──ああ、また怒られる。

深い森。

何処までも続く緑の世界。

森厳と静寂が支配していた空間が、急にざわめき出す。

風も無く震える木の枝。

──来た。

(マタ、オマエカ!)

頭の芯、胸の奥、腹の底。

身体の内側から響いてくる大音声。

(ドレダケ我ラヲ煩ワセレバ気ガ済ムノダ?)

…私は答えない。

心の中で、舌を出す。

声は重複し、震え、根の先まで伝わっていった。

声の主は、一人ではない。

(キュウセン、キュウヒャク、キュウジュウ、キュウ)

周りをぐるりと取り囲み、声達は非難を続ける。

(九千九百九十九年。私達ガオマエニ悩マサレ続ケタ時間ダ)

(モウ我慢デキナイ!)

(“ココ”カラ出テイケ)

(モウ何モシナイト誓エルヨウニナルマデ、決シテ帰ッテクルナ!)

──ちょうど良い。

こんなつまらない所は無い、いつか“外”に行ってみたいと思っていた。

僕は、ゆっくりと“本体”から抜け出す。

それと同時に、目の前の空間が歪みだした。

(オマエノ“本体”ハ見テイテヤル)

その言葉を背に僕は歪みの中へ、向こうに見える「人の世界」へと飛び込む。

謝罪は最後まで、言わなかった。

                 

「では、行って参ります」

空は晴天。

少し涼しくなってはきたが、まだまだ昼の日差しは暖かい。

聖フェルアーナ教会、都市ライカに在る教会の一つから出てきたのは、長いすみれ色の髪をした修道服の少女だった。

ゼフィー=ウル=コプト、今年十四になる若き教区司祭。

この娘は「こことは違う星」から来たのだと聞いて、信じる者はいないだろう。

この世界には「別の星」という概念自体が無いのだから。

母星滅亡の危機にさらされ、父にこの地で待つようにと送り届けられ、今日まで数年。

迎えはいつ来るとも知れず不安はあったが、学ぶことの多さと物珍しい環境に振り回され、淋しさを感じる暇もなかった。

今ではすっかり勤勉な一司祭に収まっており、今日も「この世界の魔術」を学ぶために、教会の許可を取り出てきたのだ。

──街で昼ご飯を買っていこう。

魔術の教本を抱えなおし、静かな並木道を街の中心に向かって歩いていく。

……ここまでは、この世界で過ごしてきた数年間の続き、“日常”だったのだ。

(バキッ、バサボキドゲッ)

突如、前髪をかすめて落ちてきた何かに突き飛ばされる。

「…痛っ」

固い地面にしりもちをついてしまい、一瞬衝撃で視界が暗くなる。

──なに?

目を瞬かせ、一番に見えたモノは散乱した魔術の教本。

そして、それに埋もれるようにして倒れている小さな子供…

──…子供?

