輝きの海 ACT2
オーロラの使徒はおちゃめさん
見慣れぬ風景。白い、しかし所々赤く染まった包帯を巻いた人々。そこがどんな場所であるか理解するのに、そう時間はかからなかった。 ズキン。 ワーベアの打撃の直撃を受けた胸の傷が疼いた。 「…畜生……ッ」 他の何よりもまず自分に腹が立った。 あの一撃で致命傷を与えられなかった自分。 それに気付かなかった自分。 そして、一撃であっさり気絶し、大怪我をした自分。 ――だから、自分のすぐ傍にいた女性に気がつかなかった。 「――よかった、神はあなたをお見捨てになられなかったのですね」 「……誰だ?」 少なくともミルフィーユではない。物腰が180度違う。まだ少女のあどけなさが残るが、それでも随分大人びた顔だ。ぶしつけな質問をしても、その女性は笑顔を絶やさずにこう答えた。 「私はゼフィー。ゼフィー=ウル=コプトです。各地を旅しながら、こうして怪我人や病人の治療にあたっているんです」 「…そうか、あんたが『聖女』ゼフィー……道理で、見かけない顔なワケだ。――ひとつ、訊いていいか?」 「何でしょうか?」 「あんたの眼……左と右で色が違うようだが、何か理由でもあるのか?」 ゼフィーの笑顔が、一瞬崩れたように見えた。 「それは……申し上げるわけには参りません……」 僅かにうつむいて、物悲しげな影が差した。 「そうか。……あ、それからもう一つ――」 その時には、ゼフィーの顔は元の笑顔に戻っていた。 「俺が気絶した後……ワーベアはどうなった?」 「はい。聞いた話ですが……」 「アゼルッ!!」 レイガとルーフェイが同時に叫んだ。ルーフェイが倒れたアゼルに駆け寄る。 「こいつぁいかん……オイッ!誰か、担架だ!急いでこいつを運べッ!」 ワーベアはアゼルにとどめを刺そうと、左胸に剣を刺したまま彼らに近づく。無論ルーフェイも既に敵として認識されており、アゼルの次は彼だ。――つまり、レイガは完全に無視されていた。その隙に後ろに回りこんだレイガが後頭部に思い切り剣を叩きつけた。――が、 ガキィン! 金属を叩いたような音と感触とともに、レイガの剣が根元から折れていた。 「バカモン!ワーベアの頭蓋骨はダイアモンドより堅い、魔物と戦う者として常識レベルの知識だろうが!」 ルーフェイの怒号が飛ぶ。 「絶対……絶命、ってヤツですか、解説のルーフェイさん?」 手負いの魔物ほど恐ろしいものはない。失うものなどないと、全ての力をかけて戦うからだ。いずれ死に至るのは確かだが、それまでに何人「敵」を殺すかはもはや計算できるレベルの問題ではない。 「だ・れ・が・解説だ!この非常時に!だからお前はアホなのだ!!!」 「えーこちら実況のレイガっ、大ピンチでありますぅぅ〜〜ッ!」 最早ヤケクソになっているレイガだが、ワーベアはお構い無しに襲いかかろうとする。 「よく聞け!奴は既に左胸にかなりの傷を負ってるんだ!そこを狙え!行くぞッ!!」 「わかった!」 急に反応がまともになったのは、勝つ可能性が見えてきたからだろうか。しかしちょっと考えればルーフェイが言わなくても簡単にわかることであり、このあたりが彼がいつまでたってもアゼルといい勝負しかできない原因なのかもしれない。 (左胸左胸左胸左胸…胸……あれ?えっと……右……左……右) 「右胸ェェッッ!!」 「違うわバカモノォォッッ!!」 さながら魔物並の「瞠目すべき反応」でルーフェイがツッコミを入れる。 「ッ、左胸ェェ!!」 ドンッ! 二人の渾身の一撃が、ワーベアの左胸、血の流れる傷口とほぼ同じ箇所に入った。鮮血が迸り、ワーベアの身体が地面に横たわって、緑色の淡い光に包まれた。 魔物とは不思議なもので、「死」を迎えるとその体は淡い光とともに消え去ってしまう。放置されて腐らないのは結構なことだが、これはこれで謎であり懸念を呼んでいる。 「……というわけなんです。