〜ユウスズミ




「あっつぅ〜・・・」
なんでこんなに暑いねん。


オカンに頼まれた庭の草むしりをやっとのことで終えたオレは、汗を流して、冷蔵庫を開けた。


雑草をむしった庭はすっきりしたのだが、
オレは誰もいない家で、夕べの残りの「そうめん」をみてもすっきりしない。


「まてや、朝からこんだけやって、コレかい!」


悪態をつきながら、冷蔵庫からそうめんを出し、扇風機のスイッチを入れ
居間に座ってテレビを見ながらそうめんをすする。


「いまごろ、オカン達旨いもんくうとんねんなぁ・・・」


今日は、古くからの友人のお祝い事だと、朝から二人して出かけていきおった。
こういう時のオカンは、何かしら忘れモンをしていくんやけど・・・


今回は、それが「息子の昼食」であったようや。


冷蔵庫のそうめんは、昼メシに用意されたソレとは明らかに違うナリをしていた。
なので、今回の忘れモンが「息子のメシ」ちゅう事に気づくまで、時間はかからんかった。


「どうりで『忘れモンしたわ!』って電話がないとおもたんや・・・」


オレは、昼の情報番組をみつつ、そうめんを食べ終えた。


「ん〜まだ足らんなぁ・・・」


そうおなかに訊いてみたところで、冷蔵庫の中にはそれなりに手をかけないと
食べられないものばかり。ラーメンも品切れ。
オレは抵抗をやめてふて寝することにした。


・・・夢の中で、なんか旨いモン食うてくるわ・・・



   *   *   *



午前中かけて労働したとあって、かなりな時間眠っていたようや。
目が覚めたら、窓の外は夕暮れの青にかわりつつあった。。


「・・・何時・・・なんや・・・」
「もう、6時前やで」
「そうか・・・おおきに・・・!?!?」


ちょっと、寝ぼけまなこで発した言葉に、返事があって我に返る
起きあがると、アイツが本を読んでいた。


「な、なんで・・・!?」
「なんで、ここにおるんて訊きたいんやろ?
おばちゃんから電話があってな『昼食の用意忘れたからよろしく』って
いわれて来てみたんやけど、もう寝てたし・・・」


ちゃぶ台のうえには、本が数冊あるだけで他には何もない。


「で、寝てるから何も作れへんかったっちゅうんか?」
「ううん、冷蔵庫に入れてあるよ。食べる?」
「食う。腹ヘッタ・・・もうあかんかも・・・」
「はいはい」


アイツはくすくす笑いながら台所へと向った。
どうやら、オレが寝てしまったすぐあとにやって来たらしく、すぐ起きるやろうと思って
ご飯を作ったが、起きてこないのでずっと待ってたらしい。



「おまたせ」


本をぱらぱらめくっていると、チャーハンと煮物とサラダがやってきた。


「はいどうぞ。おばちゃん、何も無いって言うから、家から適当に持ってきたんよ」
「いただきます」


チャーハンは塩味、煮物もうまい。サラダも平らげ
あっという間に胃の中は満たさていく。


「ホンマ、おなかすいてたんやね。」
「ご馳走さん」


アイツは本の続き読んでいる。


「本、上からもってきたんか?」
「そう」
「おもろいのあったか?」
「貸してた本が何冊かあったから、そこから選んだ。
だって、バイクとか犯罪心理学の本とか・・・フツーの女の子は読まん本ばっかりやん。」
「せやろな・・・」


オレは、茶碗を流しに持っていきながらふと思ったことを口にした。


「なぁ」
「なに?」
「ずっと、ここにおったんか?」
「そうやけど」
「起こすとか、書き置きでかまわんかったのに」
「ん〜、でも、ここにいたかってん」


そういえば、ここしばらく事件やらなにやらで二人でゆっくりする時間って
なかったなぁ・・・いや、一緒にいることは多かってんで、ただ、二人っきりでっちゅうのが
なかっただけで・・・って、なんでオレ言い訳してんねん。


「なんか、二人だけってのも久々やったし、起こすんもなんやし・・・」
「で、ずっとここで本読んどったちゅうわけか・・・」
「そう、あかんかった?」
「・・・いや・・・嬉しかった」


・・・アイツ、びっくりしたようにこっちを向いて微笑んだ。


オレ、完全にKO・・・




   *   *   *



この夏は、確かになんやかんやと忙しい。
事件で呼び出されたり、東京へ行ったり、ツレと遊びに出かけたり、
秋の大会へ向けての練習試合があったり、合同練習があったり・・・
家の方も、もともと客の出入りが多いせいもあって、出払うことが多かった。


ほんま、家にはメシとフロと寝るだけに帰ってたようなモンや。


アイツとは事件とか練習以外はけっこう一緒やったように思うんやけど。
周りが一緒やったから、こうやって二人だけっちゅうんは・・・もう、覚えが・・・ないぞ。


なんだか、本を読んでるアイツはうれしそうや。
こんな時間ってホンマ久しぶりやもんなぁ・・・・


日がだんだん暮れてきた。
二人だけの時間は、さらさらさらさら流れてゆく。


何冊目かの本を読み終えたアイツが立ち上がった。


「もう帰るわ」


・・・え、ま、まじっすか!?


心の中で「それはないやろう」と突っ込んでみたが、
アイツは読んでた本を上に片づけにいってしまった。


「帰る・・・んか?」
「うん、今日は帰る。おとうちゃんいるし・・・」


ここで、帰るなゆうたら帰れへんかな?
いや、そんなことをいうてアイツを困らせてどうする?


