輝きの海 ACT26
墓守の詩(うた)
一行あらすじ:泣いてる女のコはほっとけません。
始まりはただの内乱だった。
それがじきに、利益を横取りしようとする他国の介入によって、
ヴァルニア戦役をも越える全世界的な争いになっていった。
人が人を殺し、
血で血を洗う。
なんと愚かな事だろうか。
そして、天罰は下るべきして下った。
人はそれを「大災害」と呼ばず、「大人災」と呼んだ。
なぜなら、災いを呼んだのは他でもない人間だったのだから……
彼らは今、先の内乱で散っていった英雄たちが眠る『英雄の墓』にいる。リーファが先頭を歩き、ルーフェイが殿(しんがり)をつとめている。それによってリーファの精神はなんとか保たれているが、ひとたびルーフェイの姿が彼女の目の前に現れれば 彼女はフレリアやリジェが止める間も無く、迷路のような墓の奥深くへ迷い込んでしまうに違いない。
「それにしても……お前たちは何のためにここへ来たのだ?俺たちは英雄レグ=ノーレスの像を見に来たのだが」
『英雄レグ=ノーレス』。
ゼルシュナンドの覇王セイファートの忠実なる騎士として、ヴァルニア戦役において神をも凌駕せんばかりの働きをした。しかしその最期は知られておらず、当時は生死すら不明であったため墓を建てられなかった。ただ、どこにも目撃されていないことから、また、ヴァルニア戦役当時の年齢から考えて、百年以上経っている現在も生きていることはないとされ、ヴァルニア戦役時代の英雄でありながら特別に墓を建てられた。その墓は『英雄の墓』の中心部に鎮座し、あたかも他の英雄を見守っているようにすら思える。
「ええ、僕らもレグ=ノーレス様に旅の無事をお祈りに来たんです」
リジェが煉瓦造りの壁に声を響かせた。
墓の中は永久燃料の灯かりがいくつかあるものの、どれも長年の使用によって燭台が老朽化し、光は弱々しくなっている。フレリアのリュックに入っていたランプがなければ危なっかしくてとても歩けたものじゃない。
やがて、永久燃料の燭台がいくつもその周りを取り囲む――英雄レグ=ノーレスの墓に出た。彼の生前の姿を象ったと思われる巨大な石像が鎮座している。剣を天上を突かんばかりに掲げ、やや上を向いて精悍な顔立ちを見せている。それは、今にも動き出しそうな迫力を持っていた。
墓とは言っても、そこにレグ=ノーレスの肉体はない。あるとすれば、魂だろうか。だが人々はこの石像をレグ=ノーレスだとして、旅の無事、安産、金運、受験……様々なことの成功を祈る。レグ=ノーレスが戦いののちに失踪し、そのまま行方知れずになったことを考えれば、受験だの金運だの、それどころか旅の無事を祈ることも少々お門違いのような気がしてならないが、それでも英雄レグ=ノーレスは崇拝されている。
「私たちとルーフェイさんたちのそれぞれの旅に、どうか幸あらんことを」
リーファがレグ=ノーレス像の前にひざまづく。その石像には「恒久の英雄レグ=ノーレスをここに奉る」と彫られている。他の四人も同じようにレグ=ノーレス像に祈り、メルビも「ウキュー」と額を床にこすりつけた。
「……それにしても、なんと凛々しい御姿だろうか……」
ルーフェイはレグ=ノーレス像の、ある程度は造り手によって美化されているとはいえ、その雄大な姿に心を奪われていた。
「今の私たちは…ヴァルニアは、ノーレス様やここに眠っているたくさんの英雄の犠牲の上に成り立っているんですね」
特に誰に言ったというわけでもないのだが、フレリアが返事をする。
「うむ、過去の愚かな過ちは二度と繰り返さぬようにせねばな……」
「ええ……」
「そろそろ行きましょうか。お祈りも終えたことですし、あまり空気の悪いところにいたら体を壊します」
リジェが立ち上がって皆に呼びかけた。
「そうね、行きましょう」
「あ、皆は先に行っててください。私はもう少し見ていきたいところがあるので」
「フレリア?」
「すぐ後を追いますから」
心配する必要はありませんよと笑顔で示し、何の用があるのかは言おうとしない。
「……いいけど、すぐに戻ってきてよね?」
「ええ、わかってますよリーファ。私はあなたの騎士(ナイト)ですから」
フレリアは笑顔を崩すことなく彼らを見送り、レグ=ノーレス像に向き直った。
「ふふ、今だけ盗賊に戻ってもバチはあたりませんよね」
小さく独り言を呟いて、ポケットから一枚の小さな紙切れを取り出した。あちこち破れてボロボロになっているが、文字が書かれている部分は無事のようだ。
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えくせんなまりのわいまつとはりてるあくのへい右の
るりくりてにえの見しが日そやへみおみられたいしんそう
にし北へはさ尾でもみていいお向いをま東へ
りやくすつまびへありあけていれやず氏は目があごがある
のひめはじかはんよいしんらいここいによつてはつのわいま右へや左か
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(こないだこの謎を解明したばかりです……さあ、右から一文字ずつ飛ばして読んでみますか)
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右へくるりとまわりなせえ
そしたらおへそが見えてくる
東を向いても尾は北に
あごがはずれてああびっくり
はじめの左へまわってよいこらしよ
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(ふふ、これが『墓守の詩(はかもりのうた)』。あとは試すのみですね。まずは右にまわって"おへそ"を……)
ほくそ笑むと、レグ=ノーレス像のフレリアから見て右側を、目を皿にして丹念に調べた。ほどなくして小さな出っ張りが見つかる。慎重にそれを押すと――
ガコンッ
何かが外れるような音とともに、レグ=ノーレス像の周りに土埃が舞い上がった。
だがパッと見た感じ、どこも変わっているようには思えない。
(東を向いても尾は北に。これは……一体?)
レグ=ノーレス像の背は確かに北を向いている。だが相手は石像、南を向いている首だけを東に向ける手段などあろうはずもない。少し考えたが、十秒ほど経つとハッと顔をあげた。
(尾は下半身につくもの……まさか、上半身だけが回転する?)
それなら先程の音も、土埃も納得できる。思いきってレグ=ノーレス像の左腕に両腕をつけ、左向きに回らせるべく力いっぱい押した。
ズズズズズズ……!
轟音とともに少しずつ石像が回転していく。
ちょうど九十度回ったところで動かなくなり、再び何かが外れる音がした。
見ると、レグ=ノーレス像の凛々しい顔が、顎がはずれてなんとも間抜けになっている。
(あごがはずれてああびっくり、ですか……最後は、左っ)
レグ=ノーレス像が九十度横を向いた今、最初の位置から左、と言えば今まで壁に密接していた背中。そこには予想通り一つの出っ張りがあった。
彼は、期待をこめてそれを押した――
九十九
2001/08/28(火)21:29:56 公開
http://members.tripod.co.jp/Tsukumo_99/
■この作品の著作権は九十九さんにあります。
■あとがき
●後書き本文
今更ながら文章の書き方を勉強し直して参りました。
折り返しを恐れてはいけないのですね。
ト書きは一字空けるべきなんですね、科白で改行した挙句一字空けするのは大きな間違いなんですね(泣)。
――っていうか
墓荒らしは重罪ですよ、フレリア君。(またしても自己ツッコミ)