輝きの海 ACT9
その名はグランス


一行あらすじ:アゼルとエレンが埋まりました。アゼルは脱出して間抜けでした。


 ガシャッ……

 瓦礫の山から、エレンが体を半分出した。落ちてきた瓦礫に当たったのだろうか、あの時のクリスに比べれば軽傷もいいところだが頭から少量の血を流している。
「…………」
 まばたき一つせずに、金色の瞳をひときわ大きくしてセルヴを見つめる。額に手を当て、戻すと、朱色に染まっていた。
「私の……血」
 瓦礫をかき分け、セルヴへずかずか歩み寄る。普段から一般人とはどこか違う不思議な雰囲気を持つ彼女だが、今の彼女はそれにも増して雰囲気が違っていた。
「神に通ずる者の血を奪ったその罪は重い。貴方には今すぐに天罰が下ることでしょう」
「ハッ…ハハハハハッ!我が封魔の陣は、貴様ら低能な人間どもの使う術など全て封じる!貴様が何を考えていようと次の瞬間、希望は絶望へとその姿を変えるのだ!」
 レイズデッドは例外だとでも言いたげにセルヴは嘲笑した。その言葉などまるで聞こえていないふうにエレンは詠唱を始める。
「神を蔑みしものは、神と神の代弁者によって裁かれる。これは此世の法なり。神を敬いしものは、神と神の代弁者によって救われる。これも此世の法なり。我、今ここに神の代弁者として裁きの杖をふるわば、不敬なる輩を成敗せしめん」
 ――外では、もう真夜中だと言うのに、空が明るく輝いた。

 ドォォォォォンッ!!

 轟音がした。
「そんな、そんな馬鹿な…私は信じぬ――」
 空から巨大な光の柱が降り、セルヴを包んだ――と言うより、押し潰した。それが止むころには、部屋の天井から暗く戻った夜空が見えるようになっていた。
「……物理的衝撃は与えられないんじゃなかったのか?むしろ地形変えてるようにしか見えないんだが」
 アゼルが当然の疑問を口にする。
「…………一つの法則が生まれるとき、必ずと言っていいほど一つの例外も生まれるものなのです」
 ゆっくりとアゼルのほうに歩きながらエレンが答えた。
「そして、何故先程使わなかったか、その理由をお話しましょう」
 アゼルの鼻先で立ち止まる。
「この術を使うと、まだ未熟な私は――」
 目を閉じた。
「その時からまる三日……」
 言い終わらないうちに、彼女は張り詰めた糸が切れたように意識を失い、アゼルに抱きつくようにその身を預けた。
「ヒュゥッ」
 レイガが囃したてる。ミルフィーユは何も言わないが、不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
「…………」
 何にせよとりあえずこの状況は何とかしないとマズすぎる。彼はエレンを適当な場所に寝かすと、開口一番言い放った。
「セルヴに注目しろ!まだ終わりじゃないぞ!」
 確認したわけではないが、先程までの戦いを見る限り、この程度でくたばる輩ではないことを判断するのは容易だった。

 実際、あちこちから黒い煙を出しながらも立ち上がっていた。

「フン……封魔の陣の中にあっても使えたのは驚きだが、所詮はこの程度か」

「ルーフェイさんよ、この際だからはっきり聞いてやる」
 レイガが言った。


「……勝機、あるか?」


「今のままでは限りなく……いや、どうあがこうがゼロだ」
 自らの無力さを呪うかのようにルーフェイは答えた。
「短い人生だったぜ……!」
 ギリ、と奥歯を噛み締める。
「ふむ……どうやら、もう私を楽しませてくれる輩は居ないようだな」
 そのやりとりを知ってか知らずか、セルヴがアゼルは眼中に無いといった様子で言った。
「ならば迸る血を目の当たりにさせることで眠れる魔族の血を目覚めさせるとしようか……」
 イツキにこれまでにない歪曲した笑いを見せると、彼はゆっくり手を掲げた。
「トゥンムヤ ンドグンス イフ バウムド、ティアンスン、エディン ディンエルルヤ サエディプ エムド ワオティティウムグ」
「いかんっ……二人を守るぞ!」
 もと牢があった場所にルーフェイが駆け寄り、彼らの前で仁王立ちした。
「風よ切り裂け――エアスラスト!」

