輝きの海 ACT18
潮風の吹き抜ける街ミッズ・カルド


一行あらすじ:戦闘中に愛に狂う二人がいました。




 キングフロッグはサラの杖をごくりと飲み込むと、

 ぐぇころろろぉ♪

 と、「次はお前だぞ〜☆ミ」とでも言うように鳴いた。そして空高く跳び上がり、大きな腹をさらに膨らませてサラをぺちゃんこに押し潰そうとする。
「い……」
 すでに視界はキングフロッグの巨体で埋め尽くされている。
 だんだん、
 だんだん、
 醜い姿が目の前に――
「いやーーーー!!」
 堪えられなくなって目をつむった。

 ずどぉん。

 構えもなにもない状態から、条件反射的に動いたサラの右拳がキングフロッグの腹にめり込む。
 よほど強く速く突いたらしく、キングフロッグの巨体が少し浮いた。その醜い口から胃液が吹く。強烈な悪臭のするそれがサラの顔に少しかかったが、それをものともせずに彼女は足を振り回す。
「いや、いや、いやっ」
 空中のキングフロッグに、相変わらず目は閉じたまま回し蹴りを三連発。
「どっか行っちゃえーーっ!」
 さらに両手の平で力いっぱい突き飛ばす。
 吹っ飛ばされたキングフロッグは、たまたまその場所にあった大岩に激突、絶命。
 三散華→双撞掌底破の鮮やかなコンボである。しかも一連の動作の間、彼女はずっと目をつむっていた。こんな真似ができるのに彼女はなぜ普段は戦わず、かつ戦う際も殺傷力のなさそうなロッドで戦うのか……それはひとえに、彼女が魔物、特に水棲や軟体の魔物に触れたくないからである。篭手の類を装着しても、それを通して伝わる感触はもっと激しく彼女の泣き所に触れるらしい。
「気持ちわる……しかも臭……」
 はあぁ〜っ、と大きな溜息をつくと、サラはとぼとぼとテントに帰っていった。

 もちろん横で戦いが続いてるのには気付かないフリをして。
(これ以上あんなのに触りたくないもん)
 ……サラは、かねてから予定されていた「マイペース」の称号を、いま正式に獲得した。



 その一方ジンは、アゼルが駆けつけたことで一気に反撃に転じ、ほとんどの魔物を撃退していた。
 敵の数が残り僅かになったところでようやくレイガが戻ってきて、彼はジンに「遅いよアニキー」とか文句を言われながら、最後のシースラッグにトドメを刺した。
「皆、毒は受けてないな?」
「当の然ッス」
「…ああ」
「レイガのアニキは当然ッス、終わりがけになってやっと来たんだから!」
 ジンはこのことをよほど根に持っているらしい。無理はない。彼にしてみればあの時自分に助けに行く余裕があれば、最新の初恋の人であるサラにかっこいいところを見せられたかもしれないのだ。
「うるせ、余計なこと言うんじゃねえ!」
「…まあまあ。レイガ、ミルフィーユは大丈夫なのか?」
 アゼルが訊いた。
「……まあ、一晩寝りゃ回復するだろ」
「そうか。……それじゃ、さっさと戻って寝るとしよう……ふぁ…あ」
 アゼルは大きな欠伸をした。いつも固くて掴み所がなかった表情がくだけ、ちょっと間抜けに見えた。



 ――翌朝。
 遅れを取り戻すためにも早めに出発した一行は、太陽が最も高くのぼった頃にはミッズ・カルドに到着していた。


 北の大陸第二の大都市ミッズ・カルド――活気に溢れているという点では大陸一だ。
 通りにはたくさんの人々が行き交い、露商の前にはちょっとした人だかりができている。
 アゼルたちはまず船着き場へと向かった。さすがにここでは喧騒もなく、潮騒の静かなリズムが心地良く耳に入ってくる。
「女の子みたいな男の子を連れた四十代ぐらいのがたいのいい男が、ここで切符を買わなかったか?」
 切符売り場の初老の男性に訊ねてみると、いや……と言ってから、
「小さな女の子を連れたがたいのいい男なら見覚えがあるが」と答えた。
「大正解、みたいだね」
 ミルフィーユが後ろからささやく。
「…名前はルーフェイだろうな?」
「ああ、そうじゃとも」
「その二人はどこ行きの切符を買った?」
「お前さんたち……その男に何か大事な用でもあるのかね」
「……まぁ、そんなところだ」
「…剣士が三人……しかし、後ろの女の子たちはどう見ても……」
 男性は何かを探っているようだった。
「俺たちは暗殺者の類じゃない。もしそうなら、力ずくで切符を奪っているはずだろう?」
「……そうじゃな。わかった、教えてやろう。シルバニスタじゃ。船は明日の十三時三十分着・十四時零分発。切符を五枚確保しておこう」
 男性は表紙に予約票と書かれた冊子をめくり、一人一人の名前を訊いて書きこんでいった。
「すまない、恩にきる」
「なに、当たり前のことをしただけじゃて」
「……ところで、二人組のシスターはここに来たか?」
 ふと思い出したように、アゼルはクリスとゼフィーのことを訊ねた。
「二人組の……その片割れは聖女ゼフィーかね?」
「ああ……来たようだな。彼女らはどこへ?」
「シルバニスタとは反対の方角……セイフィッツじゃ」
「そうか、すまなかったな。余計なことまで教えてもらって」
「なに、つい口が滑ってもうたのじゃ!」
 男性はふぁっふぁっふぁ、と笑った。人生を長く経験したものにしかない貫禄が、そこにはあった。



