【Remaining scent】

取り調べ室に据え置かれているスチールの机と椅子は冷たく硬い感触で座り心地は最悪だ、薄暗い壁の色も気分が滅入る、
長時間の取り調べで被疑者にプレッシャーを与えるための小道具みたいなものだ、
そして捜査官の話術が締めくくりになってめでたく自白の運びとなる。

所がこの取り調べがマックは苦手らしかった、証拠が上がって理詰めで落とせる相手なら問題ないのだがいわゆる札付きの悪党にはこの方法が通じない、どうにも脅しが効かないようでいつも何か言い返されては憮然とした表情になる。

分かってない、
このお上品な捜査官を悪党どもがどんないやらしい目で見ているか、
マック本人だけが。

自分を男がそんな目で見るなんて考えられないといった風で一向に意に介さないマックを内心苛立ちながらダニーは眺めていた、馬鹿々しいと分かっていてもそんな目でマックを見ていいのは自分だけだと怒鳴りつけたい気分になる。
勿論そんなことは出来ない訳で腹立ち紛れに派手な脅しをかけて罵ってやる、
そこでマックが静かにけれど譲歩はない強い口調で畳み掛けるのは中々いいコンビネーションだとは思う。

今日の被疑者は長く拘留されていた事もあって疲れた様子でマックの提示した証拠写真にも否定はなかった、減刑を持ち出せばすぐにも調書にサインしそうな面持ちでダニーが派手に暴れて声を荒げる必要はなさそうだ。
だからかマックは幾分リラックスした様子で淡々と調書を読み上げている、たまにダニーが担当した物証の内容に口を挟む程度で静かに取り調べが続いていた。

マックに怒鳴るのは似合わない、
厳しい顔の割には柔らかい雰囲気がとても刑事には見えないからだ。
いつも地味なネイビーのスーツに髪も短く整えて基本通りの恰好をしている、けれどその顔立ちは冷たさを感じるほど整っていて肌の白さや髪の淡い色と相まって独特の作り物めいた美しさを醸し出している。
本人だけが気付いていない美徳、いや、こんな仕事では邪魔なだけかもしれない、荒くれた犯罪者たちにはマックの見るからにホワイトカラーの清潔な美しさは扇情的であっても吐かせる為の脅しにはマイナスなだけだろう。

隣に座るマックの横顔を見てダニーはそう思っていた。



この顔が、快楽に歪み瞳を潤ませて声を上げる様を知っている、
ダニーはその繋がりが全てだと思う、他には何もない、
だからせめて最高のセックスであればいいと思っていた。

今日は証拠の提示で被疑者が供述調書にサインをしてすんなりフラック刑事に引き渡すことが出来た、その合間にこんなくだらない事を恐ろしく真剣に考えていたダニーだったがマックはついぞ知らない顔で満足気に書類と証拠の提示写真を片付けている。

何も恥じる関係だとは思わない、そうダニーは思う、
仕事中に思春期の少年並に頭の中がセックスで一杯なのはどうかという事は頭の隅に追いやりつつ、マックとの事は密かに誇りですらある。

人間として敬い尊重し愛している、こんなにも大事に思っている、
けれどダニーが今まで生きてきて一番高潔な気持ちを多分誰もマックでさえ理解はしないだろう、ダニー自身もまだそうと気付いてはいないのだから。

今日の仕事はスムーズだった、明るく言うマックに笑顔で返しながらダニーも連れ立って取り調べ室を後にする、そしてそんなダニーの気持ちだけが取り残され誰もいない部屋に残り香のように揺らいでいた。


【end.】



*綺麗って言葉で書くのは簡単だけど…美しいおっさんを描くのは難しいですー。



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