「なんで・・・。どうしてこんな事になったんだろう・・・?」
工藤新一はため息と共に、小さく呟く。
彼の言葉は、誰にも聞かれる事無く、彼の居る場所から消え去っていった。
後悔とは先に立たないからするものであるし、これまでも数え切れないくらいの後悔をしてきた。
それでも今日。この時程に情けないと思える事は無かったかもしれない。
夜の帳が落ちかけた頃、新一は珍しく警察からの呼び出しも無く自宅リビングのソファで
一週間前に購入した推理小説を読んでいる。
「新一〜?居ないの〜?」
新一は突然聞こえてきた声に反応を示す。
「なんだ。居るなら居るって言ってよねー!!」
「蘭。」
「もー!チャイム鳴らしたのに物音が無いからまた何かの事件かと思っちゃったじゃない!」
「チャイム?鳴ったか?んなもん?」
「4,5度程鳴らしたわよ!!もー。ま〜た本読むのに夢中になってたんでしょー!?」
蘭は、文句を小言を言いながら、キッチンへと向かう。その間新一はいつチャイムが鳴ったのかと考える。
さっきの蘭の声よりも、チャイムの音の方が、断然大きいのに・・・・。
(チャイムの音・・・しなかった・・よなあ?蘭の声はすげークリアに聞こえたのに・・・。)
もしかしたら蘭は、新一が本に夢中になっている事を知っていて、たばかっているのではないのか・・・。と考えていた。
いや。実際玄関チャイムは機能していたのだ。ただ、新一が本にのめりこみすぎていて、聞こえなかっただけ。
そして彼には蘭の声はどこに居てもどんな風に話しても聞こえる・・・という事がわかっていなかっただけ。
新一が、あれこれ訳の分からない事を考えていると、ダイニングから蘭が新一を呼んだ。
「新一〜!ご飯できたよ。」
「あ?」
考え込んでいた新一は目をきょとんとさせて蘭を見上げ、
「だから、ご飯。」
「あ、ああ・・・。いく・・・・。」
蘭に再度同じことを言われて、ようやく行動に移す事が出来た。
今晩の夕飯のメニューは新一のリクエストにより、ふわふわ卵のオムライスが形よく、皿の上に乗っかっていた。
「で、は!いっただっきまーす!」
「いただきます。」
「どお?新一?」
「ん〜?まあまあいけてんじゃねーの?」
「あーそういう言い方する〜?」
「大変おいしゅうございます。」
「ありがとうございます。ぼっちゃま。」
「あのな。」
「なーによ。あ!もう!ほらー!まーたご飯粒つけてるー!」
「んー?」
たわいのない蘭との食事。でも、それが新一にとっては一番の至福の時だった。
「あ、そうだ!いいものがある!」
ふと思いついたように席を立った新一が、一本のワインを持って戻ってきた。
工藤邸には、結構な銘柄の酒類が、ごろごろとある。
世界的に有名な小説家である父と、元有名女優である母のもとにファンからのプレゼントの他にも、
各関係者からお中元や、お歳暮といったイベント毎に、さまざまの品が届くのだ。
新一が持ってきたワインもそのひとつである。
「これ、これ!前飲んだ時、けっこーうまかったんだよなー!」
「ワインって!駄目よ!未成年でしょ!?」
結構当たり前に飲んでいる新一ではあるが、まだ17歳。未成年であり、飲酒は認められていない。
しかし、オープンな家庭に育った彼は、中学の頃から、両親に勧められ、酒を楽しんでいた。
蘭が止めようとするも、新一は
「いーじゃねーか。かてーこと言うなって!」
と、当たり前の如く、ワインを開け、グラスに注いでいく。
「んー!美味い!」
「もー。」
「蘭も飲んでみるか?」
「え!?」
「全然飲めないわけじゃないだろ?これ、結構飲みやすいと思うしさ。」
「う、うーん・・・。」
突然新一にワインを勧められ、言葉を濁す蘭だったが、その綺麗な色のワインに惹かれ
「じゃ・・・。ちょとだけ・・・。」
結局は、口にすることになった。
そう。本当に味見程度に済ますつもりだったのだ。
なのにーーー・・・・。
「しんいちー!!おかわりー!!」
「大丈夫かよ?蘭!!」
「らーいじょうぶだーって!ほーらー!おーかーわーりー!」
・・・・。1時間後、すっかり出来上がっている蘭が居た。
(はは・・・。さすがおっちゃんの娘だけはあるってかー??)
