輝きの海 ACT1
始まりはいつも唐突に


 ――時は、ヴァルニア暦917年。
 第12代皇帝の暗殺によって統一国家は脆くも崩れ、全土の覇権をめぐる争いは日に日にその苛烈さを増していった。戦いはそれぞれの国民をも巻き込む壮絶なものとなり、ひとつ、またひとつ、国家が地図上から消えていった。最後に残ったのは南の大半を占めたゼルシュナンド王国と北の大半を占めたイシュタリア王国。物量で勝るゼルシュナンド王国は開戦直後こそ押していたが、調子に乗ってイシュタリア本土に攻め込んで来たゼルシュナンド軍に対しイシュタリア軍は地の利を生かしたゲリラ戦法で反撃。戦場が混乱する中、ゼルシュナンドで最も勇猛果敢であったマクレイド将軍が戦死した。四方から槍で貫かれての壮絶な最期だったと伝えられる。兵の士気が下がったところに総攻撃の命が下り、ゼルシュナンドの先発隊は全滅。イシュタリアの迎撃隊は、多少の負傷者こそいたものの死者はなかった。この戦いにより戦力差はほぼ互角となり、戦いはさらに凄まじいものとなっていくのである。


1. サンサルデリアの攻防戦

 ゼルシュナンドとイシュタリアの戦いは暫く何の変化もないまま続いた。しかし兵は疲れきり、国民の苦しみは限界に達していた。
 ことに北の国であるイシュタリアでは食料が不足してきており、無け無しの生産高の大半が兵糧として国に納められていた。飢えと寒さによって老人や幼子が息絶えていく惨状に、イシュタリア王は何度も戦いを止めるよう進言されていた。しかし二国間の、北と南の対立はもはや修復不可能なまでに広がっており、今更戦いを止めることなどできようはずもなかった。戦いは次第にゼルシュナンド側に有利に傾いていき、勝負は見えてきていた。
 数ヶ月の後、勢いに乗るゼルシュナンド軍は、イシュタリア最後の砦サンサルデリアをウェルディー将軍率いる十万の大群を以って包囲した。
 砦を守る老練な名将ロスタバン将軍はこれに対し正面から待ち構えた。
「我が名はウェルディー!ロスタバン将軍よ、聞けい!我が軍勢は十万、対してそちらの軍勢はわずか五千!このまま戦っても勝負は見えているのではないのか!無駄な血を流す事なくこの砦を我らに明け渡そうとは思わぬのか!」
 ウェルディーの声が、両軍が睨み合う戦場に響いた。
「戦わずして負けたとあらば武人として一生の恥!たとえ可能性が限りなく無に等しくとも、誉あるイシュタリア軍の名にかけてこの砦は絶対に通さん!」
 ロスタバンも負けじと大きな声を響かせる。
「命運尽きるまで我らが道を阻むか。ならば容赦はせん!力ずくでこの砦、落とさせてもらうぞ!第一軍団行けいッ!」
 大地を揺るがすほどの怒声とともに、十万の大群の前数列、その数およそ一万が一斉に砦を落とさんと走り迫る。


<…ーゼールー……>
(何だ?今いいところなんだから邪魔を……)

 バァン!!

「!?」
 壊れんばかりの勢いでドアが開き、快活そうな少女が走りこんできた。
「アーゼルゥーッ!さっきからずーっと呼んでんのにキミって人はーっ!」
「……何だ、ミルフィーユか」
 いきなり至近距離に来られて身構えかけたアゼルだったが、それがミルフィーユ=クランであることがわかると、再び手に持っていた本を読み始めた。
「何だじゃないわよ何だじゃ!今日が何の日かわかってるんでしょうね!?」
 必要以上に興奮していると思われるミルフィーユの、赤みがかったピーチピンクの前髪が揺れる。
「ああ」
「本当にわかってるの?言ってごらんなさいよ」
「オーロラ祭」
 オーロラ祭はこの地方の風習で、不思議な事に毎年この時期になると空にカーテン状のオーロラを観ることができる。それに合わせて様々な行事が開かれ、人々のストレス発散の場になっている。
 ちなみにこのやりとりの間も、アゼルの目は本に注がれたままだ。
「歴史小説なんか読んでないで、ちょっとは準備を手伝いなよ。今年はわたし達の村の番なんだよ?」
「無駄に体力を使いたくないんだ……って、俺の本!」
 さっきまで持っていた本は、いつのまにかミルフィーユに奪われていた。
「返してもらいたかったら、普段サボってる分しっかり働くコトっ」
 そう言い残して、ミルフィーユはアゼルの本を持ったまま出ていった。
「……ったく、仕方ないな……」