時間的には、その直後に私とクリス義姉さんがこの村にやって来たことになるみたいですね」 「時間……そうだ、今は何時だ?」 オーロラ祭は十八時半から始まる。 「二十時です。――けど、オーロラ祭は諦めてください。今のあなたは立って歩くだけでも体中に激痛が走るほどの重傷なんですから」 それどころか、安静にしてたって時々胸に激痛が走る。とアゼルは言おうとしたが、それは恐らくゼフィーもわかっていることだし、そんな事を言ってしまえばいつまでたっても退院させてもらえない。喉まで出かかった泣き言を呑み込むのには一苦労した。 「なに、構わないさ。俺が不甲斐無かっただけなんだから……――ところで……いや、やめておこう。他の奴らの看病もあるだろうからな」 「いいえ、私が我侭を言ってあなたの傍にいるんです。あなたからは不思議な力を感じる……だから、できるだけ傍にいたいんです」 それぞれ色の違う二つの瞳に見つめられて、アゼルは返答に困った。 「不思議な?」 ワーベア一匹とも満足に戦えない自分に、そんなものがあるものか。 ――これもまた、呑み込むのに一苦労した。 こんこん。 がちゃ。 「アゼル、いるーっ?」 安静にしている人々の邪魔になるのではないかというほど無邪気な声が響く。 「……って」 ミルフィーユは二人を見るなり、途端に不機嫌そうな顔になって、「もしかして、イイ雰囲気?邪魔しちゃ悪かったかなぁ〜」と見当違いなことを言った。アゼルはこの時、女はピンからキリまでいる……と、心底痛感した。 「そんなんじゃない……で、何の用だ?」 「コレ、返しに来たの」 数時間前に彼女がアゼルから奪った歴史小説の本を彼に返すと、ミルフィーユはゼフィーの顔を覗き込んだ。 「それから、キミにお願いっ」 「な、何でしょうか……?」 「ゴニョゴニョ……(あのさ、あいつの傷を一瞬で治したりとか、できない?)」 「ひそひそ……(できますけど、どうしてそうされようとするのですか?)」 「(約束、してたの)」 「(仲がよろしいんですね……しかし、アゼルさんの体に重い負担がかかるのですが……)」 「(どういうこと?)」 「(法術というのは、未だ解明されていない部分も多い未知の力なんです。そして私が使えるキュアという癒しの術は、新陳代謝を活性化させることで傷を癒すのですが、その性質ゆえに、本来なら完治するまでに少しずつ受ける痛みを一瞬のうちにまとめて受けなければなりません)」 「(いーのいーの、あいつ見かけによらず体は丈夫だからさ、それくらいで死んだりしないって)」 「あの……アゼルさん。お怪我、早く治したいですよね?」 笑顔の中に心配そうな、困った表情が見え隠れする。 「そりゃ、できることなら今すぐにでも。何かリスクはあるのか?」 「これから私はあなたにキュアという法術をかけます。この術は、よく知られているファーストエイドと違い一瞬のうちに傷を癒せるかわりに、一瞬のうちに本来少しずつ受けるであろう痛みの全てに堪えなければなりません。あなたの場合、本来なら全治一ヶ月の傷ですから……地獄を見るような思いをするかもしれません」 アゼルは一瞬考え込んだあと、意を決して言った。 「頼む」 「はい…ウ バウサ アウス エルル バイオムドス――」 ゼフィーはアゼルの胸の傷のあたりに手をかざし、精神を集中し始めた。青白い光が集まり始める。 「バウルル ブン アンエルウムグ――」 集束した光が、部屋全体を青白く明るく照らす。 「キュア!」 光がはじけ、眼も開けていられないほどあたりは眩しくなった。 「――――っ―――つ―――い゙……ッ」 ワーベアの打撃に比べれば、声が出せる分まだ優しいほうだ。が、言われた通り地獄を見た思いだった。 「――体が、軽い」 「枷は外されました。さあ、祭を楽しんできてください……」 「ありがとう、シスター・ゼフィー。