輝きの海 ACT7
チカラの暴走


あらすじ:アゼルがまた油断しました。

「く!」
 すんでのところで爪らしきものを受け止めたが、この魔物はかなりの腕力をもっていたらしく、アゼルの足が地から離れ、背中から小部屋の壁に激突した。
「畜生っ」
 これで今日だけでも二度目じゃないか。彼は自分に対しての怒りを口に出した。
 ――と。

 ゴゴゴゴゴッ……!

 地響きがして、何かが動いた音がした。どうやら先程の衝撃で開いたらしい。
 アゼルは生き残った魔物を斬り捨てると、エレンとともに辺りを調べ始めた。
「この部屋の隠し通路が開きでもしたのなら儲けものだ」
 それが親玉の居場所に通じていればなお良し。淡い期待を抱いてアゼルは壁、床、天井……丹念に調べた。
 そのうちに、押したらへこむ壁を見つけた。
「……これは、紙?」
 物は試しとめくってみると、長い、しかし一本の真っ直ぐの道があり、その遠くには小さな光が見えた。ここが海中であるのなら、この先の光は出口ではなく灯かりのある場所。それは親玉の居場所であることを暗に示していた。
「エレン、こっちだ!」
 二人は走った――皆の無事を祈って。



 正解のルートを通っていた三人は、ルーフェイが戦っているであろう激しい音が聞こえるその部屋に、扉一つ隔てたところにいた。
「……この扉の向こう、だよな」
 レイガは意味もなく迷っていた。
「開けちゃえばいいじゃん。考え事してたら未来は無いよ?」
 細い腰に両手を当てて、ミルフィーユが彼の背中に文句を投げつける。もっとも彼女にも自分から開けようという気はないのだが。
「……行きましょう……」
 ずい、と前に進み出たゼフィーが、何のためらいもなく扉を開けた。
 ギィと音がして、明るい場所に出た。
 ゼフィーはその明るさがトーチによるものであることがわかると、改めてこの部屋にいるのが封魔の陣の使い手であり、
この一件を起こした張本人であることを確認した。
 遠くに、義姉が倒れている姿が見えた。赤い点のようなものも見える。
(……何かの間違い……よね?そう、目の錯覚……)
 ゼフィーは無理やり自分に言い聞かせた。
「ルーフェイさん!助けに来てやったぜ!」
 あれほどなよなよしていたレイガが、いざ扉が開かれるとかっこいい所を見せようと我先に部屋にとびこんだ。
「レイガか。それにミルフィーユ、シスター・ゼフィー。アゼルとエレンはどうした?」
 こちらをチラリとも見ずにルーフェイが訊いた。
「二人は途中の分かれ道で俺達とは違うほうに……」
 きっとすぐ来るさとレイガが答える。
「さて……セルヴとやら。一対四では流石の貴様も勝ち目はあるまい?」
 それまでの戦いでルーフェイはあちこちに傷を負っていたが、セルヴも無傷では済んでいない。
 実力はほぼ互角。セルヴは精霊魔術や法術を使えるが、格闘戦ではルーフェイに分がある。
「貴様、仮にも一流の格闘家のくせに封魔の陣に気付かぬのか?」
 術使いは我が前には無力に等しいとセルヴがあざ笑う。
「ふん、術を封じねば不安で戦えぬか。だが術使いを除いても俺の一番弟子が加わり一対二。形勢は傾いた!」
「ッ……ハハハ、ハーッハッハッハッ!!これは愉快だ、実におめでたい。これだから人間というものは愚かだと言われるのだよ。今までが私の実力の全てだと思っているのなら、それは大きな間違いだ。人間と魔族の圧倒的な力の差というものを見せてやろうではないか!」
 セルヴがハッタリとは思えない、自信に満ちた口調で言った。直後に彼の体から闘気があふれんばかりに広がり、その場にいた全員を押しつぶさんばかりに重圧をかける。
「ぬぅっ……二人とも、安全な場所へ逃げろ!」
「無駄だ、扉はもう開かぬ。せっかくの客人を手ぶらで帰らせるほど失礼な事はなかろう!」
 持て余さんばかりの闘気に身を包んだセルヴが、今までより自信と威厳に満ち溢れた低い声で言った。
「どこまでも小者だな、セルヴッ!」
 ルーフェイが怒鳴った。
(……それなら)
 扉が開かないのを確認すると、意を決してゼフィーは走り出した。
(それなら、義姉さんのところへ!)
 既に始まっている戦いに巻き込まれないように壁沿いに進み、二人のいる牢に着いた。
 そして彼女は――信じたくない現実を見た。
 そっと触れてみたその体には、すでに血が通っていなかった。
「い…や……」
 わずかな可能性に賭けたこと自体間違いだったとも言える。
 しかし彼女は、どうしても目の前の現実を受け入れたくなかった。
「嫌……こんな……こんなことって……」
 最早イツキの姿も目に入っていない。いまの彼女の視界にあるのは、真っ暗な背景に、倒れているクリス、いやに目立つ血だまり。
 『血』。
「ゼフィー、落ち着きなよ。まだ死んだと決まったわけじゃ……」
 慌てて後を追ってきたミルフィーユの言葉もほとんど耳に入らなかった。その代わり、この単語だけがいやに強く響いた――死んだ。
 『死』。
「嫌……いや……イヤ……」
 涙が一筋、頬を伝って落ちた。
「嫌アアアァァァァァァァァァァァァァ!!」
 彼女の体から黄金色の光があふれ、辺りを埋め尽くした。
「ゼフィー!?」
 ルーフェイとともにセルヴと激しく打ち合っていたレイガがつられてそっちを向く。そこへセルヴの拳が容赦なく彼の腹部を打つ。
「隙有りッ!」
「ぐはっ……」
 剣を落とし、腹をおさえてうずくまるレイガを見下ろして――
「戦闘中に余所見は禁物だ……」
「バカモン!戦いに集中しろ!」
 セルヴとルーフェイが、同時に同じ事を言った。