 雑踏に揉まれながら比較的安そうな宿屋まで辿り着いたアゼルたちは、ひとまず部屋をとって休むことにした。
 男女別々の部屋に分かれたのは言うまでもないが、予想外の高額な泊まり賃のために当初は五人部屋に泊まる案が出ていたことを追記しておかねばなるまい。

 どさっ

 床に荷物を置くと、一気に疲れが出てきた。
「ぷはぁーっ……」
「ふぃ〜〜……」
 ベッドに大の字になって寝転ぶレイガ、ジン。
「アゼルも寝っ転がれよぉ、気持ちいーぞぉ〜」
 何だかんだで昨日の疲れが抜けきっていなかったらしく、レイガはすでにダラケモード一直線である。ジンに至ってはすでに深い眠りにおちている。
「……俺はすこし街を見てくる」
「そぉか、んじゃ、あまり遅くならないよぉになぁ〜……Zzzんがっ……」
 閉めたドアの向こうから、五月蝿くはないがいびきが聞こえてきた。
(さて……と)
 まだ四歳のころだったか、一度だけ連れてきてもらったことがあるこの街。
 ――あれからすぐ、父さんは兵士として駆り出されて……
 ――血塗れになって帰ってきて……
 ――それから三ヶ月も経たないうちに、後を追うように母さんも……
 そんなことを思いながら、階段をとんとんと降りていく。
 通りかかった宿の従業員に軽く会釈して、外へ出る。相変わらずの人ごみの中、あてもなく街路を歩く。
 十四年前、自分に綿菓子をくれたヒゲ面のおじさんは、今も駄菓子を売っている。自慢のヒゲはもう白い。
 十四年前、父が母に首飾りを買ってあげた銀細工屋は、今もそこそこに繁盛しているようだ。
(変わってないな、十四年前と)
 彼が思いをめぐらしていると――
「言いがかりはよしてもらおうか!」
 すぐ近くで、口調は男っぽいものの女性の声がした。足を止めて見ると、いつのまにかそこを取り囲むように小さな輪ができていた。……いや、女性だけではない。見るからにワルそうな男が数人いる。
「君たちが私をナイフで刺そうとする理由などないはずだ」
「うるせぇ、ぼったくりやがってこのインチキ商人め!」
 男の一人は相当いきり立っている。
「私は君たちと正当な取引をしたはずだが?」
「正当だったらなんでこのナイフはちっとも斬れねぇんだ、あぁんっ!?」
 先程その女性から買ったらしい刃物を自分の腕にあて、思いっきり引く。しかし男の腕には傷一つつかなかった。
「なんだ、そんなことか……当たり前だ、君たちのようなならず者にはそれで十分だからな」
「っだと、コラァーーッ!!」
 もう一本のナイフを取り出し、女性に突っ込んでいく。
 それを見てアゼルは輪の中にジャンプして跳びこんだ。
「何だ、テメェはっ!」
 後ろに控えていた二人のならず者が同時に眉間にしわを寄せる。
「通りすがりのお節介焼きさ」
 そう言うなり、アゼルは鋭い中段蹴りの一閃でならず者の一人をK.O、続いてもう一人にも上段回し蹴りを決めて秒殺!
 傍観者ともとれる群集から歓声があがる。女性はというと――
「こっちだ、ヒゲモジャ君」
「な、何だとっ!?」
 突撃をあっさりかわして後ろに回りこみ、振り返った悪党がナイフを振り上げたところを細身の剣で一突き。悪党の手から少量の血とともにナイフが地に落ちる。
「…げっ……強ぇ……」
「……すまない、血は流させないつもりだったんだが」
 女性はあっけらかんと言った。
「ち、ちくしょう、覚えてやがれ!」
 ならず者は、気絶した二人の子分を引きずりながら逃げていった。

「……礼を言う。私一人では敗れていたかもしれない」
 群集が去っていくと、女性はアゼルに向かって頭を下げた。長い銀髪で、黄色の丸ぶちの色メガネ越しに蒼い瞳がのぞく。
 さっきのならず者との会話によれば商人らしいが、どうもそうは見えない。
「ほんの気まぐれだ、礼を言われる筋合いはない」
「私はフェシス=ラウド、旅の商人だ。次に会う時は少しまけてやろう」
「少し、か?五割ぐらいまけてほしいんだがな」
「おいおい、こっちも生活かかってるんだ。それは勘弁してくれ」
 ははは、と笑いが広がる。
「それでは、またどこかで会おう。元気でな」
 大きな荷物を担いでフェシスが去っていくと、アゼルはまたあてもなく歩き出した。

 結局彼が宿に戻ってきたのは、陽が傾き始めたころだった。




九十九
2001/08/18(土)22:53:58公開
http://members.tripod.co.jp/Tsukumo_99/
■この作品の著作権は九十九さんにあります。


■あとがき
■今回初登場のきゃらくたー達:フェシス=ラウド(めぐりやさん)
★ほーめぱーげ更新情報
日記は毎日更新してます。
◎後書き本文
最終選考候補サブタイトル:「サラ、がんばる!」……"?"が"!"に変わっただけじゃねぇか……
バトル後半部分省略。……というか、ネタ用意してたキングフロッグが全滅したからなんですけどね^^;
……あ、シースラッグとのバトルがちっとも描写されてねぇ(死)


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