蘭は後悔していた。
日本海溝よりも深く、深く・・・。

「あー!!もう、どうしよう〜〜〜!!!」


そもそもの事の始まりは数週間前までさかのぼる。


工藤邸のリビングで蘭は新一をしかりつけていた。
しかしそれは、あまり新一にとって効果が出ているとは言いがたいものだった。
もともとひとたび事件が起こってしまうと他の事などお構いなしモードになってしまう上
今蘭に怒られていてもへらへらしているばかりなのだから・・・・。

「もー!!新一聞いてるの!?あんたホントに出席日数危ないのよ!?ちゃんと分かってるの!?」
「分ーってるって!!」
「分かってない!!全然分かってない!!」

もーおおおお!!何度言っても分かってくれないんだから!!

それもそのはず、新一は蘭の怒っている姿を見ながら別方向へ意識をすっ飛ばしていたのだから・・・。

あー・・・。やっぱ怒ってる顔も可愛いな〜〜vv

・・・・つまり見惚れていたのだ。

そーいや、事件とか何やらでここ最近忙しかったしなー・・・。こーんなお小言聞いてるよか
楽しい事しなくちゃ・・・な♪

そう思うが早いか新一は行動を起こした。
自分を叱るのに必死になってるが故に己自身の事にはおろそかになっている蘭の細く白い腕にそーっと手を伸ばし
「ぎゅっ」とつかんだ新一はその手を思い切り引き、蘭の体のバランスを奪う。
そのまま新一のいるソファに倒れこんできた蘭の体を支えながらもう片方の手を蘭の腰に回し蘭の体の自由を奪う。
そしてそのまますばやく自分の体を反転させて蘭を自分の体の下に閉じ込める。

このすばやさに蘭は文句を言う暇さえ与えられずソファに体を沈める羽目になってしまった。
そして新一の腕の中に閉じ込められ降りてきたキスは、始めは軽くついばむように・・・。
そしてだんだんと深くなっていく。

「んっ・・・!!やあっ・・・・!!」
「らん・・・。」
「しんい・・・。ふっ・・・!!」

互いの息が上がり、蘭の体から力が抜けていく。
ここまでくれば、新一の勝利・・・・のはずだった。

満足げにキスを繰り返し、散々蘭の唇を味わい尽くした新一はごく至近距離で蘭にささやく。

「もー・・・つまんねー言い争いなんてやめて楽しもうぜ・・・?」

そういいながら新一は蘭の額に、頬に、瞳に鼻に・・・そして唇にもたっぷりとキスを繰り返す。
新一からのキスをうっとりとした表情で受け止めていた蘭の手が新一の体を伝うように伸びてきても
新一は蘭がその気になった所為だとばかり思い込んでしまっていたのだ。

不意に伸びてきたその手はいきなり加速し、確実に新一の頬にヒットした。

パアアアアン・・・!!

「平手打ちの正しいやり方」という教材ビデオでもあれば選ばれたであろう程に正確な平手打ちを食らった新一は
直ぐには何が起こったのか分からないまま目を白黒させて体を起こした。

「新一の馬鹿ーーーーー!!!」
「なっ・・・!?」
「何よ!人がこんなにも心配してるのにつまらない事って・・・・!!いつもいつも私だけが心配して、新一は・・・!!」

新一に文句を言いながら大粒の涙をこぼしている蘭を目の当たりにして新一はかなりあせっていた。

まず・・い。これは・・・まずい。蘭の奴・・・かなり怒ってる・・・。

「わかってるの!?今度のテストで新一進級決まっちゃうのよ!?」
「ああ。分かってる・・・。」
「先生に出された課題ってなんだったか覚えてるの!?」
「まあ・・・。全教科80点以上・・かなあ?」


