「やあやあやあ、遠からん者は音に聞け、近くは寄って目にも見よ。
 我こそは天下の大泥棒、怪盗キッドなるぞ」

 木の上から全身白ずくめの少年が叫ぶ。

 それに応えるように木の下から…

「おのれ卑怯なり怪盗キッド!いざ尋常に勝負せよ!!」

 スーツ姿に蝶ネクタイ、帽子を纏った少年がこれに応じる。
 
「ククク…面白い。名を名乗れ」

「名探偵、工藤新一。ここに参上!」

 かくして、名探偵と大泥棒の大捕物が幕を開けたのだった。

 …もっとも、ここは児童公園で、逃げる泥棒、追う探偵ともども
まだどうみてもお子様なのだが。



 後に世に名を成す二人の、これが初対決であった。


〜〜〜〜江戸川カナン・シリーズ
          その1 ZERO・CONTACT〜〜〜〜


 コトの始まりはその前日にさかのぼる。

 東京郊外のとある住宅街。この街に住む、当代きっての人気作家・
工藤優作氏は、その日午後の執筆にひと段落を付け、書斎からリビング
へとやってきた。
 そこでは、一人息子の新一君(当年取って8歳)がなにやら真剣な
表情でテレビをみつめていた。

「うぬぬぬぬ…」といった、おかしなうなり声をあげながら。

 ま〜た、愚にもつかないアニメでも見てるのか…と、声をかけよう
として、その画面に思わず見入ってしまった。

 テレビの画面はニュース番組、外信映像を流していた。
 優作氏が思わず見入ってしまったのは、そこに映し出されていた内容
であった。
 ヨーロッパ各国を騒がせている怪盗キッドが昨夜(現地時間)パリに
予告通り現れ、厳重な警戒網を突破、見事予告通りに「地中海のさざ波」
と呼ばれるオパールを盗み出したことを伝えていた。
 まるで舞台から去ってゆく主演俳優のごとく、繰り出してきていたTV
カメラに向かって手を振り、ハンググライダーで悠然と去ってゆく白い
タキシード、これまた白いシルクハットを被ったその姿に向かって、
新一君はうなり声をあげていたのだ。

「ねえ、父さん。あの怪盗キッドって、悪い奴なんでしょ?」
 優作氏が声を掛けるより前に、出し抜けに新一君がそう尋ねる。

「まあ…な。ヨーロッパ中の警察が躍起になって追いかけている大泥棒
 だからな。たしかもう20回以上やって、一度も捕まってないからな」
「じゃあ、ぼくが怪盗キッドを捕まえてやる!」
「はっはっはっ。大きくなったらいずれ捕まえられるかもな」
 息子の正義感溢れる発言に、父は目を細め、母がそんな二人を笑みを
湛えながら眺めていた。


 …ちょうどその頃。

「かぁ〜っこいい〜っ」
 その工藤邸より少し離れたところに建つ、世界的マジシャン・黒羽盗一氏
の自宅においても、TVが同じ映像を映し出していた。
 主たる盗一氏は、ヨーロッパ公演のため現在は家を空けている。現地時間
で昨日まではパリ、今日からはロンドンでの公演となっている。そのため家
でTVを見ているのは一人息子の快斗君(当年取って8歳)である。

「あら、快斗。どうしたの?だれがかっこいいって?」
 その声に気づいた母がキッチンから顔を出して尋ねる。
「あ、ママ。ほらほら見て。怪盗キッドだよ。怪盗キッドなんだよ」
「あら…」 そう言ったきり、次の言葉が出てこなかった…
 だが、そんな母の様子を気に掛けることもなく、快斗君は無邪気にはしゃぐ。
「ボクね、おっきくなったら怪盗キッドみたいになるんだ〜」
「でも、怪盗キッドって、泥棒でしょ?」 少したしなめるような口調で、母
が尋ねる。
「そんなの関係ないよ。だいたい警察がだらしないから捕まらないんでしょ?
 それに警察を振り回すなんてスゴいじゃない。だからいいの」
 無邪気にはしゃぐ快斗君を見つめる母の表情は、複雑なものだった……。



