輝きの海 ACT10
つかの間の安息・クリス&ゼフィー編


一行あらすじ:みんなで服着たまま泳ぎました。力の限り。

 夢を見ていた。



 二年前の思い出を、美化せずに、鮮明に思い出していた。

「崇高なるネレイド様の教えに従い、異端者アリーシャと魔族ルスタフを火あぶりの刑に処する!」
 観衆から歓声があがる。これから人を殺すのだという罪悪感は微塵も感じられない。
 張り付け台に固定された青い眼の女と紫の眼の男。それらは民衆にとって、もはや人ではなかった。男も、女も、ぼろぼろに擦り切れたローブを着て、生気の無い目つきで民衆が騒ぎ立てる様を虚ろに見ていた。

 ほんの数日前までは、この二人も他の民と全く変らぬ、普通の生活を営んでいた。彼らには一人の子がいた。名前は……フィーゼ。聖位一位の巫女である母親と、魔族でありながら人を愛し人として生きた、大神官である父親。その身分の高さゆえに生活に苦労はせず、愛娘はのびのび育っていった。

 生物学的特徴はほぼ変らないとはいえ、種族の違いを越えて恋をし、愛し合った男と女。その間にできた子。種族の差が子に何をもたらしたか?外見では唯一、両眼の色の違い――それも、近くでじっと見なければわからない程度の。それだけだった。だが、そこに疑いを持たれたのが発端となる。その後、ある種の見えない恐怖心から次々に調査され、その子が人間と魔族の混血であること、父親が「魔族」であること、などが判明し、それから一変して彼らは異端者扱いとなった。
 そして、ついに彼らは処刑されることとなったのだ。

 火が点けられ、足を焦がしだす。じきに燃え上がり、炎が全身を取り巻く。
 執行人にとってこれは作業であり、その動きには迷いなどなかった。たとえ昨日まで上司だった者でも、その上に立つものから命令が下れば平気でそれを実行するだろう。

「やはり、魔族と人間は永遠に相容れぬ間柄なのだろうな」
 これが男がこの世に残した最後の言葉となった。

 同じように女も焼かれていった。彼女は何も言わなかった。


 フィーゼは、独りぼっちになった。両親が自分を田舎の叔父さんのところへ置いてどこかへ出かけていって以来、いつまで経っても帰ってこない。

 ある日、突然の来客があり、その客が帰っていってから叔父の態度が急変した。おそらく父親の事を聞かされたのだろう。それでも彼女はここにいるしかなかった。

 ある日、彼女は重い病にかかった。叔父はいつも申し訳程度に看病すると、早く死んじまえ、と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いて去っていく。苦しみを訴えても何もしてくれず、それどころか五月蝿いと言われる始末。日増しに容態は悪化していくばかりだった。

 月日が経ち、意識が朦朧としてきていた頃、来客があった。口論になり、若い女性らしき声がだんだんヒステリックになっていく。
「じゃあ何!?あの子は人間じゃないとでも言いたいの!?」
「ああ、そうだ!魔族と人間の間にできた子など人間ではない!さっさと帰れ、迷惑なんだ!」
「……馬鹿ヤロォッ!」
 何かが弾けるような音がした。少し経って、客らしき若い女性がフィーゼが寝かされている、ろくに掃除もされていない部屋に入ってきた。
「可哀想に…アンタは何も悪いコトしてないのにね」
 女性が手をかざすと、優しい光がフィーゼを包んだ。
「あったかい……」
 他人から優しく接してもらえるのは、初めての事のように思えた。久々に自分から口を動かしてものを言った気がした。
「事情は聞かせてもらったわ。……アンタの居場所はこんな古臭くて狭い一軒家のベッドの上じゃない。広い世界を旅してさ、いーっぱい新しい色んなものを見つけるの。面白そうでしょ?」
 クリスが言い終わる頃には、フィーゼにとりついていた病魔は消え去っていた。
 フィーゼは静かに頷いた。
「――ねえ、アンタの名前は?あたしはクリス。クリスティーナ=マクガーレン」
「……フィーゼ=エルケプティス」
 この人は私を虐めない。確信して、フィーゼは自分の名を教えた。
「あたしと一緒に行こ、フィーゼ?」
「でも、みんなが私を知っています。貴方に迷惑をかけたくない……」
 行きたいのはやまやまだけどとフィーゼが言う。クリスはしばし考えて、こう言った。
「じゃあ、今日からアンタは『フィーゼ=エルケプティス』じゃなくて……
 『ゼフィー=ウル=コプト』。顔は隠しちゃえばいいのよ、こんなふうに」
 クリスは修道服のフードを深くかぶってみせた。
「それじゃ、行こっ」
「……はい!」
 "ゼフィー"は力強く答えた。
 彼女はクリスとともに旅を始め、クリスが敬語を嫌うために挨拶はほとんど彼女の役目となった。彼女自身の癒しの力の大きさもあってか、いつのまにか彼女のほうが有名になり、彼女だけが「聖女」の称号を得ることとなった。