そう、普通なら何ヶ月もの間休学していたら留年は免れない。
しかし組織の壊滅という事をやってのけた新一に対し、学校側も大目にはみてくれたのだ。

それが今度のテスト、全教科80点以上。なのだ。

「新一は・・・私と一緒に進級したくないのお!?」
蘭はまだ涙をこぼしながら新一に問いかける。

「したい・・・。」
新一はかなりの低姿勢で蘭を伺う。何よりも新一の苦手なもの、それが蘭の涙なのだから・・・。


「だったら、ちょっとは勉強に集中してよお!!」
「だい・・・じょうぶだよ、うん。」
「そんな風に考えないで!!」
蘭は新一を見上げるとキッとにらみ付ける。

「ごめん・・・。」
「反省・・・してる?」
「してる。」
「じゃあ・・・私との約束、守って。」
ここまで言われてというよりも、蘭が新一を本気で心配してくれていることくらい新一にも充分過ぎるほど理解していた。
その割りにここまで泣かせてしまった罪滅ぼしの代わりだった。

「何でも聞きます。」
新一は素直に返答して見せた。しかし蘭の提示したそれはかなり無茶な事だった。

「全教科100点取って。」
きっぱりはっきり言われたその言葉を新一はしばし理解できなかった。

だが・・・。

「む、無茶言うなよ!!全教科はさすがに無理だろ!!」
確かに、出来る事と出来ない事がある。そしてこれはその出来ないほうに入ってしまう。

新一は何とか蘭をなだめようとあの手この手、得意の話術を総動員させて説得する。
そしてようやく、それでも『全教科95点以上』というところに落ち着いたのだ。

「95点以上!!これ以上は譲れない!!」
きっぱり言い放つ蘭にもはや新一は反論できる余地は無かった。

ああ・・・95点・・か。かなり厳しいんだけど、あれだけ蘭怒らせた後で少しは軽減させたんだし・・・。
それにこれ以上の反論はまずいしなあ・・・。

うなだれてしまっていた新一を目の前にようやく少し落ち着きを取り戻した蘭は少し弱気になってしまっていた。

ちょ・・・・、ちょっと言い過ぎちゃった・・・かなあ・・・?

自分の言った言動にかなり戸惑いを見せていた。

「あ、あの・・・ね、新一?その・・・もし本当に全教科95点以上取れたら、私に出来る事なら新一の言う事何でも聞くから。」

ピクン!!

「何・・・でも・・・?」
今までうなだれていたのが嘘のように新一の目に正気が戻り、それと同時に蘭には気づかれないような怪しげな輝きが増す。

「何でも・・・って本当か?」
「う・・・うん。」
新一が蘭に確かめるようにゆっくりとした口調で繰り返す。
そんな物言いの新一に蘭は後に引ける場所など無かったため、少し戸惑いながらも了承の態度を示した。


それが数週間前の出来事。問題のテストが終わり、テストの返却が行われていた。

「蘭、見ろよ。全教科95点以上!」
「う・・・そ。」

自慢げに新一に見せられた各教科のテスト用紙。その全てが95点以上の点数が踊っていた。
確かに自分が言い出したことだった『全教科95点以上』。だがまさか新一がそれを達成してしまうとは思っても見なかったのだ。

そ、そりゃあ・・・新一頭いいのは知ってるけど・・・・。だけど・・・うそお・・・!!

さすがに蘭にも戸惑いは隠せない。そんな動揺してた蘭に新一がそっとささやく。

「『全教科95点以上』とれたら、何でも言う事聞く・・・だったよな、ら・ん?」
「え!?」

びくん!!!と蘭は身体が跳ね上がるような錯覚を起こす。

「あ、あのそれは・・・・。」
「いまさら、あれは冗談でした。なーんて事はいわねーよなあ・・?」
「あ、あははは・・・。」

耳元でささやかれている所為で、何処かおかしな気分になりそうなところをぐっとこらえて蘭は乾いた笑いをこぼした。
しかし、そう約束したのは自分自身であって・・・取り繕う事は出来ない。

「わ、分かってる・・・。何でも言う事・・・聞くから・・みみ・・・から離れて・・・。」
「ん。」

少し震えたような声を出した蘭から新一は素直に離れて言った。
別に蘭に言われたから離れたわけではない。ただ、このギャラリーの中で、蘭の少しほてったような顔を見せるのが嫌だっただけだ。
素直に離れてくれたおかげで、蘭は一息をつき、さっきからドクドク言っていた心臓を少し落ち着ける。

