輝きの海 ACT3
クィッキー占い、的中


「今しかない……いくよ、メルビ。今年こそ、あのどうくつをタンケンしに行くんだ」
 まだ幼い子供が、祭の群集を抜けて海岸沿いに走っていった。
 その先には、崖にぽっかり穴をあけたような洞窟があった――



「『クィッキー占い、はじまりはじまり〜!』」
<<グッ……グググ、グィッギー!>>
「『はいな、こんなん出ましたー♪”今日のアナタはちょっとドッキリ!八歳の子供が神隠しに遭うかもしれません。そんな時でも慌てず騒がず大ケガ覚悟で大ジャンプ!ラッキーカラーはマリンブルー!”なんだか不吉だな〜。あ、そろそろ帰るな。キールが呼んでるよ』」
 エレンの心を乗っ取った「第三の心」―名前はメルディというらしい―が、ようやく"お帰りになられる"ようだ。人々は、今まで信じてきたものが脆くも崩れ去ったような、そんな気がしてならなかった。が……ただ一人、ルーフェイだけは酒気を帯びて紅潮していた顔を青ざめさせていた。
「八歳……まさか、イツキが……!?」
 ルーフェイは、イツキ=アメシスの養父。七年前に捨てられていたイツキを発見したルーフェイは、その小さな命の傍らにあった手紙――
「私達は今はこの子の傍に居る事ができません。優しき人よ、およそ十年後までこの子、イツキ=アメシスを立派に育ててやって下さい」
 これに書いてあるとおり、いつか両親が現れるその日まで、イツキを自分の子として育てることにしていた。最初の頃はただ泣き叫ぶばかりだったイツキも村の皆に可愛がられてよく育ち、そしてルーフェイに誰よりもなつく。彼を父親と認めているのだ。
 ……最近は、少々生意気になってきているのだが。
「ルーフェイさん、どこへ行くんだい?」
 レイガが彼を呼びとめた。
「イツキを探しにな……」
「イツキなら、村のガキどもと遊んでるんだろ?わざわざ探しに行くこたねえじゃんか」
「嫌な予感がするのだ。あのメルディとかいう輩の言ったことが嘘ではないような……」
 ルーフェイがガラにもなく憔悴しきっているのを見て、レイガもさすがに危機感を感じた。いつだって、悪い予感に限ってよく当たる。ことにルーフェイに関しては、いわゆる第六感が非常に優れており、彼自身もそれによって修羅場をくぐり抜けてきた事は一度や二度ではない。それだけに、彼の愛する子が危険な目にあっているかもしれないとわかるのは、彼の心を強く痛めた。



「――で」
 レイガは後ろを振り返った。
「アゼルはともかく……何で、ミルフィーユやシスターまでついて来るんだ?」
「だって、イツキちゃんが怖い目にあってるかもしれないんでしょ?」
 ミルフィーユがあっけらかんと答える。
「私は……この話の裏には何か普通でないものが絡んでいるような気がして……」
「ゼフィーを一人にしておけないからね」
 怪我人の治療はひととおり済ませたらしい、旅のシスター二人が言う。
「そんなことより、一体どこへ行くつもりなんだ?」
 そして、アゼルが逆に問う。
「海岸洞窟だ……」
 ルーフェイが深刻な表情のまま答えた。と――
「――みなさん、待ってください!」
 エレンが走ってきた。儀式はゴタゴタのうちに終わり、巫女の任から解放されたその直後から、彼女は彼らを捜していた。そのため疲れきっていて、追いつくと同時に激しく咳き込んだ。
「――はっ、はあっ、駄目です、海岸洞窟に行ってはなりません!」
「どういう事だ?」
 ルーフェイが訊く。
「貴方の子は確かに海岸洞窟に囚われています……しかし、そこにはワーベアなどとは比較にならない魔物が……!」
「だから何だと言うのだ!イツキを諦めろと言うのか!?馬鹿を言うな!魔物ぐらいなんだ、俺が蹴散らしてくれるわ!」
 ルーフェイは激昂した。彼にとってイツキは目に入れても痛くないほど大事な存在であり、イツキが死ぬときは自分が死ぬときだと考えていた。そのイツキの居場所がわかっているのに手出しをしないなど、彼には考えられない事だった。
「どうしても、行くのですね……?」
 エレンは、返事が判っていてもあえて訊いた。
「ああ、行くとも」
「――なら、私もついて行きます」
 その場にいた誰もが予想しえなかった言葉を、エレンが言った。
「もしも、運命が変わることがあるとしたら……その瞬間を見たいと思うのは当然でしょう?」



 ザザァ…… ザァ……ン

 波が打ち寄せる音が、耳に心地よく響く。
 砂浜に足跡を点々とつけながら、一行は崖に空いた穴へ入っていった。
 空にはまだオーロラが輝いている。けれど、月は青白く妖しく輝いていた。

