RAINV
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いつしか 耳鳴りさえも 遠のいて 自分は 今 確か立っているのだと 確か歩いているのだと 確か目を開けていて 確か生きているのだと それさえも 想い出して 考えて 思いつく ああそうだ 自分は 今 ここに居るのだと・・・ 目の眩むような白光に包まれた部屋には、換気と空調の轟音が響く。 気温は何処までも低く、死臭が鼻につき、思考は停止する。 目に映るのは手元の赤だけ。 ひたすら切り、開いて、引きずり出す。 一つ一つの部品に分けられた人間は、台に並べられてパックされるのを待つ。 解体室・・・腑分け場。 私の仕事場。 仕事が終われば、残るのは何時までもとれない床と壁の黒いシミ。 そして暗い部屋。 白と赤と、黒。 とにかくそれ以外は何もなく、何も考えられはしない。 何も思わない。 記憶しない。 そこに他のモノは何もないけれど、一歩出た所には一人の女の子がいた。 輝く金の髪と、青い目と、ソラ色のワンピース。 ワカバ色と、モモ色と、ミズ色のガラス玉を爪先に転がして。 ボスの娘だというその子は、何時も腑分け場の入り口に座っていた。 一日中・・・。 少なくとも、私が来て帰るまでの間は。 膝に顎を乗せ、指先でガラス玉を触りながら数を数えている。 「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むぅ、な、やぁ・・・」 瞳の焦点は何処にも合わない。 「ここの、とぉ・・・」 十まで数えれば、もう一度一から呟き出す。 豊かな色彩を纏った女の子。 心の中は、きっと一色で塗り潰されているだろう。 その子を見ていると、今は暗い部屋の奥に閉じこもり、決して答えてはくれない彼女を思い出す。 彼女は良く笑ったし、心の中もきっと色鮮やかだったろうけど。 私の目には仕事場の外の風景は全て灰色に写ったし、その仕事場でさえ、女の子以外のモノは灰色か、白赤黒の三色でしか見えなかったから・・・。 結局今の私にとってのカラーは、記憶にある彼女か薄汚い廊下に座るその子だけなのだ。 家への帰り道。 今日、彼女は何か答えてくれるだろうか? そしてふと、職場の風景が思考に重なる。 赤色。 血の色。 そう、赤もカラーだ。 −あの人のナカミは、とても綺麗な色だった− 私は、大切な人のために・・・ たった一人の家族の、大好きな彼女のために、働いているんだ。 −溢れ出す血は、とても暖かかった− 早く帰ろう。 今日こそは、答えてくれるかも知れない。 −あの人は言ったんだ。私のために自分を殺してくれと。暖かな笑顔で・・・− 想い出して。 考えて。 思い出す。 私がまだ生きていること。 私がまだここに居ること。 早く、気づくべきなのだ。 彼女を殺したのは私なんだから。 |
海月
2002年02月04日(月) 23時10分33秒 公開 ■この作品の著作権は海月さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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