 その夜。

 黒羽家2階のとある部屋で、夜更けまで奇妙な物音が響いていた。
「ええ〜っと、あれでもないし…一体どこ行ったっけ」
 調子の高いその声は、発声者が異様なテンションを有していることを物語っていた。
 その声の主=快斗君は、家中のタンスを引っかき回し、とある服を探していたのだ。
「…?あった、これだ!」
 その両手に、真っ白なタキシード風のスーツがあった。

 憧れの怪盗キッドに近づくには、まずは真似ることから。更には似せることから。
…そして、まずは姿かたちから。
 ということで、お目当ての白いタキシード風のスーツ(というよりは子供用の背広)
を着こんでいる。ついでにシルクハット風の帽子も。ただしこちらは白くなかったので、
紙を張ってそれっぽく見せてある。

「うん、なかなか似合ってる。これでボクも怪盗キッドだぁ〜」

 まんまコスプレだが。

 …じつはサイズが合っておらず、裾を引きずるような格好なのは、伏せておいた方が
いいのだろう。ここでは。


 そのころ工藤邸では…

「怪盗キッドめ…待ってろ、ボクがぜったいつかまえてやるからな」

 新一君は誰とも知らぬ怪盗キッドに対し、根拠のない敵愾心を燃やしていた。


 
 そしてその日

 学校が終わるのを待ちかねたかのように、快斗君は家に飛んで帰る。
そうして、昨日のうちにしつらえたご自慢の怪盗キッドの衣装に身を包み、疾風のように
また家を飛び出していった。

 目指すは近くの公園。そこなら高い木もあるし、よりカッコいいはずだ。もとい訓練に
なるはずだ。

「…ところで、泥棒になるための訓練、って…何すればいいんだろ」

 とりあえず木に登ってみた。
 

 そこにひとりの少年が通りがかる。

 スーツ姿に蝶ネクタイ、帽子を纏ったその姿は、ひと目で探偵、とわかるものだった。


 …もっともその姿は、着用している少年、新一君にしてみれば普段どおりの格好に過ぎない。
だから下は半ズボンだし、蝶ネクタイも首の後ろのところにボタンの有るものだった。

 帽子だけは父の部屋から失敬してきたもので(ぉぃぉぃ)、だからこれだけはサイズが合って
いなかった。

 
 …そのアンテナに、木の上からの変な信号が引っかかった。

 見ると、木の上に全身を白いスーツで包んだシルクハット姿の人物がいる。

 ・・・まさしく昨日見た怪盗キッドじゃないか!

 ここで逢ったが百年目、さっそく捕まえてやる!

 …冷静な判断力は、探偵にとっては必須条件のはずなのだが、今の新一君はそんなことは全く
おかまいなしだった。まるで肉食獣が獲物を見つけたときのように一直線に向かっていった。

 
 一方、木の上にいた快斗君の方も、木の下に現れた謎の探偵風の少年に気付いていた。

 木の上まで十分に伝わってくるその殺気…
 
 この怪盗キッド様を捕まえるつもりらしい。

 …おもしろい、正々堂々勝負してやる。
 
 貴様ごときに捕まる怪盗キッド様ではないわ!


