」
はいっと蘭は新一に手に持っていた白い箱を渡す。
勢いで受け取ってしまった新一はその箱をじろじろと観察していた。
「何だよ?これ。」
「今日園子と行ったケーキ屋さんのロールケーキ。お土産よ。」
「ふうん・・・・。」
「それなら新一も汚さずに食べられるでしょ?」
蘭はくすくすと笑ってキッチンへと向かう。
蘭の言わんとすることがはじめ分からず、新一はぽかんとしていたが、漸くからかわれたと知りむっとする。
そんな新一をちらりと見て、「上手に食べてね?」なんて言いながら蘭はキッチンへと入っていた。
「悪かったな・・・。」
新一は低くすねた声でぼそりと文句を言いながらも箱をあけ、ロールケーキをひとつ取り出た。
「ん。確かに旨いな、これ。」
「なら良かった。・・そういえば新一って甘いもの平気よねえ?」
「あん?」
「園子が男の人って甘いもの苦手って聞くけどっていってたから・・・。」
「そおかあ?」
新一は手に持ったロールケーキにぱくつきながら首をかしげた。
「男でも女よりも甘いもの好きってヤツ居るぜ?」
「ふうん。そうなんだ・・・。まあ新一が甘いもの苦手でないなら、それでいいんだけどね。」
「なんだ、そりゃ?・・ん?」
新一はロールケーキを食べながら蘭の調理を見ていたのだが、どうもおかしい。
いつもと違う。
「なあ、蘭。」
「なに?」
「量、多くねえか?」
たまに新一のためにと料理を作りに来てくれる蘭なのだが、いつもよりも量が多い。
調理は出来ないくせに分量は一人前どのくらいというのは新一にも分かる。
「ああ!今日お父さん仕事で居ないから私の分も作ってるのよ。」
「へ!?」
「何よ?その素っ頓狂な声は・・・。」
蘭の発言にびっくりした新一の声に蘭が目ざとく反応した。
どこかすねたような声だ。
「べ、別に何でもねえよ。」
「そう?ならいいけど。」
新一の精一杯のポーカーフェイスを疑ってかかるでもなく、蘭はすぐに調理へと意識を向けた。
蘭は、両親の渡米以来何かと家に訪れてはあれこれ世話を焼いてくれる。
しかし、夕飯だけは父親である小五郎ととるために新一一人分、もしくは隣人の阿笠博士の分と二人分を用意して帰っていた。
学校で「夫婦そろってラブラブ食事」とよくからかわれるが、実際には蘭と二人で食事。
なーんてチャンスはめったに無いのであった。
しかし、堂々と喜ぶほど素直で無い新一は、蘭から離れ、リビングのソファで一人喜びをかみ締めていた。
ぐうぐうと腹の虫がうるさいほど鳴り、新一はまだか。と蘭に催促に行こうと立ち上がった瞬間、逆に蘭の声が聞こえてきた。
「ご飯出来たよ〜!」
「やーっと飯にありつけるぜ・・・。」
「そんなにおなかすいてたの、新一ってば?」
ふらふらとダイニングの椅子に座った新一を見て、蘭は驚いた。
「当たり前だろ?朝から晩まで練習漬けだったんだから。」
「サッカー部は試合近いからね〜・・・。
まあ、そうだろうと思ったから今日はボリューム満点にしてみたの。はい、新一ご飯。」
「あ、サンキュー。」
蘭から大盛りによそわれたご飯を受け取る。
蘭が自分の分をよそい、きちんと椅子に座った時点で二人して「いただきます!」の挨拶をする。
漸くのディナータイムに新一は男子中学生らしい食欲を見せた。
蘭が試合の近い新一のために作ったボリューム満点料理の数々が並ぶ。
豚のしょうが焼き。
ほうれん草のおひたし。
こんにゃくの田楽。
豆腐とわかめのお味噌汁。
それに蘭がきちんといちから漬けたお漬物もきちんとご飯の横に置かれている。
バランスの取れたこんな料理が新一の健康を支えていた。
「そういえば新一の試合って確か・・・・。」
「9月18日!」
「がんばってるよねえ?前なんて雨の中でも練習してたじゃない?」
「サッカーはよっぽどの大雨で無い限りは雨天決行だからな。ああいう時も練習は必要なんだよ。」
「うう〜・・・ん。でも前の雨のとき、新一グラウンドのぬかるみに足を取られて転んだじゃない。」
「ああいうの、別に不思議なことでもねーだろ?」
「え〜・・・?怪我でもしたら大変じゃない!」
雨の中の練習をさも当たり前ととらえる新一に蘭は顔をしかめる。
「そうか?俺からしてみればオメーの練習風景のほうがよっぽど危なく見えるけどな?」
「え、私?」
新一からの思わぬ反論に蘭は不思議そうに自分を指差した。
「空手の練習風景ってマジで怪我しそうじゃん?」
「そうかなあ?みんな受身とかちゃんとしてるから平気なんだけどな。」
「捻挫とかよくしてんじゃん、オメー。」
「雨に降られて風邪引いてる新一よりましですよーだ!」
新一なりに心配をこめての警告だったつもりが、逆に反論されてしまった。
新一はしかめっ面で茶碗に残ったご飯をかっこんだ。
「大丈夫よ。無理はしてないから。」
「え?」
不意に聞こえた蘭の柔らかな声に新一は顔を上げた。
先ほどまでの言い合いの最中には無かった蘭の穏やかな表情を見ることが出来た。
「ありがと、新一。心配、してくれてたんでしょ?」
「え・・・・あ〜・・・ま、まあ・・・。」
打って変わったような蘭の態度に新一はしどろもどろになる。
女ってのはこうもころころと変わるんだろうか?
