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*拍手お礼SS(4):鋼錬より大佐と中尉(BYレースル)
「マスタングさん!」
本に没頭していたロイの耳に、突然切迫した声が飛び込んだ。
何事かと振り返ると、師匠の娘が青ざめた顔で駆けてくるところだった。
彼女は肩で大きく息をしながら、芝生に腰を下ろしていたロイの隣にへたり込む。
「どうしたの?そんな血相変えて」
よほど一生懸命走ってきたのだろう、健康的な丸みを帯びた頬は薔薇色に染まっていた。
彼女は、ロイの質問に答える前に、一度大きく唾を飲み込んだ。そして小ぶりな口を、金魚のように懸命にぱくぱくさせる。
「あっ、あの…む、む…むし、がっ…!」
「え?」
「っ…虫が、背中に!と、取って…!!」
言って彼女は身体をよじり、華奢な背中をロイに向けた。
目を凝らすと、人間に羽が生えていた名残なのではと思うような、小さく形のよい肩甲骨の上あたりに、それはいた。
小さな小さな、本当についさっき生まれたばかりのような尺取虫が。
「こんなのが怖いの?」
「い、嫌なの!取って、お願い!」
「はいはい」
泣き出しそうな顔で懇願する少女に、ロイは笑いを噛み殺しながら腕を伸ばした。
少女の肩口を這って進む虫を、軽く手を振って払う。
「取れたよ」
「ほ、本当に?」
「本当だよ」
「本当の本当?」
「なんでそんなに疑うかな」
「だって、マスタングさん時々いじわるなんだもの」
「ひどいな。ほら、大丈夫だから、振り返ってごらん?」
「…………」
少女は、こわごわと振り返った。
信頼と恐怖が入り混じった瞳で自分の背中を見ようとする彼女の鼻先で、ロイは掌を広げた。
先ほど、彼女の死角でこっそりと捕まえたバッタが入った掌を。
「きゃあっ!!!!」
解放されて喜びに飛び跳ねたバッタが鼻先を掠めて、彼女はバッタ以上に飛び上がった。
バッタは彼女の叫び声などどこ吹く風というように、ぴょんぴょんと跳ねて草の中に消えていく。
「ばっ…バカ!バカ!マスタングさんの意地悪!!!!!」
「…というようなことがあったなあ、中尉」
「全く記憶にありません」
記憶の中の少女から稚さが消え、理知的な瞳や細く真っ直ぐな眉、すらりと通った鼻筋がシャープな印象を与える美女が言う。
無表情を装っているが、リザ=ホークアイ中尉の長い金色の睫が震えるのを、ロイは見逃さなかった。
「もう虫は苦手じゃないの?」
「虫が苦手で銃が持てると思いますか?」
「それは関係ないと思うが」
「…昔話に興じる暇があったら、少しでも仕事を進めて……ッ!!!!!?」
デスクの引き出しを開けたリザは中身を一瞥し、椅子を倒すのも構わず後ずさった。
整然と並んだ文具の上に、ちょこんと、小さな―――蛾が。
「お菓子のオマケで付いてたから、つい――――」
パァン!
顔を強張らせたリザに微笑みかける間もなく、乾いた銃声が響き渡った。
大音量を処理しきれず、キィンと耳の奥で不快な音が起こる。
「…単なるおもちゃじゃないですか」
耳鳴りが収まりかけた頃合に、リザの声が鼓膜を振るわせた。
「…昔の方が良かったなぁ」
「お蔭様で鍛えられましたので。貴方はちっとも進歩しませんね」
「…………もしかして、怒ってる?」
「…怒っていないとでも思ってるんですか?」
「いや!いいえ。すみませんでした」
<了>
すみませんでした(色々)。
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