輝きの海 ACT4
真の強さ、それは心の強さ



 ――ぞくっ。

 ゼフィーは、首筋に冷たいものでも落ちたかのように身を震わせた。
「……義姉さん」
 ゼフィーはそっとクリスに耳打ちした
「なに?」
 立ち止まって、クリスも小声でそれに答える。
「あのね、後ろに誰かが、いる気がするの……」
「後ろ?」
 その時、ゼフィーは最後尾にいた。クリスは彼女よりも後ろのほうを目を凝らして見つめたが、何も怪しいものはなかった。
「気のせいよ。さ、行きましょ」
 彼女はゼフィーを促すと、自分も遅れを取り戻すために小走りでルーフェイ達の後を追った。



 まだあまり調査がされていない海岸洞窟は、自然の産物と言うにはあまりにも複雑に入り組んでいた。明らかに何者かが手を加えたであろうことが、はっきり見て取れる箇所もあった。
 迷路のような道を一歩一歩確かめながら歩いているときも、ゼフィーの頭からはさっきの感覚が忘れられなかった。
 ――と、再び寒気がした。
「義姉さんっ、やっぱり後ろに"何か"がいる……!」
「――…、わかったわ、あたしがいちばん後ろを歩いてあげるから。そしたらきっと不安じゃなくなるわよ」
 見かねてクリスが答えた。
「ありがとう、でも……気をつけて」

(……ジツは、あたしにしちゃ珍しく気付いてたりするんだよね〜……)
 背後に迫る「影」の動きが、手に取るようにわかる。
(……そうよ、あたしは力でゼフィーを護れない)
 クリスは立ち止まって後ろを向き、「影」に正対した。
(だから、せめて……あの子が受ける傷を、あたしが代わりに受けとめてやるんだ)
 「影」が少しずつ広がり始めた。
(さあ――)
 「影」が彼女の足元にまで広がる。彼女自身の影はもう見えない。
(来なよっ!)

 シュン。

 「影」が彼女を飲み込み、そして消えた。同時に彼女の法術トーチによって現されていた光が消え、あたりが真っ暗になる。
「!?」
 皆、一瞬パニックを起こしかけた。
「ゼフィーっ、キミもトーチ使えるんだよね!?早くっ」
 ミルフィーユが言う。
「は、はい…ウバエムティティーグンティエルーガティ、トーチ!」
 先程と同じように、光球が現れ、辺りを照らす。皆の無事を確認しあっていると――
「……クリスティーナさんがいませんね」
 エレンが、トーチの光が消えた時からある程度予想できていたことを呟いた。
 途端に、ゼフィーががくりと膝をつき、青ざめた顔を両手で覆った。
「あ……ああッ……義姉さん……ッ!私の所為だ……!」
 いくら世間で「聖女」と呼ばれ慕われていても、強大な法術の力をもっていても――
「義姉さんはわかってた……だから私を庇って……」
 それでも彼女は、まだ十四歳の、か弱く幼い少女なのだ。
「私の所為で義姉さんは……!」
「落ちつきなさい、ゼフィー=ウル=コプト!貴方はそんなに弱い人間ではない筈です!」
 エレンが凛とした声を洞窟の壁に響かせる。
「――でも、義姉さんがっ」
「まだ死んだと決まったわけではありません。きっと、イツキと同じように囚われているだけです」
 エレンも身長という点ではゼフィーとあまり変わらないが、この時のゼフィーには彼女がとても頼もしげに見えた。
「……そう、ですね……」
「それでは、説明してもらいましょうか。あなたはクリスティーナさんが消えた理由を知っているようですが……それは一体何なのですか?」
「……はっきりとは、わかりません……けれど、『影』のようなものが……」
 歩きながらゼフィーは説明を始めた。