「ほな、送るわ」
「ん、ありがと」


これが、今のオレの精一杯。
ここで、無理矢理にでも引き止めることは簡単。


『まだまだ命は惜しいからな・・・』


冗談みたいな話やけども、それが本音なのかもしれん。



   *   *   *



アイツの自転車で、送ってく事にした。


「なぁ、オレがうしろ乗ったらアカンの?」
「アカンって、フツーはアタシが後ろやん!」


そんなやりとりをしながら、自転車の後ろにアイツを乗せて走り出す。
街は夕暮れ前の慌ただしさ。
人混みを避けて、川沿いの道を走る。


散歩コースのこの道は、人もまばらだ。


「喉かわいたー、なんかのんでええか?」
「えー、なにー!?」
「なんか飲みたい!」
「ええよー、公園寄ってこかー!」


自動販売機でオレンジジュースとスポーツドリンクを買って
二人して、人もまばらな公園のベンチに座る。
明るいとはいえ、さすがに遊んでる子供たちはいなくて・・・


ウォーキングに興ずる夫婦や、仕事帰りのサラリーマンの姿がぽつぽつ。


ごくごくと半分ほどスポーツドリンクを飲んで、ふたをきゅっと締める。
腕を左右に伸ばして、背もたれの上にのせる。


アイツはとなりに座って、つかず離れずの距離をとっている・・・
もっと、こっちこんかい。といいたいのだが、来たところでこない往来で
どないしようっちゅうねん、オレ。


ちょっとだけジュースを飲んで一息ついたアイツが、背もたれによっかかった。
二人して、暮れ行く空を見上げる。


「毎日、暑いなぁ」
「・・・せやな」
「毎日、忙しいなぁ」
「・・・お、おぅ」
「偶にはこんな時間もええよねぇ・・・」
「・・・」


返事に詰まったオレのを不思議そうに見るアイツ。
その瞳は責めてるようではないようで、
ただただ二人だけのなんでもない時間が嬉しいようで・・・


「ホンマはな・・・」
「ん?」
「起こそうと思ってん。話したいこといいたいこと、いっぱいあってん。
でも・・・なんやろ。あの時間を一人占めしたかってん」


日中の暑さはどこへやら、公園には夕涼み時の風が吹いてきた。


「だから、さっき『嬉しかった』っていってくれてよかった・・・」
「・・・ん、嬉しかった。」
「えへへ」


心配したり寂しい思いをさせたりしてたことは確か。
でも、アイツはそんなこと一言もいわんかった。

「だってな、顔見てたら嬉しなってな、忘れてしまうんよ」


そういってテレながら、笑うアイツ。



・・・本日、オレ二度目のKO・・・



   *   *   *



だいぶ日が落ちて、街灯がともりだした。
ソレに気づくまでオレらはこの夏にあったことをいろいろ話してた。


練習でのこと、東京でのこと・・・
一緒にいたと自負するわりにはあまり一緒に行動してなかったんやな・・・と
そのとき初めて気づいた。


「もう暗なってきたね」
「ん?ああ、そうやな」
「そろそろいこうか」


そういって、立ち上がろうりアイツの手をとる。


「な・・・そ、どうした・・・ん?」


・・・・しばし、沈黙。


やがて、オレはアイツの手をしっかりと握りしめたまんま、
自転車を押して歩き出した


「あ、あの、ちょっと・・・」
「あかんか?」
「え?」
「このマンマじゃ、あかんか?って聞いてんねん。」
「・・・そんなことないけど・・・」


よっしゃ、オレの勝ち。
手をつないで、自転車を片手で押したまま緑地沿いの道を歩く。


さっきまでの話の続きをしながら、オレの左手とアイツの右手はつないだマンマ。


このまま、この道がもっと続いていたらいいのになぁ・・・なんて、
そう思うのは、オレだけなんやろうか?
そんなことないよな?


アイツんちまでもうすこし。



   *   *   *



もう少し、もうしばらくこうしていたいけど
家の前まで来てしもた・・・


「送ってくれて、ありがとう」
「おう」


つないだ手が離れた。
夜の風がひんやりと今まで感じていたぬくもりを剥がしていく。。
アイツが自転車を直して、玄関の扉に手をかけた。


「あした!」
「え?」
「明日、またこうやって歩こうや」


振り向いたアイツにそういった。


「明日もまた、今日みたいにして帰ろうや!」
「アホ」


あっかんベーをしてアイツは家に入っていった。
扉越しに「ただいま」の声がきこえる。


その方向に背を向け、オレは、夜空を見上げる。
星はあんまり見えないけれど、なんかええ気分や。


家に向かって歩き出す。
少し歩いたところで携帯がメールの着信を告げる。


pipipi・・・


確認するまでもなく、この音はアイツからや。


どんな時もすぐ分かるように、アイツからの着信はこの音に決めてんねん。
メールを開く、自然と笑みがこぼれる。



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subject:明日

お弁当作っていくから、
一緒に食べよ。

気をつけて帰ってね
また、明日!

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早速返信。


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subject:Re:明日

弁当、楽しみにしとくわ。
今日の昼メシも旨かったで
ほな、おやすみ

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携帯をパタンと閉じて、歩き出す。
夜風がなんだか心地いい。


「明日も、こんな天気やとええなぁ・・・」


来た道を引き返しながら、今日のアイツの笑顔を思い出す。
何気に照れくさくなって、ひとり照れ笑い。


「ほんま、あの笑顔にはかなわんわ・・・」



明日もキミと出かけよう
手をつないで出かけよう・・・

明日も一緒に出かけよう。
アイツの笑顔を一人占めするために・・・・



  megarさんからの暑中見舞い小説です。

    平和です!平次メロメロです!さわやかです!!
    こういう平次大好きなのですよvv

    イラストもいけてて、小説も書けるmegarさん、懐の深さが底なしです。


     megarさん、ありがとうございまいした!!