輝きの海 ACT6
神の力、神術


 あれほど入り組んでいた地上に比べて、海中は一本道といってもいいほど単純な造りだった。ルーフェイを三分遅れで追う彼らが順調に進んでいると――

 ヒュウンッ。

 急に小さな音がして、ゼフィーが発現させていたトーチの光が消滅した。しかし幸いにも辺りの壁には永久燃料のランプが数メートルおきに取付けられており、不自由しない程度の明るさは確保できていた。
「…これは…封魔の陣……!」
 ゼフィーが驚いた様子で呟く。クリスと旅に出る前は高位神官だった彼女が知る中で、この「術者以外のあらゆる術を封じる術」を使える者はわずか一人しかいない。
 ヒト型の魔物「魔族」の神官であった、彼女の父親。
「皆さんっ、気をつけてください!敵はかなりの使い手です!」
 彼女はすぐに皆に注意を呼びかけた。
「でもよ、もうルーフェイさんは戦ってるかもしれないんだぜ!?今は一刻も早く後を追う、考えんのはそれからだ!」
 しかし先頭を走るレイガは、ますます急ぐことばかり考えていた。常日頃から素行などでいろいろとルーフェイに小言を言われているレイガだが、彼はルーフェイを師と、そして父と仰ぎ慕っている。
 アゼルやミルフィーユと同じく先の内乱で幼くして実の父親を失った彼にとって、ルーフェイは頼もしい父親だった。そんな彼がいま、果敢にも一人で難敵に立ち向かっている――そう思うと、尚のこと焦りが強まった。
 しばらく走っていると、遠くから怒声が聞こえてきた。
 もうすぐだ。待っててくれよルーフェイさん。――俺だって、役に立ってみせる。
 レイガはまた一つペースを上げた。



 走ること数分、ルーフェイはセルヴが待ち構えている最深部に辿り着いていた。
「イツキ!無事か!」
 奥の牢屋らしき空間に最愛の息子の姿を確認すると、彼はイツキに呼びかけた。
「お……"僕"は大丈夫。でも……でも、クリスねーちゃんが!」
 鉄格子を掴んでイツキが叫ぶ。
「何だと、シスターがどうかしたのか?」
 ルーフェイが怪訝な顔をすると、暗がりの中に男が現れた。
「――少々、立場をわきまえていなかったのでな。かる〜くお仕置きしてやったのだよ」
 いわゆる「感動の再会」、彼にとっては「別れの序曲」を観賞していた魔族――セルヴだ。
「……貴様か、事の張本人は」
「クククッ、見せてやろうか。はっきりとな……そして、絶望するがいい。ウ バエムティ ティー グンティ エ ルーガティ、トーチ!」
 呪文が唱えられ、セルヴが創り出した光球があたりを明るく照らす。するとイツキの傍らに、もう既にピクリとも動かないクリスの姿が照らし出された。彼女の頭部の周りには、小さな血だまりができていた。
 彼女が今どんな状況にあるかルーフェイが判断するのに、そう時間はかからなかった。
「貴様……!」
 怒りに燃える瞳でセルヴを睨みつける。それにたじろぐ様子も見せずに、セルヴは嘲笑した。
「ふ、私が憎いか。ならば遠慮せずにかかってこい。いたずらに感情に振り回されることが、戦いの場において如何に愚かなことか……その身に厭というほど教えてやろうではないか」
「ほざけ!」
 踏み壊さんばかりの勢いで床を蹴って飛び出し、右拳を突き出す。セルヴは紙一重でかわしたが、拳圧が彼の頬を切っていた。
「……そうだ。そうでなくては面白くない……」
 セルヴの顔が苦痛にではなく、悦びにゆがんだ。



 ルーフェイを追うレイガ達は、分かれ道に来て立ち止まっていた。
「……なんで、こー来るかなぁ」
 ミルフィーユが悔しげに呟く。
「ルーフェイさんの勘の良さから察するに、彼は正しいほうを通っていったと見ていいでしょう。急がねばなりません。……何か彼が通っていった痕跡はありませんか?」
 エレンが、辺りを調べていたアゼルに言った。
「ダメだ、何も手がかりになりそうなものは何も残っちゃいないし、どっちの道もたいして変わりがない。違う場所に通じている、それぐらいしかわからない」
 右の道は、入ってすぐに大きく右に曲がる。左の道はその反対。同じ場所に通じている、なんて都合のいい話がないのは明白だ。
「仕方ねえな……二手に分かれよう。俺は左の道を行く。アゼルは右を行ってくれ。他の奴らは……そうだな、ミルフィーユ、ゼフィー。俺と一緒に来てくれ」
「その決め方になにか基準はあるの?」
 ミルフィーユが、イエスやノーと答える代わりに率直な疑問をぶつける。
「そりゃ、かわい……や、その……ルーフェイさん譲りの野生のカンってやつだ」
 レイガはうっかり口を滑らせて、慌てて言いなおした。
「……ま、いいわ。アゼル、エレン、そっちは二人になるけどいいかな?」
「ええ、構いません。もし貴方達の道が間違っているほうの道だったとしても、それでも貴方達が戻ってくるまでの時間を稼ぐぐらいはできるでしょうから」
 ―運命が変わる、その瞬間を見られないかもしれないのは残念ですけど―
 エレンが、誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。そう――彼女は、正しい道を知っていた。
 そして、自分が通る道が間違いであることも。