 血が風に舞い、深紅の薔薇を形作った。


(うっわー、真っ赤じゃん……)
 お気に入りのオレンジの首ありの肩なし、そして黄緑のミニスカート、みんな彼女の体ごとズタズタに切り裂かれていた。とっさに顔を守ったので、その他に露出していた両腕や足の膝のあたりには無数の切り傷ができていた。
(村に戻ったら包帯でぐるぐる巻きのミイラみたいにされちゃうんだろうな〜)
 戦意を失ったミルフィーユは、まるで場違いなことを考えていた。




「………………ぐ」
 無防備の二人に襲い掛かる風の刃を全て受け止めたルーフェイの出血量は尋常なものではなかった。巨体が揺れ、傾き、そして倒れた。
「……パパ…」

 ドクン。

「……ぱパ…」

 ドクン。

「………ぱ…」

 ドクン。

「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 イツキの体から赤紫色のオーラが溢れ、彼の体が宙に浮く。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 目にも止まらぬスピードでセルヴに頭から体当たりする。
「お……おぉぉっ……!」
 感嘆ともつかぬ呻き声とともにセルヴが吹き飛んだ。
「素晴らしい……あのお方が仰られていた通り……いやそれ以上の潜在魔力……!さあ、これで自分が魔族であることが理解できただろう!ついて来い!」
 セルヴが魔気を漂わせるイツキを促すが、彼は混乱する意識の中、必死でこう答えた。
「イやダ……ぱパやミんなをいジめるヤつなンか……」
 イツキは両腕を振り上げた。
 そして、両手をセルヴに突き出す。その先から、赤紫色のドッヂボール大の球が飛び出した。
「だイ嫌イダ!」
「おお、その肉体の若さで魔力弾を……実に素晴らしい!もう一度言う。貴様が本来あるべきところは我ら!我ら魔族のもとだ!」
 苦も無くそれを跳ね除けると、セルヴはもう一度イツキを勧誘した。それでもイツキは首を横に振りつづけた。
「そうか……ならば、ここにいる愚かな人間どもにつかの間の幸せを満喫させるがいい。だが、忘れるな。貴様は紛れも無く我らが同朋なのだ。我らはいつでも待っている。記憶が戻ったら帰って来るがいい……グランス」
 最後にイツキの魔族としての名を言い残すと、セルヴは背中から奇妙な形の翼を出したかと思うと姿を鳥人のように変え、先の神術によって空いた穴から飛び去っていった。
「…はァ…はァ……ううんっ」
 イツキも「魔族」の状態から元に戻った。多少疲れが見えるが、動けないわけではなさそうだ。


「……終わった……のか?」
 緊張を解かれて思わず壁にもたれながら、アゼルが誰にともなく訊いた。
「そう思いたいよ」
 ミルフィーユが答える。
「軽傷三人、重傷一人。寝てるのが二人。外まで全員行けるか?」
 レイガが問いかけた。
「ルーフェイさんは俺とお前で運ぼう。ミルフィーユはエレンを頼む。シスター・クリスは義妹さんを。イツキは……」
「……ちょっと待ってよ」
 エレンを背負いながら、ミルフィーユが言った。
「何だ?重くて運べないとか言うんだったら……」
「さっきから気になってたけど、どこから出るの?」
「……あ」

 ぴちゃん。

 二人が声を揃えて根本的な問題に気付いたとき、水滴の落ちる音がした。
 ――そして。


 ドドドドドドドドドドドドドドドド……!!


「やっべぇ、地震か!?――ここが崩れっ……」
「イツキ!誰にでもいいからつかまれ……!」
 あっという間に、彼らは海中に投げ出された。




九十九
2001/08/09(木)22:34:36公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
■今回初登場の(以下同文)
◎後書き本文
ようやく海岸洞窟編が終わりそうな予感です。
冒頭の神術はインディグネイションではありません。セルヴのリアクションがアレですけど別物。
それから……え〜とですね。ゼフィー嬢とエレン嬢が二人して大技使った後に居眠りこいてますが、
これは偶然の一致というか仕方なかったと言うかむしろ仕様と言うべきか(バグかなんかですかい)。
まぁ、その……ゼフィー嬢は予告してませんし。
……ところで
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