「っ!!大丈夫ですか!?」

我に返り、慌てて抱き起こす。

「う゛ぅぅ〜〜」

うめき声と共に開かれた瞳は、深緑だった。

白い頬に掛かる若葉色の髪、そこから覗く尖った耳の先。

何かが“違う”感じのする子供。

「あの…」

「おまえ、何だ」

反応がないのを心配して声をかけたのだが、突拍子のない質問が小さな口から出てくる。

「おまえ、何だ?」

背中を冷や汗が伝った。

そんなことあるはずがないのに、思ってしまったのだ。

自分の正体を一目で見抜かれたと…。

ふと、無表情だった子供の顔に、笑みが浮かぶ。

「おまえの目、片方青で片方紫だ」

額にも、汗が浮かんだ。

今度は、核心をつく言葉。

片方ずつ色の違う瞳は、故郷では“混血”の証とされていた。

この世界では関係がないはず、でも…

仰向けの状態から、ぴょんと跳ねるように起きあがったその子は、しゃがんでこちらの顔を覗き込んでくる。

「なに固まってンの?綺麗だってほめてるんだよっ!」

意識せず目をそらしていた私ははっとする。

目の色をほめられたのは、初めてだった。

「ホント助かったよぉ。人間界ったら空気悪すぎ、息苦しくて目眩しちゃってさ」

ニッと、いたずらっ子そのものの笑顔を見せ、手を差し伸べてくる。

……よく分からないが、目眩を起こしたわりには元気そうだ。

自分の思考の渦から何とか抜けだし、その手を取る。

「木の上で遊ぶのは危ないわ」

笑っていた子供の眉間に、きゅっとしわが寄る。

「子供扱いしないでよ。これでもおまえの五百倍は生きてるんだから」

…ますます訳の分からないことを言う。

ゼフィーは決して、長身というわけではない。

そして両者とも立ち上がった今、目前の子供の頭は自分の顎くらいまでしかないのだ。

顔にもシワ一つなく、どう見ても十歳前後のやんちゃ盛り。

服に到っては、この季節老人は決して着ないような半袖・半ズボン。

──確か、この世界の人間の平均寿命は百にも満たなかったはず。

自分の五百倍どころか、年上にだって見えない。

それが結論だ。

「なんだよ。その目は!」

明らかな疑惑を感じ取って、子供がわめく。

「僕は人間じゃないんだから、見かけは関係ないの!名前は月成。ポプラの木の精霊!!」

「精霊…?」

「そう。ちょっと悪戯が過ぎて精霊界追い出されちゃったけどね。人間界の見物楽しみだったんだけどさぁ、空気が合わなくて目眩おこして木の上で休んでて…」

ふと、理解の範疇を越えた話が停止する。

話どころか動作と表情まで停止させたその「自称精霊」は、数秒の間を空けて私にビシッと指を突きつけてきた。

「そう、それが聞きたかったんだった。すっごく苦しかったのに、おまえの側は苦しくないんだ」

また、よく分からない。

私の側は苦しくなくて…、それが?

「おまえ、“ここ”の人間じゃないだろ?」

今度の言葉はよく理解できた。

しかし、理解と同時に思考は固まる。

いきなり現れた不思議な子供。

いきなり暴かれた自分の正体。

異端者を糾弾する様子ではないが、いったい私にどうしろと言うのだ。

「うん、決めた。僕、おまえの側にいるから」

「は?」

「だから、一緒にいる。おまえの側だと楽だから。で、名前は?」

「……ゼフィー…」

「じゃ、よろしく。あ、この方向だとこれから街?食べてみたい物があるんだよぉ。あ、何か不都合があれば姿消していけるし。僕も大勢の前に姿さらすのって好きじゃないし。あ、僕のことは月成じゃなくてティーって呼んで。よし、行こうゼフィー」

ぱたぱたと小走りに遠ざかる、小さな背中。

──いったい、何が起きたの?

聞こえた話は、理解できない単語として脳内を漂っている。

──精霊、五百倍、ポプラ、月成、悪い空気、ティー、苦しい、苦しくない、私の側、一緒に…行く?

「ゼフィ〜?なにしてンの、早く!」

十メートルほど離れたところで…ティーが手を振り、叫んでいる。

教本を拾い集め、立ち上がる。

私は、街に向かって歩き出した。

ティーと、一緒に。

人間界は、立て込んだ所だと思っていた。 

何処にでも沢山の人間が居て、沢山の建物が建っていて…。

想像していた人間の生活に、木なんか無かった。

──よく考えてみれば、裏と表の関係にある人間界に、精霊界にある木が一本もないなどあり得ないのだが。

ゼフィーに連れてこられた「教会」には、特に緑が多かった。

広い庭には野菜や花の畑がたくさんあったし、敷地の周りは林が取り囲んでいた。

穏やかに流れる時間、規則正しい人間、綺麗な建物、清潔なくらし。

雰囲気が何処か故郷と似ていて、落ち着いて……とても退屈だった。

──さて、今日は何をしようか。

聖堂の、一番高い屋根の上に寝そべって考える。

人で込み合っている場所ではダメだが、こういう草木の多いところであれば、ゼフィーからかなり離れても倒れるようなことはない。

──ホント、退屈なところ。ゼフィーも遊んでくれないし…。

食事、掃除、洗濯、祈祷。

いつも予定が詰まっていて、ねだってもなかなか街へは連れていってもらえない。

──あ、そうか。忙しくなくなれば良いんだよね。

それには予定を決めている人とか…、とにかく偉い人が働けなくなれば良いんだ。

うん、そうすれば街に行く暇もできるよね。

僕はひとまず、足元の聖堂に行くことにした。

                 

 