「……私は『かわい』くないんでしょうか……」
 右の道を行きながら、エレンが独り言のように言った。
「あんたは、どちらかと言えば『美人』だからな。レイガの好みじゃなかっただけさ」
「ふふっ……ありがとう」
 エレンは少し安心したような笑みを浮かべた。
 ――と、少し開けた場所に出た。どうやらここで行き止まりらしい。
「ハズレだったようだな。急いで戻……」
 振り返って今来た道を戻り始めたアゼルは、急に殺気を感じて振り向いた。
 薄暗い中に、いくつもの影が蠢いている。少なくとも友好的でないことは、さっき感じた殺気からも明らかだ。
「……行け!ここは俺がくいとめる!」
 アゼルが前に出てエレンに叫んだが、エレンは彼のすぐ後ろから動こうとしなかった。
「いいえ、私も戦います。貴方だけではこの数では勝てないでしょう。私が祈りを終えるまで、私に敵を近づけさせないでくれますか?」
「何を言ってる?あらゆる術は封じられている、とゼフィーが言っていたじゃないか」
「一般的に知られている精霊魔術や法術はそうでしょう。でも、私の術はそんな封印に負けるほど弱くない……神の力、神術ですから」
 彼女の胸の、星を模したエンブレムが一瞬光った。
「……わかった。期待を裏切らないでくれよ」
 アゼルは剣を抜き放ち、正眼に構えた。
 姿形の判別はつかないが、そうたいした実力を持つ魔物ではないらしく、その動きは全て読むことができた。問題は数だ。いくら実力に差があろうと、疲れが動きを鈍らせればその差は徐々に縮まる。戦いながらアゼルは敵の数を数えていった。
 一、二、四、七……途中で止めた。
 とても数えられる数ではなかった。
「エレン、まだか!?」
 襲い掛かる魔物の攻撃を受け止め、反撃しながら、アゼルは焦りとともにエレンに訊いた。そのエレンは、答える代わりに詠唱を始めた。
「射手座に宿るアルテミスの御子よ、我が名はエレン。今ここに、アックスフォードの名において、我は願う。ほんの少しの間だけその御力を貸したもうことを」
 何もないところから光り輝く弓と矢が現れ、エレンはそれらを取ると、弓を引き絞り矢を放った。
 一本だったはずの矢が幾筋もの光となって分散し、闇を貫いた。魔物の群れから次々に悲鳴があがる。
「……凄い……」
 光の矢が宙を舞い、闇を消し去るその様は圧巻だった。アゼルは剣を構えてはいたが、すっかり光の舞踏に見とれていた。

「……!アゼルさん、危ないっ!」
 エレンが叫んだ。




九十九
2001/08/05(日)20:42:01公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
■今回初登場したきゃらくたー達……なし(滅)
◎いわゆる後書きの本文
いやぁ、ACT5の終わりとはかなり矛盾しちゃってますね今回の始まり。
実を言うとアレは遠くから大声で叫んでたってことになってたんですが、
私の描写手抜きにより誤解された方がチラホラと(汗)

実はですね、最近(ACT4→5の間に)パソを初期化しました。
もちろん皆様のキャラ設定をコピペしたファイルはフロッピーに退避して。
……ところが、出るわ出るわ、バックアップとり忘れてて後悔したファイル。
その中には執筆中だったACT5も……バックアップとってから書くという馬鹿をしてたみたいです。
いやぁ、初期化って難しいですね♪(死

……にしても、アゼル君ってば油断してぶっ飛ばされるのが趣味なんでしょうか。また死にかけそうな予感。

ところで、あえて名前は挙げませんが、私の親しい友人でかなりの実力をもつ方がいらっしゃるのです。
残念なことに彼はToDしか持ってないのでなかなかこのサイトには参戦しづらいそうですが……
とにかくっ、その方にこの小説を評価していただいたところ……
「ん〜、なんて言うかさ、流れってやつがないね。描写がいちいちぶつ切れになってる感じ?
 もーちょっと力抜いたほうがいいよ。自然体な感じでね。そう、いわゆるナチュラ〜ル(謎)」
……とのこと(発言をそのままコピーしました)。
というワケで今回は「流れ」を意識して書いてみましたが……どないなもんでしょ。
★組み合わせ秘話:アゼル&レイガ&ミルフィーユ編
え〜と、アゼルとレイガは同い年で、ミルフィーユだけ年が離れてますね。
つまりこの三人の場合……え〜と、とりあえず共通点は親がいないってことで、(汗)
とにかくミルフィーユは二人にとって妹のような存在です。
レイガは兄妹と言うよりは女友達として、というよりむしろ恋をしているようですが。
んが、ミルフィーユはと言うとちょっぴりアゼルに恋心。
つまり、恋愛関係のよーなものは「レイガ>ミルフィーユ>アゼル」ってとこです。
※次回は……次回は……え〜と、「アゼル&レイガ&ルーフェイ」……かな(汗)


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