あんたも暇があれば是非祭りを見ていってくれ」 「はい」 ゼフィーは、にっこり笑って二人を見送った。 クリスティーナ=マクガーレンは、男の腕に包帯をきつく縛ってやった。 「い、いてててててっ!」 傷口にはしった痛みに、男は思わず悲鳴をあげる。 「何よ、だっらしないわねぇっ。この辺の男どもはみーんなアンタみたいなんじゃないでしょうね?」 「そんなことないけど、もっと優しくしてよ、クリスちゃんっ!」 両目をうるうるさせて、男が言う。 「男のコなんだから我慢我慢っ!」 「俺はクリスちゃんより二つも年上だよ〜」 「アンタなんかまだまだガキんちょよ!はい、終わりっ!」 クリスは、包帯の上からバシッと男の腕を叩いてやった。男がまた情けない悲鳴をあげた。 「っは〜……。ったく、何であたしはゼフィーと違ってこんなにナメられるかなぁ……そりゃ確かに五つ年下のゼフィーと背丈で負けてるけどさ、そりゃ確かにあたしなんてシスターとしちゃまだまだだけどさ、そりゃ確かに……」 クリスは、愚痴りながら慣れた手つきで怪我人の治療をテキパキとこなしていた。 「でもあたしはゼフィーの義姉兼ボディーガードなのよぉ!」 バァンッ! 「い、いいい、痛い痛い痛いいいいっっ!」 ……最後のセリフとともに「手当て」された男は不運だったとしか言いようがないが。 「よかった、ちょうど今からみたいだよ、オーロラの使徒降臨の儀式っ」 アゼルやレイガと一緒に会場までの道を歩きながら、ミルフィーユが言った。既に空には綺麗なカーテンオーロラが観られている。淡く輝く神秘的で人をひきこむようなローブを着て、数々の装飾品をつけている女性が、祭壇へゆっくりと歩いていく。星のエンブレムがひときわ目立ち、使徒降臨の儀式を行わずとも「オーロラの民」のようであった。 「我が名は、エレン=アックスフォード=リミティア。今宵、空にオーロラを抱きて、我は願う……オーロラの民、我に降臨し、皆の行く道示さん事を……」 エレンの体を包む淡い光がいっそう強まった。そして――空から落ちてきた光が、エレンに降りそそいだ。 彼女の力である、「神術」によって、オーロラの民(であると思われる者)を彼女に降臨させたのだ。それは彼女の一族にしか使えない力であり、彼女が母親から受け継いだものだ。 「『――イシュタリアの民よ、今年は』―うっ!」 新しい別の光が、彼女に降ってきた。一つの器の中に三つもの心が混在し、エレンは急激な目眩を感じてそのまま倒れた。 観衆がどよめく。このようなことは、ここ十年来全くなかった事だ。 「――ッ……」 彼女に人一倍強い精神力がなければ、今ごろ彼女の人格は崩壊していただろう。立ち上がって「第三の心」を追い出そうとするが、それは予想以上に強い力で彼女に憑依しており、ついには一時的であるとは言え彼女の人格は「第三の心」に支配されてしまった。 『世界のみなさんアンルリー♪メルディはメルディ言うよ。多分みんなビックリドッキリしてると思うから今から説明するな。んとな、メルディはガレノスが大発明「コーレージュツキ」っていうのが実験台にされてるな。凍れ頭突きじゃなくて、コーレージュツキね。ん〜と、とりあえず成功してるみたいだな〜。なんだかメルディもウキウキしてきたな♪』 エレンに憑いた「第三の心」がこちらの反応などお構いなしにまくしたてる。 人々は、呆気にとられてそれを見ていた。 |
九十九
2001/08/01(水)22:32:07公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。
■あとがき
今回登場したきゃらくたー達……ゼフィー=ウル=コプト(anさん)、クリスティーナ=マクガーレン(エイさん)、エレン=アックスフォード=リミティア(メサイヤさん)
まだ人物紹介的意味合いがかなり強いですねぇ……とりあえず、無駄に設定増やして収拾つかなくしてる自分に乾杯(死