 …かくして、何の変哲もない児童公園で、怪盗と名探偵の勝負が始まったのであった。


 …傍から見れば、単なる子供同士のおっかけっこにしか見えないが… 

 
 ちなみに、いま現在この公園にはこの二人しかいない。

 いつも一緒にいるお互いの幼なじみ…毛利蘭と中森青子は、彼らからの熱心な誘いを
あっさりソデにして、それぞれの自宅に帰ってしまった。

 …その理由が、お気に入りのアニメがあるから、というのがいかにも子供らしい。

 ホントはお互い、自慢できる相手がいないのが、ちょっとだけ残念であった。



「フッフッフッ、卑怯とな。
 …では正々堂々勝負とまいろうではないか」

 木の上の白ずくめの少年が、枝からヒラリ、と飛び上がった…かと思うと、
地上にあざやかに着地する。

 しかしそれも、地上にいる人間からすれば、高さを利した卑怯な攻撃、に見える
…らしい。少なくともその時地上にいた新一君は、そう思っていたようだ。

「クッ、卑怯なり。高さを用いるとは、人間の風上にもおけぬ奴め」

「なにが卑怯なものか。使えるものはなんでも用いてこそ、ではないか。
 …おおかたお主は高所恐怖症か、木にも登れぬ鈍くさ者なのではあるまいか」

「〜〜〜っ、なんだとぉ〜!」

 どうも痛いところを衝かれてしまったようである。見る見る顔色が変わってゆく。

 ちなみに新一君は木に登れないわけではない。単に先を越されたのが悔しかった、
という、ただそれだけのことだったのである。

 にもかかわらず、事は大きくなってしまった。

 次の言葉が出るより先に、新一君は白ずくめの少年・快斗君めがけて走り出していた。

「まてぇ〜〜〜っ!この極悪人めぇ〜〜〜っ!」

 急に相手が怒り出した理由など分かろうはずもないが、だまって捕まるほど間抜けな
こともない。ここは逃げるが勝ち、とばかりにこちらも走り出した。

 大捕物、いや単なるおっかけっこの始まりであった。

 逃げる快斗君、追う新一君。
 
 だが二人とも飛び道具、飛ぶ道具がないため、結局走って走って走るしかなかった。
そうするとお互い次第に疲れてくる。

 体力勝負なのか…と考え出した時、戦況に変化があった。

 どちらが早かったのか、ともかく二人とも落ちている木の枝を見つけたのだ。

 これがあれば…

 そろそろバテて、肩で息をしている二人は呼吸を整えながら、慎重に間合いを計っていく。

「えいっ!」「やあっ!」

 一太刀目は互いに空振りに終わってしまった。

 もう、体力的にもあまり余裕はない。

 次で決める!

 …お互いがそう思って一歩踏み出そうとした、その時。



 ゴンッ!       ゴツッ!


 鈍い音がサラウンドで響いた。

 …………・・・そおぉ〜っと、顔をあげてみる、…と

 そこには、鬼の形相もかくや、と思われる表情のオカアサマのお姿があらせられたわけで。

 …とまあ、そんなおかしな表現が出てくるぐらいに痛烈な一撃であった。   

「新一っ!…まったくあんたって子は、また訳の分からないおっかけっこなんかして…
 少しは落ち着かないと、大人になったとき大変なことになるわよ!」

「快斗っ!…まったく、せっかくの一張羅をこんなに汚してから…
 あんたにはこんなの百年早いわよ!」

 かいしんのいちげき、であった。

 その後、この二人はそれぞれの母親に引きずられるようにして、戦線を離脱していった。

 無論その夜、キツーイお説教が待っていたのは、改めて言うまでもないことであろう。

 

 第一戦  結果

 工藤新一(両者ノックダウン)黒羽快斗  引き分け

 後に世間を騒がせる二人の、これが初対決の結果であった。 
 


 その翌日、お互いの幼なじみから自慢話を聞かされた蘭と青子は、はじめのうち
感心していたが、そのコトの真相を彼らの母親から聞かされ、大笑いしていた。
 …が、これはまったくの余談である。


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 あとがいてみる

 ども、はじめまして。リアル世界でのじゅんぱちさんの知人・苦労新一といいます。
このたびは「Smiling」1周年ということで、そのお祝いとして二次創作を1本
進呈させていただくこととなりました。
 まあ…見ての通り、どうしようもないバカネタです。思わず怒りを覚えた方については
平に「すみませんでした」と申し上げるのみです。笑っていただけた奇特な方(いるのか
おい)につきましては、感謝感激雨霰といったところです。
 なお、この文章の文責はすべて私・苦労新一にあります。けしてじゅんぱちさんに
カミソリメールなど送られませんよう、お願いいたします。ああっ許して。

 P.S 
 シリーズ1、とあるようにこの手のバカネタのシリーズで続きの構想があります。
 じゅんぱちさんと、皆様のご支持があれば(あるのかなあ…)それも書きたいな〜、
なんぞと考えております。

苦労新一さん(名前は思い切りふざけましたね?)ありがとうございます!

オフラインで唯一このサイトの存在を知る貴方から小説をいただけるとは思ってもいませんでした。
でもちび新一&ちび快斗にうふふふ・・・vvです。
続き、ぜひぜひ待ってます。