 「影」に連れ去られた先は、さっきまでいた洞窟の中であるかすら判断し難かった。暗くてよく見えないが、目の前に鉄格子があるのはわかり、自分が囚われの身にある事は明白だ。壁にもたれて座り込むと、彼女はとりあえず灯かりを確保するための法術を唱えた。
「ウ バエムティ ティー グンティ エ ルーガティ。トーチ!」
 しかしクリスが唱えた呪文は、空間に虚しくこだましただけだった。
「(あれ?おっかしいわね……どこか間違ってたかしら?)ウ バエムティ――」
「だれ?」
 クリスが呪文を唱えなおしていると、不意にどこかから声がした。慌てて詠唱を中断して周りを見まわす。すると、自分のすぐそばに幼い女の子がいることに気付いた。
「…私はクリスティーナ=マクガーレン。クリスでいいわ。アンタも『影』に捕まったのね?」
「うん」
「名前は?」
「イツキ=アメシス」
 クリスはふと、ここに捕まっているはずの子供の名前を思い出した。
 そして、いま目の前にいる子供が言った名前と記憶にあった名前が一字一句違っていない事がわかると――
「ア、アンタがイツキちゃんね!?アンタねえ、他人の迷惑っつーもんをもっと考えなさいよ!アンタのせいで父親のルーフェイがどれだけ心配してると思って!?言っとくけどね、子供だからとか、女のコだからって言い訳は通用しないわよ!」
 相手が子供であるにもかかわらず、十八番の毒舌でイツキをこき下ろした。
 が、当のイツキ本人はと言うと、それに堪えた様子は微塵も見せずに言い返した。
「俺は大丈夫♪それよりキミのほうが心配だな。いいトシしてつかまっちゃうなんてさ。それと、俺はオ・ト・コだから。間違えんなよ」
「っ……自分だって捕まってるくせに、口の減らないガキね。それで、アンタはこれからどーするつもりなのよ?」
「パパがきっと助けにきてくれるから、どうもするつもりはないけど?なっ、メルビ」
 あっけらかんとイツキが答える。
「ウキュー、クキーク♪」
 メルビと呼ばれた小動物も、不安の二文字を知らなさそうな声で鳴いた。
「……呆れて言いたいことも忘れちゃったわ。そんなことより、まずはこの暗さをなんとかしなきゃね。(今度こそうまくいってよ……)ウ バエムティ ティー グンティ エ ルーガティ!トーチ!」
 しかし、呪文は虚しくこだまするだけだった。
「嘘……どうなってるの…?」
「クッ クッ クッ。無駄だ、法術も精霊魔術も、この結界の中では発動する事はない」
 鉄格子の向こう側から、嫌な感じのする声が聞こえてきた。見ると、長身ヒゲ面の男性がいる。
「誰!?」
 イツキとクリスが、偶然にも声を揃わせて同じことを言う。
「失礼……私はセルヴ。不運にも貴様ら人間という下等な生命体とよく似た姿に生まれてしまった魔物だよ」
 言いながら、セルヴと名乗った男は鉄格子を手を触れることなく開き、牢の中に入ってきた。
「まあ、そのおかげで人間に混じって生活していても、他の魔物のように変身しているわけではないからボロが出ないのだがな。人間とは実に愚かなものだ……フ、フフフ……ハーッハッハッハ!」
 セルヴが高笑いし、鉄格子が再び閉まる。
「ッハハハ……では、改めて――新たなる客人の訪問に……」
 彼は何もない空中に手を掲げた。
「乾杯」
 どこからともなく深紅の液体が入ったグラスが現れる。イツキやクリスの手にも、いつのかにか握らせられていた。
「何が目的なの?答えによっちゃ承知しないわよ」
 床にグラスを置いて、クリスがセルヴを睨みつける。
「ふん、どう承知しないと言うのだ?法術も使えぬというに」
 鼻で笑って、セルヴは彼女の白い頬に手をのばした。形容しがたい威圧感を感じ、イツキやメルビはおろか、気の強いクリスさえも抵抗することができなかった。フードが剥ぎ取られ、彼女のウェーブのかかったブラウンのショートカットがあらわになる。
「……よく見ればなかなか美しいではないか。修道女にしておくには惜しいぞ。どうだ、私の愛人にならんか?」
「――ッ、……な……よ……」
 喉の奥から絞り出すようなか細い声で、クリスが何か言おうとした。
「何か言ったか?」
「触らないでよ、変態っ!」

 バシィン!

 クリスの右平手打ちが、小気味いい音をたててセルヴの左頬に命中した。



九十九
2001/08/03(金)23:03:12公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
今回初登場したきゃらくたー達……人型魔物「セルヴ」(九十九オリジナル) とりあえず顔はルガール(KOF)似です(ヲイ)

・この回の主役は完っ全にクリス嬢ですねぇ。
 今まで扱いがアレだったぶん活躍させようと思ったのですが、少々やりすぎたかな?(^^;
・術の詠唱がちぃっと変わってますが、発音上は全く変わりありません。

★組み合わせ秘話:クリスティーナ&ゼフィー編
義姉妹っちぅ関係にしてあるこの二人なんですが……かなり不釣合いであります。
クリスが勢いでゼフィーを引っ張ってくコトが多いのですが、戦いとなるとゼフィーのほうが活躍するというアンバランス。
しかもクリスは身長で五つ年下のゼフィーに負けております。
なにゆえこんな組み合わせになったか?それは……
1.クリスティーナのプロフィールにあったセリフ例『お姉さんの言うコトはちゃんと守らなきゃ駄目よ?』を見て、
  彼女はお姉さん系キャラと決定(た、短絡的な)
2.ゼフィーのプロフィールを見て、「この子は誰かに護ってもらわなきゃいけないッ!」と直感(ヲイ)
以上の理由により、義姉妹クリス&ゼフィーが誕生したワケです。
実際に動かしてみるとけっこう良いカンジで(自己)満足。
※次回は「ルーフェイ&イツキ」です♪


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