私は確かに、“この世界の常識”にない存在だ。

しかし、この世界の常識で生きてきた。

そしてそれは、並木の上から落ちてきたポプラの精霊にぶつかるという出来事に遭い、見事うち破られた。

今、月成という名の九千九百九十九歳の十歳児とともに暮らしている。

私は彼女を教会の寮の部屋に、他の司祭には内緒で連れて帰った。

ティーは姿を消すことが出来るから、食事のことさえ何とかすれば隠しておける。

…そう思っていたのだが、甘かった。

ホント何事も、常識だけで予想してはいけない。

ティーは感情の起伏が大きく、話好きだ。

一万年近くを生きてきただけあって、知識の多さは半端ではない。

話を聞くのはとても楽しいが、ティーは調子に乗ると、とことんしゃべり倒す。

話は深夜に及び、見回りの司祭に聞きとがめられる。

おかげで就寝時間破りの常習犯になってしまった。

……それはもうあきらめた。

ティーは好き嫌いが激しく遊び好きで、何より悪戯好きだ。

退屈をすれば何かと悪戯を企み、気に入らない司祭の私室に落書き………程度ならまだ良い。

祈祷の最中に聖堂の蝋燭が剣舞を披露した時は、全身の血が一気に氷点下まで下がった。

実際に気絶した司祭も何人かでている。

一万年の知識をいたずらに傾けるのだけは、止めてほしい。

今日は、二人で街に昼食を取りに行くことにした。

初めて出会った日に行った以来、街には一度も行っていない。

ティーは、私を暇にするために悪戯をしたらしいが、かえって逆効果だった。

聖堂の一件の後始末は、どうしようもなく大変だったし(どう処理したかは明言を避ける)、

倒れた司祭の看病や人手が足りなくなった所の手伝いなどもあり、まるまる三日、教会全職員が死闘を繰り広げた。

ともあれティーの不満を汲み、また同じ様な事件を起こし、更に存在を知らせて新たな面倒を呼ばないためにも、今日は一日ティーにつきあうことにした。

隣には、無邪気に笑う九千九百九十九歳児。

私は最近、ティーの「悪戯をして追い出された」という言葉をよく思い出す。

そして最近多くなったため息をつきながら、自覚するのだ。

笑うことも多くなったと。

(ドガバキィッ、ばたドサ…)

ライカにある教会所属の僧侶用宿舎、それに並んで建つ食堂から聞こえた打撃音には、何かが崩れる音も添付されていた。

──食堂内。

真っ二つになったテーブルと、その横に仁王立ちになる少女。

尻餅をつく数人の少年と、思わず遠巻きになる十数人の僧侶。

……少女がテーブルをかち割ったのだろうか?

短めに切られた髪と、少年をにらむ明るいブラウンの瞳、動きやすいよう裁断され、縫い直された修道服。

それらが活動的な印象を与えはするが、至って平凡な少女に見える。

「私、出ていきます」

少女はそう一言いうと、毅然と食堂を後にした。

私は、名前を中華という。

そう、あの中華料理と同じ名前だ。

中華料理とはそもそも「中華という所の料理」という意味のはずだが、この大陸には「中華」という料理の名前として伝わり、広く知られている。

どちらにしてもふざけた名前だ。

親が「今日のご飯は中華だったから」とかいう理由で名前を選ばなければ、こんなに苦労はしなかった。

地元でなにかとからかわれるのが嫌になり、僧侶としてライカに来たというのに、今度は教会の若い仲間からさんざんからかわれた。

さすがに壮年の僧侶などは何も言わないが、初めて名前を名乗ったときの表情と、「もう一度言ってもらえますか」と聞き返されたことは未だに根に持っている。

──これから、どうしようか…

今日の昼食に、中華スープが出た。

アホな十代の僧侶がまた、からかいに来た。

ついつい腹が立って、着いていたテーブルを勢いよく叩いたところ…。

割れた。

真っ二つに。

すごい音を立てて。

──そういえば、かなり古いテーブルだったよね…。よくギシギシ鳴ってたし。

騒然となる食堂。

割った本人以外、テーブルが痛んでいたとは分からない。

周りの人間は、中華を素手でテーブルを割るほどの怪力だと思っただろう。

──また、陰口の材料が増えた。

そう思ったら、自然に口が動いていた。

「出ていきます」と…。

気づけば修道服を着たまま、手には昔から使っていた杖のみ、所持金も少しという状態。

──おなか空いたなぁ…

結局、昼食を食べ損ねたのだ。

──でも、一回食事したらお金なくなっちゃうよね…

…さんざん迷ったが、何か食べることにした。

腹が減っては戦は出来ぬ……

…いや、腹が減っていては何も考えられないから。

                 