 生体金属だった鉄格子が、音もなく崩れ去っていく。
(眼の色が……変わった!?)
 ミルフィーユは眩しい光のなか、ゼフィーの変化を見た。慣用句としての意味ではなく、言葉どおりにゼフィーのそれぞれ違う両目の色がサファイアの青にそろう。彼女の母、黄金竜に仕える巫女の血によるものだ。
 ゼフィー本人の思考は完全に止まっている。今の彼女は、感情の爆発によって抑えきれなくなった力の暴走によって、ある種の使命感とも言うべき本能に従って行動しているのだ。
 冷たくなっているクリスの傍にひざまずくと、法術らしき術の詠唱を始める。
「ウフ ウティ ウス ルーン ヤイオディ ドンエティア?ウフ ヤイオ ドウド ティアエティ ティアンム?ウ エトゥ ディンエルーツァウムグ ティアエティ ウティ アエヌン ブンム ティーイ レティン ヤンティ」
 誰の耳にも新鮮だったその呪文を唱えながら、ゼフィーはとめどなくあふれる涙を拭おうともしなかった。
「ボティ ウ バウサ ヤイオディ ドンエティア ウス エ ルーン。エルル ディウガティ ウティ ウス ルーン、ウ バウサ ヤイオ エディン エルーヌン――」
 彼女を包む黄金の光がよりいっそう強まる。
「ウ リヌン ヤイオ……レイズ、デッド…」
 最後の言葉をゼフィーが紡ぐと、彼女を包んでいた黄金色の光がクリスの体に入った。
 封魔の陣の中でありながら、ゼフィーとその術そのものの強大な力によって法術レイズデッドは発動し、じたまま開かれようとしなかったクリスの瞼が、ゆっくり開いた。
「……あれ……あたし…………生きてる……?」
 ゆっくり体を起こし、動かしてみる。違和感は無い。
 頬をつねってみる。ちょっと痛い。
「死後の世界ってオチでもないわよね…」
 誰にともなく訊く。まだ実感がわかない。
 自分は確かにあの時死を覚悟し、そして数分前には全身から力が抜けていく感覚があった。それなのに何故。
 彼女の疑問は、その直後に解かれた。ふと振動を感じ、見ると義妹が自分の膝の上で安らかな寝息をたてていた。
「……ー、無茶ばっかするんだから、この子は……」
 すべてを悟ったクリスは、そっと彼女の頭を優しくなでてやった。
「……ね、イツキちゃん、ミルフィーユ?私が――」
 死んでいると言いかけて、何かその言葉にタブーのようなものを感じ、慌てて言い換えた。
「気絶してる間に何があったの?鉄格子は消えてるしゼフィーはいるし、判らないことだらけよ」
 もし「死」という言葉を自分が口にすれば、ゼフィーの涙が無駄になる……そんな気がした。
「あのね、えっとね」
「どこから話せばいいかな……」
 イツキとミルフィーユが同時に説明を始めた。




九十九
2001/08/06(月)21:01:07公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
■今回初登場したきゃらくたー達……またしても なし(滅)
◎いわゆる後書きの本文
「MSの性能差が戦力の圧倒的差でないことを思い知らせてやる!」
……ハイ、関係無いですね。うろ覚えです。ちなみにセルヴのコト言ってます(笑)

クリス嬢、殺しちゃった挙句生き返してます。ぺこぺこ。
しかもレイズデッドの詠唱がだいぶアレです。ちょっとダークです。テーマ嘘。
あー、ちなみにですね。リヌンって言ってますけど、感情としちゃルークンよりやや強い程度ですので(謎)。
それにしてもいいんでしょーか、こんな展開っ!?
……ってか、そもそも展開遅いですね、私。
いい加減他のキャラも出さないとヒットマン来そうです。反省。

「生体金属」と、何故かDの物質が出て来たりしておりますが……名前だけですね。
結局のところ、ACT4にて触れずして開いた(動いた)説明にもなっておりません(苦笑)

★組み合わせ秘話:アゼル&レイガ&ルーフェイ編
一人のベテラン闘士と、それを慕う二人の若い剣士。
……最初に思いついたイメージはこれだけです。
その後レイガ&ルーフェイが名コンビっぷりを見せたりなんかでアレになってきたので
思いきって深刻な設定を創ってみたりした、なんとも行き当たりばったりなトリオでした。


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