それとも蘭だけなのか・・・??
常に冷静でありたいと思っている自分をいとも簡単に崩してくれる彼女に今日も骨抜きにされていた。
「でもホントに雨の日に試合だなんて大変よね?」
「まあ。この時期はしょーがねーよ。台風の季節だし。」
「でも・・・試合の日くらい・・。」
しょうがないと諦めている新一とは対照的に蘭はうんうんとうなっていた。
雨の中での試合なんていつもの実力が発揮できないかもしれないと心配しているのだ。
「それに、試合の日だけ晴れてもしょうがねーよ。」
「え?どういうこと?」
蘭は新一の言葉にクエスチョンマークを飛ばした。
「前日まで雨降ってて、グラウンドがぬかるんでたら結局足元は悪いわけだろ?」
「あ、そっか・・・・。」
「晴れるんなら、前々日の夜くらいから晴れててくれねーとな。」
「?どうして前々日の夜なの?」
またひとつ新一の発言の中に蘭の理解できない言葉が含まれていた。
前日に雨が降っていたら当日ぬかるんでてだめなのは分かる・・けど。
どうして前々日の夜からでないとだめなの??
蘭がうんうんと考えている姿が可愛くて新一はにやけそうになる顔を必死で引き締めた。
「つまりさ。前日だって軽くは練習するわけだよ。」
「最終調整でしょ?私だってやるわよ?試合前とか・・・。」
「そのときのぬかるんでたら万が一怪我とかしたら泣くに泣けねーだろ?」
「あ・・・そっか。」
確かに、前日にただ、グラウンドがぬかるんでいて足を取られえ怪我をしました。
なんて事になったら後悔なんて騒ぎではすまない。
だから前々日の夜から晴れていてほしい。
漸く理解した蘭は嬉しそうに笑った。
そんな蘭を目の当たりにして新一は自然に赤くなる顔を隠すように残っていたご飯をかきこんだ。
楽しい晩御飯が終わり、二人で後片付けをする。
新一の淹れたコーヒーで一休みしながら、穏やかな時間が流れる。
夜の9時を回ったころ、新一は蘭を自宅まで送り届けた。
いつも蘭は「いいのに。」と言い新一は「そんなわけにいかねー。」と強く反論する。
結局は新一の押しに蘭が折れて送ってもらい・・・というパターンだった。
もちろん、夜遅くに蘭を一人で歩かせられない。という理由もある。
しかし、圧倒的に新一が蘭と一緒にいたいという意味が強い。
蘭も人気もまばらな夜道を一人で歩くのは少し怖いので「送る」と言ってくれる新一に甘えている部分もある。
蘭はお風呂に入り、まだ父親が帰っていないことに「しょうがないなあ・・・。」とため息をつく。
そうして自室の棚からとあるものを大事そうに取り出す。
てるてる坊主だ。
新一のサッカーの試合前にいつも「晴れますように。」の願いをこめて吊るしている縁起物。
今までの一度も雨は降っていない。
「一週間後だから・・・・15日の夜にこれを吊るしておけばいいのよね?」
前々日の夜から晴れてほしいと願う新一のために。
蘭は今回も新一と同じ10番のゼッケンをつけたてるてる坊主に願いをこめる。
晴れますように・・・・・。