大通りに面したオープンカフェ。

客の入りは上々。

中華もその客の一人として、テラスに有るテーブルの一つに着いていた。

──これで、所持金は使い切った。

空になったサンドイッチバスケットを前に、おかわり自由の紅茶をすする。

──やっぱりお金がないと、どうしようもないか。

だが、働くにしても身元証明のない人間をいきなり雇う店が、街中に有るだろうか?

……さて、どうしてくれよう。

ふと、視界に引っかかった色。

通りを行く、長いすみれ色の髪。

紫の髪の少女が目に留まったのは、修道服を着ていたから。

街に住む教会関係者が、この時間出歩くのは珍しい。

朝昼夜、食事は教会内で祈りの後に取るのが常だ。

──昼食の買い出し…、とか?それにしては遅いか。

同年代くらいのその少女は困ったような、吹き出すのをこらえているような笑顔を浮かべて、一人で歩いている。

── 一人で…。

一瞬前まで誰もいなかった少女の視線の先が歪み、いきなり子供が現れた。

目をこすってもう一度見てみるが、人の影から出てきたわけでも、建物の影から出てきたわけでもない。

周りの人々は、何の反応も見せない。

空間から沸いて出た、日に透けるような金髪…いや、黄緑色の髪をした十歳前後の女児は、通りの反対側にある屋台に走り寄っていった。

少女も続く。

その時、思いついた。

──黄緑の髪、小さな子供、空間移動能力…。商品名…芸名は「精霊」。

売れるわ、見せ物小屋に。

すっごく高く。

本来聖職者の思いつくことではないが、現在かなり行き詰まった状況である。

背に腹は替えられない…どころか、おかしい事を考えているという自覚がなかった。

                 

「ゼフィーッ!これ食べよう!!」

屋台に出来ている、けっこう長めの列の最後尾に走りつき、後ろを振り返る。

少しくたびれた感じのゼフィーが、人混みをかき分け追いついてきた。

「…この人混みで、よく走れるわね。」

「べつに?それより、これ食べよう」

たくさんの人が発する気は好きじゃないが、ゼフィーが居るから心配はない。

気が防げさえすれば、人混みなんて邪魔な置物の群。

避けるのは簡単だ。

「本当に元気」

苦笑しながら、ゼフィーも列に並んだ。

なんだかんだ言っても、つきあってくれる。

前を向いて、列の先を見ようと…

「捕まえた」

「は?」

掛けられたのは、状況にそぐわない言葉。

振り返れば、ゼフィーと同じくらいの少女が微笑みながら僕の腕をしっかりとつかんでいた。

「…なんだよ」

「あの、この子が何かしたのでしょうか?」

わけが分からず、少女にくってかかろうとした僕の言葉をゼフィーが遮る。

しかも、今思いっきり子供扱いしたし。

「な…」

「え?ああ、お気になさらず」

「…」

「何かご迷惑をおかけしたのでしたら…」

「そういうわけでは無いのですが」

「無視すんなあぁ〜〜〜!!」

僕の大声に、ようやく二人がこちらを向く。

二人だけでなく、屋台の行列人と周りの通行人もかなり注目してくれたが、それはどうでも良い。

ちなみに、いきなり「捕まえた」とか訳の分からないことを抜かしやがったヤツの両腕は、

未だ僕の左腕をがっしりとつかんでいる。

「この手、離せよ」

「それは出来ません」

「なんでだよ」

「貴方を売り飛ばすから」

『はあ!?』

ここで、ゼフィーの声と同調。

……うりとばすって。

「ちょっと訳があって、お金が必要なのです」

「…で、何で僕が売り飛ばされなきゃなんないのさ」

「それは何かのご縁かと」

ぶつっと。

キレた。

「どりゃっ」

勢いで繰り出した右ストレート。

「はっ!」

…寸での所で、相手の左手に阻まれる。

「…そのふざけた口、縫いつけてやる」

「…何が何でも、売り物になってもらいます」

もう、周りは見えない。

行列の中で、かなり前後不明な喧嘩が始まった。

                 