「その飾りはそっちに付けて。それからこの飾りを……」
 "歩くスピーカー"の異名を持つ小母さんが、ただでさえやかましい普段の十割増しぐらい張り切って、準備の仕上げを取り仕切っている。会場は近辺の四つの村の中心に建てられるため"大人災"以降徐々に数が増えつつある魔物から万一の時に皆を守るための警備隊があちらこちらで周りを見張っている。祭が始まってしまえば「聖火」によって半径約十キロメートル以内は完全に守られるのだが、特殊な火であるがゆえに今のうちから軽々しく燃やす事はできないのだ。
 警備隊は自警団員と有志によって構成され……るはずだったのだが、「有志」の者はそのほとんどが自警団に所属しており、結局自警団員だけで十分な人数を確保できたのだった。
 アゼルは周りを見回してミルフィーユの姿を確認すると、そこへ向かって歩いていった。ミルフィーユが気付いて「やっほ〜」とばかりに手を振る。
「ミルフィーユ、俺にいったい何をしろって言うんだ?人手は足りてるみたいじゃないか」
「いくらいても良い役目があるでしょ?例えばアレとか……」
 そう言ってミルフィーユが指し示したのは……各々の武器を携え周りを見張る、自警団の男達。
「お前、まさか俺に……」
「キミは仮にも自警団員でしょお?どーして真面目にシゴトしないかなぁ。武器だってホラ、持ってきてあげたよ」
 たいして鋭そうでもないただのナイフを渡されて、アゼルは顔をしかめた。確かに素手よりはマシだろし、武器の中では扱いやすい部類に入る。が、相手は獰猛な魔物か、血も涙も無い野盗だ。実力が伴わなければこんなリーチの短い武器でまともに戦えるはずが無い。
「だいじょーぶ、この世は気合だよッ!」
「……自分の剣を取ってくる」
 はぁ、と溜息をついてアゼルは反対側へ歩き出した。
「戻ってくるんだぞ〜」
「わかってる。俺の読みかけの小説がかかってるからな」
 家までの道中で、溜息をまた一つついた。



 数分後、父の形見である愛用の剣を持って戻ってきたアゼルは、警備隊の中にレイガ=スラッドの姿を探した。ゴツい漢達の中に、右耳にピアスを二つ付けた、ひときわ目立つ女顔。間違い無くレイガだ。
「――よう、レイガ」
「あん?アゼルじゃねぇか。茶化しにでも来たのか?」
 およそ戦いには向いていないと思われる、ただの黒いTシャツと破けたGパン。赤紫の髪は、本人によると地毛らしいが。
「手伝いに来てやったのさ。お前だけじゃ心配でな」
「へっ、言ってくれるぜ。そっちこそ足手まといになるんじゃねぇぞ」
「――って言っても、そうそう魔物なんて来るもんじゃないだろ?」
 数が増えたとはいえ、全ての魔物が人間に敵意を持っているわけではなく、こちらから干渉しない限り襲いかかってくることはあまりない。
 しかし人間の姿を見ただけで襲いかかる個体がいるのも事実であり、そうなれば生半可な護身術は通用しないだけに厄介なのだ。

 ガサッ。

 遠くの草むらが、少し揺れた。熊のような動物が、四つん這いでゆっくりこちらに歩いてくる。
 敵意があるのかないのか、まだ判断がつかない。しかし、魔物であることは明らかだ。
「お♪」
 レイガが剣の柄に手をかける。
「お♪じゃないだろ、レイガ……」
「俺はもっと強い奴と戦いてぇんだよ」
「そういうセリフは俺に最低でも十戦八勝できるようになってから言えっ」
 アゼルとレイガは互いにライバル意識を持っており、休日が重なる度に村の広場で決闘をしている。実力はほぼ互角で、十戦五勝、細かく言えば五十九戦二十六勝二十六敗五引き分けどうしである。アゼルが勝つときは持ち前のスピードと技で一気に押し、レイガが勝つときは一発逆転の一撃必殺。技のアゼル・力のレイガと呼ばれ、実力は自警団トップクラス。
「とにかく、下手に刺激するな。戦わなければそれが最良なんだ」
 剣をおさめるようレイガに言うと、アゼルはその魔物からかたときも目を放さなかった。魔物は、身体能力が一般的に知られる動物のそれと比べて遥かに高い。本能からの驚くべき瞬発力、瞠目すべき反応速度、致命傷に至る攻撃力。攻撃手段が牙、爪、どこであっても、驚異的な筋力でたちまち肉を裂かれ骨を断たれる。だから、アゼルに限らず全ての人々が迂闊に魔物にケンカをふっかけたりすることはないのだが――
「ォラァ、魔物ふぜいが、闘る気が無ぇならさっさと帰れっ!」
 ―イコール、「かかってきやがれ」。
 目の前に強い相手がいる。確かに、レイガにとって自分の力を試す絶好のチャンスではある。だが、よりによって―