 ぱち。

「…………」
 目を覚ましたゼフィーは、何が起こったのかわからなさそうに辺りを見まわした。
「あら、おはようゼフィー。もう朝の10時よ」
 声がしたほうを向くと、そこには一度死んだはずの義姉が椅子に座って手紙を書いていた。
 ちなみに二人や皆がセルヴと戦っていたのは昨日の夜11時ごろだ。
「義姉さん……!」
 レイズデッドを唱えたところまでは覚えているが、そこで記憶は映像も音も途切れている。術が成功したかどうか、彼女の記憶に残っている時点ではわからなかった。
 彼女が生きていることを認識すると、ゼフィーは彼女に何か異変がないかを探った。
「…髪、まだ血が落ちてないみたい」
 そして、彼女の前髪の一部が赤茶色に染まっていることに気付いた。
「いくら洗っても落ちないのよ、ここだけ。なんでだろ?」
 彼女は首をかしげて、その部分を弄んだ。もともとの色がブラウンなので、それほど違和感は感じなかった。むしろ似合っている。
「ところでさ、さっきはずいぶん幸せそうな顔してたけど、何か悪い夢でも見てたの?」
「ん……二年前に義姉さんと初めて会ったときのことを、夢で見たの」
「二年前……なるほどね」
 クリスは自分の記憶と、ゼフィーから聞いたことを思い出していた。
「……うん」
「あの時はまだちっこかったよね、アンタ。それが今じゃあたしを追い抜いてさぁ……」
「えへへ。成長期だもん、しょうがないよ」
 十四歳の少女そのものの、少しはにかんだ笑顔でゼフィーが言う。
「言うようになったわね……あの頃の初々しさが懐かしいわ」




「あの……クリスさん」
「さんなんて付けなくていいのよ。なに?ゼフィー」
「おねえちゃん…って、呼んでいいですか?」
「おねえ……?あは、なんだか恥ずかしいわ。でも悪くないわね……うん、あたしとゼフィーは姉妹。そういうことにしよっ。それとさ、話すときはタメでいいから。丁寧語だと疲れちゃうでしょ?」
「わかりま……わかったわ、おねえちゃん」
「そうそう、それでいいのよ」




「……あはは、やめてよ、そんな古い話持ち出さないで。そ、そうだ……結局、あの後どうなったの?」
 思わず笑ってごまかしながらゼフィーは話題を変えようとした。
「あの時はまさかアンタが法術、それも上級法術まで使えるなんて思って……え?あの後?えーとね、かくかくしかじかで……」



 幸いにも水深は50メートル程度であり、負傷し、かつ人を抱えていても十分泳き上がれそうではあった。
 皆、中に押し流されることなく脱出できたようだ。イツキもルーフェイの足にしがみついている。その洞窟を見ると、海中に大陸から突き出して出来ていたようだった。妙に人工的だったのも、あっさり崩れたのもこれで納得がいった。この洞窟ははじめからセルヴによって造られたものだったのだ。

 体に付着していた血が海水に混ざり、赤い糸のようになって溶けていく。クリスも例外ではなく、多少の固まってしまったものを除いてすべて洗い流されていった。
(大きくなったわね、ゼフィー……)
 背中に軽い重さを感じて、クリスは自然と口元を綻ばせていた。彼女にとってゼフィーは、今や他の何よりも大切な義妹だった。

 水面から顔を出して、陸地を探す。程なくして、今だ燃えつづける広場の「聖火」が見えた。疲れきった体にこれが最後だと言い聞かせて、彼らは泳いでいった。



「……ってワケ。ちなみにあたしは陸地に上がったあと貧血で倒れちゃった。よく泳いでるとき平気だったな〜って言われちゃったわ」
 いくら生きかえったとはいえ失った血が戻ってきたわけではなく、彼女の体は極端に血液が不足していた。日頃から病気にはまるで縁のないクリスであっても、そんな状態で運動をすれば倒れて当然だ。
「ごめんね、私の所為で……」
「なに言ってんのよ、アンタが悪いわけじゃないわ。大体からしてアンタは一人で何でも抱え込みすぎよ。もっとさ、あたしみたいに気楽に生きようとか思わない?」
「義姉さんは気楽すぎると思う……」
 思わずたじろぎながら、ゼフィーが言った。クリスはそれには何も答えず、机に頬杖をついて大きな溜息をついた。
「はぁ……、この子にもあたしのコトおねえちゃんって呼んで、何でも聞いてくれた素直な頃があったと思うと、今の小生意気なゼフィーが憎らしく思えてきちゃうわぁ」
 本当に落ち込んだり憎んだりしているのではなく、あくまでフリなのだが。

「……あ、ねえねえ、その手紙は誰宛て?」
「ああ、これはね……」




九十九
2001/08/11(土)01:38:39公開
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
■今回初登場のきゃらくたー達:いないということは皆様承知の上と存じております
◎後書き本文
「50点ぐらいだよなぁ」「無駄な話数を取ったな」
……と言うワケで、今回もシスターズがメインですね。
こんなに遅い展開じゃ、完結に要する話数が軽く100を越えそうで怖いです。
ともあれ長いバトルが前回でようやく終了し、海岸洞窟編も終わりが近づいてきています。
後日談を全員分書いたらトンデモな量になっちゃったので、細かく分けて出し惜しみしちゃってます(コラ)
ゼフィー嬢は下さった設定が深いからか、こっちもどんどんネタが出てきます。
それでも今回、彼女の過去を描くのに8回のリテイクがありました^^


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