「で、まずお名前をお教え願えます?」

なんだか、とっても気温が低い。

私は今、黄緑髪の女児と紫髪の少女を見つけたカフェにいる。

その、二人と一緒に…。

「後、謝罪の言葉とかも聞いてみたいですね」

正面に座った少女はにっこりと笑う。

確か一つ年下と言った彼女の背後には、一万年蓄積されていたかの様な、怒りの炎がたぎっていた。

いきなり始まった喧嘩は、かなり周囲に迷惑そうだった。

が、人を数十人突き飛ばして屋台を五軒つぶすくらい、その時はどうでもよかった。

何処かで、獲物と一緒にいた少女の声がしていたが、無視した。

呪文を唱える暇のない足と拳だけの、正に“喧嘩”。

それでも私と相手には、これからの生活がかかった戦いだった。

『せやっ!』

同時に飛び、足を交差させ、そしてまた、飛び退く。

汗を拭き、対峙。

「なかなかの、腕前」

「そっちこ…っそ!?」

突然目の前を過ぎた巨大な影。

風が吹き抜けたと思ったら…

目の前の相手が消えていた。

「どこっ!?」

驚きで一瞬動きが止まり、私は…

私も何だか分からない影に、とばされた。

気づけば道の端に獲物と共に転がっていて、目の前には紫髪の少女。

「二人とも、とりあえず場所を変えましょうね」

背後に妙な気配(たぶん魔術)を背負いつつ、有無を言わさず引っ張られ今に至る。

「えと…。すみませんでした」

冷や汗。

やっぱり空気が重い。

「名前は?」

……。

「……ちゅうか」

今度はどんな反応をされるだろう?

少し上目遣いに反応を伺ってしまう、が…

「そう」

反応は、得になかった。

「じゃあチュウカ。とりあえず通行人の人達には平謝りしてきたから。ティー、貴方もあやま……。チュウカ、どうかしたの?」

話を止め、眉をひそめて私を見る。

よっぽど変な…驚いた顔をしていたのだろう。

「あ…いや、私の名前聞いて、何も思いませんか?」

「…どうして?」

ふと見ると、ティーと呼ばれた子供も怪訝そうにこちらを見ている。

「えと…、中央の「中」に花の「華」って書く…」

「?。替わった響きだけど、良い字だと思うわ」

「それが何なの?」

二人して、本気で「中華」を知らないようである。

ビックリした。

本当にビックリした。

何だか、口元がゆるんできた。

すごく、笑いたい気分。

身を乗り出して、二人の手を掴む。

「一緒に旅しません?」

「えぇっ?」「あ!いいな〜。僕も“旅”したい!」

二人同時の違う反応。

しかし、ふとティーの眉間にしわが寄る。

「でも、僕まだおまえのこと許してないぞ。売り飛ばそうとした謝罪、まだ言ってもらってない」

……忘れてなかったか。

「まあまあ、実は中華って料理の名前なんですよ。度の途中で良い店、紹介しますからv」

「ああ〜!食べてみたい!!ゼフィー、行こう!!」

「え、ちょっと…」

「あ、ゼフィーさんって言うんですか?」

「そう!僕は月成、ティーって呼んで!」

「はい!」

「へっへ〜♪」

「あの…」

『行こうね♪ ゼフィー!』

ゼフィーの顔色が青白かったが、初めて“中華”という名前に妨げられないつきあいが出来るのだ。

細かいことは気にしない。

細かいことは……

そういえば私がゼフィーを目に止めた時の、ティーの現れ方…。

それが理由でティーを捕まえようとしたのだ。

しかもゼフィーは明らかに一般のものでない、聞いたこともないような魔術を使った。

「もしかして二人とも、人間じゃなかったりします?」

沈黙。

ゼフィーの顔色がまたいっそう悪くなった気がする。

賑やかだったティーも一瞬固まったが…。

「ま、ばれてるならそれで良いよね?ゼフィー。これから一緒に旅するんだし」

あっさりと正体をばらしてくれた。

精霊と異界人…。

へぇ〜。

別に、関係ないか。

名前を指摘されないならそれでよし。

こうして、かなり印象の悪い出会いなどは上手く煙に巻いた。

後々、様々な理由で争うこととなるティーと私も、この時ばかりは旅話に花を咲かせることとなる。

ゼフィーの蒼白な顔色は最後まで、誰の気にもとまらなかった。