 のそっ……

 それがワーベアであった事は、彼にとって最大の不運だった。おもむろに立ち上がり、腕を振り上げて威嚇する。ベア種と称された種類の魔物の中でも特に狂暴かつ好戦的で、その巨体からは想像もつかないほど速いパンチで幾人もの人間を葬ってきた。少なくとも二人でまともに戦って勝てる相手ではない。
「おい……どうする……?」
 剣を構えながら、レイガが訊く。
「原因はどう控えめに見てもお前だ……!」
 亡き父から聞いた、ワーベアに対する戦い方を思い出しながらアゼルが答える。
「とにかく、このままじゃ勝ち目が無い。でも…後退するわけにはいかない。そうだろ?」
「あぁ……おーい!魔物が出たぞーーーっ!」
 強い奴と戦いたいのはやまやまだが、死んでしまっては元も子もない。
 ――しかし、大声を張り上げたのがいけなかった。
 ワーベアはますます興奮し、いきり立って二人に襲いかかってきたのだ。凄まじい速さでワーベアの腕が振り下ろされる。とっさに二人が跳んでかわすと、ついさっきまで上に立っていた地面に、轟音とともに直径40センチ、中心の深さ10センチの穴ができていた。
「大丈夫か、レイガ、アゼルッ……いかん、こいつはワーベア!」
 応援に駆けつけてきたヒゲ面の自警団員の表情が一変した。
「待ってろ、腕に覚えのある奴を集めてくる!それまで持ちこたえていてくれ!――おお、ルーフェイ!あんたは二人と一緒に戦ってくれ!」
 ヒゲ面と入れ替わるかたちで、格闘家風の筋骨隆々な男が現れた。武器の類は持っておらず、本当に己の拳だけで戦うつもりのようだ。よほどの自信家か、あるいは本当に強いか。彼は間違いなく後者であることを、二人は厭というほど知っている。
「ルーフェイさん!あんたが来てくれりゃ心強い」
 レイガが安堵の表情を見せる。
「はっはっは!ヒゲが弱っちいのをぞろぞろ連れてくる前にやっちまうぞ!」
 ルーフェイが豪快に笑う。
「ルーフェイさん、いくらあんたが強いっていっても相手はワーベアだぞ?」
 そして、アゼルが言った。その眼はワーベアを凝視したままだ。ワーベアは三人に増えた「外敵」に一瞬戸惑いを見せたが、アゼルが最後に喋ったのをきっかけとして彼に狙いを定め、跳びかかった。
(ワーベアは――)
 ワーベアの右腕が振り上げられ、今にも鋭い爪がアゼルの胸元を捉えようとしている。しかし、彼は微動だにしない。
(攻撃の直後に――)
 唸りをあげてワーベアの右腕が振り下ろされる。
(大きなスキができるッ!)
 アゼルはそれを紙一重で避けると、直後にワーベアの懐に飛び込んで、心臓めがけて深々と剣をめり込ませた。ワーベアの動きが一瞬止まる。
(やったか!?)
「詰めが甘いぞ!距離をとれッ…!」
 ルーフェイが、聞き取れないぐらいの早口で言った――

 次の瞬間、視界はめまぐるしく動いていた。彼の目には、ワーベアがピクリと右腕を動かしたところまでしか見えなかった。
 軽く十数メートルは吹っ飛ばされて、ニ、三回は地面をバウンドした。
 そして、目の前が真っ暗になった――






九十九
2001/07/31(火)20:15:22公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
今回登場したきゃらくたー達……ミルフィーユ=クラン(高月紗禽さん)、レイガ=スラッド(零さん)、ルーフェイ(よーへーさん)
配役や出番・セリフに関する質問は一切受け付けます(笑)

冒頭の歴史小説ですが、一応オリジですがかなり某ゲームとか某小説とかの影響受けてます(^^;
(このお話の世界においては当然)ノンフィクションで、物語に絡んでくる事がある予定です。

ちなみに…オーロラとは、
「北極または南極の近くで見ることができる、太陽の放出物質と地球の磁場が織りなす地球電磁気学的現象」
だそうです。
よっぽど寒いところじゃなきゃそう頻繁にはおがめないもののはずなんですが……(^^;

さて、募集要項にそって主人公アゼルのステータスを書きますと……
1:アゼル=ラームズ(男) 18歳
2:身長176cm前後 体重55kg前後
3:青みがかったグレーの短髪、青く澄んだ瞳。
  その辺の村人とたいして変わらない、簡素だが割と丈夫な服を着ている。戦闘にも耐えうる強度を持つようだ。
  女ウケする顔立ちだが、本人は異性に関して今のところ全く興味が無いらしい。
4:やや腕力に欠けるが器用で、ほとんどの武器を扱う事ができる。メインは父の形見の(しかし無銘の)片手剣。
  パワーよりはスピードと技を生かした戦いをする。
5:冷静沈着で、誰かと話をするときは聞き役に回る事が多い。
  合理的に物事を考えるため、時に「冷たい人」と思われることもある。
  歴史に深い興味がある。特に、戦乱時代に対する興味は専門家のそれに匹敵する。
  話し方については、今更あれこれ講釈したり例をあげたりするまでもないかと(^^;
6:STR=5VIT=4INT=4MEN=6AGL=6
こんなカンジです。

ところで……
ランクにかかわらず、水晶霊の川でワーベアを含むエンカウントで2回以上全滅させられた人、
お友達になりましょう(爆)


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