しまっておいた手紙をすべて燃やしてしまうと、いくらか気分が晴れるのだけれども、手や指
についた煙の匂いが簡単に思いのほか深く、心に刻まれていく。外では折しも雨が降り出し、
ラップトップの安っぽいスピーカーの音量を最大にして、雨に溶けていくその灰の行方を考え
ないようにした。冷め切ってしまったカップのコーヒーを飲むとその苦さは煙のそれとひどく
近似で、食道を流れていくたび、体に灰が溶けていくような気がして、あの頃、あるいは今日
を思うと、涙があふれてくるのだった。降り続いている雨の中で、僕らの日々が取り返しのつ
かないものになっていく、という事実。流れてくる音楽を聴いていると、思い出されてしまい
そうで、考えたり考えなかったりしていると、僕は少し眠気を感じる。夢を見ることはきっと
辛いだろう。でも僕は熱を持った頭の中の眠気に逆らうことが出来ない。手や指に染み付いた
煙がふと立ち上ったように、重い湿度の中で僕はやはり夢を見る。








紫陽花が路上に散っていた。アスファルトの硬い質感に対照的な紫陽花の重量感と柔らかさが、
まぶしいような。傘を持った君と相対する。コーヒーの苦味。煙の苦味。喉がかすれて声が出
ない。降りしきる雨、君が何か言ったような気がしたけれど、かき消されてしまって僕には聞
こえなった。僕の声も君には届かないだろう。君の声すら思い出せないのだから。