「新一・・・の望みって、なに・・・?」
「んー、蘭、おじさん今週末仕事でいねーだろ?」
「え?う、うん・・・。」
「うち、泊まりに来いよ。」
「え!?」

さらりと言われたその言葉に蘭は驚きを隠せなかった。

「それが、俺の望み。な?蘭しか叶えられねーだろ?」
新一はにやりとした笑いを浮かべて蘭に笑いかける。

「それ・・・が望み・・・?そんなの・・・普通に・・・。」
そう、蘭はいきなり「泊まれ」と言われた事について、『そんなのした事無いのに』で驚いていたわけではなかった。
『恋人同士』として付き合いだし、それなりの経験も重ねてきていたし
何より大きな屋敷で一人暮らしをする新一の家に蘭が泊まりに行く事もごく当たり前になっていたから・・・・。

「何でいまさら??」

「俺んち泊まりに来て、蘭が俺の言う事何でも聞くこと。簡単なことだろ?」
「う・・・うん、それくらいなら・・・・・。」
「じゃあ今週末・・・な。」
「うん・・・。」

新一の何処か含みを持ったような言い方に疑問を持ちつつも無茶苦茶な無理難題を押し付けられなくてよかったと蘭はほっと一安心した。

「らーん!なあに?さっきのラブラブぶりは!!」
「園子!!」

いきなり頭上から降って来た声に驚いて顔を上げるとそこには何処か含みを持ったような園子が立っていた。

「もう、びっくりさせないでよ!」
「あら、びっくりはこっちのセリフ!こんな教室であんたが珍しいんじゃない?さっきみたいないちゃいちゃ。」
「あ、あれは・・・!」

園子のはっきりとした物言いに顔を真っ赤にさせて反論をしようとするが、園子のもっと大きな衝撃発言に蘭は二の句が告げなくなってしまった。

「週末蘭、新一君の家に泊まるんだ。また、私の名前貸したげよっか?おじさんに・・・・。」
「・・・・・お父さん、今週末いないもん・・・。」

真っ赤な顔のまま蘭は園子を少し恨めしげに見上げるが、園子はそのあまりにも素直すぎる蘭の行動に疑問を持っていた。

んー・・・。新一君と蘭がむにゃむにゃな関係なのは知ってるんだけどねえ・・・?今までも何度もあったし。
でも・・・蘭があまりにも素直すぎない?

「ねー・・・蘭?」
「え?なに?園子?」

机に頬杖を着いたまま園子は蘭に疑問をぶつける。

「あんた、新一君にどんな弱み握られたの?」
「な!?何よ!?弱みって・・・!!」

蘭は”どきり!”と心臓を跳ね上げさせる。

よ、弱みじゃないけど・・・。ただの約束だけど・・・。

いっそう顔を真っ赤にさせて俯いてしまった蘭を目の前に、園子は自分の考えが当たらずとも遠からず。と悟る。

「弱みじゃないならなに?」
「え・・・っと・・・。」

他人の色恋沙汰については天下一品の洞察力と技を併せ持つ園子相手に蘭がかなうはずもなく、結局全ての内容を暴露してしまった。

「ええええええ!!!全教科95点以上で新一君の言う事何でもきくですってええ・・・!!」
「ばっ・・・!!園子声大きい!!」

蘭は慌てて園子の口を封じる。いくらここが放課後の人気の無い図書館でも誰が聞いているのかわからないのだから・・・。

「ご、ごめん。」

園子は謝罪の言葉を述べながら立ち上がっていた椅子にもう一度自分の身体を落とし込み、蘭ににじり寄る。

「ちょ、ちょっと何なのよ?その約束は!!」
「だ、だから、新一今回のテストで80点以上取らなきゃ留年って約束だったでしょ?
 でもそれで安心してもしかして1点でも落としたら・・・って思うと怖くって・・・。だから・・・。」
「それで95点以上・・・ってか。」
「うん。」
「まあ・・・。それなら分かるわよ。」
「うん、でも・・・あまりに言いすぎちゃって新一可愛そうになっちゃって・・・。」
「で、何でも言う事聞く。・・・・か。」
「そういうことなの。」

あっけらかんと言葉を返す蘭に園子はかなり不安になっていた。

「ら・・・蘭、あんた自分でどういう事言ったか意味ちゃんと分かってる!?」
「え?・・・う、うん。でも新一の家に泊まりに行く事が望みって言ったし・・・別にそんな普通だし・・。」

蘭は問いかけられて少し頬を染めて俯きながら自分の指を遊ばせながらぼそぼそと言葉を返す。

分かってなーい!!蘭絶対分かってない!!