新一はすっかり出来上がってしまっている蘭を前にひとりごちた。
「もーやめとけ!」
「なーんでよお!!ワインおかわりー!」
「もーねーし!それにおめー、飲み過ぎだっての!」
「そんなーに飲んでないもーん!へーきよお!これくらーい!」
もはや、呂律の回っていない蘭にため息をつきつつ
「あー!もーだめだっつうの!」
「けーちー!もーいーもーん!・・・なんか・・・寝むーくなってきちゃったー・・・。おやすみなさーい。」
「わあ!蘭!んなとこで寝んじゃねーよ!ったくうう!!」
ため息とも諦めともとれるため息をついて新一は蘭を抱えあげた。
(あーあ・・。ホントならなあ・・・。ほんのちょっと酔いの回った蘭が
「あ、新一ぃ・・・。わたし、よっちゃったみたい〜。」
「しょーがねーなあ。ほら、部屋までつれてってやるよ。」
「うん・・。」
とか言うの期待してたのになあ〜・・・。まさかこんなところにおっちゃんの血統が出てくるとはおもわなかったぜ・・・。)
当初、新一が期待していた、はっきり言って馬鹿みたいな計画は、蘭のアルコール量の超えたところでおじゃんになってしまっていた。
新一の部屋のベットの上に蘭を座らせた。
「んー。しんいち〜??」
「もう、寝ろ。」
「うん〜・・・。」
「わあ!蘭!!」
慌てる新一を尻目に蘭は着ていたものを脱ぎだしたのだ。
慌てながらも新一は自らの手で、その身にまとっているものを脱ぎだしている蘭から目を離せなかった。
やがて下着姿だけになった蘭は、新一をじっとみつめ・・・。また、とんでもない事を言い出した。
「しんいち、脱いで。」
「は・・・?」
「こ、れ!脱いで!!」
蘭は据わった目を新一に向け、新一に服を脱ぐように迫ってきた。
アルコールのせいで上気した頬にうるんだ瞳。
新一の理性をなくすにはあまりにも強敵過ぎた。
(なんだ、蘭の奴もその気になってるって事か!!)
相変わらず自分のいい方向に話を向け、いそいそと新一は服を脱ぐ。
脱ぎ終わったカッターシャツを床に落とし・・・蘭を襲いかけたその時、蘭が待ったをかけた。
「あー!シャツ落としちゃだめー!」
「へ・・・?」
「シャツはこっち!」
「こっち・・・?」
いいながら蘭は、新一の落とそうとしたシャツを受け取り、さっさと自分が着てしまっていたのだ。
「ら・・・ん??」
「えへへ〜・・・。」
満足げに蘭は微笑み、眠りに就こうとした。
(お・・い。蘭にとって必要なのは、俺じゃなくてシャツなのかよー!!)
新一はあまりのことに声が出ず、蘭を見つめたままになっている。
「お・・い。ら・・・は!ハックション!!」
蘭に悪態をつこうかと思ったのに、蘭にシャツを取られた新一は
少しは暖かくなってきたとはいえ、まだまだ寒い日の続く頃。
上半身裸だった新一は大きなくしゃみをあげてしまった。
その音に気づいた蘭が
「しんいち・・・。さむい・・の?しょーがないなあ!」
(おめーが俺のシャツをとっちまうからだろーが!!)
新一は言いたい気持ちをグッとこらえる。
「もーしょーがないなあ!おいで。」
「へ・・・!?」
蘭が布団を上げ、新一に同じ布団に入るように指示する。
「い、いや、あのな。らん。」
さすがにこの状態の蘭をどうこうする気のない新一は、こんなところで必要以上の体力を使う必要はない。
「い・・や。なんだ・・・・。そうよね。ごめんね・・・。」
蘭が切なそうに声を出し、新一をつかもうとしていた腕がだらりと下がった。
「だー!そうじゃなくて!あー!もーイーよ!ねりゃいいんだろー!ねりゃあ!」
(ああ・・・・。あそこでなんでワインなんて飲ませた!俺!!)
後悔先に立たず。新一は実を持って実感した。
結局、新一はこのまま放してもらえず。
新一は蘭の豊満な胸に抱かれて、眠れない長いながーい夜をすごす羽目になってしまったのだった。