 洞窟の中は意外と明るかったが、それでもやはり薄暗い事に変わりはない。
「ウ バエムティ ティー グンティ エ ルーガティ――トーチ!」
 クリスが呪文を唱えると、頭上に光の球が現れ、辺りを照らした。すると――闇の中から、三体の「魔物」ナイトレイドの姿が浮かびあがってきた。
「く、早速魔物のお出ましか!」
 剣を正眼に構えて、アゼルはナイトレイドの一匹と正対した。レイガも新しい剣を構え、こちらは先手必勝とばかりに跳びかかっていく。
 ルーフェイは――
「邪魔だてする気なら……容赦はせんぞ!」
 今までに二人が感じた事のない、激しい怒りと闘気に包まれながら仁王立ちし、ナイトレイドを一歩も動けなくさせていた。
「戦いは三人に任せておけばいいわね」
 ミルフィーユが言った。
「――エレン…って言ったわね。アンタは何を知ってるの?」
 タイミングを見計らって、クリスが訊いた。フードの下から、ブラウンの前髪と少しきつい目が覗く。
「クリスティーナさん、貴方には感じられないのですか?辺りに漂う、邪悪な気配が……」
 エレンが、金色の瞳でクリスを見据えて言った。
「邪悪……?」
「……義姉さん、私、怖い……!」
 先程からエレンと同じく、いやそれ以上に邪気を感じていたゼフィーが堪えきれなくなってクリスにしがみつく。
「怖いのなら帰りなさいよ。あたしだってこんな気味の悪い所には一秒だって――」
 急に殺気を感じて、クリスは後ろを振り向いた。――壁の一部が、変な形に盛り上がっていた。
「え…何?何よ、何なのよ……」
 壁は、見る見るうちにその姿をはっきりさせてきた。正確には、特徴をはっきりさせてきた、と言ったほうが正しいが。
 ドロドロの状態のまま、不安定な集合体になって蠢く。軟体生物――オークジェリィ。気持ち悪い音をたてながら、速いとも遅いともつかない速さでクリスに迫ってくる。
「嫌、ちょっとっ……来ないでよ、ゼリーのできそこない!」
 杖を振り回して応戦するが、軟体生物に非力な打撃が通用するはずもなく、オークジェリィはじわじわと彼女との距離を詰めていく。
「義姉さん、危ないッ!」
 ゼフィーがクリスの前に出て、杖を一閃した。オークジェリィの柔らかい体が真っ二つにされる。どうみても刃物によるもの――ゼフィーの杖の先には、槍の穂先が仕込まれていたのだ。
「あ……ありがと、ゼフィー……」
 心臓がいつもの三倍ぐらいの早さで動悸を打っているように思えた。
(これじゃ、本当にどっちがボディーガードなんだかわかんないわ……あたしももっと力をつけなくちゃ……)
 今までに幾度となく思ってきた事を、改めて痛感した。
「まだ終わりではありません!」
 エレンが叫んだ。――真っ二つになったオークジェリィに動きが戻った。分裂させられた細胞集合体が、別々の意思を持って再び活動しだしたのだ。
 ――つまり、敵は二倍に増えた。
「っ、どうすりゃいいのよ、こんなヤツに勝てるの!?」
「ふんふーん♪やーっと、わたしの出番みたいだね♪」
 ヌンチャクをくるくる回転させながら、ミルフィーユが得意げに言った。
「叩いてダメなら切ってみろ、切ってダメなら焼いてみろってね。エ フーディン ボルルンティ バウルル ブン テクームグ ヤイオ…」
 ミルフィーユは、ヌンチャクを巧みに操りながら印を結び、呪文を唱える。攻撃に特化した「精霊魔術」と呼ばれる術の一種だ。
「ワイヌンディンド バウティア フレトゥンス!ファイアーボールッ!」
 前方に突き出したヌンチャクからいくつもの火球が飛び出し、二匹になったオークジェリィそれぞれの身を焦がした。
「エ フーディン!」
 一度唱えた精霊魔術は、唱えてすぐであれば詠唱を簡略化することができる。術の発動のために召喚された小精霊が暫くその場に残留するのが主な理由とされており、その確固たる証拠として、反属性の精霊魔術を唱えても効果がない、或いは効果が薄くなることが確認されている。
 紅蓮の炎に包まれたオークジェリィは、数秒後にはただの黒い塊になっていた。それと同時にレイガが最後のナイトレイドにとどめを刺し、ひとまず魔物の気配は消えた。

 ――だが

 彼らは気付いていなかった。

 背後から忍び寄る影に――




九十九
2001/08/02(木)23:38:46公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
今回初登場したきゃらくたー達……イツキ=アメシス(リイナさん)

やっちまいました、オリジナル法術。元ネタがわかってもツッコんじゃダメです。
前回も前々回も締まりのない終わり方でしたが、今回は無理矢理それっぽく終わらせてみました。どんなもんでしょ
にしても、自分で設定しといてアゼル君ってば全然「聞き役」じゃないですね。むしろ自分から話切り出してます。
……多分、今だけだよ、きっと……キャラが増えてきたら自然に……(言い訳


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