園子は蘭の発言から自分の考えが正確であることを確信した。


「な、なあんで新一君の事一番分かってるはずの蘭がこと恋愛が絡むとこんなに鈍感なのよ!!」
「鈍感って・・・!!」
「何言ってるのよ!新一君が蘭に何でも言う事聞かせることが出来るんでしょ!?」
「う、うん・・・。でも、どうせ、ご飯作れとか洗濯、掃除しろ・・・っていうのよ!いいわよ、それくらい。」
「ふっ・・・。最早言っても無駄ね。蘭、月曜日のノートはちゃんと取っておくから、安心して休んで良いわよ。」
「ちょっと何言ってるのよ、園子!月曜日は来るわよ、私。」
「むーり、無理!!どーせガンガンにやられて足腰立たなくなってるわよ。」

園子はひらひらと蘭に手を振ってみせる。

「へ、!!変な事言わないでよ!!新一そんな・・・。」

蘭は自分の声の大きさも忘れて園子に講義するが、園子は我関せず。知らぬは本人ばかりなり。を通し

「頑張ってね、蘭!」

にっこり微笑まれてしまった。


その帰り道、蘭は園子の言葉が頭から離れなかった。

「月曜日のノートはちゃんと取っておくから安心して。」
「どーせ、ガンガンにやられて足腰立たなくなってるわよ。」

そんな・・・まさか新一に限って・・・。
新一・・・そう言う事に関して淡白そうだし・・・ねえ?
今までもちゃんと優しかったし・・・。
大丈夫よ!うん!!

・・・・でも・・・・。

自分の持つ新一像と他の・・・それも新一のごく親しい人間の持つ新一像とがすごくかけ離れているようで不安になる。
すっかり立ち止まってしまった蘭の背中に「ポン!」と手が置かれてかなりびっくりしてしまった。

「きゃああ!!」
「きゃっ・・・・!!もう、いきなり叫ばないで。びっくりするじゃない。」

耳を押さえた志保が少し抗議するように顔をしかめながら蘭を見る。

「志・・・保。」
「どしたの?こんなところで立ち止まって。何か悩み事?」

優しく問いかけられて蘭は「そんなに心配されるほど悩んでたの?わたし」と思ってしまうが、そんな不安は綺麗に隠して

「別に、何でもないの。」
と、答える。

「そう?」
志保はそんな蘭の様子をさほど気にするでもなく話を振った。

「そういえば工藤君、何かあったの?ここ最近、随分と様子違ってたけど。」
「え?ち、違うって・・・?」
「うーん・・・・。なんとなく是が非でもクリアしてやる。見たいな感じだったわよ?」
そういいながら志保は指をあごへやりながら少し考えた風に言葉に出す。

「う、うん。実はね・・・・。」

蘭は事のあらましを大体の部分において話す。
全てを聞き終わった志保はかなり呆れ顔で蘭を見ると

「・・・。ふうん。何でも言う事聞く・・・ね。じゃ、蘭に月曜日、疲労回復の薬でも持っていくわ。」

と、かなりさらっと言われてしまった。その言った張本人はさっさと帰宅の途に着くため、曲がり角で

「じゃあ、私こっちだから。」
と、帰っていってしまった。


こんな風に事情を知る人物から散々脅されてしまった蘭は、
それまでなんでもなかった新一の家への「お泊り」が徐々に怖くなってしまった。

え、もしかして新一今までは抑えてたって事!?
私が何でも言う事聞くって言うから・・・もう抑えないって事!?

言った言葉はもう取り消せない。

蘭は新一の家の前にいた。今まではなんとも無かった筈の工藤邸が今は魔物の住む家か何かと思ってしまうほどの脅威がある。

わたし、ちゃんと月曜日、学校行けるよね・・・・?




しかし、こんなばかげた話いいのでしょうか?
って、言うかこんな話を堂々とUPしていいのでしょうか・・・?
気にしないでおきます、はい。
でも、蘭ちゃんって恋愛が絡まなきゃ新一のことよく理解してるのにねえ?
なんで分からないんでしょ。回りはみーんな知ってるはずなのに。